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act.99

 マックスが外出することに、マックスの警護をしている警察関係者は難色を示した。
 だが、マックスの強い申し出に少しだけならと外出を許された。
 もちろん、警察の警護が付いた形でだ。
 容態的には、マックスは外出しても何ら問題のないところまで快復していた。
 マックスは、警察が用意した車にミルズ老人と乗り込み、病院を出た。
 マスコミ連中のバイクが車をつけてきている。車を運転している警官は、機嫌が悪そうに舌打ちをした。
「何だか、大事になってしまったねぇ」
 ミルズがすまなそうに言う。
「気にしないでください。別に悪いことをしている訳ではないですから」
「君も大変だなぁ。ハンサム過ぎるといろんな意味で苦労する」
 ミルズの冗談とも本気とも取れる言葉に、マックスはミルズと顔を見合わせ微笑み合った。
「こちらでいいですか?」
 警官がスピードを落としながらミルズに訊いた。
「ああ、そうです。良かった、丁度みんなが集まっている時間だ」
 マックスは、ミルズの声を聞きながら、車の窓の外を見上げた。車が動きを止める。
「さぁ、行こう」
 ミルズがドアを開ける。その音に混じって警官達の「この辺は物騒だ。気を付けろ」との囁き声が聞こえた。マックスは、ちらりと警官を見た後、車の外へ出た。
「犯人がこの辺にいるんですか?!」
「今日は何の捜査ですか?!」
 後を追ってきたマスコミ連中が騒ぎ立てる。
「ここには礼拝に来ただけです。皆下がって」
 そういう警官の背後には、クラウン地区に唯一ある教会の建物があった。
 ベージュに変色した白い壁は素朴でボコボコとしている。小さな階段を上がった先に分厚い木の扉があり、その両脇の壁には聖者の絵が描かれてある。その絵は決して優れたものではないが、真摯な祈りの心が伝わってくる。
「ここは昔、この周辺の住人が皆で手作りした教会でね。恐らく、君が生まれるずっと前のことだ。この絵は、ここの子ども達がみんなで描いたんだ。子ども達といっても、もう随分大きくなって、大半はこの街にいないのだが」
 ミルズは片足を引きずるマックスの身体を支えながら、彼を教会の中に誘った。その間も、孫を連れた老人や古めかしいデザインのスーツを着た人達が集まってくる。
「ハイ、ミルズ。随分かわいらしいお客さんを連れてるのね」
 恰幅のいい褐色の肌の老女が笑顔でミルズとマックスを迎える。パープルのこじゃれたスーツと帽子を被ったご婦人だ。
「やぁ、ヨランダ」
 ミルズは、ヨランダだけではなく、その場に集まっている人間全てと挨拶を交わした。誰もが顔見知りのようで、まるで家族のような雰囲気だった。
 しかし本当に小さな教会だ。集まっている人も、多くはない。礼拝者の数が、神父の横に並んでいる聖歌隊と差ほど変わらない。
 教会はこぢんまりとしていたが、天井は気持ちがいいほど高かった。
 聖歌隊の隣に置かれたオルガンパイプオルガンなんかではなく、楽器店の倉庫にあるような代物だった。とても古びていて小さい。だが、この天井のお陰で心地のよいエコーがかかった。貧しいながらも正しくここは『神の家』だった。
「さぁ、ここに座ろう。足は大丈夫かね?」
「ええ。大丈夫です」
 直にミサが始まる。
 聖歌隊のオルガンと手拍子のみの素朴な歌声に、マックスは圧倒された。
 叔母に連れられて教会に通っていたのは随分昔の話だが、こんなにエネルギッシュなミサは体験したことがない。
「さぁ、気分を楽にして。この音楽に身を任せているだけでいい。直に心が澄んでいくよ」
「ミルズさん・・・」
 ミルズは、不安げなマックスを落ち着かせるように頷いて見せた。
「君はたった今、この瞬間でも迷っているね。自分の生き方を見失いそうになっている。そうなんだろう?」
 ミルズがウォレスのことを知っているとは思えなかった。恐らくミルズは、マックスが医者を辞めたことについて迷っているとでも思ったのだろうか。
 けれどもミルズが例えそのつもりでないとしても、ミルズの言葉はマックスの心の奥に響き渡った。
 自分は今、自分の生き方を見失いそうになっている・・・。
 正しくそうだった。
 マックスは、このまま自分がウォレスのことを想い続けていいのか、それとも彼のことはそっとしておくのが幸せなのか、迷い続けていた。そう、マックスの心の中には激しい嵐が止むことなく吹き荒れていて、果てしがないように思えていた・・・・。
「さぁ、身を任せなさい。頭を空っぽにするんだ。そうすれば、神が答えをくださるよ」
 ミルズの優しい声に導かれるように、マックスはゆっくりと前を向いた。
 煤けた窓から差し込んだ柔らかな日差しに照らされた十字架。大教会にあるような仰々しいものではなく、黒く変色した木彫りのキリスト像。ひっそりと掲げらている。とても質素なものだ。だが、とても崇高で美しいもののように見えた。
 聖歌隊は、『主よ、導き給え』を歌っている。
 ああ、何と美しい歌声。
 聖歌隊の誰もがプロなんかではなく、この街に生きて生活している人々ばかりだ。技術的に優れている訳でもない。素晴らしく飛び抜けてうまい人間がいる訳でもない。なのに、これほどまでに美しいのだ。そう、この飾り気のない教会全てが美しかった。
 あるがまま。
 何も飾らない、あるがままの自分がさらけ出されているからこそ美しいのだ。
 マックスはそのことに気が付いた。
 なぜ今まで、このような場所からずっと遠ざかっていたのだろうと思う。
 ミルズが、静かな声で囁きかける。
「自分の思うように生きなさい。自分の気持ちを偽ることなく、自分の心の声に耳を傾けなさい。そこに正しい答えがあるのなら、きっと君は心安らかになれるだろう。例えその先に困難が待ちかまえていたとしても」
 まるで心が洗われていくようだった。
 マックスの肩から全ての力が抜け、マックスは天を仰いだ。
 一筋の光が、左横から斜め下へと差し込む。
 マックスは目を閉じた。
 細胞のひとつひとつに神々しい歌声が染み込んでくる。
 マックスの瞼を照らす柔らかな光。
 今まで吹き荒れていた心の中の嵐が、まるで嘘のように静まり返っていく。
 マックスは心の中でもう一人の自分と向き合った。
 酷く青ざめた自分の顔。
 その自分が望む本当の想いとは一体・・・。
 そしてマックスの瞼の裏に浮かぶ光景。
 いつかの見た、あの風景。
 会社の廊下の先で、中庭から差し込む光の中に佇む、その人の姿。
 厳格でいながら、神々しい佇まい。
 黒いスーツに身を包み、儚げな微笑みを浮かべるその面差しと鮮やかな瑠璃色の瞳・・・。
 ああ、そうか。
 迷うことは何もない。
 何もないんだ。
 目の前の『自分の顔』が、眩しそうにこちらを見る。
 閉じられたマックスの目尻から、ふいにすぅっと涙が流れ落ちた。
 これまで病院の中で何度も流してきた涙とは違い、酷く静かで穏やかな涙。
 マックスの中にあった迷いや弱さが、まるで今の涙で押し流されていったようだった。
 マックスがゆっくりと目を開ける。
 そしてミルズの顔を見た。
 ミルズが、まるで魅入られるように息を呑む。
 マックスは、まるで聖母のような微笑みを浮かべたのだった。

 

Amazing grace act.99 end.

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編集後記

今日は国沢的に一番目に大事なシーンを書きました。
一番目にというのは、アメグレの長い話の中で分岐点となるシーンだと思ってます。
その後、結びとしてこのシーンと対になるシーンが出てくる予定ですが、それはまたずっと先になりそうです。
つーことはつまり、まだ続くんですね(汗)、この話。おいおい、来週はついに三桁っすよ。うわ~~~~~~!!!
どうする?!どうする、自分!!!←一番焦っている人。
ちょっと泣けてきました。
かれこれもう何十話と二人は離れっぱなし・・・。さすがに国沢も辛くなってきました。ってことは、読んでる皆さんはもっと辛いはず・・・・(脂汗)。本当にごめんなさい。
じらされればじらすほど、ヨロコビはでかくなる(?!)ものと信じて!(責任取れよ、お前って言う声が聞こえてきそうです・・・)
本日は、『エネミー・オブ・アメリカ』をやってましたね。
一瞬ですが、愛しのガブリエル・バーン様が出ておりました!! かつて、ウォレスのモデルだった人です。いや、今でもそうなんですけど、ちょっとお年がね、ウォレスより大分上なんで。でも相変わらずお美しい瞳の色ざんず!最近彼が出た映画でお勧めなのは『スティグマータ』。ちょっぴしホラーですけど。そういや今日の神がかりなお話のように、キリスト教に深く関わったお話です。
ガブ様は司祭役で出て居るんですが、凄くこれがストイックでいいのよ~~~。メガネなんかかけたりして~~~~~~。黒ずくめでまじいいです。あと、『エネミー・オブ・アメリカ』にはミラーズ社のラブリー(?)警備員サイズ君のモデルであるトーマス・サイズ・モアもご出演してました。最後あんなに撃ち合いになっちゃって、木っ端みじんになってましたが(汗)、あれじゃまるっきりタランティーノ映画だよ、監督のトニー・スコットさんと突っ込んでみたり(笑)。
なんか最近映画の話ばかりしてますね(汗)。どうやら国沢、欲求不満なようです(なにが?!)

[国沢]

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