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act.78

 シンシアをベルナルドの家に迎え入れて欲しいというウォレスの願いを聞いて、ベルナルドはすぅっと息を吸い込み、身体をソファーの背もたれに深く預けた。
 しばらく視線を宙に泳がせるベルナルドをウォレスは真摯な瞳で見つめ続けた。
 やがてベルナルドは重い口を開く。
「私は一向にかまわんが・・・。どういうことかね。突然切り出すには、それ相当の理由があるのだろう?」
「はい・・・」
 ウォレスは、包み隠さず話した。
 元々ベルナルドは、ウォレスがこれまで歩んできた道を唯一知るアメリカ人だった。
 今度の連続爆破事件の犯人が書いたと思われる日記のこと、そこに記されていた内容のこと、ジェイク・ニールソンが生きて、ひょっとしたらこの街に来ているかもしれないという事実、そして・・・マックス・ローズと決別してきたことも。
「・・・なるほど。要するに君は、君の身の回りの人間に危険が及ぶことを示唆しているわけだな。それで・・・彼女は知っているのか? シンシアはこのことを」
 ウォレスは、そう訊かれて初めてベルナルドから視線を外した。深く頭を垂れて首を横に振る。
「危険が差し迫っていることは説明しました・・・。だが、それ以上は・・・・」
 ベルナルドはため息をつくと、ソファーから立ち上がりデスクの上の大理石のケースからタバコを取り出すと、深く一回それを吹かした。ウォレスを振り返る。
「おそらく、あの子は君のことを恨むだろう。あの子は心根の優しい子だ。見た目や態度はなかなかの跳ねっ返りだがね。きっとあの子は父親の身を案じて、側にいたいと思うだろう。もし君が今、あの子をこういう形で私に引き渡すつもりなら、あの子はきっと、君を恨むことになる。君もそんなことぐらいは分かっているだろう。それでもいいのかね? 永遠に自分の娘の心を失ったとしても?」
 ウォレスがベルナルドを見上げた。ベルナルドは、まるでウォレスの身代わりのように深い悲しみの表情を浮かべた。ウォレスが何もかも覚悟の上で申し出ていることを感じたからだった。
「それで、君はどうするつもりなのかね・・・。その・・・これから・・・」
 ウォレスは懐から退職願いを差し出した。そして一度口を開こうとしたが、一瞬声を詰まらせた。だが気を取り直して彼はこう言った。
「あなたに出会ってからこれまで、私はあなたにご迷惑ばかりかけてきました。あなたに出会わなければ、私はおそらくシンシア共々道ばたでのたれ死んでいたでしょう。どんなに感謝の念を伝えても、伝えきれないほどのご恩がある。そして今、また私は不義理なことをしなくてはなりません。許してもらいたいとはいえません。けれど、私は行かねば」
「他に解決の方法はないのかね」
 いつにない厳しい声でベルナルドは言った。
「娘を捨て、今までの平穏な生活を捨て、そしてやっと巡り会えた愛する人を捨てて、そこまでしなくてはならない理由がどこにある。そうまでしないとならない相手なのかね? 警察に任せることはできないのか。シンシアと共に、君も私の屋敷に身を寄せるといい。あそこは警備も厳重だし、この会社も警察の連中が目を光らせている。君がそこまで自分を追い込む必要なんて、ないのではないのかね?」
 ウォレスは首を横に振った。
「ジェイク・ニールソンの本当の怖さを知っているのは、私だけです。シンシアはもちろん、あなたも危険な目に合わせたくない。そして・・・マックスも。彼は幸い命拾いをしましたが、ニールソンはそれだけで諦めたり満足したりするような男ではないのです。先手を打たねば、あの男はまた狙ってくる。その前に、その前になんとしても彼を阻まなければなりません。もう二度と、誰も傷つけさせたりはしない。逃げてばかりでは、私は本当に大切なものを守ることが出来ない。あの男に引導を渡せるのは、この私だけです」
 ウォレスは立ち上がる。
 その表情は、憑き物が落ちたかのような穏やかな表情だった。先ほど部屋に入ってきた時とはまるで別人のような印象を与えるほどに。
「セントルイスでの契約で、この会社に果たす私の仕事は終わりました。これからミラーズ社は、新たなステージに向かいます。私が居なくても大丈夫。そうでしょう、社長」
 ウォレスが微笑みを浮かべる。ベルナルドは、そんなウォレスを見つめて、二・三度小さく頷いた。ウォレスは安心したように息を吐き出した。
「私のオフィスにシンシアを待たせてあります。私は、このまま彼女に会わずに行きます。その後の説明は、どう伝えてもらっても構いません。それでシンシアが私を恨むことになっても構わない。私にとっては、彼女が生きているということが重要なのです。もちろん、あなたやマックスも・・・。最後までご迷惑のかけ通しで本当にすみません。いつか、このご恩は」
 ウォレスはそう言うと、深く深く頭を下げ社長室を出て行った。
 ベルナルドは、そんなウォレスの後ろ姿を見送った後、急に力を失ったかのように椅子に腰掛けた。
 何も言わずに出て行ったウォレスの様子を見て何かを感じたエリザベスが、社長室のドアを開ける。
「社長、一体何が・・・・社長?」
 エリザベスは思わず聞き返した。まるでエリザベスの視線から逃れるように椅子を回転させ窓の外の風景を見つめるベルナルドがいた。
 椅子の背で隠れてその表情は伺えなかったが、その肩は小刻みに震えているように見えた。


 空港に降り立つと、早速C市警のパトカーがジョイス・テイラーを出迎えていた。
 まるで誘拐でもされるような勢いでパトカーに誘導される。
 後部座席に乗り込むと、運転席にテイラーを呼びつけた張本人が座っていた。
「遅かったじゃないですか」
 セス・ピーターズが穏やかでない声で開講一番そう言った。
 テイラーはぎょっとしてバックミラーに映るセスの顔を見た。大きなサングラスのせいで表情は読めない。
 テイラーは開き直って答えた。
「これでも精一杯早く飛んできたんだぞ。大使にも嫌みを言われながら来たんだからな。第一、俺はお前にそんなぞんざいな態度で出迎えられる覚えは・・・」
 その時、テイラーの言葉を遮るようにパトカーが急発進する。
 派手に後部座席に身体を打ち付けられ、「おい!」と抗議の声を上げると、テイラーを空港のカウンターまで出迎えてきたセスの同僚が申し訳なさそうな声で言った。
「すみません、テイラーさん。こいつ今度の事件で恋人に振られたみたいで、気が立っちゃってるみたいなんですよ・・・」
「恋人・・・?」
 セスが乱暴にハンドルを切る。ふたりとも、強かに窓ガラスに頭を打ち付けた。
「誰がそんなこと言った?」
 セスが憮然としたまま、そう言う。
「あれ? 違うの?」
 同僚・・・ホッブスが頭をさすりながら聞き返す。
「俺は、知り合いが事件に巻き込まれたことに対して苛立ってんだ」
 その台詞に、テイラーの表情が変わる。
「・・・今度の事件・・・。被害者、お前の知り合いだったのか・・・」
 セスはバツが悪そうに「すみません」と今までの非礼を謝った。
「幸い命には別状がありませんが。彼は、爆弾で命を狙われるような人間ではない。本当に善良な市民なんです。今までの犠牲者とはまったく様相が異なっている。先日の新聞記者の事件といい、相手はこの状況を楽しんでいる。そしてすぐに次の犯罪を重ねるでしょう。この際、事件が解決するためなら余計なプライドなんか言っている場合じゃない。署長に直談判します」
「おいおい、まじかよ・・・」
 ホッブスが目を見開いてセスを見る。
 セスは激しくクラクションを鳴らしながら、「ああ」と答えた。
 今まで、テイラーの行っていた捜査に対してC市警は非協力的な態度を示してきた。テイラーはそのお高い態度が鼻につく余所者だったし、ゾンビ騒ぎで蘇った元テロリストの存在など重要に思っていなかった。テイラーが、ジェイク・ニールソンと思われる人物が映っているとされる空港の監視カメラの映像の解析を持ち込んだ時も、C市警の署長は難色を示した。丁度その時刑事課はC市警始まって以来の凶悪な爆弾事件を抱えていたし、田舎の警察署長にありがちな体質だが、余所者に自分のテリトリーを嗅ぎ回られることが不快でならなかったのだ。結局、テイラーがイギリス本国からしかるべき要請書を取り付けたためにかろうじて映像の分析は行ってもらえたが、その結果を見て、署長はタブロイド誌片手に鼻で笑い飛ばしたのだった。「よく似ている男だが、確証には欠ける」と。ようするにタブロイド誌に載るようなネタに構っていられないというのが本音なのだろう。
 その後の協力体制においても実に素っ気ないものだった。表向きは、「よく分かりました。捜査にご協力いたしますよ」と言いながら、テイラーには決して公用車も貸出はしなかった。『協力』と言いながら捜査員として寄こしてきたのは、明らかに監視係としか思えない、新人のナス顔男だ。
 署内がそんな空気だったが為に、これまでセスは非公式にテイラーに協力をしてきた。
 ティム・ローレンスの経営するバーに彼を連れていき、顔つなぎをしてやった。
 だが、第二・第三と爆弾事件が発生するにしたがって、自由に動けなくなってしまった。セスは署が出す捜査方針に従わなければならず、大使館での正規の仕事が溜まりに溜まったお陰で大使館から強制的にワシントンまで戻るように命令されたテイラーの後のフォローも出来ずにいた。
 セスは後悔していた。
 ひょっとしたら、皆が馬鹿にしていた事実こそが現実として今このような事件を引き起こしているのかもしれない。この際、垣根とかプライドをかなぐり捨ててでも、あらゆる可能性に耳を済まさなければならない、と。でなければ、また新たな犠牲者が出る。罪もない人々が、謂われのない突然の死というものに襲われるかもしれないのだ・・・。
 だからこそセスは、テイラーを半ば強引に呼び戻し、署長引き合わすつもいでいた。
 市警は捜査方針を見直し、テイラーが追っているテロリストについて十分な情報交換を行い、テイラーと共に危険を排除しなければならない。
 むしろ遅すぎるぐらいだ・・・。
 忙しさを理由にして、おざなりにしてきた自分が腹立たしい。
 セスは唇を噛み締めると、パトカーをひた走らせた。

 

Amazing grace act.78 end.

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編集後記

どーも!国沢です。
いろんな意味で心機一転の今回の更新。どたばたしちゃってごめんなさいでした(汗)。
パソコンも新しくなり、OSまで全く持ってリニューアル。これで生粋のマックユーザーに戻りました、国沢。
(さすがに親の前でホモ話を書き続ける勇気はありませんでした・・・(涙))
これからはマックでの更新書類作成となりますので、今後の動作確認もマックで殆ど行うことになると思います。
なので、ウィンドウズ環境の方で「見えにくいレイアウトになってる!!」とか、「読みづらくなってる!」ということになっても気づきにくくなりますので、そんな時は遠慮なくメールしてください。出来る限り改善していこうと思いますので。
なにせマックユーザーはごく少数はですのでね・・・。おかげで、ウィルスにも相手にされないという大きな「利点」はありますが。なはは。
最近、メールでも「編集後記が楽しみ」というありがたいコメントを頂いておりまして、本編書くよりもある意味ドキドキしてます(笑)。殆ど日記と化してますね、この編集後記。
こんなことなら、日記のページを構えた方がいいのかも・・・とも思うのですが、それほどネタ多き人生を送っているとは思えないので(と本人は硬く思っておりますので)、週一のこのペースが性にあっているのかしらん、と思います。
しかしそれにしてもパソコンを買い換えると本当に大変です。昔のパソコンからお荷物を引っ越しさせるのが大変(汗)。
今回の引っ越しでも、ウィンドウズのアウトルックからマックのアウトルックにメールメッセージをインポートさせるやり方が分からず、試行錯誤したあげく、親のメールデータを全て消してしまいました(滝汗)。自分のメールデータは死ななかったというところが余計切ないですけど(汗)。お陰ですっかりおびえた国沢は、かろうじてアドレスだけ無事インポートさせて、後は怖くなってそのままにしてます(←かなり本気でおびえている)。本当にマックとウィンドウズって互換性がないんだ・か・らv(パパン、ごめんね・・・。笑ってごまかすことしかできない三十路娘で・・・)

[国沢]

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