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nothing to lose title

act.46

 正直、自己嫌悪の塊である。
 マックスは、恐らく今日最後の患者であろう若い男性社員に処方箋を書き記した紙を手渡すと、医務室のドアまで彼を見送った。
「お大事にね」
 そう言う自分の声の方が、まるで患者のようである。マックスは、医務室のドアを閉めると、近くのソファーにどっかりと腰を下ろした。長い溜息をつく。
 なんだか今日は、いろんなことがあった一日だった。本当に長い一日。
 朝、有名な雑誌記者が学生時代の自分を知っていたという話から入り、それもつかの間いきなり告白された。その告白で頭の中が真っ白になってしまったせいで、肝心の取材で自分が何を話したのかも思い出せない始末。そして最後には、社内で打ち合わせ中のウォレスを捕まえ、トイレで唇を奪った。半ば強引に。
「あ~・・・、なにやってんだよ、お前」
 こんなの、全然スマートじゃない。
 あの後、トイレから出て、つつがなくウォレスの身をバーンズに返した。 「どうしたんだい?一体」とまるで鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔つきをしているバーンズに、「突然キスがしたくなって」と答える訳には当然いかず、マックスがしどろもどろになっていると、「以前から彼に相談を受けていてね。すまない、バーンズ」とウォレスがいつもの冷静な表情でフォローを入れてくれた。
 そのウォレスの横顔を見て、益々落ち込んでしまった。
 自分はじきに30になる男だというのに、こんなにも余裕がないだなんて恥かしい。メアリーと付き合っていた頃はこんな調子だっただろうか。・・・いや。
 マックスは頭を抱えながら首を緩く横に振った。
 メアリーとの恋愛は、こんなに必死な感じではなかった。寧ろ淡々として穏やかで、それが永遠に続くものだと思っていた。冷静さを失っていったのは寧ろメアリーの方で、マックスの気持ちが揺れ動くことは少なかった。それが自分の恋愛のスタイルだと思っていたのに。
 ところがどうだ。
 今の自分と言えば・・・。
 付き合い始めたばかりとはいえ、ウォレスに対する感情が溢れすぎて困ってしまう。
 ウォレスが冷静であればあるほど、マックスの気持ちには焦りが出てきてしまう。その焦りがどこからくるのか、分からない。
 ミゲルに告白をされた時、なぜあんなに怯えてしまったのか。自分がしっかりとウォレスのことを愛していれば、怯えることなんて何もないはずなのだ。
 けれど。
 本当に怖かったのだ。あの時。
 なぜかウォレスを失ってしまうのでは・・・と反射的に思ってしまった。
 どうして・・・。
 マックスは医務室の天井を仰ぎ、再度溜息をつくとソファーに寝っ転がった。
 多分。はっきりとは分からないが、多分自分は、こう思ったのだ。
 ウォレスは、自分を大切にしてくれている。けれどウォレスは、自分に全てを許してくれた訳ではない・・・。
 あの身体の傷。ウォレスの隠された過去。
 マックスはウォレスに対して、全てを曝け出してきた。強い気持ちも弱い気持ちも全て。真正面から彼と向き合った。だがウォレスは・・・。
 ウォレスはどこか、自分の感情を押し殺すようなところがある。
 恐らくマックスが知ることのない忌まわしい過去のせいだろう。
 あの日の朝、激情に押されマックスの身体を奪ったあの日から既に、ウォレスはどこかで「自分のような人間が・・・」という素振りを見せた。これはあくまで、マックスが漠然と感じていたことで、本当にウォレスがそんなことを思っているかは分からなかったが、常にそんな感覚を覚えていた。
 どうしてだろう。もし本当にそんなことをウォレスが思っていたとしたら。
 あれほど素晴らしい人はいないのに。
 優しくて、威厳に溢れていて、切ないほどの穏やかさでマックスを包んでくれる。あの瞳。あの表情。柔らかく包んでくれる手。熱い身体・・・。
 父親の愛情を知らないマックスに取って、ある意味初めて身近に触れる父性的な安心感。
 いつも超然としていて、男を好きになってしまったという初めての感情に戸惑うマックスを逞しく受け止めてくれた。そしてレイプされかけて今なおその傷を引きずっているマックスの心を癒してくれた。
 さり気なくて、でもマックスを最優先で労わってくれるウォレスの存在・・・。
 「自分のような人間が」と思うのは、寧ろ自分の方だ。
 マックスは目を閉じる。
 ウォレスのことを思うだけで、鼻の奥がツンと痛くなる。
 どうしてあなたは、全てを俺に見せてくれないんだろう・・・。俺じゃ、力不足なのだろうか・・・。
 ウォレスがマックスの傷を癒してくれたように、マックスもウォレスの心を癒してたかった。ウォレスが時折見せる悲しげな顔。そして会社の前で起きた爆破事件に遭遇して、蒼白になっていたウォレスの表情。その奥に隠されたもの・・・。
 全てを曝け出して欲しいと思うのは、自分の我儘だろうか。
 マックスは思った。
 彼の全てを手に入れたいと思うのは、自分が強欲であるという証拠なのか。
 人を好きになることは美しいことだけど、ある意味醜い。
 マックスは己の醜さを突きつけられ、たまらなくなった。
 ただ好きでいるだけでいいんだと、最初は思ってたのに。
 マックスは両手で顔を覆った。
 少し涙が零れた。
 電話が鳴る。
 マックスは身体を起こした。
 鼻を啜りつつ、頬に流れた涙を白衣の袖で拭うと、デスクの上の電話に手を伸ばした。
 まさか・・・。
『もしもし? マックス?』
「なんだ、レイチェルか」
 なぜか肩の力が抜けた。
『なんだとは何よ。失礼ね』
 あからさまに不機嫌そうな声を出すレイチェルに、「ごめん」とマックスは謝った。
「何? どうしたの?」
『爆破事件以来、やっと休みが取れたの。だから今晩はゆっくりディナーを楽しもうと思って。付き合わない?』
「セスは?」
『セスが出てこれるはずがないでしょ? 最近彼、例の大使館員とつるんでるらしいわ。私のことなんか、ほっぽらかし。ま、お互いこんな商売してるし? 割り切ってるけどね』
 そう言うレイチェルの言葉が妙に逞しく聞こえた。
 今日ウォレスはまたも残業で、今夜は会えないと昼間に謝られている。
 気分は滅入るばかりだったから、この際勝気な従姉君とディナーを楽しむのもいいかもしれない。
「いいよ。付き合うよ。待ち合わせはどこにする?」
『そうね。お店の前にしない? サボー。分かる?』
 店の名前を聞いて、マックスは少し笑った。
 サボーか。茹でたカニを食べさせる店だ。マックスも数回行ったことがある。
 マックスは店の中の様子を思い起こして、どこがゆっくりしたディナーなんだろう、と思った。だが、それがレイチェルらしい。
「ああ。分かった。サボーね。行くよ」
 マックスは、7時にねというレイチェルの言葉をメモしながら、「後で」と電話を切った。


 その頃ドーソンは、大きなトラックが何台もつけられた配送倉庫の物陰に身を潜めていた。夕刊の配送も終わり、車達は明け方の配送に向け準備が整えられている。
 コンクリート剥き出しの倉庫は、他の場所にも益して寒々としていて、厚手のコートを着込んでいるにも関わらず身を震わせた。
 幾人もの屈強な身体つきをした男達が動いている中、一際薄着の恰好をした男が、ゴミの後片付けをしていた。ベン・スミスだ。いや、今となってはジェイク・ニールソンと呼んだ方がいいのか。
 これが国際的に指名手配を受けているあの残忍な爆弾テロ犯かと思うほど、ニールソンはひっそりと寡黙に働いている。寧ろ忘れ去られそうな程度の存在感でしかない。
 だが、その岩のような横顔は見間違えるはずもなく、その薄いブルーの瞳は今なお冷たい光を宿している。
 配送係の係長が、ニールソンに向かって何か怒鳴りつけている。ニールソンはただ黙ってそれを聞いている。じっと係長を氷の瞳で見つめながら。
 その奇妙な風景を見て、ドーソンは背筋がうすら寒くなった。
 知らないとは恐ろしいことだ。世の中には、皮膚一枚外に狂気が隣り合わせで存在することがある。そしてそれに気づいた時は、既に遅いということが多々あるのだ。
 ニールソンが巨大なゴミ箱を片付けて配送係の事務室に姿を消すと、直に上着を着て彼が出てきた。
 ドーソンは、彼が今日定時で帰宅することを配送係の女子社員から聞いていた。
 とにかく、ニールソンとジム・ウォレスが通じているという証拠を探さなければ・・・。
 ドーソンの懐には、いつでもシャッターが押せるようにセットされている小型デジタルカメラが忍ばせてある。
 しばらくの間ニールソンをつけていれば、いずれ必ずジム・ウォレスが姿を現すに違いない。
 ドーソンは周りを確認しつつ、ニールソンの後を追った。

 

Amazing grace act.46 end.

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編集後記

久々に乙女モード満点のマックスくんのような気がします(笑)。
好きな人を思って泣いちゃうだなんて、あんた本当に30を目前にした男かよ?!と思わずサマーズ的なツッコミが出るってなものです。(自分が書いてるくせに・・・・)
ああ、もうすぐ記念すべき5万ヒットだし! マックスは乙女街道まっしぐらだし! 来週ウォレス出てこないし(爆)!
なんかいいこと起こりそう(?)です。←と自分に言い聞かせてみる。

[国沢]

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