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act.120

 マックスは、シンシアと共に夕食の準備をしながらウォレスの帰りを待っていた。
「明日からデイビスさんがまた来てくれるから、二人でご飯つくるのは今日で最後ね」
 茹でたポテトを潰しながらそう言うシンシアと顔をあわせ、二人で微笑んだ。
 元々シンシアもマックスも家事が得意ではない。最近でこそシンシアが積極的に料理を作り始めたが、そのシンシアももうじき学校に戻るのだから、食事を用意する余裕もなくなってしまう。マックスは一人暮らしの間でもいつも外食で済ましていたぐらいだから、栄養満点の家庭料理を用意するなんてとても無理だ。
 そんな事情をベルナルドは察していたのだろう。
 今日の昼になって、デイビスさんから電話がかかってきた。
『御主人様が、また戻ってもいいって』
 電話を受けたのがシンシアだったので、シンシアは飛び上がって喜んだ。
 ミセス・デイビスは、年齢的に言えばシンシアのお祖母さんといってもおかしくない年齢だったが、実質はシンシアの母親のようなものだ。
 ウォレス親子がミラーズの屋敷に居候していた頃より、幼いシンシアの世話をよくしてきてくれた。
 ミセス・デイビスはミラーズ邸に数多く働くメイドの中でもベテランで、ウォレス家専属になる前までは、ずっと新人メイドの教育係として重要な役割を果たしてきた。
 ウォレスに対してずっと反抗的な態度をとってきた時期のシンシアは、ミラーズ邸にいた頃よりあらゆる人間に対しても反抗的な態度を取ることが多かった。だが、ミセス・デイビスだけは別で、温かかくも厳しい彼女の接し方が、シンシアの信頼を確かなものにしていった。だからこそベルナルドは、ウォレスが独立を決心した時、デイビスにウォレス家専属のメイドになってもらえないかと頼んだのだ。デイビスは、すぐさま二つ返事で了承した。デイビスにしてみれば、当然雇い主が替わることで収入が減り、その代わり細々とした仕事も増えるのだから得なことは全くなかった。だがそれでも彼女は、ウォレス家の専属メイドになる道を喜んで受け入れた。その頃既に、デイビスにとってもシンシアが特別な存在となっていたのだ。
 物心がついた頃には既に母親を亡くし、寡黙な父親の気を引こうと必死に抵抗し続けていた少女。
 デイビスは彼女の寂しさも知っていたし、父親とどう接していいか悩む彼女がいることも知っていた。
 デイビスは、この不器用な親子の行く末が心配だったのだろう。
 マックスの事件をきっかけに、一旦ミラーズ家に戻っていたデイビスだったが、今も彼女がウォレス親子のことを思っていることは、既にベルナルドもお見通しだった。
 連続爆弾犯が無事捕まったこの時期を見計らって、ベルナルドはデイビスにウォレス家に戻るチャンスを与えたのだ。
 そのニュースにマックスも喜んだ。
 デイビスには、ウォレスとのキスシーンまで既に見られているのだから、今更こそこそする必要はないし、正直マックスもいつまでも家にずっと篭もっているつもりはなかったから、家の仕事を安心して任せられる彼女が来てくれるのは何よりのことだった。これでウォレスに、妙ちきりんな黒こげ料理を食べて貰わなくて済む。
 実のところマックスには、ある考えがあった。
 一連の事件を通し、そしてミルズ老人に我が罪の告白をして、自分を見つめる時間を得た結果、出した答え。
 それを実行することは、少しばかりの恐怖を感じずにはいられなかったが、信じられないような苦難の中必死に生きてきたウォレスを前にして、そのウォレスと共に歩んでいく為に相応しい人間になりたい・・・。マックスはそう思い始めていた。
 辛い記憶に逃げもせず立ち向かって行く勇気が持てる人間になることが、ウォレスと対等な立場で人生を作り上げていく絶対条件になるのではないかと。
 今更ながら、病院を辞める時にマイクに言われた言葉が思い起こされる。
『マックス。お前が何を言おうと、やっぱりお前は逃げてるよ。俺にはていのいい言い訳にしか聞こえない・・・』
 そうだ。
 本当のところ、自分はずっと逃げてきた。
 確かにミラーズ社の仕事も意義のある大事な仕事だ。
 だが、自分が生きがいを感じていける本当の場所は・・・・。
 だがその考えを言い出すには、まだ少し勇気が足りない。
 またメアリーの時のような過ちを犯してしまうかも知れないし、第一ウォレスが頷いてくれるかどうか・・・。


 突如、玄関のドアが乱暴に開けられる音がした。
 シンシアの身体がビクッと飛び上がる。
 マックスも同じように驚いて、キッチンを出た。
 そこには、蒼白な顔色をしたウォレスが立っていた。
 あまりの顔色の悪さに、マックスは顔を歪め「どうしたんですか・・・?」と声を掛けた。
 ウォレスは右手で口を覆うと鞄をその場に投げ出し、一階のトイレに駆け込んだ。
 慌ててマックスが後を追う。
 ウォレスは、入口の鍵をぴしゃりと閉めてしまった。
「ジム? ジム?!」
 ドアを叩いても返事がない。耳を押し当てると、中で吐いているような呻き声が聞こえた。
「どうしたの? マックス。パパが帰ってきたの?」
 不安げな表情のシンシアが、廊下に顔を覗かせる。
「具合が悪いみたいだ。根を詰めて仕事をしすぎたせいかな・・・」
 マックスはそう答えながらも、実のところそんな問題ではないことを察していた。
 さっき出くわしたウォレスの顔つきには、純粋な恐怖の色が浮かんでいたからだ。
 何か・・・何かあったに違いない・・・。
 マックスは、「パパの面倒はホームドクターが診るよ。食事の準備続けてて」とシンシアを安心させておいて、なおもドアをノックした。
「ジム? 大丈夫?」
 今度は優しく穏やかな声で呼びかけた。
 返事は一向になかったが、やがて水音が響いてドアの鍵が開けられる音がした。
 マックスはそっとドアを開ける。
 顔中に水滴をまとわりつかせたウォレスが、洗面台に寄りかかって立っていた。
 マックスが入ってきたことを感じて、ウォレスは両手で顔を覆い項垂れる。
「すまん、マックス・・・。驚かせてしまって・・・」
 マックスは洗面台の上の戸棚からタオルを取り出しながら、努めて普段通りの声で答えた。
「また会社でスーパーマンのように働きすぎたんじゃないですか? 俺の仕事がなくなるって副社長がぼやいている光景が目に浮かびます」
 マックスの台詞に、ウォレスが少し笑う。
 ウォレスはマックスからタオルを受け取ると、ゆっくりとタオルで顔を拭った。
 しかしその顔色はまだ悪い。
 ウォレスは一言「大丈夫だから」と呟いたが、とてもそうには見えなかった。
 マックスは、ウォレスと同じような体勢で洗面台に寄りかかると、「何かあったんですか?」と訊いた。
 ウォレスはしばらく答えなかった。
 タオルを握りしめる指先がカタカタと震えていた。
 マックスは、ウォレスが答えるまで、その場で何時間でも待っていようと思った。
 待っていさえすれば、ウォレスなら必ず本当のことを話してくれると。
 ウォレスは、ふいに身体を起こして洗面所のドアを閉めると、マックスの身体を抱き寄せた。いや、抱き寄せたと言うより抱きついてきたといった方が近いかも知れない。
「・・・ジム?」
 最初は戸惑ったマックスだったが、すぐにマックスはジムの身体を包み込むようにして優しく抱き返した。
 しばらくウォレスは何も言わず、じっとマックスを抱きしめていたが、やがてマックスの耳元でこう呟いた。
「私は・・・私はどうすればいいのだろう・・・」
 どきりとした。
 ウォレスの声は、僅かながらも湿っていたからだ。
「私はきっと、君を不幸にしてしまう・・・。君ばかりでない、シンシアも・・・。もう誰も・・・もう誰も傷つけたくない・・・。傷ついて欲しくない・・・」
 そう言いながら、ウォレスはぎゅっとしがみついてくる。
「どうしたんです、ジム? 一体何が・・・」
 そう言った瞬間、ドンドンドンと慌ただしくドアが叩かれた。
 ウォレスから離れ、マックスはドアを開ける。
 そこには、ウォレスのように顔色を青くしたシンシアが、コードレスフォンを持って立っていた。
「今、セスから電話があったの。パパのお友達の店が強盗に襲われて・・・。パパの友達が殺されたって・・・!」
「え?! 友達って・・・」
 マックスが戸惑った声を上げると、マックスの背後でいやに淡々としたウォレスの声がマックスの疑問に答えた。
「ティムだ。ティム・ローレンスが殺された。犯人は、強盗なんかじゃない。・・・ジェイク・ニールソンだ」
 その台詞を聞いてマックスはウォレスを振り返った。マックスの顔色もまた、蒼白になっていった。

 

Amazing grace act.120 end.

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編集後記

先週お休みしちゃって申し訳ありませんでした!
今現実社会に復帰リハビリ中の国沢です。
ほんの昨日まで、祭りの後の燃え尽き症候群で真っ白くなってました(笑)。いや、これホント、マジで。
ぜんぜん仕事もやる気ないし、車の中のBGMは祭りの音楽だし(笑)。完全に現実逃避状態。夏休みとってないくせに、頭の中は本気で夏休みっちゅ~・・・。最悪の社会人です。あたしゃ。
さて前回は『ザ・感謝の人』でしたが、今回は、『ザ・おっとこ前な人』をテーマに書いてみようと思います。(最近益々編集後記が編集後記になってないな・・・ホント・・・)
国沢の感じるおっとこ前な人。
まぁ、いろいろありますが、最近感じたのがコレ。
いろいろなロープの結び方を知ってる人。
・・・・。
よく分かりませんかね? いまいち。
決してふんどし締めてるようなサド人間じゃないですよ(脂汗)。
いや、国沢、仕事の都合でよく現場の設営に行ったりするんですよ。イベントとか、それこそ祭りの桟敷席とか。
そういう現場に出ると、よく『職人さん』に出似合います。
電気配線業者だったり、音屋さんだったり、やぐらを組むトビさんだったり、看板屋さんだったり、テント屋さんだったり・・・。
そういう職人さんって、大抵ロープの結び方がうまい。つーかうまくない人は大抵本業の仕事も仕上がりが汚い。
国沢なんて、ちょうちょ結びか固結びぐらいしか知りません。
だけど職人さんは、絶対に荷崩れになくて、なおかつ外すときに楽なロープの結び方とかを知っていらっしゃる。そしてそれを器用に美しいお手並みで縛っていく。ああ、その手さばきの見事なことといったら・・・・(涙)。
タンカン(鉄パイプ)とかを足でぐいっと押さえながらロープで締め上げる腕なんか見てると、うっとりきちゃいます。ああ、男らしい・・・V
トビさんとかって、一見するとめちゃめちゃ怖いけど、本当に働き者なんですよ。若い人でも、寡黙に仕事してるし。
それにあの腰に巻いてる道具入れもステキなのよね~。ベルトにじゃらじゃら道具がぶっささってるヤツ。ああ、あれ欲しいなぁ~って切望する国沢は、大分おかしいですかね? あの道具ベルト手に入れたからって、中に入れるものと言えば、ペンにカッターにホッチキスにマウスぐらいなのに?(笑)。
ああ、いつかトビさん主人公の話書いてみたい。でもあまりに世界が遠すぎて、実体がよくわかんないけど・・・(汗)。

[国沢]

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