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nothing to lose title

act.138

 少し青みがかったモノクロの画面の片隅に、ヘルメットと防弾服に身を固めた集団の姿が次々とよぎる。その映像と相まって、先程から白熱しているレポーターの声が社長室に響き渡っていた。
 マックスは、以前として両手両足を拘束されたまま、あの恐ろしいベストを着せられソファーに転がされていた。そのマックスの目の前には、先程どこかから調達してきたテレビが置かれ、緊急特番と化したニュース番組のライブ映像が流れている。
 キングストンは、親指の爪を噛みながら、テレビ画面に釘付けになっていた。経済雑誌に取り上げられていた頃の写真がテレビに映される度に歓声を上げている。ミラーズ社を追い出されて以後の生活は、完全にキングストンの神経をおかしくしてしまったようだ。「俺が一番なんだ。俺が全てを支配してるんだ」と呟きながらテレビを見つめているその瞳は爛々と異様な輝きを見せており、マックスの背筋はゾッと鳥肌が立った。
 犯罪の主犯格と報道されて嬉しがるような人間など、おおよそまともな神経の持ち主とは言えまい。
 一方、ジェイク・ニールソンは随分前に社長室から姿を消したまま、一向に帰ってくる気配はなかった。警察の突入が今か今かと迫っているこの時に、その落ち着き振りが逆に怖かった。
 時折、キングストンが無線機でジェイクと話をしているようだが、どうやら警備カメラのモニターに変化がある度に報告をしているらしい。
 もし、警察の突入が始まったら、どんなことになるのか・・・。
 形勢から見ても、ジェイクとキングストンに不利な状況であることは一目瞭然だった。いくら最新の警備システムを逆手にとって守りを固めているとはいっても、所詮多勢に無勢であることには違いない。ウォレスがジェイクと顔を付き合わせる前に、事件が早く解決すればそれに越したことはない。だが・・・。
 マックスは、頭を捻って視線をデスクの横にやった。
 真っ白い顔色をしたシンシアは、未だ目覚める気配もなく車いすにしなだれかかっている。
 もし本当に警察の突入があるとして、警察は社長室でのこの状況をどれくらい把握しているのだろう。万が一、警察官が大量に乗り込んできたとしたら、ジェイクとキングストンが真っ先に道連れにする人間は間違いなく自分とシンシアだ。自分だけならまだしも、シンシアの命まで失われてしまったのなら・・・。
 マックスの心は激しく痛んだ。
 そうなった時のウォレスの悲しみは、計り知れない。
 ジェームズ・ウォレスという人間は、誰も持ったことのない様な強さを持っていながら、その心はガラス細工のようにナイーブな人間だった。
 これまでの不幸すぎる生い立ちが、彼の本当の姿に鋼の鎧を被せたのだ。
 きっとウォレスの悲しみを癒すことなど、絶対にできない。
 そのことでウォレスが自分達の後を追って、自ら命を絶つようなことになってしまったら・・・。
 マックスはギュッと目を瞑った。
 やはり人間に心というものがあるのなら、きっと心臓の隣にあるに違いない。今こんなにも胸が痛い・・・。
 彼を守るとあれだけ誓ったじゃないか。あれは偽りだったのか?
 マックスの頭の中で、もう一人のマックスの声が響き渡る。
 何か考えろ。考えるんだ・・・。
 マックスは、テレビ画面に映し出されるミラーズ社の社屋映像を見つめながら、奥歯を噛みしめた。


 「総員配置に付きました」
 作戦本部に、SWATチームのリーダーが報告に現れた。
「よし、いいぞ。まず先発隊をビル内に侵入させ、状況を把握させろ。各フロアの様子、特に犯人が潜伏している最上階の様子を優先的に調べるんだ。ビルの図面は持ってこさせたか」
 特殊班班長である警部は、小難しい顔つきでそう言った。
 今回の現場に出動している各班のリーダーがぐるりと取り囲んだ大きなデスクの上に、ビルの構造図面が広げられる。
「現在突入班は正面入口と裏口、右側面の三カ所に待機しております。正面と裏口はおとりとして使い、右側面の排気口から侵入させた隊をエレベーターのケーブルを使って上部の階に侵入させる計画を立てています。各部屋の様子は、排気口ダクトの中より小型カメラを侵入させ、作戦本部のモニターに転送します」
「よし。まずは、先発隊に中の様子を探らせてから次の作戦を立てよう。通信班は、引き続き電話での犯人との接触を試みてくれ。署長、それでよろしいですね」
 警部の隣で仰々しく腕組みをしていた署長は、うむと頷いた。
「狙撃犯は準備しているのか」
「もちろんです。少し距離はありますが、このビルの屋上に配置しています」
「状況が把握でき次第、狙撃でも何でもいい、さっさと犯人を片づけてしまえ」
「しかし署長、もし人質が犯人の側に多数いる場合は・・・」
「多少のことは致し方ない。先程からテレビで、C市警は事件解決までの時間がかかり過ぎるのろまな警察署だと無知な市民が馬鹿な台詞を吐いている」
 署長は、部屋の片隅の椅子に腰掛けているハドソン刑事を恨めしそうに返り見た。先の爆弾魔事件について、いつしかC市警は市民からそういうレッテルを貼られているのだ。
「このまま恥の上塗りを重ねるわけにはいかない。ミラーズ社の社長がここに現れる前に、なるだけ事件を解決するんだ。それから、ミラーズ社の関係者をここに入れるな。現場にもだ。関係者や家族が入ってくると、突入時の勘も鈍る。余計な雑音は入れたくない。いいな」
 その場にいる全員が「はい」と返事をする。
「では、五分後に先発隊を侵入させます」
 第一回目の作戦会議は、SWATチームのリーダーのこの言葉で締めくくられた。


 ふいに天井のダクトからガコンという何かを外す音が響いてきて、サイズは天井を見上げた。
 警備室では今、完全に凝り固まった警備システムを何とかしようと、エンジニアがあくせくしながらコンピュータと向き合っているが、全くいい兆しは見えていなかった。
 もし悪意があってわざと今のような細工をしたのなら、そいつは相当の切れ者だ、と余裕のなくなったエンジニアは汚く悪態をついた。
 警備員は殆どの人間がこの警備室に閉じこめられており、窓もないテレビもないこの部屋の中でモニタがすっかりダウンした今となっては、外界からの情報は全くなかった。
 苛立ちが募ってきていた頃に、ふと天井からそんな耳慣れない音が響いてきて、サイズはハッとする。
 そうか、このダクトから誰か出て外の様子を見に行けばいいんだ。うまくいけば外に出て、助けを求められるかも知れない。
 大の男が揃いも揃って、そんなことにも気づかないとは。
 我ながら自分と同僚の鈍さに呆れ返りながら、サイズはダクトフェンスの真下にデスクを運んだ。
 デスクの上にのってみたが、天井までにはまだ距離がある。
 椅子をデスクの上にのせ、滑らないように押さえてもらいながらダクトフェンスを上に押し上げた。埃っぽいダクトに頭を突っ込むと、なおも遙か向こうの方から音が響いていた。人為的な音。犯人グループが何かやっているのか、それとも・・・?
「おい! 誰かいるのか!」
 サイズは音がする方に向かって呼びかけた。ふいに音が少し止んで、またガコガコと音が続いた。
「おい! 誰なんだ!!」
 また音が止み、今度は静かになった。
「どうかしたのか?」
 椅子を押さえている同僚が下から訊いてくる。サイズは一旦顔をダクトから引き抜くと、首を傾げて見せた。
「確かに誰かが何かをしてるみたいなんだがな・・・」
 サイズは再び頭をダクトの中に入れて、様子を窺った。
 五分ぐらいして、再び音が聞こえた。今度は更に遠くの方から音が聞こえた。
 よく耳を澄ますと、フェンスを外している音のような気がする。音はビルの右側面にあたる方角から聞こえてくる。
 ビルの右側面には、排気口の出口が集中している。ビルの全ての出入り口が封鎖されている今、唯一ビル内に侵入できるとしたら排気口だ。狭くて少人数しか入ることはできないが、侵入することは可能であるだろう。ひょっとしたら外側からビル内に侵入を試みているのかも知れない。だとしたら・・・。
 ふいにサイズの顔に笑みが浮かんだ。
「おい、警察が助けに来てくれたかもしれないぞ」
 サイズが再び下を見やってそう言うと、警備室内に歓声が上がった。
 ついさっき、警備員の一人が持っていた携帯電話でやっと自分たちが犯罪に巻き込まれているということを知らされたのだが、今ひとつその自覚が持てなかった。だが、外から助けに来てくれることは有り難い。そろそろ腹も減ってくる頃だ。
「おーい! 誰かいるのか?!」
 サイズは再び声を掛けた。
 しばらくの間があって、「そちらは誰ですか?」と返事が返ってきた。
「ミラーズ社警備員のトーマス・サイズです」
 またしばらく間があって「社員番号は何番ですか?」と訊かれた。
 どうやら身元を確認したいらしい。サイズは自分に与えられている六桁の番号を答えると、更にまた長い間沈黙が流れた。
 流石に焦れてきた頃、向こうから返事があった。
「我々は警察です」
「やっぱり警察だ」
 サイズが皆に報告すると、警備室から拍手がわき起こった。
「サイズさん、そちらはどこですか?」
 また質問が返ってくる。サイズは慌ててダクトに頭を突っ込むと、「警備室です。今こちらには八人いて、部屋に閉じこめられています」と答えた。
「皆さん無事ですか? 怪我人はいませんか?」
「大丈夫です」
「分かりました。これから救出に向かいますので、そこに待機していてください」
 警官の声の後、ダクトの中が騒がしくなった。
 複数の人間がダクトの中に入ってきているようだ。だんだんと、音が近づいてくるのが分かる。
「もう安心だなぁ。犯人は最上階のフロアに立てこもっている二人だけだというし、こんなに簡単に警察が入ってこれるなら・・・」
 足下にいる同僚の台詞に聞き入っていたサイズの耳に、突如ドカンドカンドカンという連続する爆発音が聞こえた。
 以前、ミラーズ社の前で車が爆発した時より音も衝撃も大きく、建物全体が揺れたようだった。
 皆が、一様に窓のない壁の外の方を見るような仕草をした。
 確かに建物の外が爆発したようにも聞こえたが・・・。
 そう思っていた矢先、ダクトの中に頭を突っ込んでいたサイズの顔にふわりとした熱風が当たった。
 サイズが眉間に皺を寄せたその時、ダクトの先から真っ赤な炎が物凄いスピードでサイズに向かってきたのだった。

 

Amazing grace act.138 end.

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編集後記

あけましておめでとうございます!
ついにアメグレでまたも年を越してしまいました(汗)。
本当なら、新年早々派手にお祭りをやったり、サイトの模様替えをやったりしたかったんですが、馬力がなくてできませんですた(汗)。ああ、だんだん情熱が盛り下がってきているのか、国沢?! それとも、アメグレの続きを更新するだけで精一杯なのか、国沢?!(や、現実問題、どちらも当たっているような気がして怖いんですが・・・)このままサイトが衰退していきそうで怖いでつ(ざぼ~ん)。というわけで新年早々弱腰の国沢なんですが、今年からついにプー生活がスタートしまして、半年間は取り敢えず『無職』を職業にしようかと思っています。←変なところは強気な余裕・・・。
とりあえず、身体の具合を治さなきゃね・・・。国沢、三十を過ぎてやっと健康の大切さが身に染みて分かる一年だったです。
ほんと、健康第一。身体が資本。
したいこともできなくなっちゃいますものね。皆さんも、ほんと~にお身体を大切にしてくださいね。無理は禁物ですよ。頑張り過ぎる人は、適度に頑張らないことも覚えた方がいいみたいです。スローフード、スローライフ。ビバ!シエスタ!!最近本気で、日本にシエスタ制度を導入したらどうだろうと思っている国沢です。(益々不況に拍車をかけるか?)

[国沢]

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