act.10
マックスは、信じられないものでも見るかのように2、3度目を擦った。ウォレスは、息を弾ませて廊下の人混みをかき分けながら、警官のところまでやってきた。
「娘は、無事ですか?」
いつものハスキーな声は荒れた呼吸に少し乱れていて、顔色は明らかに青ざめていた。警官は落ちついた様子で少女の病室を指さした。
「命に関わる怪我じゃないそうですよ。詳しいことは、あの青年に聞くといいでしょう。あなたの娘さんは大変ラッキーでした。娘さんが車にはねられ、そのショックで心臓が止まってしまった時、医者である彼が偶然そこにいて娘さんを救ってくれたのです」
ウォレスが、マックスを見る。
マックスの顔を見たウォレスも、先ほどのマックスの表情と同じような驚いた顔をして「君は・・・」と呟いた。
マックスは、なぜか顔を赤らめてしまった。あまりに真摯な瞳でウォレスに見つめられたものだから。
「ミスター・ウォレス。娘さんをひいて逃げた犯人は未だに逃走中です。おそらく、縦列駐車をしていて急発進したせいで娘さんの姿が見えなかったのだと思いますが、加害者は明らかに娘さんをはねたことを認識して逃げています」
警官の淀みない話に、今までマックスに気を取られていたウォレスはふいに正気に戻ったかのように警官を返り見た。
「すみません、もう一度お願いします」
「おそらく加害者は、余程の特別な事情がない限り、故意にお嬢さんをはねた訳ではないようです。だが加害者は、お嬢さんをはねたことは知っています。私たちも全力を尽くして犯人を捜しますが、目撃者もそう多くないようですし、犯人捜しは難しいと思います」
「・・・そうですか」
「ウォレスさんは何か心当たりがありませんか?」
「心当たり?」
「ええ」
「・・・。ありません」
ウォレスは、そう答えた。マックスは、そのウォレスの横顔に、何か心に細波のようなものが立つのを感じた。それが何かは分からなかったが。
警官は、ウォレスの名刺も受け取ると、さっさと患者の渦の中に消えていった。おそらく、今日の爆発事件の方に大幅な人員を取られていて、ちっぽけなひき逃げ事件など相手にしている暇がないのだろう。警官の態度からはそんな雰囲気が窺えた。
マックスに背を向けたまま、ウォレスは突然糸が途切れたかのように疲労の濃い溜息をついた。
「ウォレスさん、娘さんは奥のベッドで眠っていますよ」
ウォレスが振り返る。マックスは、シンシアのベッドを指さして見せた。ウォレスは小さく短く息を吐き、娘のベッドの隣まで行くと、今し方マックスが腰掛けていた丸椅子に腰掛けた。疲れた表情で、娘の顔を覗き込む。マックスは、その傍らに立ちながら、ジム・ウォレスの意外な一面に遭遇していた。今、マックスの目の前には、会社にいる時のウォレスとは別人の彼がいた。
安らかな寝息をたてる娘を見つめる横顔は、明らかにいとおしさのこもった父性そのものの温かな瞳だった。マックスは、ふと思いつく。シンシアは、ウォレスを冷たい父親だと言っていたが、決してそうではなく、ただ単にこの親子は互いの感情表現が酷く不器用なのではないのだろうか? なぜなら、今マックスの前に座っている男は、突然降ってわいた娘の生命の危機に直面して動揺を隠せずにいるただの父親であるからだ。
ウォレスは、そっと娘の手を取る。そしてマックスを見た。
「娘は本当に大丈夫なのか?」
声が若干震えているような気がした。マックスは、少し微笑んで頷いて見せる。これは医師時代からの癖のようなものだった。マックスの笑顔を見ると、大抵の患者やその家族は安心の一息をつく。ウォレスも例外ではなく、マックスの笑顔に応えるように少し微笑んで見せた。それを見たマックスは、一瞬胸が締め付けられるような感覚を覚えていた。その後には、体中の血管が膨張するようにドキドキと心臓が脈打った。ウォレスのその小さな笑顔は、まさに不意打ちだった。少し疲れを含んだはにかむようなそんな笑顔は、会社でのウォレスが浮かべる表情ではなかった。
「左腕を骨折しているようだが、他には怪我はないのか?」
「レントゲン写真を見せてもらった訳ではないので分かりませんが、大きな怪我はないと思います。車と接触した直後に、そのショックから心停止していましたが、それもすぐに回復しました。短い時間だったので、後遺症もないと思います。念のため、明日にでも脳波の検査を受けるといいでしょう。俺からも担当医師に言っておきます。・・・ただし精神的なショックを強く受けていましたので、今は安定剤を処方されています。おそらく今夜は起きることはないでしょう」
「そうか・・・」
ウォレスは、再びシンシアに目をやり、シンシアの額にかかる髪を撫で上げた。そのやつれた横顔に、マックスはたまらず声をかける。
「一服しませんか? コーヒーでも飲みに行きましょう」
ウォレスが、マックスを見る。そうしてまた、マックスの心を押さえつけたあの笑顔を浮かべるのだった。
もう遅い時間だったので、生憎カフェテリアは閉まっていた。結局マックスは、紙コップが出てくる自動販売機で2杯分のブラックコーヒーを買い、比較的人通りの少ない廊下の固いソファーにウォレスと2人で並んで腰掛けた。
マックスがコーヒーを渡す時ウォレスと指が少し触れ、ウォレスの手が凍えるほど冷えているのが分かった。マックスはふと、少女の荷物の中にあった革手袋のことを思い出す。赤いリボンで包まれたあの手袋は、おそらく彼へのプレゼントなのだろう。ひょっとするとシンシアは、それを渡しにあの道を通っていたのかもしれない。いつ帰宅するか分からぬ父に、喧嘩の仲直りの意味を込めて自分の手でプレゼントを渡すために・・・。
マックスは、シンシアの健気さに心を熱くしていた。あんなに突っ張ったことを言いながらも、シンシアが父親のことを求めていることは痛いほどマックスに伝わってきていた。つまらない意地を張るシンシアが、自分のことのように思えて、マックスは自分が恥ずかしくなった。
「娘さんが目覚める時には、側にいて上げてください。彼女、寂しがっています。あなたに、素直に気持ちを伝えられなくて」
マックスがそう言うと、ウォレスがマックスを見つめてきた。マックスは真っ直ぐウォレスの瞳を見ることが出来なくて、手元のコーヒーに目をやった。少々沸き過ぎのコーヒーは真っ白い湯気をたてている。
「こんなことを僕が言うなんて、余計なお世話だってことは分かります。でも彼女が、自分なんかどうでもいい人間だなんて言ってたから・・・」
ウォレスの顔は見えなかったが、すぐ隣に感じる空気が緊張したことでウォレスが動揺していることが分かった。マックスの言った言葉は、少なからずもウォレスの心に傷をつけたようだった。
「娘はそんなことを言っていたのか・・・」
そう言うウォレスの声は静かで落ちついていたが、それだけに逆に痛々しかった。マックスは、ウォレスに何と声をかけていいか分からず、ただコーヒーを啜った。コーヒーは熱くて、マックスは少し舌を焼いてしまった。
「どうでもいいだなんてこと・・・どうでもいいだなんて・・・」
溜息をつくようにウォレスがそう繰り返す。
マックスは、自分がそれを切り出してしまったことを後悔していた。自分がこの親子に対して惨い仕打ちをしているようで、マックスの心は痛んだ。
「すみません・・・、ウォレスさん。言うべきじゃなかったかもしれません」
マックスが俯いたままそう言うと、隣でウォレスが笑う気配がした。
「君が罪悪感を感じることではない。むしろ私は君に感謝しなければならないのだから。・・・確かに、私と娘はうまくいっていない。私はこんな人間だし、娘は今難しい時期だ。私たちの家庭には妻と呼べる人間もいないし、母と呼べる人間もいない。正直言って、娘が何を考えているのかが分からないんだ。彼女には、彼女の気持ちを親身になって理解してくれる母親のような女性が必要なのだと思う。今まで私もその件については努力してきたが、いずれもシンシアには受け入れて貰えなかった。本音を言うと、完全に持て余しているといったところなんだ」
マックスはウォレスを見た。ウォレスはマックスを見ていなかったが、その表情はとても複雑だった。見ようによってそれは苦笑だったり、疲れ切った顔であったり、深い悲しみにくれる顔のようにも見えた。
「ウォレスさん・・・」
マックスがそう呟くと、ウォレスがチラリとマックスを見た。今度は明らかに苦笑とわかる顔を浮かべた。
「私は酷い父親だな。一人娘のことを持て余しているだなんて・・・。だが、私は娘を大切に思っている。娘は決してどうでもいい人間ではない。娘は私の生き甲斐のひとつだし、娘のいない生活は考えられない。会社での私を知っている君なら、私がこう言うと如何にも嘘くさく聞こえるだろうが・・・」
「そんな・・・!」
マックスは叫んだ。周囲の視線を感じて、一瞬マックスは口を噤んだが、すぐにウォレスに向きなおった。
「シンシアは、まさしくそれを求めているんです。それを彼女の前で口に出すだけでいい。人間、言葉で聞かなきゃ分からないことだってあるんです。分かっていても言ってもらいたいことがあるんです。人間なんて、いつどんな風に死んでしまうか分からない。僕は、この病院でいくつもの死の場面に遭遇してきました。殆どが、突然訪れる死です。その誰もが、その時を迎えて必ず後悔する。その当事者は勿論、その家族や友達、その人を愛する者全てが、必ず後悔するんです。なんであの時こう言ってあげなかったのだろう、あの時こう言えばよかった、最後に愛してると伝えることができただろうかって。・・・難しいことかもしれないけれど、それは大切なことだと僕は思います。自分の愛する人が、いつ自分の目の前からいなくなるか分からないのだから・・・」
ウォレスはしばらくの間、マックスを見つめていた。本当に長い間だった。
ウォレスがぽつりと言う。
「・・・君は、いい医者だったんだな・・・」
会社でのウォレスとは違って、決して嫌みではない口調だった。心の底からウォレスがそう思っているのが感じられた。
マックスは、再び俯いた。情熱に任せて言ってしまったことに、またもマックスは自分を恥ずかしく思った。マックス自身、それができなかったからメアリーを失ったのだ。自分は、ウォレスのことをとやかく言う資格はない・・・とマックスは思った。
「なぜ、病院を辞めたのだね? 君こそ、ここに相応しい人間ではないのか? 君は優秀な医者だったのだろう?」
ウォレスがそう訊いてくる。ウォレスが自分を過大評価することにマックスは不快感を感じた。
「確かに僕は、自信に満ち溢れる医者でした」
マックスは、また少しコーヒーを啜った。ウォレスが、自分の横顔をじっと見つめているのが分かる。マックスには、その目線が痛かった。
「僕は毎日何十人もの患者を捌いて、秒刻みの生活にスリルと快感を感じていました。ERの医師であることに誇りを感じ、驕り高ぶってもいました。けれどそれは間違っていた。僕は、それを知る代償に、人の幸せを奪ってしまったんです。とてもじゃないけれど、それは許せないことだ。医師失格どころか、人間失格ですよ。本当なら、あなたに説教なんかする資格なんか、僕にはない」
「なにが・・・あったんだね?」
穏やかなウォレスの声に、マックスの鼻の奥がツンとした。充血しているのか、目がじわりと熱かった。だがマックスは、涙を見せなかった。こんな時に、ウォレスの目の前で見境なく泣き出すなんて、そんな男らしくない真似はしたくなかった。
ウォレスに告白することは、神に懺悔しているのと同じ価値をマックスは感じていた。 今ウォレスに話すことができたのなら、ミルズ老人にもきっと話すことができるかもしれない。自分が変われるのではないかと、マックスは恐る恐る口を開いた。これでウォレスに完全に嫌われるのであれば、それが神の定めた自分の運命なのだとマックスは感じていた。
「・・・本当に些細なミスでした。運び込まれた患者はまだ13歳の少女で・・・。胸を銃で撃たれていました。心臓付近から多量の出血があり、僕はすぐに緊急手術を行いました」
「手術が失敗したのか?」
マックスは緩く首を振る。
「手術は成功でした。ただ僕は、初歩的なミスを犯していたのです。僕が手術をすれば、どんな患者も助かるといった変な自信がその時の僕にはあって、そんな驕りの気持ちに惑わされて基本的なことを確認し忘れてしまったんです。少女が運び込まれた時、僕は胸部の傷に気を取られ、全身の傷をチェックすることを怠りました。その少女は、僕が見逃したその小さな傷のために亡くなりました。僕がその傷に気づいてさえいれば、助かっていたはずです」
「それは・・・。そのせいでクビになったのか?」
「いいえ。僕の方から辞表を提出しました。病院側からは止められましたが、僕の気持ちは固まっていました。僕は自分が許せなかったんです。自分自身に驕り高ぶっていた自分が、どうしても許せなかった。もう二度と、誰も助けられないんじゃないかって。だから、もう人の生死に直接関わり合いのない世界に行こうと、そう思いました」
「でも君は、私の娘の生命を救ってくれたじゃないか」
ウォレスの肩がマックスの身体に少し触れた。マックスは、ウォレスが触れた部分から癒されていく感覚を覚えていた。だがそれは逃げだと、マックスは考えた。
「いえ、救われたのは僕の方です。息を止めていた彼女が再び息を吹き返した時、僕の中で曇っていた何かがスッと晴れたような気がしました。生き返らせてもらったのは、本当に僕の方なんです」
少しの間、肩が触れ合ったままの微妙な距離のまま、2人の間には沈黙が流れた。正直マックスは、ウォレスの次の反応が恐かった。ウォレスと知り合ったのはごく短い間であるにも関わらず、ウォレスに拒絶されることがたまらなく恐かった。それは今日、ウォレスの人間らしい表情を垣間見たせいなのかもしれない。折角ウォレスを身近に感じることができたのに、もう二度と彼の世界に交わることができないことが、とても悲しく思えたのだ。
「・・・それでか。それであの夜、あんなに無茶な酔い方をしていたんだな」
ふいに、ウォレスがそう言う。その台詞の意味が分からなくて、マックスは顔を上げた。穏やかな顔をしたウォレスが、腕組みをしてマックスを見つめていた。
「やはり覚えていないのか。そうだと思ったよ。・・・カシゴラのコートは無事に返してもらった」
ウォレスのその言葉に、マックスは傍らの椅子に掛けてあるウォレスの黒いコートに目をやった。そしてウォレスをもう一度見る。
黒いジャケットに黒のタートルネックのニット。黒い髪に真っ青な瞳。マックスは、「あっ」と声を上げた。記憶からすっかり抜け落ちていたあの晩のことが、一気にクリアになって頭の中を駆け巡った。シャツを脱いで胸元にマジックでバツ印を書いたことも、スリの男に刺される一歩手前で黒ずくめの男に助けてもらったことも、吐き疲れた自分に誰かが温かいコートをかけてくれたことも・・・。しかも、ということは、泣き崩れた自分の髪を優しく撫でてくれたのも目の前の彼であって・・・。
マックスは、途端に顔を赤面させた。あまりに恥ずかしくて、まともにウォレスの顔が見れなかった。
「そっ、その節は、どうも・・・・」
マックスは、消え入るような声でようやくそれだけ口にする。ウォレスが笑っているのが顔を見なくても空気で分かった。
「いや、大したことはない。酔っぱらいの世話には慣れている。ベルナルドは君より始末が悪いよ」
「はぁ・・・。でも、すみません。やはり迷惑をかけたことには違いありませんから。なんとお礼を言ったらいいか・・・」
「お礼なんてどうでもいい。それに君は、私の娘を助けてくれた。それで十分だよ」
マックスが再び顔を上げると、たまらなく優しげなウォレスの瞳が自分を見ていた。信じられないことだった。なんと深みのある静かで温かな瞳。その瞳が今、自分を見つめている。何ということだろう!
マックスは、その瞳に釘付けになっていた。まるで魂を吸い取られたかのような気持ちだった。ミラーズ社の誰もが、このウォレスという男に惹かれているのは、日頃はクールな彼にこんな一面があるということを知ってのことだろうか。皆が知っていることだとしたら、自分はなんて鈍感だったのだろう・・・。
マックスが、言葉なくウォレスを見つめていると、ウォレスは少し困ったような苦笑を浮かべた。
「君は、シンシアによく似ている。シンシアもよくそうやって私をじっと見つめるんだ。何か言いたげな目をしてね。・・・君もそうだな。いつも社内で姿を見かけると、忙しく走り回っているか、じっと私を見つめている。私は見つめられることには大抵慣れているが、君とシンシアの目には正直言って参るよ。自分が酷く君達を傷つけているような気がしてね。ドキドキするんだ」
マックスは、ウォレスの台詞に素直に驚いて見せた。ウォレスともあろう男が、ドキドキするなんて信じられなかった。だが、そんな嘘をついたところでウォレスに何の得もないのだから、本心なのだろう。ウォレスが感じているように、マックスの心臓もまた動悸が収まらなかった。マックスは、心の中で舌打ちをする。これではまるで、初めての恋に揺れるバージンのようなものではないか・・・。マックスは、正直驚いていた。メアリーを失って以来、完全に忘れていた感覚・・・それはひどくセンチメンタルなものだった・・・が、今や完全にマックスを捕らえていた。
「とにかく、君は自分をもっと信じるべきだ。なにせ、この世の中で私を動揺させることができる人間なんて数える程しかいないからな。その意味では、君は大した才能の持ち主だよ。危うそうで、脆そうで、でも芯には何物にも流されない強い意志を持っている。自分にもっと自信を持て。君は十分にそれに値する人間だ。私が君に辛く当たっても、君は決してめげなかった。それどころか、入社後1ヶ月足らずで君は我が社になくてはならない人物に成長した。我が社は、本当に生き残ることが難しい会社だ。私の助力なしにここまで無事にこれたのは、確かに君の実力なんだぞ」
マックスは、ウォレスの台詞にはっとした。ウォレスが、今までマックスを冷たくあしらっていたのは、こういうことだったのか、と。
マックスが試験なしに入社したことは、当然様々なところから余計な詮索を受けることになった。特にウォレスに何かのコネを使ったらしいというまことしやかな噂が、ここ1ヶ月の間マックスを雁字搦めにしていたことも事実である。しかし、ウォレスがあまりにもマックスに冷たく当たるので、いつしかそんな噂も消え、今日ここにこうしてミラーズ社の殆どの社員から尊敬と愛情の念を持って迎えられる社医が生まれたのである。ウォレスは、マックスが一人でそれをなし得ることができると信じていたに違いない。マックスは、その事実に気づいて言葉も出ない。
蓋を開けてみれば結局、セスが言っていた通りだった訳だ。
ウォレスは、マックスが自信をすっかり喪失していることを知っていた。その自信を取り戻させるために、ウォレスは動いていたのだ。
マックスの中に、次の新たな謎が浮かび上がってくる。
でも、なんでこんな俺にそうまでして・・・?
マックスには、ウォレスが自分にそこまでしてくれる理由を見つけることができなかった。
「ミスター・ウォレス・・・。どうしてあなたはそこまでしてこの僕を・・・?」
マックスはそう言いながらウォレスを見つめた。しかしウォレスと視線はあわなかった。ウォレスは顔をマックスに向けていたが、マックスの背後に目をやっていたからだ。マックスは、怪訝そうに眉を顰めながらウォレスの視線を辿り、後ろを振り返った。
そこに思わぬ人物の姿を発見して、マックスは自然と立ち上がっていた。
「・・・メアリー・・・」
一年振りに呼びかける名前だった。
モスグリーンの質素なコートを着たメアリーは、ひっそりと控えめにそこに佇んでいた。マックスの声を聞いて笑顔を浮かべたが、状況が複雑な再会だけに、その笑顔は硬かった。
突然のことで全く動けなくなってしまったマックスの背後で、ウォレスが立ち上がる。
「引き留めて悪かったな。彼女がお待ちかねだったとは」
マックスはハッとして振り返る。
「ウォレスさん、あの、これは・・・、そんなんじゃ・・・」
「隠さなくったっていい。邪魔者は早々に退散するよ」
ウォレスはコートを腕に掛けると、マックスが口を開く前にシンシアの病室に向かって歩いていったのだった。マックスは、いつまでたってもそんなウォレスの背中から目が放せないでいた。
Amazing grace act.10 end.
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編集後記
きっと、多分、今メアリー、けちょんけちょんに言われてるんでしょうね、皆さんに(笑)。「邪魔すんなぁ~」とか言われたりして。つくづく不幸な女よ。それより、次回、また新たなキャラクターが出てきます(汗)。もう収拾つきません! くそ~。 それより、ウォレスとマックスのラブシーンはいつのことに?
[国沢]
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