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nothing to lose title

act.139

 「うわぁ!!」
 サイズが悲鳴を上げて、椅子から転げ落ちたと同時に、真っ赤な炎が一瞬天井のダクト口から吹き出した。
 警備室はその瞬間騒然となり、炎を感知した火災探知機が作動してスプリンクラーから一斉に水が噴き出した。
 全てが水浸しになる中、サイズの同僚が床に倒れ込んでいるサイズに駆け寄った。
「おい! 大丈夫か?!」
 同僚がサイズの身体を揺すると、サイズは低く呻いた。
「こ、腰、腰打った・・・」
 そう言って顔を上げたサイズの頭頂部は、先程の炎に炙られて焦げ臭いにおいを放っている。
 同僚が顔を顰めて、縮んで丸くなったサイズの毛先に触れると、ぽろぽろと焼けた髪が床に落ち、水に流されていった。
「お前、腰の心配より頭の心配した方がいいかもしれないぜ・・・」
 サイズもようやくその事実に気が付き、頭頂に手をやる。その手触りを感じて、本気で顔を青くした。
「一体、何がどうなってるんだ!」
「何かが爆発したんだよ・・・」
 サイズは同僚と二人で、オレンジ色にテラテラと輝くダクト口を見つめた。
 ダクト口からはもう、警察官の呼びかける声は聞こえなくなっていた。


 ビルの周囲もまた、警備室の比にならないくらいに騒然としていた。
 ビル一階内部とビルの表入口の花壇付近に仕掛けられていた爆弾が同時に爆発し、多数のSWAT隊員がそれに巻き込まれた。
 辺りは悲鳴と怒号で溢れ返り、部隊は一旦撤退する他なくなった。
 特にビルの西側からダクト内に侵入していた先行部隊のダメージは大きく、全身血塗れの隊員を仲間の隊員が担ぎ出す様がテレビカメラにもはっきりと映し出された。
 現場は、炎を消す消防隊と負傷した隊員を手当する救命士、そして制服警官や残りのSWAT隊員でごった返し、一種のパニック状態に陥っていた。
「早く運び出せ!!」
「こっちにも担架をよこしてくれ!!」
 まるで女の悲鳴のような金切り声を上げるSWAT隊員達の中で、その群をさり気なく離れる一人の隊員がいた。
 ヘルメットを目深に被ったその隊員が、ビルの裏手に回っても誰もその隊員の単独行動を気にする人間はいなかった。
 隊員がビルの裏手に回ると、本来そこに配備されていたはずの部隊も、表入口と西側の被害のフォローに周り、撤退を余儀なくされていた。表の騒がしさとはうって変わって、驚くほど静まり返っている。
 隊員は周囲の様子を念入りに見回し、自分を見ている視線がないことを再度確認すると、ビルの入り組んだ壁の奥にあるスチール製の巨大なゴミ箱の蓋を持ち上げた。
 そこは丁度カフェテリアの厨房にあるダクトシュートと直結しているゴミ箱で、様々なゴミで埋め尽くされていた。
 隊員は、何の躊躇いもなくゴミ箱の中に自分の身体を滑り込ませると、ゴミの山を掘り起こした。沸き上がる悪臭ももろともせず、壁際に接した部分をどんどん掘り進んで、ダストシュートの入口を発見する。隊員は、その入口に詰まっているゴミも掻き出すと、大の大人が一人入れるかは入れないかぐらいの細い入口の中に身体を突っ込んだ。
 びっしりとハードな装備が付いた紺色の制服のお陰で窮屈さは更に増したが、隊員はダストシュートの筒の中を、身体を使って器用に登っていった。


 キングストンが、テレビ画面に映し出される惨劇を見て、歓声を上げた。
「流石にライブだなぁ! 迫力があるぜ」
 キングストンがガラス窓に近づき、堅く閉じられたブラインド越しビルの真下を眺める。
 ビルの下部からはモウモウとした黒煙が上がっていた。
 社長室にも爆発の衝撃は十分伝わっていた。
 まるで地震が起きたかのようにブルブルとビルごと揺れ動いた。
 間違いなくジェイク・ニールソンの仕業だった。
 社長室に久しく姿を現してないジェイクは、外部から侵入してくる警察に対抗すべく、ビル内のあちらこちらに仕掛けをして回っているに違いない。いや、ビルの外でも爆破があったことを考えると、今さっきという訳ではないだろう。ヤツは、今日この日だけでなく、やはり以前から着実にこのビル内に様々な仕掛けをしてきたのだ。
 馴染みの電気店の従業員として幾度となくこのビルに通い、同じ空気を吸っていた。
 警備システムを直す立場で来ていたこともあるのだろうか。指紋検査の網をくぐり抜け、まんまとこのビルに侵入していたのだ。
 ああ、何と言うことだろう・・・。
 ジェイク・ニールソンは、短期間に警察をもあっさりと怯ませるだけの準備を整え、そればかりかシンシアの行動ですら熟知して彼女をここまで拉致してきたのだ。そして今は、そのシンシアにさえ死のベストを着せ、自分の身体もその立派なベストで雁字搦めにされている。
 マックスは、鼻先にこびりついて固まりつつある血のむず痒さを感じながら、唇を噛みしめた。
 どうして気づくことができなかったのだろう。
 この男がこんな近くまで接近していて、どうして気が付かなかったのか。
 それが長年テロリスト・・・といっても実状は私利私欲に走った強盗犯であった訳だが・・・・として生きてきた人間の恐ろしさなのか。
 マックスの脳裏に、いつかジェイコブ・マローンに刃を向けたウォレスの姿が思い起こされた。
 殺人の道具として教育され、訓練され、それを生きる術として身体に叩き込まれたウォレス。あの病的に見開かれた瞳には、はっきりと血の匂いを感じさせるだけの殺気が溢れ出していた。彼にあの瞳を教え込んだ男。それがジェイク・ニールソンなのだ。
 「君はヤツがこれしきの状況をも打開できない男だと思っているのかね?」とどこか誇らしげにそう言ったジェイク。
 ジェイクは間違いなくウォレスが自分の目の前に現れることを確信していて、そして自分の思い通りにウォレスを手に入れることを信じて疑っていない様子だった。
 ジェイク・ニールソンは、ウォレスを『どういう形』で手に入れようとしているのか。
 ウォレスの命を手に入れるつもりなのか、この場から連れ去るつもりなのか。
 そうウォレスの身体に、『お前は私のもの』と刻み込む程の執着心を持って・・・。
 マックスはギュッと目を瞑った。
 それならばいっそのこと、ジェイクの自信など裏切ってウォレスがこのビルに入って来られない方がいい。警察に阻まれて、門前払いを食らっている方がずっといい。
 内心、今ここにウォレスがいてくれたら、どんなに心強いことだろうと思う。
 けれど、それではダメなのだ。
 もしウォレスがここに来ることがあれば、彼は本気で命を投げ出すだろう。
 それがシンシアのためでも、そして自分のためでも。
 二人を同時には守りきれないと言ったウォレスの言葉は、本当だろう。
 ウォレスがここに来たとしても、自分達三人の誰かの命が失われ、二度と生きてこのビルを出ることがなくなるかもしれない。そしてウォレスなら、喜んでその道を選ぶだろう。
 ウォレスがそんな目に合うのなら、いっそのこと来なければいい。
 マックスは、心の中で強く思った。
 ジム・ウォレスこそ、生きて幸せにならなければならない人なのだから。
 そのことを考えると胸がギュッと締め付けられる。
 これまで生ききた道があまりにも不幸過ぎた。
 だからこそ、これからの人生は幸せに生きて欲しかった。
 いざとなれば・・・。
 マックスは、今なお気を失っているシンシアを見つめた。
 「人間死ぬ気になれば、人ひとりぐらいは守ることが出来る」
 ふいに耳元でウォレスの声がしたような気がした。
 そうだ。
 俺だって、誰か他の人の命を救ってきたし、それが自分の天職だと気が付いたんだ。
 彼女は、この俺が守る。
 だからジム、ここには来ないでください。
 どうか、ジェイク・ニールソンの前に姿を現さないでください。
 お願いです。誰か、彼を止めてください。
 神様・・・・


 カフェテリアの厨房の奥で、ゴトンと金属の扉が開く音がした。
 厨房の壁に取り付けられたゴミを捨てるための扉が下向きに開き、そこから紺色の制服姿の男が転がり落ちるようにして出てきた。
 男は立ち上がると、服に付いた汚れを叩き落とした。そして手についた汚れを近くの作業台においてあったタオルで拭うと、頭に重くのしかかっていたヘルメットを取った。
 ヘルメットの向こうから現れたのは、ミッドナイトブルーの瞳。
 男は、ジム・ウォレスだった。
 ウォレスは、渋滞の道に業を煮やしたSWATチームのバンが脇道に逸れることを予想して先回りし、道ばたにおいてあったコンテナやゴミ箱をわざと邪魔になるように車道上に広げた。
 予想通り路地に入り込んできたSWATチームのバンは、ウォレスの狙いに従い一旦停止し、隊員が総出になっての撤去作業を余儀なくされた。
 ウォレスはその間にひとり切りになっているバンの運転手を捕らえた。
 他の隊員が撤去作業に躍起になっている間に、運転手をその場であっという間に気絶させると、バンの影に隠れながら側の建物に運転手の身体を引きずって、彼の装備を奪うと自分の身体にそれを身につけた。そして目深にヘルメットを被ると、何食わぬ顔をしてSWATチームの一員として警察のバリケードを潜ったのだった。
 バリケードを越える際、たまたま外出していたミラーズ社の社員や社員の家族達が警官に行く手を阻まれている様を目の当たりにした。ウォレスとてあのままミラーズ社の社員としてその場にいたら、警察のバリケードを越えることはできなかっただろう。いや、万が一越えることができたとしても、ビルにまで近づくことはできなかった筈だ。
 あのSWAT隊員には悪かったが、こうする他なかった。
 目の前でSWAT隊員が爆弾の餌食になるのを見て、これがジェイクの仕業であることをはっきりと確信した。
 ジェイクの仕事は、最小限の道具や材料で最大限の効果を発揮する。
 ジェイクが警察の進入路に仕掛けた爆弾は、量的には極少量の爆薬を使ったもの・・・おそらく手作りの爆薬を使用している・・・だ。だがジェイクはそれに遠隔操作できるスイッチを付けることで的確に相手にダメージを与える方法を取った。
 現に今の警察の慌てようを見たら、その効果が絶大だったことは目に見えて分かる。
 何十年もの間独房の中で暮らしてきた割には、ジェイクの腕はまったく衰えを見せていない。恐ろしいほど鮮やかな手並み。
 ウォレスの脳裏に、若い頃の剃刀のように刺激的な日々が思い起こされる。
 ジェイクがお得意の爆薬で仕掛けてくるのなら、こちらはこちらで手だてはある。
 アレクシス・コナーズのスネーキング(潜入)は、ジェイクが舌を巻くほどの鮮やかさがあった。
 ウォレスは、大きく息を吐き出すと、首のコリを解すように首を左右に振り、マックスが日頃するように顔を軽くパンパンと叩いた。
 そしてしばらくの間、深く瞑想するように目を閉じる。
 やがて見開いたウォレスの蒼い瞳は、鋭く光り輝いていた。

 

Amazing grace act.139 end.

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編集後記

ど~も~。新年二回目の更新でございます。
本来なら、プーだからおめ~、アメグレ書く時間たんまりあるだろうがよ?! もっとサクサク進めろよ!!ってことになるはずなんですが、おいらプーなのに未だなぜか忙しい毎日を送っています(汗)。
あれ?おかすぃなぁ~??? あの、えっと、事情を説明しますと、辞めた会社に契約社員として雇われました(汗)。 時給制で。
あ、あはは。
しばらくは暢気に仕事場(という名の独立したマイルーム)をゆっくり準備していったらいっかぁ~と思っていたのですが、急ピッチで準備しなくてはなくなり、もう慌てに慌ててます(汗汗)。
ああ、電話の契約にもいかなくっちゃ(汗)。保険の手続きも行かなくっちゃ(汗汗)。確定申告のことも調べなくっちゃ(汗汗汗)。ブルードバンドルーターを無線にしなくっちゃ(汗汗汗汗)。あれもない、これもない、あるのはi-Bookだけ~~~~~!!!
えへv
ま、かわいこぶったってダメなんですけど・・・。
悠々自適なプ~生活はどこへ???
や、こんなご時世、ある意味幸せなのかもしれませんねぇ・・・。
ああ、でもホームページは何とか今月中に模様替えしたいでつ。これだけは好例っつーか、名物っつーか、自分の中で決めてるルールだから・・・。でも、できんのか?ホントに??

[国沢]

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