irregular a.o.ロゴ

nothing to lose title

act.131

 ミラーズ社の吹き抜けのロビーにけたたましいブザー音が鳴り響いた。
 それと同時に、会社の入口という入口にロックが掛かり、そればかりかエレベーターも動きを停止した。非常階段に通ずるドアにまでロックはかかっており、社内にいた社員は全て例外なく各フロアに閉じこめられるという事態に発展していた。
「何だ?! 何がどうなってる?!」
 警備室は騒然となった。
 そこにいる四人の警備員は、背後に立つエンジニアを一斉に振り返った。
 エンジニアは、真っ青な顔色で多量の汗を流しながらそこに立ちつくしていた。
 サイズは、エンジニアの襟を鷲掴みにする。
「あんた一体何をしたんだ?!」
 エンジニアは激しく首を横に振る。
「こんな筈は・・・。一体何がどうなっているのか・・・」
 サイズは舌打ちをした。
 エンジニアは予期せぬトラブルにすっかり動揺している様子だったが、この状況を何とか出来る人間としては、たとえ頼りなくても不本意だとしても、目の前の男しかこの場にいないことは明白だった。
 サイズは、弱腰な表情のエンジニアを引きずるようにして警備システムのコントロールパネルまで連れていった。
 腰を抜かぬようにその場に座り込むエンジニアの耳元で、サイズは唸るようにこう言う。
「今すぐ、この状況を何とかしろ。いいな」
 サイズ自身、これが単なる誤作動でないような不吉な予感をビリビリと感じていた・・・。


 マックスは、ふいに外の気配が騒がしくなるのを感じて、顔を上げた。
 軽い溜息をつきながら、マックスは立ち上がった。
 セスと交わした電話の後、セスの言う『ニールソンの痕跡』を探していたマックスだったが、それを匂わせるものは何もなかった。見つけたものと言えば、電池が切れたウォレスの携帯電話だけ。なぜか充電器は部屋の中になかった。いずれにしても、これではウォレスと連絡の取りようがない。
 ジムが注意深く隠しているのだろうか・・・。
 マックスは今朝のウォレスの様子を思い浮かべて見る。
 だがそんな気配は少しも感じられなかった。
 ここ数週間穏やかな暮らしを味わうことができ、ウォレスの表情にもいつしか柔らかさが出てくるようになっていた。
 今朝、ロビーで別れた時に見せたあの堪らなく優しげで魅力的な微笑みの裏に、そんな重大な秘密を隠しているようには思えなかった。第一、もう隠し事はしないとウォレスはマックスとシンシアに誓っているのだ。それを簡単に破ってしまう人では決してない・・・。
 ウォレスを信じる心を奮い立たせようとマックスが唇を噛みしめた時、乱暴にドアがノックされた。マックスが返事を返す前に、慌ただしくドアが開けられる。
「ミスター・ウォレス!!」
 飛び込んできたのは、ウォレスのアシスタントであるレベッカであった。レベッカは、そこに立っているのが漆黒色の髪の男でなく、美しく輝く濃厚なブロンドの男だったことに少し面食らった表情を浮かべた。
「え、あ、ごめんなさい。ミスター・ウォレスがいらっしゃると思ったので・・・」
「彼は生憎留守みたいだ。実は俺も彼を捜していて」
 マックスが肩を竦めると、レベッカは「そうなんですか・・・」と大きく息を吐いた。
「それより、何かあったのかい? 何か騒がしいけど」
「ああ、それが・・・」
 レベッカは、廊下に目をやり派手に顔を顰めた。
「エレベーターがまた動かなくなって、おまけに非常階段のドアにまでロックがかかってるんです。一体何が起こっているのか、さっぱり分かりません。今、副社長が警備室に電話で問い合わせしているところなんですけど・・・」
 マックスもレベッカと同じ様な顔をして見せ、ウォレスの携帯電話を手に持ったまま、オフィスを出た。
 廊下には、異常事態を察知した社員が不平不満を零しながら、歩き回っている。
 幸いこのフロアは、社長室を始め重役クラスのオフィスが並んだいるので、今この時点で偶然にこのフロアにいた人間は比較的少ない。だが、階下のフロアのことを考えると、間違いなくパニックになっているだろう。オフィス中がごった返しているに違いない。
「一体、どうなってるんだ・・・」
「停電が直ったと思ったら、次はフロアに閉じこめられるなんて。全く、今日はついてないわ」
 レベッカが悪態を付いた。とその時、廊下の向こうから副社長のビル・スミスが彼のオフィスから出てきた。
 彼は苛立ちを押し殺すように、努めて平静を装おうとしていたが、明らかに機嫌は悪かった。
「ミスター・スミス」
 マックスが声を掛けると、ビルは意外そうな表情を浮かべた。確かに、マックスは今のこの状況でこのフロアにいるのは不自然だ。
 マックスはビルの表情からそれを察すると、「ミスター・ウォレスを捜しにきてたんです」と説明した。ビルはニヤッと笑みを浮かべると「会社でジムのことをまだそんなに余所余所しく呼んでいるのか、君は」と言った。マックスがビルの発言に戸惑いを見せると、隣に立ってたレベッカが、ポンとマックスの腕を叩いた。
 まるで何もかも知ってるという風に、レベッカがウインクをする。
 マックスは一気に顔が赤面していくのを感じた。
 思わず二人から顔を逸らせると、今度はビルに肩を叩かれる。
「二人揃いの指輪をしてるんだ。誰だって分かるよ。どうせバレてるんだから、いつものように呼べばいい。少なくとも、社内で君達のことを反対する者はいないと思うがね」
 ビルがそう言うと、レベッカが「あ、あ」と否定の声を上げた。
「女子社員の中では、かなりブーイングの声を上げてる娘もいますわよ。ミスター・スミス」
 ビルは大げさに肩を竦めてみせる。
「何とも罪作りなご両人だな」
「よしてくださいよ、からかうのは」
 マックスは天井を見上げながら無造作にそう言った。
「その顔、ミスター・ウォレスに見せてさし上げたいですわ」
 レベッカがだめ押しでそう畳みかける。
「本当にどこにいってしまったんだか・・・」
 レベッカの呟きに、ビルが答えた。
「ジムはさっき血相を変えて会社を飛び出して行ったんだ」
「何ですって?」
 マックスとレベッカがビルを見つめる。
「さっき出先から帰ってくる時に出くわした。あいつ、強引に車を奪って走っていったよ。誰かが大変なミスでもしたかなと思って社内に帰ってきた途端この騒ぎだ。一体何がどうなってるんだか・・・」
 ジムが、社外に・・・?
 マックスは首を傾げた。おそらくウォレスは、マックスのオフィスを訪れた後すぐに社外に出たのだ。
 何かを、察知して・・・?
「それで、ミスター・スミス、警備室はなんて?」
「原因は分からないそうだ。今、警備システムを納入した会社のエンジニアが来ていて、調べているところらしい。復旧にはもう少しかかりそうだ」
「なんて頼りないの・・・」
 マックスは二人の会話をぼんやりと聞きながらも、嫌な胸騒ぎを感じずにはいられなかった。
 このトラブルと、ウォレスのこの行動。
 何か関係があるのではないか・・・。
 マックスは、自分の手にある物言わないウォレスの携帯電話を見つめた。


 「ミスター・ウォレス」
 サイズの友人であるという電気修理工の男は、ヤンキーズのキャップを取って頼りなげに頭を下げた。
「な、な、何か、問題でもありましたかね?」
 ウォレスの厳しい表情を見て、自分達の行った修理が何かよくないことを引き起こしているのだとでも思ったのだろうか。
 一瞬ウォレスは、予想と違った男の顔に肩すかしを食らったような気分になったが、気を取り直して男に詰め寄った。
「君と一緒に先程我が社に来た社員がいると言っただろう? その社員は今、どこにいる? 店の中?」
 男は、なぜそんなことを訊かれるのか分からない様子だったが、戸惑った様子のまま首を横に振った。
「アイツはこの仕事の後休みを取っている予定なんですよ。何でもミラーズ社の近くに用事があるとかで、あなたの会社のビルの前で別れたんです。この車にも乗ってないし、店の中にもいない」
 ウォレスは、その返事を聞いて悪態をついた。思わず踵を返して車に戻ろうとするウォレスに、男が不安げな声をかける。
「あの・・・、うちの社員が何か・・・?」
 ウォレスはぴたりと足を止めた。
 大きく深呼吸をして、男の元まで戻る。
「その社員の名前は?」
「コナーズ。アレクシス・コナーズ」
 ウォレスは、一瞬心臓が跳ね上がって身体から飛び出したかのような衝撃を受けた。
 二・三歩後ずさりする。
 そして背後を振り返った。
 数々の建物の合間に垣間見えるミラーズ社のビル。
「・・・何て事だ・・・。マックス・・・」
 ウォレスはそう呟くと、車に取って返した。


 皆、自然とエレベーターホールに集まっていた。
 別に何があるというわけではないが、落ち着かないのだろう。
「全く、非常階段のドアまで開かないなんて、大した警備システムだよ」
 不平タラタラの社員に向かって、このフロアの実質上の責任者である副社長のビルが、「皆、落ち着くように」と繰り返した。
「現在、警備室でも最前を尽くして復旧作業に取りかかっている。今は大人しくそれを待つしかない。オフィスに戻って仕事を続けようじゃないか」
「でも、俺達のオフォスは下なんですよ。このフロアにはたまたま来ただけで」
 エレベーターホールに集まっている殆どの人間が同意の声を上げた。ビルは溜息をつく。
「下にオフィスがある者は仕方がない。会議室ででも休憩することにしなさい」
 皆、やれやれと肩を落とす。それを見てレベッカ達手すきの秘書達が、「特別に重役専用のコーヒーを煎れるわ」と言うと、笑い声が起こった。
 マックスもつられて笑顔を浮かべながら、何となく視線を巡らせた。
 ふと、何かを感じてマックスの目の動きが止まる。
 マックスの目の先にある非常階段のドアが・・・そう開く筈のないドアが、ゆっくりと開いた。
 マックスが目を凝らすと、そこから大きな人影が現れた。

 

Amazing grace act.131 end.

NEXT NOVEL MENU webclap

編集後記

皆さん、こんばんは~。いよいよ11月ですね・・・って、全然そんな感じがしないのは、この暖かさのせいでしょうか(汗)。
国沢の住んでいるところは比較的南の方にあるので、北国の方々から比べると秋も冬も気温は高いのでしょうが、それにしてもあったかいです、今年。なんか変な感じですね~。
ところで最近国沢の中で再びリバイバルしているブームが、ハイパー銭湯。
そう、普通の銭湯より大きめの食事スペースとかマッサージスペースとかも隣接された銭湯です。お風呂やサウナのタイプもいろいろあるタイプの銭湯。
国沢の住んでいるところは田舎なので、東京にあるようなアミューズメントな銭湯(温泉?)はないんですけど、それなりの大きさのハイパー銭湯はあります。
以前は他の人とお風呂に入るなんて恥ずかしくてとてもとても・・・って思っていた私が、今じゃ率先して裸のつき合いをしに行ってます。確実に老人化が加速してるのかなぁ(笑)。わはは。
でも大きいお風呂ってホント気持ちいいですよねぇ。それにサウナ。一度サウナの気持ちよさを知ってしまうと、病みつきになります。自宅でお風呂に入ることは可能でも、サウナはないっすからね(汗)。すんげぇお金持ちでない限り。サウナは本当に身体のよくないものを汗と一緒に流し出してくれるって感じです。
それとセットで今はまっているのがアロマオイルマッサージ。この話を続けていくと長くなりそうなので、来週にでもこのお話をしましょうかね。来週もお楽しみに~。

[国沢]

小説等についての感想は、本編最後にあるWEB拍手ボタンからもどうぞ!

Copyright © 2002-2019 Syusei Kunisawa, All Rights Reserved.