act.60
シンシアがパーティー会場に入ると、その場のざわめきが一瞬止んで、皆が彼女に見惚れるような熱い視線を送る。まさにその様子は、発表を待たなくても「クィーン」に相応しい扱いだった。
プラチナブロンドの髪、ライトブルーの瞳、華奢な身体・・・。
今まではとんだアバズレとして有名だったシンシアが、この数ヶ月の間にあっという間に素敵な淑女に早変わりしたのだ。皆、羨望の眼差しを送っても不思議ではない。
「シンシア、こっちへこいよ」
「バカ、こっちだよ」
昔の『彼女』の見事な変身振りに、酷い別れ方をしたことも忘れた輩達が、のうのうと彼女に近づいてくる。学校中の誰もが、今夜シンシアをエスコートする男子生徒を誰も連れていないことを知っていた。3、4人の『やんちゃな』男子生徒がシンシアの前に立ちふさがる。
今日ばかりは、この会場にいる誰もが正装と決まっているので、いつもはズルズルのジーンズにチェーンを腰にぶら下げているような奴らも、少しはマシに見えた。
シンシアを目の前にして醜い争いが早くも勃発しそうとしていたのだが、それは次の瞬間実にあっさりと回避された。
「失礼」
背後から長身の男がシンシアの腕をスイッと取り、男の登場に唖然としている男子生徒達の間をすり抜けようとする。
「お、おい!」
面食らった男子生徒の一人が、ここでそのまま通しては面子が立たないとばかりに、乱暴な声を上げた。長身の男がふと振り返る。
「・・・何か?」
男子生徒は「おい」と言った口の形のまま、その場に固まった。
振り返ったその男は、彼がこれまで出会ったことがないようなほど端正で美しい顔をしていたからだ。
明らかにこの学校の生徒ではない大人の男性の出現に、その男子生徒ばかりか会場中が騒然となった。
男は、男子生徒の全身を見やって、今度は男の耳元に顔を近づける。
迂闊にも顔を赤くした男子生徒は、彼の次の言葉で、別の意味で顔を耳まで真っ赤にした。
「ズボンのファスナーが空いてるよ」
「え!!」
男がファスナーを引き上げたのを見て、周囲が笑いに包まれる。
シンシアの付き添いの男は、男子生徒の肩を軽く叩くとシンシアの腕を取って会場内に入っていった。
「・・・おい、ジャド。大丈夫か?」
「うるせぇよ!」
ジャドと呼ばれたその男子生徒は、顔を真っ赤にしたまま、彼の子分と思しき男の子を乱暴に突き飛ばす。短い悲鳴が上がって、今まで彼を笑っていた連中は、蟻の子を散らす勢いで彼の周囲から去って行った。
「・・・あの野郎・・・。覚えてろよ」
ジャドは、まるでテレビドラマの決まり台詞のような悪態をつく。
パーティーは、生徒ばかりか学校の教師、保護者の代表、生徒達が誘った他校の生徒や明らかに社会人と思しき人間も多数見受けられる盛大なものだった。
カウンターで飲み物と軽い食事、そして創立記念と鮮やかな文字と楓のマークが入った四角いケーキを少し切り分けてもらい、ダンスホールの側のテーブルに腰掛けた。
「本格的なパーティーなんだね。びっくりしたよ」
マックスがフルーツパンチを一口飲みながら言う。
一応、学校主催のパーティーなので、アルコール類は公式には用意されていなかった。だが、毎年の通例で、いつも誰かがアルコールを密かに持ち込んでは、会場内に回していくことになっている。
今も席についたシンシアを目ざとく見つけて、女の子達がシャンパンの瓶とグラスを持って近づいてきた。
「ハイ、シンシア。これ、仕入れてきたわ」
他の机から椅子を取ってきて、今度はあっという間に女の子達に周囲を取り囲まれてしまう。
「シンシア、素敵よぉ。そのドレス、とっても似合ってる」
「ありがとう」
「それにそのルージュ。羨ましいわ。そんな赤なんて、なかなか似合わないもの」
「そう?」
「今日のシンシアは正にクィーンって感じ。見て、男子連中は皆、彼女のことも忘れてシンシアに見惚れちゃってるわ」
・・・そしてその彼女は、マックスに見惚れちゃってるんでしょう・・・。
シンシアは内心そう思った。
周りを取り囲んだ女の子達も、シンシアに声をかけながらも、目が完全にマックスの方に泳いでしまっている。まったく、油断も隙もあったものじゃない。
「ねぇ・・・、シンシア。その方は誰なの?」
ほら、きた。
シンシアは、注がれたシャンパンをペロリと舐めながらマックスを見た。マックスは、自分の微笑みがどれほどまでに相手のことを虜にしてしまうか全く自覚なしに、にっこりと極上の笑みを浮かべる。
「マックス・ローズです。君たち、シンシアの友達なの?」
皆、間近でマックスの笑顔に当てられて、返事も返せない。
「?」
マックスが怪訝そうに顔を顰める。その横で、シンシアがケロリとした顔で言った。
「彼、うちのママの婚約者なの。ちょっかい出そうとしたってダメよ」
その台詞が魔法を解く言葉となったようだ。
「え~、そうなの?!」
「シンシアにママなんていた?」
「シンシアのママだったら、凄い年上じゃない!」
皆、堰を切ったように話し始める。
「皆には黙ってたけど、うちのママ、パパと別れてハリウッドにいるの。彼とはそこで出会ったんだって」
その発言に、マックスがぎょっとしてシンシアを見る。
「ハリウッド!? もしかして、ローズさんって俳優なの?!」
「そうよ。映画じゃなくて舞台の方だけど。だからあまりテレビとか出てないの。向こうじゃ凄い人気よ」
女の子達が溜息をつく。
「・・・シンシア」
マックスが顔を顰めたままシンシアの名を呟くと、シンシアはにっこりと無邪気な笑顔を浮かべた。
「バレやしないわよ。そういうことにしておかないと、今夜マックスの方が無事に家に帰りつかないわよ」
マックスは、溜息をついてカリカリと頭を掻く。
確かに、シンシアの親と付き合っている間柄だが、実はママではなくパパの方だということがどこか後ろめたく感じてしまう。だが、この前レストランで取り返しのつかない騒ぎを起しているので、マックスは何となく自粛するような気分になっていた。
聞けば、あれからウォレスは社長に呼び出しを食らったらしい。
社内でもそれに関する噂が広がり、サイズにもからかわれた。
できることなら、自分が誰を本当に愛しているのかということを隠したりはしたくなかった。どんな人にも祝福してもらいたかった。
でも、そうなるには、あまりにも障害が大きすぎる。
世の中の風潮は変ってきて、ミゲルのように己の生き方をはっきりと告白できる人間も増えてきたが、ビジネスの世界はまだまだ古い。
自分とウォレスは、そんな中で恋に落ちてしまったのだ。そんな苦しみにも変えがたい、ジム・ウォレスという存在・・・。
辛い恋になると分かっていながらも、決して手放すことはできなかった。本当に、狂おしいほどジムを愛している・・・。
「悲しい顔しないで、マックス」
ふいに耳元でシンシアが囁いた。
「あなたの本当の気持ちは、この私が一番知ってる。それで十分じゃない?」
シンシア・・・。
マックスは唇を噛み締める。シンシアがマックスの手を握った。
「踊りましょう! マックス」
シンシアが立ち上がってマックスの手を引く。マックスは、微笑を浮かべて立ち上がった。シンシアの腕を取り、自分の腕に絡ませる。
「行きましょうか、お姫様」
マックスがそう言うと、フフフとシンシアが笑った。
和やかな雰囲気のまま、ダンスホールに消えていく二人をシンシアの取り巻き達は溜息をついて見つめ、誰しもがジャンパンをがぶ飲みした。
今回は、念には念を入れたんだ・・・。
男はそんな意味不明な言葉を呟きながら、切れかけのネオンサインがジジッと音を立てるコンビニをやり過ごし、古いながらも頑丈な風格のあるアパートメントのドアを押した。
確か3階だった。
男は、胸のポケットからメモ用紙を取り出し、それを眺める。
今日、仕事場で住所は調べてきた。
男の仕事場は、街中の情報が集まるという点では、最も適している職場と言える。
3つドアをやり過ごして、上の階に上がる。
どの家のドアもひっそりとしていて、時折TVショーの賑やかな笑い声が遠くから僅かに聞こえる程度だ。
男は、3階に上がると東の端の部屋を目指した。
ドアに書いてある号数を確認してメモ用紙を胸にしまうと、周囲を見回しながらドアをノックする。
2回ノックしても出てくる気配がない。留守のようだ。
どうせ今夜は土曜の夜。どこかでチャラチャラと遊んでいるのだろう。
何せあれほどの容姿だ。浮気な男に違いない・・・。
新たに湧き上がってくる胸のムカツキに閉口しながら、男はドアの周辺を再度ゆっくりと見回した。
ふと男は足元に目をやる。
床とドアの隙間に、新聞が差し込んであった。ここの住人は、新聞を取り忘れて出かけたのだろうか。
よく見ると、市長の写真に落書きがされている。
どうしてこんなことになっているのか分からなかったが、笑えた。
男はほくそ笑むと、新聞に手を伸ばす。
そうだ、これを利用すればいい・・・。
Amazing grace act.60 end.
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編集後記
ホームコメディー第2週目。いかがだったでしょうか。
恐ろしいことに、次週にも続きます・・・。
でもそろそろ本編の事件の方も何とかしなきゃ・・・ということで、そちらもじわじわ進み始めました。
なんだか物騒な気配です。
一方の連載が終わって、ほっとするのもつかの間ですね~。
やっとアメグレに集中できるとおもっているのですが、なんせ不定期に忙しくなるので(というよりは、社長夫人に翻弄されるので←ここ、愚痴です。すみません)、こればっかりは思い通りにいきません。
「涙が出ちゃう。だって、女の子だもん」(←年齢に無理がある)
そういえば、この間の連休にアタックナンバーワンがwowowで放映されてましたが、昔のアニメは意外に主人公の性格が悪かったりしておもしろいです。
巨人の星の星飛馬って、人間性的に結構心が狭くて、花形くんの方が人格者だったりします。
でも花形くんも、未成年なのに赤いスポーツカーに乗っちゃうのよね・・・。お坊ちゃまだから・・・。
[国沢]
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