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nothing to lose title

act.64

 そら、腰を上げろ。
 この焼き鏝を押し付けられたくなかったら、とっととケツを上げるんだよ。
 お前の人生は俺が壊してやる。
 お前にボスは渡さない。
 お前がいかに愚かで汚れた人間なのか、俺がお前の身体に教え込んでやる。
 お前は結局、拒絶しながらも汚い液を苔むした床に垂れ流すんだ。
 さぁ、ケツを上げろ。
 そして俺を迎え入れるんだ。
 肉が焼ける匂いを嗅ぎたいのなら、嗅がせてやる。
 どうだ。
 そっちの方が、燃えるのか?


 「・・・・!!」
 声のない叫びを上げながら、ウォレスは目を覚ました。
 脂汗が浮かんだ額を、そっと拭われる。
 優しげなグリーンの瞳が、上からじっとウォレスを見つめていた。
「・・・マックス・・・」
 ウォレスは大きく息を吐き出しながら、愛する人の名を呟いた。周囲を見回し、部屋がうっすらと明るいのを確かめて、いつもの時間だということに気づく。
「大丈夫ですか?」
 髪を撫でられながらそう訊かれ、ウォレスは二、三回頷いた。
「大分うなされてたかな・・・?」
「ええ」
「余計なこと・・・口走ってなかった?」
 夢の内容を思い出して、ウォレスは訊いた。
 ジェイクを慕っていた殺し屋ロイに犯される夢。
 嫌な夢だ。
 マックスが首を横に振り、柔らかな微笑を浮かべる。ウォレスは安心して、再び溜息をついた。
 マックスが優しく髪を撫でてくれる。ウォレスは目を閉じて、その手の感触に身を委ねた。
 ロイ・・・。ロイか。
 ジェイクの執着を一身に集めていたウォレスに、あからさまな嫉妬心を向けたロイ。冷たく凍てついたその瞳の奥には、激しい感情が渦巻いていた。
 ジェイクに当てつけるかのごとく、隙をうかがってはウォレスを犯し続けた。その彼も、ジェイクが捕まったあの最後の作戦の時に命を落としたことを、ウォレスはアメリカに渡った後に知った。その不可解な状況は、ジェイクによってロイが処刑されたことを物語っているかのようで、その事実を知った時、ウォレスはあまりの恐怖に気を失いそうになった。そこまでの強い感情を見せるジェイクの呪縛から、自分は二度と逃れられないような気がして・・・。
 どれもこれも随分昔の話なのに、いまだに生々しく身体に残った感覚。
 ロイの油汚れに塗れた手やジェイクの血に塗れた舌が、自分の身体を這いまわっていったかのような不快感・・・。
 ふいに耳元に口付けをされて、ウォレスはビクリと身体を震わせた。
「・・・大丈夫・・・。あなたには俺がついてる・・・」
 首筋にキスを落とされる。
「目を開いて・・・。俺を見て・・・」
 ウォレスは言われた通りにした。
 翡翠色の美しい瞳。端正な顔。まさしくウォレスだけの天使がそこにいた。
 迂闊にも涙が零れそうになる。
 マックスは、何度も何度もウォレスの髪や顔を優しく撫でる。
「あなたの側にいるのは、この俺です。あなたに怖い思いをさせたロイじゃない」
 ウォレスは身体を強張らせた。
「やはり・・・やはり私は・・・」
 何か余計なことを口走っていたに違いない・・・。
「いいんです。何も言わないで・・・」
 唇を塞がれた。甘く柔らかいキス。ウォレスの身体から強張りが解けていく。
 マックスの手が、ウォレスの身体の線をするりするりと滑っていく。
「・・・ん・・・マックス・・・」
 ウォレスが軽く眉間に皺を寄せる。
 マックスが、その眉間に唇を押し当てた。
「あなたは汚れてなんかいない・・・」
「マックス・・・?」
「俺が、忘れさせてあげます」
 そういうマックスの手が、ウォレスのズボンの中にすっと差し込まれる。
 そこで初めて、自分が熱く昂ぶっていることに気がついた。
 なんてことだ。あんな酷い夢を見たというのに、自分の身体は・・・。
 ウォレスは、ふいにとんでもない羞恥心を感じて、マックスの視線から逃れるように顔を背けた。
 その顎を捉えられて、再び情熱的なキスをされる。
「・・んん・・・・」
 そこに直接マックスの手が触れる。起き抜けのまだ完全に目覚めきっていない身体が、ビクッと震えた。
「・・・マックス・・・」
 戸惑うようなウォレスの声に、マックスがピタリとウォレスの隣に身体を寄せる。 「怖いですか・・・?」
 間近で熱く濡れている翡翠色の瞳。
「あなたも俺も、程度は違うけれど心に同じ傷を負った。でも俺は、その傷を負えたことを今は嬉しく思います。なぜなら、あなたの苦しみを自分の苦しみとして理解できるから・・・。俺の傷を癒してくれたのは、あなただ。あなたの身体が、俺を救ってくれた。今度は、俺があなたを救う番だ。俺が、嫌なことを全部忘れさせてあげます」
「マックス・・・」
 ウォレスが彼の名を呼ぶと、今まで精悍な顔つきをしていた彼の顔が、途端に頼りなく歪んだ。
「・・・やっぱり、俺じゃ駄目ですか?」
 ウォレスは微笑む。
 真摯なマックスの気持ちが嬉しかった。
 ウォレスは、マックスの肩口に顔を押し付ける。
「抱いてくれ、マックス。忘れさせて欲しい・・・」

以下のシーンについては、URL請求。→編集後記



 

 マックスは窓から差し込む眩しい朝日に目を瞬かせながら、二階にある洗面所でザバザバと顔を洗いタオルで顔を拭うと、パジャマ姿のまま、眼鏡をひっかけて一階に降りた。
「ねぼすけさんがやっと下りてきたわ」
 まずはシンシアの痛い一言で出迎えられる。
「もう朝食できてるわよ。今起こしに行こうと思ってたところ」
 大ぶりのトレーナーにミニスカート、その上にエプロンを引っ掛けたシンシアがマックスの腕を掴んでダイニングキッチンに引っ張って行った。
 パンケーキの幸せな匂いが立ち上るダイニングキッチンには、既にきちんと私服に着替え、こちらもまた眼鏡をかけたウォレスが、新聞を読んでいる。
 昨夜・・・というよりは明け方、マックスに初めて抱かれた後、彼はマックスのものを洗い流すためにバスルームに向った。マックスもそこは遠慮して、ベッドで待つうち、ついつい眠り込んでしまったのだ。気づけば隣にウォレスの姿はなく、おまけに自分は脱いでいたはずのパジャマまできちんと着ていた。
「マックス。おはよう」
 新聞から顔を上げ、眼鏡越しにウォレスに見つめられて、マックスは思わず顔を赤らめてしまう。
 だらしない自分が恥かしい。
「おはようございます・・・」
 ガリガリと頭を掻くマックスの前に、パンケーキとサラダ、分厚く切って焼いたハムが二枚乗った皿が置かれ、その周りにヨーグルトやらオレンジジュースやらコーヒーやらアプリコットジャムやらが次々と並べられていく。
 シンシアのお手並みも大分上達したものだ。
「何ぼさっと突っ立ってんの? 早く座って食べちゃって!」
「はい、ママ」
 マックスが思わずそう口に出したのも仕方がないことだ。
 それを聞いて、ウォレスが新聞の向こうで笑っているのが分かる。小刻みに新聞が揺れているのがいい証拠だ。
 マックスは、ズズズとコーヒーを啜る。シンシアがマックスの向かいに座って、食事を始めた。
 ウォレスが、読み終えた新聞を畳んで、食卓に向き直る。
 パンケーキを口に運ぶウォレスの横顔を、マックスはぼんやりと見つめた。
 俺、本当にこの人を抱くことができたんだなぁ・・・。
 何だか感慨深くなって、思わず鼻の奥がツーンとなってしまう。
 あえて意識はしてこなかったことだが、やはりこうして経験してしまうと、男同士の間柄で抱く、抱かれるという違いは心理的に影響してくる。・・・つまり感じ方が違うのだということを痛感した。少々大げさかもしれないが、ウォレスが自分の存在を全て受け入れてくれたかのような気分になった。
 今朝方のベッドの中でのウォレスは、普段なら絶対に他人に見せないような声や表情を見せてくれた。それを思うだけで、胸が一杯になってしまう。
「マックス。口元が緩んでる」
 ふいにシンシアに足先を蹴られた。
 びっくりしたマックスは、思わずコーヒーを零しそうになる。
「ご、ごめん」
「いくら娘公認だからって、あんまり見せ付けないでよ」
 シンシアは何気なしにそう言ったが、マックスにはそれが今朝方のことをも指しているようで、内心ヒヤヒヤものである。
 一方ウォレスは落ち着いたもので、「シンシア、今日何か予定があるのかい?」といつもの調子で口を開く。
「エレーンの家に遊びに行こうかと思ってたけど・・・何で?」
「いや、昨夜マックスとも話してな。予定がなかったら、三人でどこかに出かけようかと思っていた。週明けには大きな契約が控えているし、また仕事でしばらく忙しくなるから、三人が揃うチャンスもあまりないだろうし・・・。どうだ?」
「そんなの、早く言ってよ、パパ!!」
 シンシアの表情がみるみる明るくなる。
「マックス、ホントにいいの? 家に帰らなくても大丈夫?」
 マックスはウォレスをちらりと見て言う。
「ああ。もしシンシアよければ・・・」
「もちろんよ!! ね、どこに行くの?」
「お前が行きたい所を決めなさい」
「やった! ちょっと時間頂戴! よく考えて決めたい!!」
 シンシアは余程嬉しいのか、自分の皿に乗っかっているものを片っ端から口に突っ込んで、一気に朝食を済ますとキッチンの片隅に置いてある新聞とタウン誌を取ってリビングに走っていった。
「あんなに喜ぶとは思わなかったな・・・」
 マックスが、シンシアの出て行った後をじっと見詰めながら呟くと、
「兄弟ができたみたいで嬉しいんだろう。今まではひとりでいることが多かったから」
 とウォレスが続けた。
「私も正直、あの子がここまで私達のことを受け入れてくれるとは思っていなかった。今まで私が付き合ってきた女性にはことごとく反発をしてきたからね」
 マックスがウォレスの方に向き直る。
 ウォレスはコーヒーを飲みながら薄っすらと微笑んだ。
「君だからこそ、シンシアはすんなりと受け止めてくれたんだろう。本当に私は、君に出会えたことを神に感謝しなくてはならないな」
「そんな・・・」
 マックスは頬を赤らめる。
「それを言うなら、俺だって神様に感謝したいですよ。昨夜は、強引におしきっちゃったみたいになってしまったけれど、俺の申し出を受け入れてくれて本当に感激しているんです。大げさかもしれないけれど、俺には凄く大切な瞬間だった。ありがとうと言わせてください」
 態々口に出して言うことではないかもしれないけれど、それでもマックスはきちんとウォレスに気持ちを伝えたかった。昨夜のことを蒸し返されるのはウォレスにとってバツが悪いことかもしれないが。
 現にウォレスは、まるでいつものマックスのように頬を赤らめる。
「あれは私にとっても必要なことだった。君が強引だった訳ではなく、私が望んだことなんだよ。感謝しているのはお互い様さ。そんなに恐縮しなくったっていい」
 ウォレスが、テーブル上のマックスの手に己の手を重ねた。
「もしよければ、この家で一緒に暮らさないか。生活が大きく変るから、君にもそれ相当の決断が必要になると思うが、ぜひ考えてみてほしい」
「・・・ジム・・・」
「パパ、それ本当?!」
 キッチンに戻ってきたシンシアが喜びの声を上げる。ウォレスが微笑を浮かべながら頷いた。
「もっとも、マックスの返事を聞いてみないと分からないがね」
「迷うことはないわよ、マックス。昨夜、私も言ったでしょ。そうなるのが自然だって」
「こら、シンシア。そうやって強引に迫るのはよくない」
「でも・・・。本当の家族になりたいのよ、マックス。パパとマックスは結婚できないけれど、同じ屋根の下で暮らせば、家族になれる。そう思うの」
「家族・・・」
 マックスが呟いた。
 両親のいない自分が昔から漠然と憧れてたもの。
 これまで自分勝手に、独り善がりで考えていた言葉。
 『家族』・・・。
「・・・本当に・・・本当に俺を家族として迎えてもらっていいんですか・・・?」
 マックスが呟く。
「こんなに俺、頼りなかったり、時には暴走しちゃったりするけど・・・。こんな俺でも家族として・・・」
「もちろんじゃないか、マックス。本当はもう、君は既に私達にはなくてはならない存在なんだよ。家族なんだ」
 ふいにポロリとマックスの目から涙が零れた。
 止めようとしても止められなかった。
 自分はもう、本当の愛情を知らない不幸な子供ではなくなったのだ・・・・。
 いつかミルズ老人に言われたことがずっと気にかかっていた。
 本物の愛情を知らない自分の方こそ不幸な人なのだ、と。
 今その呪縛から解き放たれたような気がした。
 そう思うと、無性に泣けて仕方がなかった。
 ウォレスが席を立って、マックスの頭を抱きしめてくれる。
「ジム・・・! ジム・・・、俺・・・・!!」
「・・・何も言わなくていい」
 ウォレスの身体にしがみ付いたまま、マックスの涙はしばらく止まらなかった。
 今やっと、本物の幸せを手に入れることができたんだと、そう思った。


 諦めるつもりは、更々なかった。
 昨夜ドースンは、レイチェルの目を何とか誤魔化して新聞社を後にした。
 レイチェルの目があったので、例の写真はおろか隠れ家の鍵までデスクの引き出しの中だ。まったく、余計な心配をしてくれる・・・。
 新聞社を出たドースンは、行き場をなくしてフラフラと街を彷徨った。気づけばマローンの住むアパートメントの前に立っていたが、すぐに自嘲の笑みを浮かべた。  今マローンの前に出向いたとして、何を言う気だというのだろう。自分は事件の核心には近づいていたが、確証は得られていないのだから。
 そう、自分はパズルのピースをおおよそ手に入れたに過ぎないのだ。多分。
 しかし、おそらくこの連続爆弾事件の手がかりをこれほど掴んでいるのは、この世の中でこの俺しかいない。
 その事実は、ドースンの満足感を十分に満たした。
 逐一、警察番の記者室に探りをいれているが、警察の捜査も対して進展していないようだ。最初に発表した記者会見の内容にずっと捕らわれているに違いない。例え、現場の捜査員がその間違いに気づいたとしても、上層部は体面を気にする生き物だ。ひっくり返すことは大仕事である。現場の捜査員の敵は犯人だけではない。その苦悩は、新聞記者でさえ周知の事実だ。
 だから逆に、自由に動ける記者の方が情報を先取りすることは実に多い。記者はその情報を武器に使い、様々な取引をしていくのだ。またそれができる記者こそが、一流の記者といえる。その中でも、本を出版したら飛ぶように売れるような記者は、ほんの一握りだ。自分は今、そのスター記者への入口のすぐ前に立っている・・・。
 今日はこの辺にしておいてやるか。
 そう思って久しぶりに家に帰宅したのが、昨夜の12時過ぎ。
 未だにアルコールが手放せない妻が、死んだように横たわるベッドの空いているスペースに身体をねじ込み、服も着替えず眠り込んだ。
 そうして久々に清々しく目を覚ました日曜日の朝。
 最初にドースンの目に映ったのは、妻の青白い顔ではなく、ごつごつした男の手の影だった。

 

Amazing grace act.64 end.

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編集後記

自分でもびっくりしちゃいました。
いや、何かって、ねぇ。そりゃあんた、まさかジムおじさん、そんなこと言っちゃうなんて(汗)。
国沢、なぜか一人で右往左往です(滝汗)。
ついに行き着くとこまでいっちゃったかって感じですよね。ジムおじさん、プロポーズまがいなことまで娘の前で口に出しちゃったし。(社長にばれて、開き直っちゃったか、ジムおじさん!)
そんなこんなでメール配信。本編中で初のリバーシブルでございます。

繰り返しになりますが、大人シーンは、URL請求制となっています。ご請求いただいたアドレスには、当サイトの大人シーンを全て掲載していく予定ですので、一度請求するだけで当サイトに公開中の全ての小説の大人シーンが閲覧可能となります。
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[国沢]

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