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act.117

 英国大使館員ジョイス・テイラーが、再び自分の仕事の都合をつけてウォレス家にやってきたのは、例の火災があった翌週、ウォレスがミラーズ社に出社した後のことだった。
 市警の爆弾処理班セス・ピーターズとマックスの従姉でセスの婚約者であるレイチェル・ハートもそれぞれ時間を調整し、四人が再び勢揃いしたのは随分と久しぶりのことだった。
「遅れてしまって申し訳ない」
 そう言ってウォレス邸に入ってきたテイラーは今日も黒ずくめのスーツ姿で、その堅物振りは相変わらずの様子だった。
 本来の約束なら、ミラーズ社に出社する前のウォレスと今日初めてテイラーは顔合わせをする予定だった。
 しかしテイラーは、早朝電話で到着時間が遅れることを告げた。
 ぎりぎりまでウォレスは待っていたが、結局ビル・スミスからの催促の電話を貰うことになり、仕方なくウォレスは出社していった。
 マックスは、この家の主の変わりにテイラーを迎え入れながら、心に中で少し苦々しい感情を味わっていた。
 「急な仕事が入ってしまって・・・」、と断りを入れるテイラーと笑顔で握手を交わしながら、それでも心の中では理由のない不安を感じていた。
 テイラーは、『わざと』遅れてきたのではないか、と。
 これまで、テイラーとウォレスが顔を会わせるチャンスは幾らでもあった。
 しかし、それは今まで適わずにいる。
 まるでテイラーがそのことを避けているように思えた。
 確かに。
 テイラーに取ってジム・ウォレスという存在は、『アレクシス・コナーズ』という一人の犯罪者でしかないのだ。
 マックスを見舞った時、病室でそのことを強調したのは他ならぬテイラーだった。
 この一連の事件を突き詰めることは、マックスにとって『アレクシス・コナーズ』という若きテロ犯罪者の存在とそして彼が行ってきた犯罪行為に向き合うことになるのだということを。
 不幸にも両親をテロ事件の巻き添えによって喪っているマックスが、そのトラウマを克服するためにテイラーは力を貸してくれた。
 自分の仕事も顧みず、あれから以後足繁く病室に通ってくれ、アレクシス・コナーズについての情報を少しづつ教えてくれた。
 彼の配慮があったからこそ、マックスは全てを受け入れ、消化することができたのだ。
 そして、そんな事実があったとしてもやはりあの人を愛していると、その思いはもはや強い信念となってマックスの心に根付かせることができた。
 だが、それはあくまでマックス個人の思いだ。
 テイラーは、ジェイク・ニールソンの身柄を確保するための引き替え条件として、アレクシス・コナーズのことは目を瞑るという約束をしてくれた。セスが熱心にテイラーを説得してくれたお陰で得た、司法取引のようなものだ。
 しかし、テイラーのような真面目で堅実な男にとって、目の前に犯罪者が現れたとなると、やはり嫌悪感に支配されるのではないか。
 それを想像するのは容易かった。
 いくら幼い頃に犯した罪とはいえ、彼の手で生命を絶たれた人間が現実にいるのだ。
 ウォレス自身がまともな判断力を持っていなかった頃のことではあるが、英国当局からすれば第一級の戦犯のようなものである。
 例え途中でその過ちに気づき、死線を彷徨うような酷い目にあってここまで生きてきたとしても、果たして罪を拭うことができるのか?
 テイラーがウォレスと顔を会わせると言うことは、テイラーの中のモラルをある意味打ち壊す行為でもある。
 そのことが容易く想像できるからこそ、マックスの心は痛んだ。
 だから、テイラーはウォレスと顔を会わせることを避けているのではないかと思った。
 顔を会わせてしまえば、テイラーは態度を決めなくてはならない。
 いくらセスと約束したとはいえ、それはあくまで不確かな口約束でしかないのだ。
 テイラーが約束を破るような男ではないことは十分分かっていたが、自分たちがテイラーに要求していることは、非常に重みのあることである。
 もしテイラーが考えをひる返したとしても、自分たちにテイラーを責める権利はない、とマックスは思った。
 案の定、テイラーの口からウォレスのことが出ることはなかった。
 その日は、シンシアも学校に復帰するための手続きをするため、久しぶりに家を空けていた。
 結局四人は、マックスが用意した紅茶を飲みながら、リビングのソファーに座って、先週の末に起こった事件について話し合うことにした。


 レイチェルが、自分のカメラバックから例の鍵の入ったビニール袋を取り出すと、それをセスに渡した。
「鍵穴に完全に一致したわ。取材する振りして、確かめてみたの。ドアは焦げていたけど、ノブまでは痛んでなかった。その鍵はやはり、あの部屋の鍵よ」
 セスは唸り声を上げながら、ビニール袋を受け取る。
「担当課が別なんで詳しいことはまだ探れてないが、部屋の中にあったものは、人が生活するには物品が乏しすぎたらしい。きっとケヴィンは、たまにしかあの部屋で寝泊まりしてなかったんだろう。あそこの部屋で自分が調べた資料を整理し、パソコンに打ち込み、そして窓の外から例のバール(居酒屋)を眺め、時間が来ると家族や同僚に怪しまれないように家や新聞社に帰っていた。きっと彼はそんな中で、ジムがあの店に出入りしている様子も見ていたんだろう。・・・しかし、いずれにしても全ては灰になった。あの部屋に残されていたパソコンは完全に炭化して、ハードディスクの復帰は望めないそうだ。ケヴィンが何を掴んでいたか、永遠の謎になっちまったな」
「それで? 署の方はどういう対応をするつもりだ」
 テイラーが訊くと、セスは苦虫を噛みつぶしたかのような顰め面をして見せた。
「相変わらずの対応さ。一応はあの部屋の借り主を捜して、お前が火を付けて家賃を踏み倒そうとしたんだろうって首を絞めるつもりだろうが、いつまで興味が続くか。なにせ、発生現場は年中殺しや強盗事件が起きている地区だし、誰かが死んだ訳でもない。肝心の借り主がなかなか見つからなければ、早々にお蔵入りだろう」
「見つかる訳ないじゃない。本当の借り主は、もうこの世にいないんだから」
 レイチェルが苛立った口調で言う。
 彼女は、まるで酒を煽るようにカップの中の紅茶を飲み干した。
「やっぱりヤツなのよ。そうとしか考えられない」
 レイチェルが、男性陣をギロリと睨み回す。
「あの部屋が燃えて得するのは誰? 一見するとジムだけど、ジムにはそんな暇はなかった。彼はその頃、ミラーズ社にいたから」
「レイチェル?!」
 まるでジムも容疑者の一人として扱うレイチェルに、マックスは思わず声を荒げた。レイチェルは「まぁ落ち着きなさいよ」と、二人掛けのソファーの隣に座るマックスの膝に手を置いた。
「こういうことは、客観性が常に必要よ。そうでしょ」
 セスが頷く。レイチェルは、息を大きく吐き出すと、再び男性陣を見渡した。
「とにかく、ジムの仕業じゃないとしたら、得する人間はあと三人。一人は、ジェイコブ・マローン。彼は彼が犯した犯罪の証拠をケヴィンに捕まれていた。・・・けど、皆も知ってる通り、今となっちゃまるで関係ないわね。当のジェイコブは、その罪で今拘置所の中。別に燃やしたってもう意味ないし、第一、燃やす事なんて出来ない。・・・もう一人は、ケヴィンの幼なじみでパソコンオタクのハロルド。アイツはしらばっくれてたけど、ハロルドはケヴィンに協力して、国家機密情報をダウンロードしてた。その情報とはつまり、あなたのファイルに収まっていることに関する情報ね」
 レイチェルは、テイラーの黒いブリーフケースを顎で指し示す。そしてレイチェルは芝居がかった仕草で、肩を竦めて見せた。
「けれどハロルドはおよそそんなことはしない。何せあいつは、もう何年も自分の部屋から出たことのない男だし、ケヴィンがこの世にいない以上、知らぬ存ぜぬな態度を続ければ、切り抜ることができる。些細な証拠を隠滅しようと動けば、返って目立つ身体よ」
 レイチェルの脳裏に浮かぶハロルドは、太った身体をフィットネスダンスで揺すりながら汗だくになっている。
 レイチェルは頭の中の妄想を隅に押しやると、その奥にある男の影に目を向けた。
「残るは、あと一人」
「ジェイク・ニールソン」
 セスが呪文のように、その名を呟く。セスの横でテイラーが奥歯を噛みしめた。
「あの部屋が燃えて最も得する人間は、やっぱりニールソンなのよ。もし、ケヴィンが一連の事件の真相に近づいていたとしたら、ヤツは自分の存在を消す必要があった。だからケヴィンを葬り、部屋まで葬った」
「辻褄は合う」
 セスがすぐさま先を続ける。
「一連の爆破事件の中で、ケヴィンの事件だけ異質なんだ。実際にはっきりした証拠が出ている訳ではないが、俺はずっと感じてきた。もっとも、署の連中はマローンがやったと見なしているが、俺はそうは思わない。実際、マローンもそう主張している。マローンの言う、ベン・スミスがきっとジェイク・ニールソンなんだ」
 セスの言っていることに耳を傾けながら、レイチェルが一瞬怪訝そうに顔をしかめた。
 しかし他の男達はそのことに気づかず、話を続ける。
 テイラーが唸り声を上げた。
「しかし、あまりにも姿が見えなさすぎる。今どんな顔をして、どんな生活を送っているのか・・・。誰かどこかでヤツの姿を見ていてもいいはずなのに、なぜそんな証言が出てこないんだ。ベン・スミスはどこへ行った? ジェイク・ニールソンはどこへ・・・?」
 苛立ったテイラーの声を遮るようにして、レイチェルがハッと息を呑んだ。
「ど、どうしたんだい? レイチェル」
 口を大きく開け、驚きの表情を隠せないレイチェルの様子に、マックスがぎょっとする。
 レイチェルは、ゆっくりと立ち上がった。
 宙を見つめたまま、彼女は口にするのを禁じられた秘密を話すように、ごくごく小さい声で、こう囁いたのだった。
「ひょっとしたら私、ジェイク・ニールソンに会ってるかもしれない・・・」
 一同が、ぎょっとした顔でレイチェルの顔を見た。

 

Amazing grace act.117 end.

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編集後記

祭りじゃ祭りじゃぁ~~~~~~~!!!
突然騒がしいんですけど。
国沢の住んでいるところでは、夏に大々的な祭りがあります。しかも、そんじょそこらの夏祭りとは訳が違います。もう街中です。市内中といった方が規模が伝わるかな? 例えれば、京都の祇園祭りや岸和田のだんじり祭り、青森のねぶた祭り、徳島の阿波踊りと匹敵する規模の祭りです。もうスンごいです。その祭りの約二日間は、右翼の宣伝カーよりぶっとい音で音楽を鳴らす地方車と呼ばれる車が街の各商店街になぐり込みをかけ、その後ろを百人から百五十人が一チームになった踊り子が踊り歩きます。
地方車の出す音のその音量と言ったら。
完全に無視してるもんな(笑)、法律を。
しかしそんなこたぁ、気にしません。そんなのが当たり前になるほど、街中が非常識な状態になるのがこの祭りです。
踊り子は殆ど皆素人。炎天下の中、うだるアスファルトの上で、朝早くから夜遅くまで踊り続けます。尋常じゃないです。中にはぶったおれる人もいます。隣の人がぶっ倒れたからって、そんなことで怯みません。危険だから踊ることをやめるなんてことは、祭り人の心意気として、あり得ません。脱落者は置いて行かれる。踊り子部隊は踊り続ける。正しく、ショー・マスト・ゴー・オンです(ああ、フレディー!!)←このコメントが分かる方は、結構洋楽好きですね。
もちろん、観光客も一番多い時期ですので、見物人も多くいるのですが、踊り子の殆どは、見物人のことなんてまるっきり考えちゃいません。まさに自分の自己陶酔のために踊っているとしか思えない。そんな我が儘な人間が、十万単位で突如市内中に出現するのだから、本当に尋常じゃありません。
嗚呼、なんて熱いお国柄なんだ!!
県外から来る観光客は、その迫力にかなりビビリながら帰っていきます。(いや、一緒に盛り上がって癖になる人もいるんですよ、ホントは)
そして国沢、丁度今年その祭りが五十周年を迎えるので、踊り子に参加することにしました!
もちろん、以前から踊ったり踊らなかったりしてきたのですが、今年踊らなくてどうする?!!ってことで、年齢など顧みず、踊り狂うつもりです。今は毎日踊りの練習につぐ練習。体中筋肉痛。それでもまた明日、踊りに行くの・・・。気分はもうM嬢。(分からない人は、お母さんかお父さんに意味を訊いてみよう!!)←や、しないでくださいね、本当に(汗)
祭りは、来月初旬。今からもううずうずしてます。

[国沢]

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