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nothing to lose title

act.21

 結局、クリスマスまでに事件の全様は解決せず、ハドソンが宣言した通り、正装をした警察官がミラーズ社の回りを警備する形でパーティーは開催された。
 急な用事が入ってという理由でパーティーを欠席する招待客も現れたが、殆どはミラーズ社のパーティーに呼ばれることがとても意義のあることなので、定刻前にはほぼ顔を揃えた。ベルナルド・ミラーズの人徳のお陰でもあるのだろう。今回は異例の状態であるが、メイン会場であるミラーズ社ロビーは、社長の心配をよそに、和やかな雰囲気だった。
 次々と招待客やミラーズ社の社員がパートナーを引き連れて回転ドアを潜る。
 パーティーの開催はまだ告げられていなかったが、早くも気の効いた食前酒が配られ、簡単なオードブルも出されていたから、会場はざわついていた。社員も年に一回の贅沢な労いに、顔を綻ばせている。
 来賓に挨拶をして回るミラーズの後ろについて、ウォレスも商談先の相手と世間話をしていた。来期の主力商品の話や相手の家族の話など、相手が喜ぶような話である。今回の爆弾騒ぎについては、暗黙の了解というのか、誰も口にしなかった。
 ミラーズと合わせて、5、6人で談笑していた時である。ミラーズを含めた殆どの人間がふいに同時に口を噤んだ。気づけば、ウォレスの身の回り、いや広い会場中がしんと静まり返っていた。皆一様に、回転ドアに向かって視線を送っている。丁度ドアに背を向ける形で立っていたウォレスは、振り返った。
 ようやく意味が分かる。
 マックスだ。漆黒のタキシードに身を包んだ彼が、回転ドアの出口に立っていた。
 ダークブロンドの髪が流れるような光を放っている。そのすらりとした立ち姿は、タキシードがシンプルであるが故に純粋な美しさを醸し出していた。引き締まった長身の身体は、無駄がない。完璧な美しさが彼にはあるのに、そのグリーンアイズは、どこかおどおどしていて。
 迂闊にもウォレスは、見惚れてしまった。だがそんなウォレスを誰が非難できるだろう。この会場にいる誰もが、金髪の美しい青年の姿に見惚れていたのだから。
「ミスター・ローズ。こちらに来たまえ」
 皆の視線を一斉に浴びて、俯いているマックスに助け舟を出したのはミラーズだ。
 彼はいとうしい息子を見るような優しさに満ちた視線をマックスに向けていた。 マックスも、ミラーズに声をかけられてほっとしたらしい。少しはにかんだ微笑を浮かべると、真っ直ぐミラーズに向かって歩いてくる。それを合図に会場中が元のざわめきを取り戻した。その内容については、先ほどまでと些か変化しているだろうが・・・。
「想像していた通りだ。なかなか立派だね」
 マックスの肩に手を置いて、嬉しそうにミラーズは言う。
「そんな・・・。この高価なタキシードのお陰ですよ。僕の貯金が吹っ飛んでしまった代物ですから」
 周囲に笑いが起こる。
 ただ美しいだけでは刺がある。だが、このブロンドの青年が口を開くと、自分を奢り昂ぶっていない様子が伺えて、殆どの者が青年に対して好感を抱いた。
 ウォレスはミラーズ夫人を呼びに行く。マックスが姿を見せたら、真っ先に紹介するように言われている。
 ウォレスがミラーズ夫人を彼らの元にエスコートすると、喜んだミラーズ夫人は思わずマックスに抱きついた。何でも、早くに亡くなった息子を思い出したという。
 ミラーズの息子は、ブロンドで美しい容姿をしていたと聞く。だが、若くしてベトナム戦争に士官として出征し、帰らぬ人となった。だからミラーズもマックスのことを気にかけているのだ。
「社長、お時間です」
 ウォレスが耳打ちをすると、ミラーズはマイクを受け取り、パーティーの開幕を宣言した。


 生バンドの演奏で、会場内は更に賑やかさを増していた。バンドの前に空けられたスペースでは、ダンスを楽しむ人々の笑い声が絶えない。
 今やミラーズ社の社屋の中で立ち入り禁止区域以外の全体がパーティー会場となり、個々のグループが思い思いの場所でパーティーを楽しんだ。
 日頃はランチしか構えることのないカフェテリアの厨房が、一流のレストランシェフのための仕事場となり、カフェテリア全体に数十人ものあらゆる食の職人がゲストの胃袋を満たすものをひたすら作り続けていた。
 振舞われる酒の量も半端ではなく、アメリカ中にある高級ワインやブランデーを飲み干すのではないかというほどの量があった。若いが味のよい赤ワインに至っては、樽ごと会場に持ち込まれ、そこからディキャンターに移される様は、ゲスト達を十分に満足させた。
「すごいなぁ・・・」
 会場の片隅、きわめて目立たない場所の椅子に座りながら、マックスは素直に感想を述べた。
「去年の今頃、冷え切ったターキーを咥えたまま、心臓マッサージしてたことを思い出すよ。毎年こんな感じなのかい?」
「まぁな。でも今回は、なかなか面白い事態になってる」
 サイズがローストビーフに噛り付きながら返した。
「何?」
 マックスがサイズに目線をやると、「相変わらずだなぁ、先生」と肩を叩かれた。
「何百人という熱い視線が、先生を射止めるために泳いでるよ。皆パートナーについて来てるのに、現金なこっちゃ」
 マックスは溜息をつく。
「やめてくれよ。もう疲れてヘトヘトだよ」
 マックスは着慣れないタキシードの襟に指を突っ込む。
「ところで先生、何飲んでるんだよ」
 マックスのグラスの黒い液体をフォークで指して、サイズが訊く。
「ペプシ」
 サイズが派手に顔を顰めた。
「なんだってそんなもの、飲んでるんだ!!」
 確かにサイズがそう怒鳴るのも無理ない。今夜は年に一度の無礼講だ。マックスだって、そんなことぐらい分かってる。だが。
「僕は社医だよ。これだけバカ騒ぎしてたら、いつ誰かが倒れるか分からない。呑気にアルコールなんて飲んでられないよ」
「バカだなぁ、先生! 今日ぐらい仕事のことなんて忘れろよ! そのためのパーティーだぞ? 社長も開会の言葉でいってたろ? 今日倒れるヤツなんか、救急車に任せておけばいいんだよ!」
「世の中、そういうヤツばかりだから、クリスマスのERはいつもよりまして戦場になるんだよ。それは3年間実証済み」
 マックスの攻撃に、サイズも「そうかぁ、そうだよなぁ」と少し大人しくなった。
 でも本当にところ、酔うのが怖かったからだ。
 あの晩のようになってはたまらない。
 いつかの自分の痴態を思い起こして、マックスは冷や汗をかいた。
 マックスは、視線の先にウォレスの姿を追う。
 マックス同様、シンプルなブラックタキシードに身を包み、ミラーズの細かなサポートをしているウォレスの姿に、マックスは見惚れていた。
 思えば、さっきまで色々な知らない人達にもみくちゃにされていたのだから、こうしてウォレスを見つめられたのは、今が初めてだ。
 成熟した大人の男。エレガントでいて、隙がない。穏やかな表情は、日頃仕事で見せる表情よりも更に魅力的で、マックスの視線を捉えて放さない。
 ミラーズとゲストの御婦人達を交えて話をしている最中、どうやらウォレスはダンスの相手を頼まれたらしい。バンド演奏はいつしかチークタイムに入っていて、ウォレスに泣きついた御婦人は、前々から狙っていたのだろう。ミラーズ直々に直談判したらしい。最初は断っていたウォレスだが、結局はそのミラーズに止めを刺されて、やがて御婦人の手を引いてダンスホールに立った。
 ウォレスのダンスの相手は、御婦人といっても若く肉感的で、美しかった。ウォレスの瞳の色を連想させる濃いブルーのスパンコールをびっしりつけたドレスを身にまとっている。栗毛色の髪をキレイに纏めた姿は、文句なく美しい。ウォレスと並んでも丁度の背丈で、よく似合っていた。
 今までは影のような存在であったウォレスも、いざダンスをし始めるとゲストの目を惹いた。決して下品ではなく、リードにもソツがない。
「さすが、ミスター・ウォレスだなぁ。何やらせても上手い。あんな風にリードされたら、女はメロメロだろうね」
 マックスの隣でサイズが声を上げる。マックスの気分は少し沈んだ。
 俺もあんな風に踊れたら・・・。
 そう思って、はっとする。
 自分は、今、こう思っていた。
 俺も、「ウォレスさんと」あんな風に踊れたら・・・。
 人知れず、マックスは顔を赤らめた。
 なんて馬鹿げたことを思い浮かべたのだろうと、恥ずかしさに叫びだしそうだった。
 男同士でダンスなど、本当にバカげている。何を考えているんだろう、自分は。
 その頃、ひどく動揺しているマックスを、遠くから射るように見つめている目があった。
 それはマックスに向けられた数多くの目線とは性質が異なり、明らかに憎悪の浮かんでいる目であったが、マックスがその視線に気づくことはなかった・・・。

 

Amazing grace act.21 end.

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編集後記

いかがだったでしょうか? マックスのタキシードヴァージョン。ラストらへんとか、多少メルヘンちっくになってしまいましたが(苦笑)。エヘ。しかし、よくよく考えると、マックスの目の前でローストビーフ頬張ってるサイズって、パートナーつれてきてないんですかね? (奴もまた寂しい男なのか・・・・)食ってる場合か、サイズ!
ま、そんなことはさておき。来週はドキドキの展開っすよ。幸いなことに、多分来週はちゃんとアップできます。問題は、再来週・・・。仕事の具合によっちゃ、更新は無理かも~。サイト立ち上げ初のお休みとなるのか?! 国沢個人もドキドキしてます。

[国沢]

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