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nothing to lose title

act.130

 ウォレスは、クラクションが方々で鳴り響く道路で電気屋のバンを追いかけた。
 運が悪いことに道は夕方のラッシュに向かって次第に混雑し始めており、思うように追いつけない。
 だが、遠くに見える電気屋のバンはウォレスの存在が迫っているにも関わらず、それを気にする訳でもなく、悠長に込み合った通りをゆるゆると走っている。
 だが逆にその様子がウォレスには不気味に見えた。
 いかにも白々しい余裕を感じさせるジェイクらしい不適さが漂っている。
 まるでウォレスを誘っているようにも思える。
 もし本当にあの車にジェイクが乗っているとしたら・・・。
 ジェイクと対峙したとして、その時私はどうするつもりなんだろうか。
 ウォレスはバンの後を追いながらも、ふとそんな漠然とした不安を感じた。
 自分の事ながら、その時がきたら自分がどう感じるのか、何をするつもりなのか、まるで想像ができなかった。
 会社を飛び出してきた時は、ただ夢中でビルの乗る車を止めて奪ってしまったが、いざこうしてジェイクの乗るバンの後ろ姿を見つめていると、寧ろ戸惑いの気持ちの方が強いことが分かった。
 マックスの事件の時とは違い、あまりにも唐突すぎる再会であった。
 前回ウォレスが対峙した相手は結局ジェイクでなかった訳だが、あの時はその相手がジェイクだとしてもそれなりの覚悟で挑んでいた。その為にマックスと別れる道を選び、シンシアとも離れる道を選んだ。
 だが・・・。
 ハンドルを持つ手に自然と力がこもった。
 今の私はあの時の自分とは違う・・・。
 ウォレスの脳裏に、全てを知っても自分を抱きしめ受け入れてくれたマックスとシンシアの姿が浮かぶ。
 今の生活を失いたくない。
 いつまでもマックスとシンシアの三人で穏やかに暮らしていきたい・・・。
 人はこれを『欲』というのだろうか。
 昔は、その『欲』が恐怖を増長させると教えられた。
 殺し屋には失うものなどあるべきではないと、大人達からこそぎ落とされた。
 自分の命にすら執着心などなかったあの頃。
 あの頃の自分は、本当に『強かった』。
 でも今は。
 ジェイクと対峙した時、この迷いが命取りになってしまうのではないかという思いがウォレスを支配した。
 もしそうなれば、マックスやシンシアも命の危険にさらされることになるだろう。
 ウォレスの顔が歪んだ。
 ウォレスの執着の根本は、愛する二人の命だった。
 ジェイクの手によって二人の命が絶たれるだなんてこと、耐えられる筈がない。
 リーナのような苦しみをまた繰り返してはいけない・・・。
 それならば。
 やはり自分は、ジェイクより先に死んではならないのだ。
 もしそういう状況になったとしても、大丈夫。大丈夫だ・・・。
 自分の身体には、そういう技術が身に染みついている。
 自分を長年の間ずっと苦しめてきた悲しい負の財産ではあるが、全てはきっとこの日を迎えるためだと思えば自分を納得させられる。
 そう運命だったのだ。かけがえのない大切な二人を守るために。
 その為に今まで自分は神に生かされてきたのだ。許される筈のない罪を背負っているというのに。
 ウォレスの脳裏に、あの日教会で聴いた神々しい歌声が響き渡った。
 罪は償うことができる。
 人はその心一つで何度でもやりなおす事ができる。
 あの二人を守ることが、自分の罪の償い。
 その為ならば、どんな犠牲でもいとわない。
 死ぬ気になれば、どんな人間でも最低一人は殺すことができる。
 大丈夫、大丈夫だ・・・。
 準備はいつでもできている。
 そうだろ?
 ウォレスは大きく息を吸い込んだ。
 さっきまで支配していた迷いが、不思議となくなった。
 寧ろ穏やかな気持ちで、バンに乗っている筈のジェイクの姿を想像することができた。
 ふいにバンが、ウインカーを出して左折する。
 ウォレスも後を追ってハンドルを切ると、少し先に停車したバンの後ろ姿が見えた。
 ウォレスはバンの後ろに車を止めると、静かに車を降りた。
 バンが停車したのは、他ならぬ電気屋の店先であった。
 ふいに店の中から作業着を着た男が出てくる。
 そして男はウォレスの姿を見て、ピタリと立ち止まった。


 「いなくなったって、ホントか?!」
 警察署の非常階段の隅に隠れて立つセスは、周囲を気にしながらも少し声を荒げてそう言った。
 携帯電話の向こうから『そうなんだ』と答えてくるマックスの声には不安げな色がありありと浮かんでいた。
「何かあったのか?」
『それが・・・俺にもよく分からなくて・・・・』
 マックスはそう返しながらも、先程マックスのオフィスに姿を見せた時のウォレスの様子を話してきた。
 セスは唸り声を上げる。
「ひょっとして・・・ジムの元にニールソンから既に何か接触があったのかもしれないな・・・」
『今彼のオフォスにいるんだけど・・・、オフィスはもぬけの殻だ。俺のオフィスに来た後、どこへ行ったんだか・・・』
「外に出たのかも。その動揺ぶりだと、絶対に何かあったに違いない。どこに行ったか心当たりがない以上、君はそこを動かない方がいいだろう。ニールソンからコンタクトがあったら、ジムのオフィスにその痕跡が残っている可能性は高い」
『分かった、ちょっと調べてみる』
「俺も、何とか署を抜け出してそっちに向かうよ」
 セスはそう言って、電話を切った。そうして振り返ると、そこにはハドソンがしたり顔で立っていた。
「署を抜け出してどこに行くって?」
 あまりに突然の襲来だった為に、セスは思わず口ごもった。まったくセスらしくなかったが、セスの戸惑った目線の先には、ハドソンの手に握られた例の金の指輪が入ったビニール袋があった。
「俺に何かいうことがあるだろう?」
 ハドソンがニヤニヤと笑いながら言う。
 だがハドソンは元々セスの答えを聞くつもりはないようで、すぐさま「俺もお前に言うことがある」と続けた。
 ハドソンは金の指輪が入った袋をジャケットのポケットに突っ込むと、懐から真新しい書類を取り出して、セスの前に広げて見せた。
「お前は、本日付けで謹慎処分だ。期間は今のところ無期。署長の機嫌がなおるまでだ。理由は分かってるな。さぁ、バッチと銃をこちらに渡して貰おうか」
 セスは唇を噛みしめた。
 その悔しそうな表情を見て、ハドソンが満足げな表情を浮かべる。
「ついにおまんまの食い上げだなぁ。俺も悲しいよ。あ、それから。当分お前を署から出すつもりはないぞ。お前には訊きたいことがたくさんある」
 手で催促するハドソンに、セスはバッチと銃を差し出すしかなかった。


 丁度その頃、警備室を訪れる男がいた。
 警備システムのメンテナンスに来たエンジニアだった。
「随分早かったじゃないか」
 意外に早い到着に、サイズは驚きを隠しもしなかった。スーツの上に作業着の上着を羽織った姿の男は、額に浮かんだ汗をハンカチで必死になって拭いながら「すみません」と荒れた呼吸混じりで謝った。
「今回は私共のエンジニアのミスで、大変なご迷惑をおかけいたしまして」
 警備システムを取り付けにきた時の連中よりも幾分年上に見えるその男は、恐らく彼らの上司なのだろう。大企業で起きた自分の部下の尻拭いをしに、ワシントンから文字通り『飛んで』きたのだ。
 中年のそのエンジニアは、周囲を見回して少し眉を顰めた。
 男の疑問を感じて、サイズはふんと鼻を鳴らす。
「あんたんとこのヘマはうちに前から出入りしている電気屋がきちんとフォローアップしていったよ。随分長い間かかっていたが、なんとか停電だけはどうにかすることができた。あいつらにも相当の手間賃払ってやらなきゃならんなぁ」
 エンジニアは新たに浮かんだ汗を慌ただしく拭いながら、「もちろん、そこのところのアフターフォローもちきんとさせていただきます」と早口でまくし立てた。
「しかし・・・その地元の電気屋というのは・・・」
 エンジニアは顔をしかめた。
 自分たちのシステムを外部の者に触られたことを不安がっているんだろう。
「安心しろよ。電気屋はあんた達のシステムには触ってないってよ。寧ろ有り難いと思ってもらわにゃ」
 サイズは不満タラタラでエンジニアを奥へ誘った。
 エンジニアは苦笑いを浮かべながら、停止している警備システムの基盤の前にスーツケースを広げた。
 男は、スーツケースの中のノートパソコンを起動させ警備システムの基盤カバーを外し、ケーブルで二つを繋ぐと、作業をはじめる。
 すぐに男は片眉を上げて肩を竦めた。
 故障原因が早くも判明したらしい。
「ご安心ください。ものの五分で全システムが復旧します」
 それを聞いてサイズは大きな息を吐き出す。
「ものの五分で直るようなトラブルに会社全体が振り回されたってことかよ」
 エンジニアの顔に浮かんだ笑顔が強ばった。
 エンジニアはすぐさま笑顔を消すと、警備システムに向き合って黙々と作業を進めた。男の言うように、数分で警備システムの本体がウーンと唸り声を立て始めた。所々赤いランプがついていたところが、グリーンランプへと変化していく。
 警備室中に安堵の溜息が漏れた。
「やれやれ、やっと直ったか」
 警備室のモニターが次々と回復する様子を見て、サイズは立ち上がりつつ腰をトントンと叩くと、警備室のドアに向かった。ロビーのゲートが機能し始めたかどうか確認する必要がある。だが、ドアノブに触れた途端、感じるはずのない抵抗を感じて、サイズはガチャガチャとドアノブを荒っぽく何度も捻った。
「あれ? あれ?」
 なんで鍵がかかってるんだ、と言おうとしてサイズが振り返った瞬間、けたたましいブザー音と共に警備室のモニター全てが真っ赤に染まったのだった。

 

Amazing grace act.130 end.

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編集後記

先週は映画三昧な編集後記でしたが、今週も映画の話をひとつ。
これ書いてる今、丁度『JM』を放映してます。この映画、けっこう昔に作られた映画ですが、今見るとやっぱ霞んじゃいますね・・・(汗)。限りなくB級映画の香りをさせているというか。原作はサイバーパンク小説という新たなジャンルを作り上げた大変有名な作品なんですが、それを描ききるのに予算と技術が追いつかなかったってところでしょうか・・・。でもやっぱ好きなんだけどね(笑)。もうちょっと監督の腕がよかったらなぁ。実は『JM』の監督さんは、ロバート・ロンゴ(だっけ?)という現代アート作家でして、なかなか多彩な才能があるおじさんなんですが、如何せんやっぱ映画監督という度量には欠けてたかな・・・。
画面作りや俳優の動かし方、脚本の隅々に隙がありすぎて、B級映画になっちゃったって感じ(汗)。
そこらへんがマトリックスとの違いか。(マトリックスって、衣装とか役者の立ち位置とか、本当に細かいトコまでこだわりがあっていい。二作目はいまいちその緊張感が薄まってたような気がするけど)
いずれにしても、この映画がなければマトリックスもなかったかもなぁ・・・。誰かリメイクしてくんないかな。原作は本当にいいのに。せっかくの俳優・北野武氏だって、あの脚本と演出じゃぁ良さがいかしきれてないよぉ。切望・リメイク。でもマトリックスの最終話も公開になるし、無理かなぁ・・・。

[国沢]

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