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nothing to lose title

act.140

 相変わらず、キングストンはテレビ中継に夢中になって、画面を食い入るように見つめていた。カチカチと爪を噛む仕草は、彼がミラーズ社の社員であった時には見られなかった癖だ。幼い頃の癖なのか、それともミラーズ社を追い出されてから送ってきた『惨めな』生活の中で染みついてしまったものなのか。いずれにしても今の彼が非常に本能的になっていて、冷静さを欠いていることは見て取れた。
 少し前までは、ニュースの合間にコマーシャルが入る度に、背後のソファーに倒れ込んでいるマックスの様子を見る余裕があったが、ビル一階での爆発があってから以後はテレビ局のコマーシャルを入れることをやめ、この緊迫した籠城事件を放映するようになり、キングストンもそれに夢中になった。
 病的な歓喜の声を上げながら、テレビ画面を食い入るように見ている。
 キングストンには、元々破壊的な性格が潜んでいたのだろう。まだ社会人としての理性があった時でも、マックスを暴行しようとしたぐらいだ。今ではその理性さえもなくなり、自分に恥をかかせた会社やひいてはジム・ウォレスという男に復讐しようと企てている。
 テレビ画面に自分の顔写真が映し出される度に拍手をする様は、およそまともな神経ではなかった。
 今のキングストンにとって重要なのは、自分が犯罪者のレッテルを貼られて、今後どういう形にせよ負わねばならないリスクがあったにせよ、自分の存在が社会に対して知らしめさせているという事実の方が、価値が高いということだ。
 考えろ・・・考えるんだ・・・・
 マックスはキングストンの様子を見ながら、周囲に目をやった。
 マックスが横たわるソファーの正面には、社長の椅子に座り、デスクに置かれたテレビを食い入るように見るキングストン。それから向かって左側の壁際に、今もなお意識を失ったままのシンシアがベルトで車いすに縛り付けられている。こうも長時間気を失っているのは、睡眠薬か何かを無理矢理飲まされたのかも知れない。目立った外傷がないだけに、不安だった。
 一方、マックスはというと先程抵抗したお陰で、両足も結束バンドで縛られてしまった。
 両手はベスト越しに後ろ手で縛られている。恐らくこれも結束バンドだろう。
 少なくとも、このままでは身動きが取れないことは明らかだった。
 この拘束を解かなければ、話は始まらない。シンシアを救うことは難しい。
 どうにかしないと・・・。
 マックスはより注意深く身の回りを見回した。
 ふと、マックスが先程キングストンに向かって蹴り出したテーブルの下に、ライターらしきものが転がっているのが見えた。それは元々テーブルの上に置いてあった社長室に備え付けられたもので差ほど大きいものではないが、大理石で出来ている。
 あれが拾えたら・・・。
 刃物の変わりになるようなものが見あたらない今、手の拘束を解く為にはライターで焼き切る方法しかない。
 しかし・・・。
 それを実行するにはかなりの困難が予想された。
 一つ目の問題は、どうやってライターを手にするのか。
 少し距離のあるライターをキングストンに気づかれずに拾う方法を考えねばならない。少なくとも、ジェイク・ニールソンがこの部屋に帰って来る前にライターを拾っていた方がいいに決まっている。
 万が一それがうまくいったとしても、二つ目の問題がある。ライターで結束バンドを燃やし溶かそうとすれば、当然焦げ臭いにおいが部屋中に充満するだろう。その臭いをキングストンが気づかない訳がない。焼き切る前に、気づかれてライターを奪われ再び殴られるのがオチだ。
 そして考えるだけでも恐ろしい、三つ目の問題。
 マックスはその事を想像してゴクリと唾を飲み込み、自分が今身にまとっているベストを見下ろした。
 そのベストは川釣り等を楽しむ釣り人が好んで着るようなものを加工したらしく、無数にある小さなポケットに赤くて短い円筒形のものがいくつも差し込まれている。恐らくこれが発火物なのだろう。後ろ手に縛られている状態でライターを使い、間違ってベストに引火してしまったら・・・。
 マックスは自分の心臓が恐怖でドクリドクリと大きく脈打つのを感じながら、ベストとライターを交互に見つめた。
 やるべきか、やらざるべきか。
 今更ながら、自分の勇気のなさに涙が出そうになる。
 命をかけてシンシアを守りたいと思っても、いざ本当にその場面に遭遇すると、すっかり足が竦んでしまっている。
 額にじわりと脂汗が滲んだのを感じた時、キングストンがテレビ画面を見ながら再度歓声を上げた。
「おお! スター記者のお出ましじゃないか!!」
 キングストンがそう叫んで立ち上がった。
 テレビから声が漏れてくる。
『先程の爆発から一時間経とうとしています。意表を突かれた犯人からの攻撃に、現在警察も動きが完全に止まってしまいました。犯人からの要求はいまだない訳ですが、ミラーズ社を取材した立場として今回の事件、どう思われますか?』
『私は、以前ミラーズ社の一社員にインタビューをさせていただいたことがあります・・・』
 マックスは、ハッとして顔を上げた。
 その声は間違いなくマーク・ミゲルの声だった。
 彼がこの現場に来ている。
 マックスが爆弾事件に巻き込まれ病院にかつぎ込まれた時も駆けつけてくれたミゲルのことだ。今回も事件を知って飛んできたのだろう。
『全米中で話題になったこの記事ですね』
 レポーターのこの声に併せて、おそらく画面にあの時の雑誌記事が映し出されたのだろう。キングストンはブーイングの声を上げる。
『誰もがローズ氏のこの勇気ある行動に賞賛を送りました。そしてローズ氏はこの記事によって一躍全米の話題の人となった訳ですが、その後ローズ氏自身が爆弾事件に巻き込まれています。ミゲルさんは、一命を取り留めたローズ氏にお会いになってますね』
『ええ。この取材をきっかけとして私は度々彼に会う機会がありました。記者という立場を離れ、よき友人として会うこともありました』
『今回恐らく、ローズ氏もビル内に閉じこめられていると思われますね』
『ええ。非常に残念ですが、そも可能性は高いでしょう』
『未確認の情報ですが、そのローズ氏が犯人に連れられて行き、今最も犯人の身近にいる人質であるという噂も流れてきています。前回の爆弾事件の犯人は既に捕まっているようですが、今回もまた爆弾が凶器として使用されているわけです。今回のこの事件と因果関係があるとミゲルさんは思われますか?』
 マックスはドキリとする。
 ミゲルは、ウォレスが今回の一連の事件に深く関与していることを恐らく感づいている。
 病院に駆けつけた際ウォレスを激しく罵倒したのも、どこかにそういう思いがあったからだ。もし今そのことを切り出されてしまったら、ウォレスにマスコミの注目が集まってしまう。
 一時はマックスのことを巡ってウォレスと争った事もあるミゲルのことだ。
 ひょっとして今も、その思いが彼にあったのなら・・・。

 

Amazing grace act.140 end.

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編集後記

ごめんなさい(汗)。
今回ちびっとしか書けなくて(汗汗)。
本当にもう、カメの歩みで申し訳ないです・・・。本当は最終ラインまで突き進め~~~~~!ってところなのに、筆がいつにも増して遅くて、さぞや皆さんをヤキモキさせていることでしょう・・・。
ああ、神様・・・という最後の一行は、国沢の心の中の声です。間違いなく(滝汗)。
新作を期待されているというエセ物書きでありながら、なんとも光栄な状況でありながら、その期待に上手く応えられない自分の不甲斐なさが情けねぇっす、ホント(とほほ)。
それもそれも、こんなに物語を膨らませ過ぎたオイラが悪い(←分かり切っているだけに辛い)。自分が膨らませた話についていけない筆力のなさが悪いのだ~~~~(ざぼ~ん)。
でも書き始めちゃったからには、最後まで書き上げたいと思っています。
つたない状態であちこちボロをボロボロと落としながらの更新で、なんとも格好悪い状態が続いていますが、もうしばらくおつき合いください。なんだかエゴ丸出しで申し訳ないのだけれど。

[国沢]

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