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nothing to lose title

act.51

 酒瓶を片手に持ったまま、社内を猪突猛進の勢いで歩くマックスの姿に、退社しようとしている社員の誰もが目を見張った。
 だがマックスは、誰にどんな声をかけられようとまるで耳には入らず、ウォレスのオフィスを目指した。
 本館には、例の契約に絡んで、まだ多くの社員が残業をしているようであった。だが、エレベーターが最上階に着く頃には、マックス一人だけになっていた。
 最上階のフロアに降り立ち、ウォレスの部屋のドアまで来ると、マックスは深く深呼吸してノックをした。その音は、ここまできた足取りよりもずっと頼りなく、まさにマックスの心境そのものだといえた。
 再度ノックする。・・・返事はない。
「なんだ・・・いないのか」
 目に見えて、マックスの肩から力が抜けた。落胆する気持ちが半分、正直ほっとしたのが半分。
 やれやれとマックスは自嘲の笑みを浮かべつつ、頭を横に振った。
「・・・バカなこと考えるのはよそう・・・」
「どんなバカなことを考えたんだ?」
「うわ!」
 マックスは、目に見えるほど飛び上がり、後ろを振り返った。
 しばらく振りのウォレスの姿だった。
「そんなに驚くようなことかね? 何を企んでたんだ?」
 ウォレスは、驚きのために思わず酒瓶をぎゅっと抱きしめているマックスを見て、少し笑みを浮かべた。久しぶりに見る大人の男の成熟した魅力に溢れている物腰と微笑みにマックスは、言い訳することも忘れて見惚れてしまった。本当に自分は、この人のことが好きなんだなぁと実感した。
 ウォレスが周囲を見回して誰もいないことを確認すると、マックスに耳打ちをした。
「社内でそんな顔を見せてはいけないよ。露骨過ぎる」
「え? あ!」
 マックスは、よっぽど自分が物欲しそうな顔をしていたんだと思い、顔を赤面させると途端に俯いた。
「ここではまずい。部屋に入ろう」
 ウォレスが自分のオフィスのドアを開けた。マックスを招き入れる仕草をする。
 二人で部屋に入り、ウォレスは後ろ手にドアを閉めると、マックスの腕を掴んで引き寄せた。口付けを交わす。
「・・・ん・・」
 緩く鼻を鳴らすマックスは、つい夢中になって両手でウォレスの身体を抱きしめた。
 と、なると。
 ゴトン。
 鈍い音がして、次の瞬間マックスが再び飛び上がった。
「痛てぇ!!」
 今まで胸に抱えていた酒瓶が滑り落ち、マックスの右足の指を直撃したのだ。そのお陰と言うべきなのか、ジョニー・ウォーカーは割れずにゴロリと転がっている。
 数歩歩いてデスクの上に手をつき、歯を食いしばっているマックスと床のジョニー・ウォーカーを見比べたウォレスは、ジョニー・ウォーカーを拾い上げ、マックスの背中を摩った。
「そこの椅子に座ってごらん」
「すみません・・・」
 脂汗を額に浮かべているマックスは、別の意味で顔を真っ赤にしながらデスクの前の椅子に腰掛けた。ウォレスは片膝をつくと、マックスの足から靴を取った。そして靴下も脱がせると、自分の膝にマックスの白い素足を乗せた。
「確かに赤くなってるな。・・・痛いか?」
 赤くなっている人差し指と中指にウォレスの指が触れると、マックスの身体がビクリと震えた。
「痛いようだな・・・。触った所、骨は折れていないみたいだけれど」
「もう大丈夫です。落ち着きました」
 マックスはさっと足をウォレスの膝から下ろしてしまう。あのウォレスを自分の前に跪かせるのは正直気が引けた。
  ウォレスは自分でさっさと靴下を履くマックスをちらりと見るとデスクの上の酒瓶を手に取った。
「それで? 何を企んでいたかまだ聞いてなかったな」
 椅子に座ったままのマックスに目をやり、ウォレスが訊いてくる。
 マックスはしどろもどろになりながら、ようやく答えた。
「あの~・・・、つまり、俺の部屋で一緒にそれを飲めたらいいなぁ・・・とかって思って」
「え?」
「いや! 無理なのは分かってるんです。契約のことがトラブったことも知ってるし、ここ一週間あなたが本当に忙しい思いをしていたことも分かってます」
「で、バカなことを考えたと?」
「・・・すみません・・・」
 すっかり萎縮しているマックスを見て、ウォレスは笑みを浮かべつつ溜息をついたのだった。
「あの強引なマックス・ローズはどこへ行ってしまったんだ? いや・・・。君がそうなってしまったのは、私のせいかもしれないね」
 マックスが顔を上げる。
 ウォレスが再びマックスの前に跪く。
「今日こそは帰宅しようと思っていたところだ。明日は土曜日だし、少しゆっくりできる時間もあるだろう。今夜は君の家に行って、このお酒をごちそうになるかな。ブラックオリーブのピクルスはあるかい?」
「もちろん!」
 マックスの部屋の冷蔵庫には、2瓶もある。ウォレスの好物だと知って以来、無意識のうちに買い込んでいるのだ。
 マックスの表情が明るくなるのを確認した後、ウォレスは立ち上がって、デスクの向こう側に回りながら言った。
「二、三片付けないといけないことがあるが、すぐに終わる。よかったらそこで待っていてくれるかい?」
「はい」
 意外なことに、自分の企みがいい方向に向かっていることを感じて、マックスは少々後ろめたく感じながらも思わず自分がニヤケていることに気がついたのだった。


 結局ドーソンは、基本に返ることを決めた。
 徹底的な尾行だ。テロリストの潜伏を期待してアパートの住民を調べてみたが、飛んだ空くじを引かされたことになった。
 幸い、ジェイク・ニールソンは未だに新聞社の配送係に顔を見せているようだし、それは毎日とは言えなかったが、それでも後をつけるチャンスはある。
 ネタを掴むために回り道することはよくあることだ。尾行を繰り返し、相手の尻尾を掴むのは、途方もなく根気が必要で相手に気づかれる危険性も高かったが、仕方がない。ここで根を上げる訳にはいかなかった。
 その日はベン・スミスこと、ジェイク・ニールソンは出社日ではなかった。
 ドーソンは夕方からの仕事をサボり、例のアパートの前に陣取った。
 日が暮れて、少しばかり経った頃だろうか。
 アパートの前で動きがあった。
 ジェイク・ニールソンと生白い顔色をした青年がアパートの入口まで出てきて言い争いをしていた。
 ドーソンは建物の影に隠れながら、カメラの望遠レンズを延ばしてその様子を注意深く見つめた。
 頼りなげな顔つきをした青年は、おそらくジェイコブ・マローンだろう。言い争いの内容は分からなかったが、見るところによると、マローンの方がかなり昂奮している。ニールソンがそれを諭そうとしているだが、マローンは聞く耳を持たない。ニールソンも些か苛立っているように見える。
 結局マローンは何か捨て台詞を吐いて夜の街へと姿を消した。ニールソンは両手を大きく広げると、「仕方がないな」と肩を竦め、マローンが姿を消した方向とは反対側へと歩き 始めた。ドーソンは、マローンのことを気にしながらも、大本命のニールソンをつけた。
 しかし意外にも、ニールソンの向かった先はアパートとさほど離れていない貸し倉庫が並ぶ一帯だった。
 ニールソンは慣れた手つきで一番隅の倉庫の鍵を開け、シャッターを上げた。
 倉庫に入る前に一瞬足を止めたが、あとは何事もなかったかのようにゆっくりとした足取りで倉庫の中に消えていった。
 この倉庫こそ、核心に迫る何かが隠されている倉庫だろうか。
 汚れたフェンスによじ登って、ようやく倉庫の裏に回りこむと、煤けた窓が見えた。位置は大分高い。裏のビルの非常階段を恐々登り、振り返って見てみたが、白い布が窓辺にかけられていて、中の様子は伺えなかった。だが、光は洩れてくる。中で人影が動いている。
 なんとしても、この倉庫のことについて調べなければ・・・。
 動悸が激しくなってくるのを感じて、危うく鉄錆びだらけの階段から落ちそうになったのだった。

 

Amazing grace act.51 end.

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編集後記

(注意:本日のあとがきは長いです。映画バカと親バカが同時に炸裂してます。要注意)

寄り道マックス君。相変わらずドジでのろまな乙女ヒロイン(笑)大爆発で暴走中です(笑)。
本来の話の緊迫感はどこへやら、まるでこってこてのホームコメディーを彷彿とさせてくれます。(突然終わっちゃったダーマ&グレッグに捧げる・・・涙)
次週もおそらく、こんな感じで妙なアメグレをお送りすることになりそうです。いや、マジで。あっ、温かく見守ってください・・・ね?(ね?)

話は変わって。本日「オーシャンズ11」を堪能してきました。純粋に面白かったです。音楽もよかったし。なにより、ジョージ・クルーニーですもん。(い、いや、ブラピもいいけどね)
ストーリーも痛快娯楽映画そのまんまで、登場人物全員がおいしいキャラ。思わず自分のキャラクターでパロディーをしたいところじゃ!と思ってしまいました。(でも11人+1人もいるか?)
以下からは、映画見た人じゃないとまったく分からない話なんで、ごめんなさいですが、うちのコ達でやるとすると、
まぁ~、主役のスタイリッシュでセクシーな泥棒オーシャン(ジョージ・クルーニー)というキャラクターに匹敵するのは、うちで言えばウォレスおじさんかなぁ。
で、オーシャンの右腕で綿密な策士ラスティー(ブラピ)は、さしずめ香倉のアニキか。
となると、スリの腕前は天才的だけど、若くて他のメンバーにコンプレックスを感じているナイーブな青年ライナス(マット・デイモン)は櫻井くんでしょうか(・・・警官なのに、スリ師の役・・・)。
胃潰瘍もちのベテラン詐欺師には元祖「いい人」の羽柴耕造氏。武器商人としての風格が必要なので。
真一は、映画では葉巻を咥えた元金持ちのおじさんルーベン役を。ルーベン役を演じた名優エリオット・グルードとは大分イメージが違いますが、泥棒たちに資金援助をする悪のお兄さんなんて意外に似合いそう。
いつも大声で喧嘩しあっている仲がいいのか悪いのか分からない似てない双子は、魚屋の殿・真司と、小うるさそうな小笠原海で。目つきと根性が悪い車両改造の天才ターク・モロイを真司が。運転術の天才でちょっと優男風な感じのバージル・モロイには海を。恐らくこの二人、なんだかんだと揉めつつも仲がよさそうな感じなんで。
電子機器オタクのリビングストン役は、パソコンオタクっぽい「魚屋」の田中君とかが合いそうです。
プロのカード・ディーラーでカジノで働いているフランクには、辻村君なんてどうでしょう? 映画では癖のあるアフリカ系アメリカン、バーニー・マックが演じているので全然イメージ合わないんですけど(汗)。ただ単にディーラーの制服を辻村君に着せたいという話もありますが(汗)。
で、悩むところが約一名。オージャンズ11の中で唯一のアジア系。中国雑技団出身のアクロバティックプロ・イエン役。うちのキャラクターにはいそうにないですねぇ。お猿さ加減が、小笠原海かなぁとも思うんですけど。被っちゃうしなぁ。隼人?小柄だし?・・・あ、でも隼人めちゃくちゃ怒りそう。
そして11最後を飾る熱狂的爆弾愛好家・バシャー。その得意分野から言うと、ジェイコブくんか、はたまたセス・ピーターズか。でもねぇ、国沢的には、この役が一番好きなんですよぉ。この役をやったドン・チードルっている役者さんも大好きだし、唯一の笑わせキャラってとこがおいしすぎる。爆弾を爆破させる時に、「玉を押えろ」となぜか股間を押えるところなんて、もう最高です。この台詞を一番言わせたい人間・・・・。井手靜だな。男達を従えて、「玉、押えろ」。これでしょ(爆笑)。(←唯一の女性なのに、ヒロインになれない悲しい性・・)
ということは。そうジュリア・ロバーツは? とお思いでしょ? ヒロイン・テス役。主役のオーシャンとは別れかけの妻ながら、敵の男と付き合っている。これでいいんだと言い聞かせながらも、オーシャンのことが忘れられない。そんでもってオーシャンは、彼女を取り戻そうと躍起になる・・・(でもその方法は、極めてスマート)。
忘れてませんよ~、もちろん。こんなおいしいヒロイン、忘れるものですか。
え?誰だって? 
オーシャンがウォレスおじさんだったら、もちヒロインはマックス・ローズをおいて他にいないでしょう!!
究極の乙女キャラ。主役が危険を犯してまで、取り戻そうとするヒロイン。その価値おおあり。(ですよね?)

ま、ながいなが~い余談になってしまいましたが(ホントだよ・・・・)。「オーシャンズ11」のお陰で、なんだかちょっとスランプも脱しそうです(←単純・・・)。
まだ見てない方。今度の休日に映画館に足を運ばれてはどうでしょう?

[国沢]

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