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act.143

 「手を挙げろ!」
 背後の男の手短な指示にウォレスは大人しく従った。
 ウォレスは両手を挙げながら、心の中で溜息をついた。
 やれやれ、あの頃と比べると随分感覚が鈍ったらしい。これしきの気配に気づかないとは・・・。やはり第一線で活動していた時とは勝手が違うようだ。
 背後の男がゆっくりとウォレスに近づいてくる。
 間違いなく、ジェイクでないことは確かだ。
 声からして、もっと若くて背が高い男だろう。
 ジェイクが新たに引き入れた仲間だろうか。
 どういう風にして口説かれたのだろう。せいぜい、金か何かか。
 しかしどちらにしろ、背後の青年の方がぴりぴりと緊張している。本来なら、拳銃を向けられているウォレスの方がビクビクと身体を震わせていいはずなのに・・・。
 だがウォレスは恐ろしいほど落ち着いた面もちでそこに佇んでいた。
 男も、ウォレスの態度に益々警戒心を高めたようだ。
 じりじりとウォレスに近づいてくる。
 ついにウォレスの背中に拳銃の銃口が当たった。
「ゆっくりとこちらを向け・・・」
 男がそう言うが先か、ウォレスが動いたのが先か。
 ウォレスは目にも留まらない身のこなしで身体を翻すと、銃口を掴み男の背後に回り込んだ。
 男の腕が捻られると同時に拳銃がウォレスの手に落ち、ウォレスは男の首根っこを掴んで床に抑え込んだ。男のこめかみに銃口を向けた時点で、ウォレスは『おや?』と思う。
「いっ、いてててて・・・・」
 そう言って悲鳴を上げる男の顔を、ウォレスは凝視する。
「・・・ここで何をしているんだ?」
 ウォレスがそう言うと、男は「それはこっちの台詞ですよ」と呻き声を上げた。
 男は、セス・ピーターズだった。
「腕! 腕、放してもらえませんか・・・」
 顔を歪めるセスに、
「ああ、すまなかった。君だと気づかなくて」
 とウォレスはセスを解放した。
 セスは、大きく息を吐きながらゆっくりと立ち上がる。筋がひっくり返りそうになった右の肩口をさする。
「流石と言っていいのかどうか・・・。いや、驚きましたよ・・・」
 『民間人』にあっさりと拳銃を奪い取られた自分の不甲斐なさが、セスの表情に出ていた。
 ウォレスは、セスに拳銃を返しながら、「気を落とすことはないさ。私は昔、こういうことばかり訓練していたのだから」と声をかけた。だが、それを聞いてもセスは複雑そうな顔つきをしている。
「ところで、本当にここで何をしているんだね?」
 セスは、作業台の上に腰を掛けながら、ヒップホルスターに拳銃をしまった。
「もちろん、この状況を打開するためにここまで来たんですよ」
「一人で?」
「一人で」
 ウォレスがセスの答えに肩を竦ませると、セスはバツが悪そうに顔を歪めた。
「とうとう俺も署内で厄介者のレッテルを貼られまして」
 その一言で、ウォレスも事情を飲み込んだ。
「なるほど。でもよく侵入して来られたな」
 セスは厨房の中を見渡して、ダストシュートを親指で指さした。
「以前この警備システムが設置されたばかりの頃、見学させてもらったんですよ。その時に外部と出入り可能な場所を何となく記憶して。排気ダクトはあの有様だったでしょう。残るは、ここくらいしかない。爆弾を仕掛けられているかどうか分からなかったけど、誰か俺より先に侵入した形跡があったから、もしやと思って。・・・・まさかそれがあなただったとは」
 セスがそう言いながら、ウォレスの格好を下から上まで眺める。
「そんな装備つけてると、本物のSWAT隊員と言っても皆信じますよ。うちの署の隊長より隊長らしい雰囲気だ」
 互いに顔を見合わせて少し笑った。
 ウォレスは、カフェテラスにある紙ナプキンを持ってくると、作業台の上にそれを広げて自分のポケットを探った。
「ペン、俺が持ってます」
 セスが制服の胸ポケットからペンを取り出す。
 ウォレスはそれを受け取って、ダクトの地図を描いた。
「君が言うように、ダクトには至る所に爆弾が仕掛けられてある。爆薬の量はそれほど多くないが、ダクトの中だけに十分だろう。間違いなくジェイクの仕業だ。ジェイクがこのビルのどこかにいて、社員を軟禁している」
 地図上にウォレスが先程遭遇した爆弾の位置と先程爆発した爆弾の位置を書き落とした。
「多分、これだけじゃないだろうなぁ・・・」
「おそらく」
「爆薬の量が少ないということは、限られた量の爆薬を使って、複数の箇所に爆弾を仕掛ける必要があるからだ。となると・・・」
 セスが、ウォレスの描いたダクト地図の上に新たな印をつけていく。
「これぐらいは最低でも仕掛けられていそうだ」
 セスの的確な推理に、ウォレスは目を見張った。
「流石プロだけあるな。ジェイクならこうしてくるだろうというところを上手くついているよ」
「一応、専門ですからね」
 セスが苦笑いする。
「俺もジェイク・ニールソンの過去の記録をテイラーに見せて貰いましたが、本当に隙がない。あんな化け物を、イギリス政府はよく捕まえたし、今はよくほったらかしにしておくもんだといろんな意味で感心したんですけど」
 セスの言ったことに、ウォレスは少しだけ昔に思いを馳せた。
 ジェイクが捕まったあの日、あの頃のジェイクは冷静沈着さを欠いていた。激情に駆られ、自分を見失っていた。だからこそ、自分の妹の身体を傷つけ、ウォレスの身体と心を踏みにじった。それでも、彼が手に入れたものは何もなかったのだ。何も。
「それで? ジムはどうするつもりなんですか?」
「ん?」
 ウォレスはハッと正気に戻った。セスがウォレスの顔を覗き込んでいる。
「本当なら、民間人のあなたはこのビルから早く待避してくださいと言いたいところなんだけど、さっきの鮮やかな早業といい、民間人と言い切っていいものだか俺にも自信がなくて」
 セスがニヤッと笑みを浮かべる。
「君に責任はかからないようにするつもりだ。相手が、ジェイク・ニールソンであるなら、彼と対峙できるのはこの私しかいない。悪いが、この際警察には身を引いて貰いたいぐらいだ」
 ウォレスがきっぱりと断言すると、セスは軽く溜息をつきながら「そう言うと思ってました。俺だってとっくに、警察官としての責任を取れる立場じゃなくなってる。首の皮一枚だから、ぶらぶらしてる頭が重くって仕方がない」とぼやいた。
 ウォレスがふっと表情を和らげる。
 セスは、人にそういう顔をさせる雰囲気を持っていた。セスのその存在感だけで、何人の警官が救われただろう。
「とにかく、仕掛けられた爆弾を解除するのが先決だろうな。そうでないと、落ち着いて先に進めない」
「分かりました。手分けして考え得る限りの爆弾を解除しましょう。多分、表はしばらく作戦会議が続くでしょうから、時間はあるでしょう」
 ウォレスが爆弾の仕組みをセスに説明すると、セスが爆弾を解除するために使えそうなものを集めてきた。
 アルミ製の小皿、テープ類、ナイフ等々・・・。
 そのセスに、ウォレスは肩口に差し込んである無線機を渡した。
「君が持っていた方が役立ちそうだ」
「分かりました」
 セスは、無線機を腰のポケットに突っ込む。
 かき集めた道具をビニール袋に詰め込んで、二人は再びダクトの中に身体を滑り込ませたのだった。

 

Amazing grace act.143 end.

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編集後記

いやっほう~!!
ついに20万ヒットを迎えることができました!! これもひとえに皆々様のお陰です・・・。
ここまでの数のカウンタを皆さんが回してくださったことに、激しく感激なのです(涙)!!
去年の半ばからこれまで、私的にいろんな激震の事件がありすぎて、正直サイトを続けていくのも息絶え絶えの状態でした。今もその最中にあります。
けれどこうして、毎日ちょっとづつでもカウンタが回っていく様子を目の当たりにすると、心の中がじんわりと温かくなります。皆さんのお顔を拝見することはできませんが、サイトにきてくださる皆さんが等しく残していく証を見ることで、国沢は確実に元気を頂いております。本当に本当に本当にありがとうございます。
全てにおいて亀の歩みな本サイトですが、これからも出来る限り続けていこうと思いますので、是非とも可愛がってください。
20万ヒットを迎えたということもあって、こりゃ本気も本気でサイトも一新させないと!!!と思い、取り敢えずトップからおニューにしました。他のページも徐々に新しくしていこうと思います。
これからもよろしくお願いします!

[国沢]

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