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nothing to lose title

act.67

 あたりには、鼻が曲がりそうなほど焦げくさい臭いが立ち込めていた。
 家庭にある、普段は燃えることのないようなものまで燃えているので、有毒ガスが発生しているのだ。
 水浸しの現場は、家の原型が全くないほど燃え落ちていた。隣近所とは庭を挟んで比較的距離があったのだが、それでも近所の二軒ほどが半焼していた。最初の爆発の時に燃え移ったようだ。そして、その火事を免れたとしても、近所の家の窓ガラスはほとんど割れて、多数の怪我人が出ていた。爆発の衝撃の凄まじさを物語っている。
 辺りには、道路を埋め尽くすほどの消防車と救急車、そして警察関連の車両がぎゅうぎゅう詰めで停車していた。
 そしてその中に、新たな車両が加わりつつある。
 C市警の爆弾処理班の車だった。
 先刻、完全に鎮火した現場に入った消防局の火災原因調査員が、燃えた瓦礫の中から不審な燃えカスを採取したためだ。そのカスは、普通の火災では見られない物質で、ツンとした鼻を刺すような臭いが特徴的だった。成分検査をすれば、それが爆弾に使われる材料が熔け出したものだとすぐに判るだろう。
 捜査員は、去年暮れから巷を騒がせている爆弾魔のことを思い、詳しい分析をする前に、C市警に連絡を取ったのだった。
 日頃は仲の悪い消防と警察の連中も、このところ友好的な関係を築きつつある。皆、得体の知れぬ爆弾魔を恐れているのだ。
 一回目の事件では、死者は出なかった。しかし二回目になると死者が一人出て、今回ももし同一犯の犯行だとすると、二人の死者が出ていることになる。
 面白いことに・・・いや、ちっとも面白いわけではないのだが、犠牲者が一人ずつ増えている勘定になる。犯人が狙っているのか、それともただの偶然か・・・。いずれにしても、気味が悪いことは間違いない。
 現在、爆弾魔に関する捜査は、はっきりいって行き詰まっているというのが現状だ。なぜなら、爆弾処理班からの見解で、爆弾を作った者と仕掛けた者が別の人物である可能性が出てきたからだ。もちろん、その情報は捜査上の機密事項であるために、マスコミには流していない。
 C市警の捜査員達は、前の事件の被害者・ステッグマイヤーの周辺を調べることと、爆弾を作ったとされる人物の洗い出しに動力を分けなくてはならなくなった。
 元々、ステッグマイヤー自身が恨みを買っても同然の人物であったために、容疑者は五万といた。そして、爆弾処理班が全米の過去数十年にも渡る爆弾魔の資料を掘り下げたり、街に潜む爆弾関係で前科のあるものを炙り出すのに、気の遠くなるような時間が必要だった。
 しかも、最後はその二つの点ががっちりとかみ合わなければ、犯人には辿り着かないのだ。
 マスコミはこぞって警察の無能ぶりを書きたてたが、この事件は逆にあまりにも追跡すべき情報量が多すぎて、今日や明日ではとても片付かない大事件なのだ。大概のマスコミは、そんなことお構いなしに、民衆の感じるストレスを受けて彼らの望む記事を書きたてる。
 だから、今回の被害者がマスコミ関係者であるというのが皮肉に思えた。C市警の連中も消防関係の連中も、皆そう思った。今回の爆弾事件の捜査員が現場に到着した時、悪い冗談で、犯人は俺たちの中にいるんじゃないかと言い合ったりした。事件を巡る酷い警察叩きに血を昇らせた関係者が、犯人の手法を模して起した事件ではないのか、と。
 もちろん、それは本当に冗談なのだが、冗談でも言わないと萎んだ気力を奮い立たすことができなかった。
 その中で、そんな冗談とは関係なく、気力を持続させている男がいた。
 C市警爆弾処理班のセス・ピーターズだ。
 実際、爆弾を作った者と仕掛けた者が別の人物であると指摘したのは、ピーターズだった。彼の出した報告書は客観的な事実を述べているものであったが、実は決め手に欠けるものであった。決定的な証拠がなかったからだ。彼がその報告書に裏打ちをつけるとすれば、それは紛れもなく彼の捜査員としての『勘』であった。
 普通ならば、そんな報告書は捜査会議場で撥ね付けられるものである。その内容を受け入れるということは、捜査しなければならなくなることが倍に増えるからである。
 だが、捜査員の誰もが、心の中にあったモヤモヤをピーターズの報告書に結びつけた。当初、犯人はトレント橋もミラーズ社前の車両も同一犯であるとの見解を出した。むろん今でもそれは変っていない。マスコミはそれを聞いて、『同一の単独犯』として報道したが、むしろそう考えるのが難しくなってきているのだ。
 唯一の糸口であるステッグマイヤー周辺の調べでは、ヤツを殺したいと思っている人間は五万といるのに、誰もが爆弾作りとは全く結びつきがなかった。世の中、精巧な爆弾を作ることができる人間など、そうそういない。
 そして過去の爆弾に関する犯罪者リストを調べても目ぼしい者は見つかっていなかった。復元した配線図を元に、過去の爆弾魔の作ってきた数々の爆弾と見比べても、それに合致するものはなかった。ピーターズの言う、『知性を感じさせる』ものは。そう、たとえあったとしても、犯人は現在獄中にいるか、あまりにも資料が古くて、犯人が死んでいるとか、そんな感じだ。
 捜査員にとっては、不毛な日々が続いている。


 通りの一番は端っこに車を止めざるを得なかった爆弾処理班の連中は、現場まで少し歩かなければならなかった。
 彼らの姿を目ざとく見つけたマスコミ達は、次々にフラッシュを瞬かせた。今回の火事がただのガス爆発ではないことを裏付ける事実だったからだ。
 まだ確定はされていなかったが、マスコミにとってはそんなこと、どうでもいい。各紙の明日の一面が容易に想像できる。
 ただ・・・。C・トリビューン社は今回の事件をどう取り扱うつもりだろう。何せ自分の社の記者が被害者なのだ。
 今頃レイチェルは・・・。
 このところ全く会えていない恋人のことを思いつつ、セス・ピーターズは現場に乗り込んだ。
「やっとのお出ましか」
 消防署の火災原因調査員、ハリー・フレドが瓦礫の中から身体を起こした。
 現場はみるみると日が落ちてきていたので、投光機が準備されようとしていた。
「お疲れさん」
 爆弾処理班の班長、デビット・オリバーがフレドに向って軽く手を上げた。
「どんな様子だ」
 フレドは、爆弾処理班の連中皆と挨拶を交わした後、出火場所と思しきポイントに皆を誘った。
「詳しく調べてみんと分からんが、この辺が一番酷い」
 セスは周囲を見回した。木っ端微塵に吹き飛んでいて、ここがどんな場所かも分からない。
「今、家の間取り図を取り寄せているところだ。朝には手に入るだろう。そっちにも回すよ」
 フレドが顰めツラのまま、ステンレス製のヘラで床に張り付いた燃えカスをこそいだ。それをオリバーに差し出す。オリバーはスンと少し臭いを嗅いで、部下に回した。セスの元にも回ってくる。馴染みの臭いだ。
「なるほど」
 セスはヘラをフレドに返すと、そこにしゃがみこんだ。真っ黒く変色した黒い枠を覗き込む。
「火元はテレビですか」
「そのようだ」
 セスはオリバーを見上げる。オリバーはフレドに向き直った。
「もしよかったら、これをうちの方に持ち込んで調べたいのだが。構わんかね」
 フレドは益々渋い顔をしたが、結局は頷いた。
「うちのものが出入りしていいなら認めよう。爆弾が絡んでいるとあっちゃ、そっちにはかなわん」
 セスは立ち上がった。自分達の立ち位置より少し離れた瓦礫の先に、消防署員と救急隊員の数人が蹲って、厚手の黒い袋に何かを拾っているのが見える。
「あれは?」
 セスが顎でしゃくって訊く。
「ああ、あれは被害者の身体を拾ってんだ。家主のかみさんらしい。まぁ、かみさんの方はましだよ。なんとかパーツをつなげる事ができそうだ。だが旦那さんの方は悲惨だな」
 現場に重い溜息が充満する。
 そんな中でセスは、難しい顔つきで空を見上げた。
「どうした、ピーターズ」
 オリバーが声をかける。
 セスは懐から煙草を取り出しながら、呟くように言った。
「まぁ・・・当たり前と言うか。爆弾の規模が次第に大きくなっていますね」
「そんなことを思っているんじゃないんだろうが」
 オリバーがセスの表情を見透かすようにそう返した。セスは煙草に火をつけて、深く煙を吸い込んだ。煙草を挟んだ手で、額を掻く。
「なんと言っていいのか・・・。何となく違和感を感じて」
「違和感?」
「ええ。詳しく調べてみないと何とも言えませんが。俺はこの現場に『知性』を感じるんです」
苦々しい唾が口の中に溜まった。
 嫌な予感がしてならなかった。

 

Amazing grace act.67 end.

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編集後記

今週、久々の登場、セス。ピーターズです。意外に人気のある隠れキャラ。もう忘れ去られてしまったかしらん・・・・。(他にもいそうだ、そんなキャラが)
それはそうと、いよいよワールドカップ決勝ですねぇ。ドイツのキーパー、オリバー・カーンの応援歌には流石に大笑いしましたが(とか言いながら、真剣に購入したいと思っている国沢)。なんせ、芝生が冷たいと機嫌が悪いですからね(笑)。こだわりの熱い男です。でも、彼はピッチを降りると、ブランド物のスーツに身を固めるジェントルマンらしいですね。だからゴリラとか言われても、怒ったりしない(?)。世界ナンバーワンのアスリートともなると、人格も問われます。
さぁて、どっちが勝つんでしょうね。あと数時間で結果が判明します。

[国沢]

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