act.48
「今夜はそこまでにしておいたらどうだ」
秘書室のドアが開いて、副社長のビル・スミスが顔を覗かせた。
「もう皆帰っている。重要なポイントはこの間の徹夜作業でクリアしているんだ。そんなに根を詰める必要はないだろう?」
ビルがデスクの後ろにあるカウンターに近づき、水差しから水を注ぐ。ビルはそれをウォレスに向かって差し出したが、ウォレスがそれを断わると肩を竦めて水を飲み干した。
「無理な方法で仕事をしたって作業効率が上がらないことなど、君が一番知っているだろう」
ウォレスは背後からそう言われ、溜息をつくと両目を擦って椅子の背に身体を凭れさせかけた。
「分かっているさ」
「分かっているなら、なおのことだ。ジム」
デスクに腰掛けて、ビルがウォレスの顔を覗く。
「最近の君はおかしいぞ。爆破事件の頃からずっと・・・。君が社長の為を思って必死になるのは分かっているが、家族の幸せを犠牲にしてまで仕事をすることに社長自身が喜ぶと思っているのか? 何か悩んでいることがあったら相談にのるが・・・」
「すまん、ビル。そんなんじゃないんだ・・・」
ウォレスは、ビルを見上げ少し微笑んだ。ビルは再び肩を竦ませる。
「ま、君がいいというのなら大丈夫なんだろうが。私はもう帰らせてもらうよ。家で女房と子供がクリームシチューを作って待っているそうなんでね。君もこれで終わりにしろよ。シンシアが家で待っているんだろ」
「ああ」
ウォレスはそう答えながら、ビルを部屋の外まで見送った。ドアを閉め、また溜息をつく。実は今日、シンシアは家にはいない。女友達の家に泊りがけで遊びに出ているのだ。こんな時間に家に帰っても誰もいない。
ウォレスは、自分のデスクを振り返り、昼間より三分の一程度に減った書類の山を見て少し寂しげな笑みを浮かべると、コートを羽織って部屋の電気を消した。
外に出ると、運河の方から、冷たくて湿気の多い風が吹いてきた。
ウォレスは車には乗らず、そのまま歩いてローレンスの店を目指した。今日は何だか真っ直ぐ家に帰りたくなかった。
珍しく弱気な自分がいる。
だからこそ、ビルに指摘されるほど今日デスクを離れられなかった。
ジェイク・ニールソンが、この街にいる。
その言葉は、約20年弱経った今でも大きな力を持ってウォレスの心を揺さぶっていた。
過去の忌まわしい記憶。恐怖と貧困に怯えた日々。
ウォレスは、空を見上げる。
空は一面に曇っていたが、雲の間から白い光の月が顔を覗かせていた。
この月を、同じ街でジェイクも見ているかもしれない。たった今。自分と同じように天を仰いで。
背筋がぞっとした。怖さで押しつぶされそうだった。
ぎょろりとした大きな瞳が、一瞬天を仰いだ。
ぽつりぽつりと、遂に雨粒が空から落ちてきたからだ。
ベン・スミス・・・ジェイク・ニールソンは、上着の襟を立てて、足早に目指すアパートへ入っていった。
ジェイクの姿が完全に消えたのを確認して、ドーソンは小走りでアパートに近づいた。
アパートはクリーム色の壁が鳩の糞汚れに塗れている極々庶民的な建物だ。決して裕福な人間が住んでいるとは言いがたい。まさに潜伏する人間にはもってこいといったところか。だが、アパート入口のポストの名前をチェックしても、『ベン・スミス』の名前はない。
念のためにドーソンは、アパートの住所とポストに書かれた名前の全てをメモし、その場を退散した。
ウォレスがローレンスの店のドアを潜ると、丁度ローレンスに一人の男が食ってかかっていた。
「お前達に何の接触がないとは、おかしいじゃないか!」
店内の客が一様に白い目で男の姿を眺めるのも構わず、男はカウンターを平手で叩く。男の話す言葉には、イギリス特有の訛りがあった。その訛りを聞くのは、随分と久しぶりのことだった。
男が叩きつけた手のひらの下には、ピンボケた写真がある。
だがウォレスは、遠目でそれを見ても、そこに誰が写し出されているのかがはっきりと分かった。
岩のような顔。ギョロリとした瞳・・・。
写真のピントがボケているせいで、余計に特徴が際立って見えた。
さすがのウォレスも、一瞬自分がどこに立っているのかが分からなくなるぐらいに頭の中が真っ白になった。
写真の中の男は年老いていたが、見間違えようがなかった。
ジェイク・ニールソンが生きている・・・。あのジェイクが。
店の入口で驚愕に震えるウォレスにローレンスが気づいた。
彼は、目の前のイギリス男にバレないように、ウォレスに視線で「出て行け」と合図する。ウォレスは、踵を返して店の外に出た。だがすぐ立ち止まり、動揺した瞳を宙に泳がせた。
「何てことだ・・・。何てこと・・・」
ウォレスはうわ言のように繰り返す。
外は雨が降り始めていて、通りを行く人々は小走りに建物の中に消えていく。
だがウォレスは冬の雨に打たれたまま、しばらくそこに立ち尽くしていた。
足が思うように動かない・・・。
俺が最後にジェイクの姿を見たのは、一際冷え込みのきつい日のことだった。
ジェイクのグループに戻ることを頑なに拒み続けた俺に、連中ももはや疲れてきていた。ジェイクと俺は、ジェイクが無理やり俺を抱くにしたがって、心は反比例するかのように離れていった。それはもうどうしようもない事実で、あのジェイクが珍しく一番疲労が濃い顔つきをしていた。
一方で、ジェイク達は新たな計画を練っていた。活動資金は底をついており、性急な計画の実行が求められていた。
ジェイクのグループは、血の気の多い若者が見る間に集まってきて、いつしか大所帯になっていた。彼らを養うだけでも相当の資金が必要だった。新しく加わった若者達に信念や大儀という名目はなく、そこにあるのは抑圧された生活の中で培われた憎しみや餓えだけが存在した。
その晩は取り分け冷え込みがきつかったので、俺は作業小屋から母屋に移された。その夜は作戦の実行日にも当たっていたので、見張りに立てれる人間が少なかったせいもある。
俺は母屋に入ってすぐの汚い小部屋に叩き込まれた。ベッドマットのない、骨組みだけのベッドのパイプに腕を結わえ付けられた。
ジェイクは、低く頭を項垂れた俺の髪を掴んで上向けにさせると、「逃げるなよ。逃げたら殺す」と冷たく言い放った。あのスカイブルーの瞳に、顔中痣だらけの自分の顔が写っていた。もはや男のプライドや意地など全て剥ぎ取られ、打ちひしがれた男の顔。
こんなボロキレのようになってしまった男に、ジェイクはどうしてそれほどまでの執着を見せるのだろう・・・。
俺は、寧ろ可笑しく思えた。
確かにジェイクと俺は家も隣同士で、幼い頃から本当の兄弟のように育ってきた。ジェイクの行く所には、子犬のようについてまわり、いつも一緒だった。男親を早くから亡くしていた俺にとって、ジェイクは最も身近な同性だった。その存在感はとてつもなく大きかった。
俺が物心をつく前から、反イギリス政府の活動グループに入れられたのもジェイクがいたからだ。ジェイクこそが、俺をグループのリーダーに推薦したのだった。
実際に俺は言われた役割を完璧にこなす子供だった。それもこれもジェイクを喜ばせるために必死になってやったことだ。ジェイクと組み、今考えれば身の毛もよだつような恐ろしい計画を成功させるごとに、活動グループの中でのジェイクの地位は上がっていき、俺も周囲から可愛がられた。
当時、俺達の属していたグループと交流のあったティム・ローレンスの一派は、作戦に子供を使うことに難色を示していた。それがローレンスのポリシーだった。
彼の村の子供たちは、イギリス軍が駐屯する有刺鉄線の中でサッカー遊びに興じていたが、ローレンスによって、決してイギリス軍隊には逆らってはいけないと教育されていた。それが子供たちの身を守る最大有効な手段だとローレンスは分かっていたからだ。
ローレンスとは、合同テロ作戦の折り、度々顔を合わせていた。彼は俺を取りまく事情を全て承知しており、日頃から心を痛めていた。作戦に参加する子供は多くいたが、ローレンスは取り分け俺のことを気に掛けてくれた。当時俺が、子供たちの中でもっとも危険な任務についていたからだ。
ローレンスは、時間がある時は村に遊びにくるようにと言ってくれた。
ローレンスの村は自分が住んでいた村の隣にあり、子供の足でも十分通えるほど近かった。
彼の元で過ごす時間が、唯一純粋に子供としておれる大切な時間だった。滞り勝ちな学校の宿題をし、村の子供たちとサッカーに興じた。
もちろん、ジェイクはそれが気に入らなかった。ジェイクだけではない、自分達のグループのリーダーであったネロウも難しい顔をしてみせた。二人とも、俺が子供らしい生活を手に入れることによって肝心の作戦遂行に支障をきたしては困ると思っているようだった。
結局俺は許可なく村から出ることを許されなくなり、ローレンスとネロウは対立をするようになった。それが内部紛争の始まりだった。
その中で俺は、腕利きの殺し屋として教育をされ、いつしか作戦の実行内容を練る話し合いにも参加するようになった。グループの中で唯一同い年だった友人・ミカエルの死をきっかけにして、俺は積極的に活動に参加し始めていた。そして14の頃には既に、実行計画の主なプランを組み立てるまでになっていた。
周囲の人々は俺のことを「小さな殺し屋」として恐れ、ジェイクはそんな俺を益々喜んだ。もはや俺には、ジェイクしか縋るものがなかった。
その歪んだ考えを一変させてくれたのが、ジェイクの妹リーナだった。俺よりひとつ年上の彼女は、村自体の活動に心を酷く痛めていた。国の方々で起きる爆弾テロや治安警察との小競り合いの話を聞く度に彼女は涙を流した。
真の自由は、暴力によって得るものではないと心優しい彼女はいつも思っていた。彼女は暴力や殺戮を心底憎んでいた。彼女やジェイクの母親もまたテロの巻き添えになって亡くなっていたためだ。
兄はそれをきっかけにして、テロ活動に参加するようになり、妹は家族を失った悲しみがどのテロ活動においてもたくさんの人に降りかかるということを学んだ。
リーナは、いつも俺のことを気にかけていてくれた。自分の年はなれた姉達よりも、彼女は身近だった。
心にたくさんの傷を持ったもの同士、俺達は急速に互いを求め始めた。それは精神的な餓えを満たすためだった。
グループの活動の本質が、いつしか狂い始めた頃、自分達の活動に疑問を持ち始めた俺の目を覚ましてくれたのがリーナだった。
だが、テロ活動一色に染まっていた村の中で、リーナの存在は危険だった。彼女があのジェイクの妹だったから、誰も手出しはしなかっただけだ。
だが、肝心のジェイクが、俺とリーナの関係をよく思わなかった。
ジェイクはリーナを責め、時には暴力を振るった。リーナはジェイクに反目をしたが、決して兄を見捨てることはなかった。
だがある日、リーナが妊娠していることが判明する。
それを知ったジェイクは烈火の如く怒り狂った。今思えば、あれは嫉妬からくる感情だったに違いない。
子供を始末しようとするジェイクの手を逃れ、俺たちは手に手を取って村から逃げ出した。新しい命を守るためだった。必死だった。
だがその本当の自由を勝ち取る旅も終結に近づいている・・・。
「逃げるなよ」と言われたものの、打ちひしがれた俺にはもう、端からその気力はなかった。寧ろ殺してくれるなら、さっさとやって欲しいと自ら望んでいた。
ドアの向こうからは、見張りの男が歩く音に混じって、赤ん坊の泣き声とそれをあやすリーナの声が聞こえてきていた。今の時点でリーナと赤ん坊が生かされているのなら、この先ジェイクが赤ん坊を始末することもないように思えた。
それならばそれで、もういいのではないか、と思い始めていた。
生きる世界が間違っていたとしても、生きていればその子供には未来がある。いつかそこから逃げ出せるチャンスだってある筈だ。
赤ん坊を守るという俺の任務は、既に終わっているような気になり、早く自分の人生の終わりが来るのを待ち望んだ。
両手をロープで拘束され、猿轡をかまされているので、己で命も断ち切れない。 数々の人々を簡単に殺めてきた自分が、己の命さえ奪えないことが皮肉に思えた。こうして無様に生き恥を晒すことが、殺めた人たちの俺に対する復讐心の表れであるような気がした。
結局、「逃げたら殺す」の捨て台詞を吐き、無理やり俺に口付けていったジェイクが、イギリスで見る彼の最後の姿になった。
その日の深夜、ジェイク達は帰りが遅かった。ドアの向こうで大きな物音がして、見張りの男の足音が途絶えた。
廊下に布が擦れる音が響き、ドアの前で止った。
ドアノブを掴もうと奮闘する様子が伺えたが、それが酷く不自然に思えた。
ドアが開く。赤ん坊を胸に抱いたリーナだった。厚手のロングスカート姿である。彼女は、赤ん坊をかき抱いたまま、不器用な様子で這いずってきた。どうやら、脚を怪我しているらしかった。
リーナは、俺の元までくると、熟睡している赤ん坊を床に置き、俺の腕を縛っていたロープを震える手で外してくれた。
「見張りのテオドアをワインの瓶で殴り倒してやったの・・・」
荒い呼吸の中、彼女はそう言った。
テオドアは以前からリーナのことをいやらしい目で見ていた若者だ。仲間が皆出払っているこの夜に、リーナにいたずらをしようとしたのだろう。
俺は自分で猿轡を外した。激しく咳き込んだ。リーナが背中を摩ってくれるが、完治していない傷がまだ数多くあり、痛みに思わず呻き声をあげた。リーナは俺が着せられている厚手のセーターとシャツを捲り上げると、ぽろぽろと涙を零した。
「なんて酷いことを・・・」
リーナは、兄のつけた惨いナイフの傷を見つけたのだった。
「ごめんなさい・・・。本当にごめんなさい、アレクシス。あなたをこんなことに巻き込んでしまった私達を許して・・・」
俺は首を横に振り、彼女の涙を拭ってやった。声をかけようにも、うまく声が出なかった。
「逃げて、アレクシス。ジェイクなら、今夜帰ってこれないはずよ。 今朝私、テオドアの目を掻い潜って密告したの。今日の計画のこと。治安警察が待ってるはずよ。例え逃げ延びたとしても、今日はここには帰って来れないはず・・・。逃げるなら、今しかない。だから、逃げて。この子を連れて・・・」
俺は再び首を横に振った。
「・・・ダメだ。俺にはもうその気力がない。君こそ逃げろ。君なら、逃げ延びれる・・・」
リーナの目から、大粒の涙が零れ落ちた。
「ダメなの・・・。私はもうダメなの・・・」
リーナの言っている意味が分からなかった。先ほどの乱闘で脚を怪我しているとはいえ、自分のなりよりはまともに見えた。彼女が強い女性であることは、心の底から分かっている。彼女なら、生き抜けると思った。だが彼女は首を横に振り続け、泣きじゃくった。
「どうして?!」
と叫ぶ俺に、彼女もこう叫び返した。
「もう足がないの!!」
俺は、一瞬何を言われたか分からなかった。リーナが俺に縋る。
「もう・・・逃げる足がなくなっちゃったのよ・・・」
リーナがスカートを捲った。そこには、両の足首から下が切り落とされて、きつく包帯を巻かれた彼女の足があった。
「ジェイクに切られたの。私さえ逃げなかったら、あなたをここに縛り付けておけると思ったのね・・・」
それを知った時。
俺は、大声を上げて泣いた。
こんな暴力がこの世の中にあっていいのかと、胸が張り裂けそうだった。
俺はリーナを抱きしめた。彼女の方こそ、俺のせいでこんな身体にされたのだ。
とうに涙も彼果てたと思っていたが、次から次へと涙が溢れてきた。リーナに対する気持ちと純粋な恐怖が、俺を襲った。あまりの過酷な運命を神に呪った。
「ダメよ! 泣いてはダメ。あなたとシンシアだけは生き延びてくれなくてはダメなの。それが私の唯一の心の救いよ。なんとしてでも、生き延びて頂戴・・・」
俺の頬を冷たい両手で包んで、彼女は子供に諭すように言った。
「君も連れて行く・・・。君も連れて行く・・・」
俺はうわ言のように呟いた。彼女はそれも否定する。
「あなたの身体を見て御覧なさい。こんな身体で私と赤ん坊を抱えて逃げれると思うの? どうなの?」
確かに誰が見ても不可能だった。でも俺はそれを認めたくなかった。
首を横に振る俺に、リーナが言う。
「あなただけなら逃げれる。あなたになら、この子を託すことができる。この子には、争いのない国で生きていって欲しい。私の分も幸せになって欲しい。あなたにそれを見届けて欲しいの」
涙が溢れて止らない。彼女を置いていくだなんてこと、できる訳がない・・・。
俺は叫んだ。
「いいや。君は俺が連れて行く。君を残してなんて行けない。行ける筈がない!」
「なら・・・こうよ・・・」
リーナは静かな笑顔を浮かべて、そう囁くと、スカートのポケットからワイン瓶の破片を取り出し、一気にそれを喉元に突き立てた。
「リーナ!!」
大量の血が吹き出た。彼女の狙いは正確だった。彼女がその一突きで絶命することは、何より俺自身が一番分かってた。
「お願いよ・・・・お願いよ・・・」
空気の抜けたような囁き声で、彼女はそう言うと、目を開いたまま命の火を絶やした。
全身彼女の血に塗れながら、俺はその場に蹲った。もうこんなのは、耐え切れないと思った。目の前にはガラスの破片が突き刺さったリーナの喉元がある。その緑色のガラスは、とても美しかった。
そのガラスに手を伸ばそうとした時、赤ん坊が突然泣き出した。母親の返り血を浴びて驚いたのだろう。生命力溢れる大きな泣き声だった。
俺は涙と血を拭った。
そして赤ん坊を抱き上げた。赤ん坊は不機嫌そうに益々大声で泣いた。
顔についた血を拭ってやり、あやすと安心したように再び眠り込んだ。
俺はリーナを返り見た。しっかと開けられたその瞳が、俺を叱咤しているように思えた。
分かったよ、リーナ。何としても生き延びて見せる。ジェイクの手から、逃れてみせる。
俺は走った。カサブタのこびり付いた素足で、薄く霜が覆った森の地面の上をただひたすらに。
途中、凍りかけた川で返り血を洗い流し、また走った。
しばらく走って、気づくと道路に出ていた。そこをたまたま通りかかった地元民の車が止った。最初は、俺の酷い姿を見て警戒していたが、赤ん坊を見て車に乗せてくれた。彼は、彼の家で新しい服と靴、それと食べものを与えてくれると、港まで俺と赤ん坊を送ってくれた。
ジェイクが治安警察隊に拘束されたことを知ったのは、翌朝、港で捨てられていた新聞を見てからのことだった。
俺は一週間港に潜伏し、何とか密航の手配を取り付けると、そのままアメリカに渡った。
気づくとウォレスは、マックスのアパートメントに足を向けていた。
悪夢と恐怖に苛まれたまま、夜の街を徘徊して、行き着いたところだった。
ウォレスがドアをノックしても返事はない。
仕方がないか・・・。
ウォレスは、腕時計に目をやる。時計の針は朝の4時半過ぎ。普通なら、今だ安らかな睡眠を貪っているところだろう。それなのに自分ときたら、昨夜の雨のせいで未だに黒く濡れた長いコートを着て、この爽やかな夜明けとはまるで縁がないかのような顔色でマックスの部屋のドアに立ちすくんでいるのだ。
世の中から孤立しているという感覚がふいに沸き上がってきて、ウォレスはその漠然とした不安に背筋を竦ませた。
この雨水を吸って肩にのしかかるカシゴラのコートの重みは、まるで悪魔が肩に寄り掛かっているようだ。最悪の気分だった。
だからこそ、何かに浮かされるようにこんなところまで来てしまったのだ。まるで生きた心地がしない。昨夜見たジェイクの写真がここまで自分を打ちのめしていること自体、さらにウォレスを打ちのめした。
「・・・マックス・・・」
緩い吐息混じりにマックスの名を呟いて、ドアに額を押しつける。取っ手の丸いアルミのドアノブにウォレスが軽く触れた拍子に、まるで魔法がかかったかのように細くドアが開いた。
ウォレスは少し驚き、身体を起こしてドアを突くと、音も立てずにドアは開いて、ウォレスを室内に誘った。
ウォレスは、マックスの不用心さに眉を顰めながら部屋の中に入ると、後ろ手にドアを閉めたのだった・・・。
Amazing grace act.48 end.
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編集後記
一先ず今回でウォレスの過去話の大筋は終わりですね。これでウォレスがどうしてアメリカ大陸になってくることになったのか、名前を偽るようになったのか、ミラーズの会社が片田舎の街に移ってきたのかが一通りご理解いただけたのではないかと思います。
書き始めた当初は、シンシアの母親にこんな凄い過去があったなんて、国沢もはっきりと予想していた訳ではありません(汗)。現代っ子の申し子のようなシンシアですが、彼女は凄い環境を生き抜いてきたのですネェ~。本人は判ってないけど(汗)。来週は、ウォレスとマックスのツーショットがやっと拝めます。相変わらずラブラブの甘々です。馬力があったら、メール配信。いまだ煮干の出がらし状態だったらないかも・・・(なんじゃそりゃ!)。嗚呼・・・、怒涛の更新週間のせいではないのだけれど、本業の方がうまくいかなくて、パワー停滞気味です・・・。
[国沢]
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