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act.37

 ウォレスがローレンスの店に入ると、例のごとくヴィンセントも既に来ていて、ウィスキーのグラスを傾けていた。だが、いつも陽気にウォレスを出迎えるヴィンセントでさえ、今日はカウンターで大人しくしている。 ウォレスは益々怪訝そうに2人を見つめた。
「一体、どうしたんだ」
 ウォレスの台詞に、ローレンスとヴィンセントが顔を見合わせる。
 ウォレスがカウンターに近づくと同時に、ローレンスが口を開いた。
「この街に、ジェイクがいる」
 ウォレスの足がピタリと止まる。
「え?」
 ウォレスが訊き返した。ローレンスは苦々しい表情を浮かべ、再度言った。 「この街に、ジェイク・ニールソンがいるらしい」と。
 ローレンスの言葉の意味を理解したウォレスの身体が、ふいにグラリと揺れた。
「危ない!」
 ウォレスより大柄なヴィンセントが、咄嗟にウォレスの身体を支えた。
「す、すまん・・・」
 ヴィンセントの腕を掴みながら、ウォレスが身体を起こす。大きく深呼吸をして、カウンターに手をついた。
「大丈夫か?」
 ローレンスがカウンターの上のグラスにミネラルウォーターを注ぐ。ウォレスはそのグラスを受け取ると、一気にそれを飲み干した。
「とにかく、座った方がいい」
 心配げな顔つきのヴィンセントにそう言われ、「ああ」とウォレスは頷いた。スツールに腰かける。
「どういうことなんだ?」
 ウォレスは、噛み付くような目でローレンスを見ながら言った。
 ローレンスは「昨日、警察の奴と英国大使館員がこの店に来てな」と言いながら、新しい煙草に火をつけた。
「どうやら奴は、ヒースロー空港でビジネスマンのパスポートと旅券、現金を強奪してビジネスマンを殺し、この街にまで来たらしい。空港の防犯カメラにニールソンの姿が映っていたそうだ。もっとも、その写真を見せられた訳じゃないから、本当かどうかは判らないが・・・」
 ローレンスは煙草の灰を灰皿に落とした。
「ここしばらく、俺も例のゾンビ騒ぎを調べてみたが、ニールソンの死体はまだどこからも見つかってない。マリエールにも電話をしてみたが、ニールソンのシンパは今回動いていないそうだ。まったく預かり知らないことだったらしい。奴らも慌てているとさ。自分達のカリスマが突然獄中で死んだと思ったら、墓が暴かれて死体がなくなる。おまけにゾンビで蘇っただなんて馬鹿げた話まで出ている。それに、今回の話だ。俺も些か自信がなくなってきた。ニールソンが死んだということにな」
 ローレンスはいつになく饒舌だったが、その奥には焦りに似た恐怖が見え隠れしていた。
 ウォレスは2、3回瞬きをした。眼球の奥が締め付けられるような錯覚を覚えた。
 ローレンスは、煙草を持っていない手で顔を擦ると、大きく溜息をついた。
「おまけに、ここ数ヶ月間の間に起こった爆弾騒ぎだ。警察の奴が、俺が爆弾作りに一枚噛んでいるんじゃないかと言ってきた」
 焦点のあっていなかったウォレスの視線が、ローレンスに向けられる。
 ローレンスは、肩を竦める。
「もちろん、そんなことは死んでもないんだが」
「ようは、今回の爆弾の作りが、島の作り方に酷似しているっていう訳だ」
 いつになく真剣な口調でヴィンセントが言う。 「だからローレンスが疑われたに違いない」と。
「それは大丈夫なのか?」
 ウォレスが心配げな顔をローレンスに向けた。ローレンスは煙草を一気に根元まで燃やす。そして勢いよく煙を吐き出した。
「・・・ああ。それはその警官のハッタリだろう。奴はかまをかけてきたんだ。ソイツのことは昔から知ってる。あいつも本気でそんなことを言ってきた訳じゃないだろう。だが、爆弾の仕組みについては本当だ。昨日今日の奴が作った爆弾ではないらしい」
「だからニールソンの奴が怪しいと、俺は思うんだ」
 ヴィンセントがローレンスの後に続く。
 それを聞いて、ウォレスの頭の中に様々なことが浮かんでは消えていった。橋の爆破。その直後に起きたシンシアの事故。家の庭に侵入してきた不審者。そして、ミラーズ社の目の前で燃え盛る車・・・。それが、ニールソンの仕業・・・?  待てよ、とウォレスは思った。
 冷静に考えなければ、と素早く頭を回転させる。
「一連の爆弾騒ぎがジェイクの仕業だったとしても・・・それは不自然だ」
「どうして」
 ヴィンセントがウォレスの顔を覗き込む。ローレンスが腕組みをして頷いた。
「確かに・・・確かにそうだな。不自然だ」
「ええ? そうなのか?」
 ヴィンセントがローレンスとウォレスを見比べる。
 ウォレスは、ローレンスに「何か飲むものをくれ」と言った。ローレンスは「ウィスキーでいいか」と返し新たなグラスを置く。ウォレスは頷きながら先を続けた。
「ニールソンなら、あんな爆弾の仕掛け方はしない。特に一番最初のケース」
「・・・橋か」
「そうだ」
「やり方が中途半端過ぎるな。あれがニールソンの仕業だとすると、まったく目的が見えない。そんなやり方は奴のスタイルじゃない。そうだな・・・まるで、できた爆弾を試したくて仕方がなかった・・・という感じだ」
 ローレンスは、ヴィンセントの前に置いてあったウィスキーのボトルを取り、新しいグラスに琥珀色の液体を注いだ。
「それに・・・」
 ウォレスが呟く。
「ジェイクではおかしいんだ」
 ローレンスとヴィンセントの視線がウォレスに集まる。ウォレスは、ただ宙を見つめたまま、言葉を繋いだ。
「2回目の爆破で犠牲になったのは、私を脅していた人間なんだ。おそらく、シンシアを襲った人間だろう。ローレンスも、判っているよな?」
 ローレンスを見る。ローレンスは少し頷いた。
「確かに、その通りだ。その証拠を掴んだ矢先に、ステッグマイヤーは爆弾で吹き飛ばされてしまった」
「つまり、私に恨みを持っている人間が殺されている。ジェイクがそんなことをするはずがない」
「アレクシス、お前に容疑が向けられるように仕向けたんじゃないのか?」
 ヴィンセントがそう言うと、ウォレスは一瞬責めるようにヴィンセントを見た。ヴィンセントはその視線の意味を理解して、すぐ肩を竦め「すまん、もうその名前で呼ばない」と謝った。
「容疑をウォレスに向けるには、不十分過ぎるな」
 警察の内情のことにも精通しているローレンスは、まるで大学の講義を行っている教授のような面持ちで言った。
「ウォレスを陥れるつもりなら、他にもっといい方法がある筈だ。・・・例えば、直接ウォレスの前に姿を見せるとか。むしろそっちの方が、ニールソンらしい」
 しばらくの間、沈黙が流れた。カウンターの向こう側に置いてある冷蔵庫のモーターがブーンとなる音だけが辺りに響いた。
「・・・なぁ・・・。万が一・・・万が一ニールソンがこの街に来ているとしてさ。案外ニールソンは、ウォレスがこの街にいることに気づいてないんじゃないか?」
 ふいにヴィンセントがそう呟いた。
 他の2人がヴィンセントを見る。
「俺がニールソンだったとしたら、ウォレスがこの街にいると知った時点で、まず真っ先にウォレスに会いに行くと思う。会ってどうするだなんてことは、正直想像つかないけどな・・・。でも、実際はそうじゃない訳だ。爆弾事件の犯人がどんな奴で、どんな方法で爆弾作りを覚えたかはまるっきり判らないが、お前らの話を聞いているとニールソンの仕業じゃないことは判る。しかも、ニールソンはまったく姿を現してない。だとしたら、やっぱり・・・」
「ウォレス」
 ローレンスがウォレスの腕に手を置いた。
「しばらく街の状態が落ち着くまで、街を離れたらどうだ。長期休暇が取れないのであれば、会社を辞めればいい。お前なら、どこででも引く手あまただろう。シンシアを連れて、人の多い大都市に身を隠した方が得策だと思うが」
 ウォレスは、しばらくの間考え込んでいた。やがて彼は辛そうな表情を浮かべて言う。
「・・・いや、ベルナルドを裏切れない。彼には、命を救ってもらった恩がある。今彼の側を離れる訳にはいかない。重要な契約が控えているんだ」
「しかし、ウォレス・・・」
「もう人の道に外れたことはしたくないんだ」
 力強い声でウォレスは言った。真摯な瞳が心配げなローレンスの姿を映していた。
「人の役に立てるような生き方がしたい。私のことはどうなろうと構わん。・・・判ってくれ」
 血反吐を吐くように、ウォレスはそう言った。

 

Amazing grace act.37 end.

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編集後記

風邪は一山越えたというのに。
今、モウレツな胃痛に悩まされています・・・。仕事が忙しくて昼食を取れなかったのが原因か・・・。胃が痙攣しているのか、はたまた胃壁が荒れちゃったのか・・・(大汗)。みなさん、規則正しい食生活は大事ですね(ホント・・)。国沢、現在身をもって勉強させてもらってます(滝汗)。
しかし・・・ブスコパン効かなねぇなぁ・・・。どうにかならねぇかなぁ・・・。眠たくっても、これじゃ眠れねぇ(くすん)。
どなたか、胃痛を抑える民間療法ご存知の方、いらっしゃいませんか?
・・・なんか、とほほな編集後記でごめんなさいね(涙)。
本当に編集後記って、国沢の日記と化してますね、最近(あはは)。

[国沢]

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