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act.135

 日が陰ろうとしている夕刻の街にパトカーや消防車などのサイレンが鳴り響いていた。
 渋滞の最中にあった車の中で、ウォレスは身体の奥から沸き立つ不安に苛まれていた。
 サイレンの音が、まるで目の前のビルの合間に垣間見えるミラーズ社の方に向かっているような気がしてならなかった。
 緊急車両の度重なる通過で道路上は益々混乱して、渋滞に拍車がかかっている。
 ウォレスは窓の外に顔を出して周囲を見回した。
 誰もが普段よりも酷い渋滞にクラクションを鳴らし、苛立ちを露わにしている。車の流れは一向にスムーズになる気配がない。
「・・・ダメだ」
 ウォレスは舌打ちをすると、その場で車を降りた。
「おい! ちょっとあんた!!」
 後ろのタクシーの運転手が怒鳴る声を背に受けながら、ウォレスは車をその場に乗り捨て、走り出した。
 なにかとんでもないことが起こっているような気がしてならなかった。


 「シンシア! シンシア!!」
 マックスがいくら大きな声で呼びかけても、車いすに乗せられたままのシンシアが目を覚ます様子はまったくなかった。
「ウォレスに娘がいることは知っていたが、こんなに美味そうな女になっていたとは知らなかったな」
 マックスの丁度向かいの位置に車いすを移動させたキングストンは、さっきとはうってかわった猫なで声で、そう言った。シンシアの絹糸のようなプラチナブロンドの髪を手ですくい上げる。
「彼女に触るな! 一体お前ら、彼女に何を・・・・」
 マックスは立ち上がって目の前のテーブルを飛び越えようとしたが、如何せん両手を縛り付けられたままのマックスは、バランスを失って床に転げ落ちてしまった。
「おお、威勢がいいな」
 床に這い蹲っているマックスの様子を、キングストンは悠々とソファーに座り眺めている。おかしくて仕方がないといった様子のキングストンとは対照的に、ジェイクは無表情のまま、マックスの身体をソファーまで引きずり戻した。
 マックスは唯一自由になる足でジェイクを蹴り上げようとするが、ジェイクはいとも簡単にマックスの身体を支配した。関節を逆手に取られ、マックスは苦悶の表情を浮べながらソファー崩れ落ちるしかなかった。
「あんまり熱くなるな、坊や。彼女にはまだ何もしていない。まだ、何もな」
 マックスは反射的にジェイクを見上げる。ジェイクは無表情のまま、淡々とマックスを見下ろしていた。
 キングストンの露骨な台詞より、ジェイクの台詞の方が数段怖かった。
 今は何もしていないが、これからはどうなるか分からない。・・・そういうことだ。
 ジェイクがマックスの向かいのソファーに腰掛ける。
「さ、これで随分話しやすくなったろう。ジム・ウォレスの居所はどこなんだ」
 ぎょろりとした薄い色の瞳が、マックスをじっと見据えた。
 まるで吸い込まれそうな瞳。
 その瞳には、言葉で表現できない人を惹き付ける力があった。
 このジェイク・ニールソンという男は、この瞳でこれまで幾人の若者の道を誤った方向に導いてきたのだろう。そしてその若者達の中に、間違いなくウォレスがいた。いや、アレクシス・コナーズが・・・。
 まるでアレクシスが自分に一瞬乗り移ったような気がして、マックスは頭を横に振った。自分の中の感情が、まるまるジェイク・ニールソンに見透かされているような気分になった。
 しかしマックスのこの仕草をキングストンが誤解する。
「まだ言わないつもりか?! 所詮はお前もこの娘のことが邪魔なんだろう。寧ろいなくなってくれた方が清々するか? 男同士で娘が邪魔になるほど盛り合ってるとは呆れたものだ」
 キングストンが口を歪めて笑みを浮かべた。
 マックスは反射的に目の前のテーブルを思いっきり前へ蹴り出した。
 分厚いテーブルの縁がキングストンの向こう脛にぶち当たる。
「ギャ!」
 今度はキングストンが床に這い蹲る事になった。悲鳴を上げたキングストンは、両膝を抱え、ゴロゴロと転がり回った。
 やがて痛みが収まると、怒り心頭のキングストンは、再び激しくマックスを殴りつけた。今度はジェイクもそれを止めずに眺めている。彼は呆れたかのように少し溜息をついていた。ようするに、わざわざ低脳なキングストンを煽るような真似を無謀と分かっていながらしたマックスに対して呆れている様子だった。
 だが、どうして黙っていられるだろう。
 今やシンシアは、血を分けた家族と同じ・・・いやともすればそれ以上の愛情で結ばれている大切な存在だった。ウォレスが、自分とシンシアの命を天秤に図ることができないと言ったように、マックスにとってはシンシアとウォレスのどちらも比べられないほど大事な人であった。
 確かに、他人から見れば滑稽なのかもしれない。
 男同士の愛情。そして相手の娘との絆。
 そんな目に見えない危うそうなものが、今のマックスを支えている宝そのものであった。例え軽口とはいえ、それを否定されることは我慢できなかった。例え自分が傷つけられることになっても・・・。
  殴り疲れたキングストンが、ゼイゼイと肩で息をしながら身体を起こした。
 ソファーに倒れ込んだマックスの口や鼻からは真新しい血が流れ出ていた。
 ジェイクが、テーブルにゆっくりと腰掛ける。
 マックスもゼイゼイと肩で息をしながら、ジェイクを睨み付けた。
 ジェイクはただ何も言わずマックスを少しの間見つめ続けた後、腰のポケットから出した結束バンドでマックスの足を縛り上げながら口を開いた。
「あいつの居場所という情報が、それほどの代償を払うべき価値のあるものだとは思えんがな」
 ジェイクはマックスの足を縛り終わると、また先程と同じように腰掛けてマックスを見つめた。
「こちらには、本当にあの娘を殺してしまえる準備が整っている。それもただ、殺すだけじゃない。それには多大なる苦痛が伴うのだ。彼女がそういう目に合うのを、君はじっと見ていられるのか? 君の返事が、その結果を左右するのだぞ」
 ジェイクの話口調は、今までの横柄なものとはガラリと様変わりしていた。
 マックスのことを『君』と呼び、誠意を持って語りかけているような口調だった。だが、その内容はおよそ穏やかではない。ジェイク・ニールソンは、マックスのシンシアに対する気持ちを瞬時に洞察し、マックスが到底耐えきれないことを承知の上でそう言っているのだ。
 無性に悔しくなって、マックスは唇を噛みしめた。
 恥ずかしくて仕方がなかったが、涙が目尻に滲んでくるのが分かった。
「そんなに俺に痛めつけられて惨めか!!」
 自分自身痛む拳をさすりながら、キングストンが高らかに声を挙げる。そのキングストンを、ジェイクの一瞥がぴしゃりと抑え込む。
 ジェイクの冷徹な一瞥は、キングストンを一瞬にして震え上がらせた。
 そうしてジェイクはマックスに向き直る。
「もういいだろう。これでこの質問は最後にしよう」
 ソファーに横たわったまま、ぽろぽろと涙を零すマックスにジェイクは言った。
「ジム・ウォレスは、今、どこで、何を、している?」
 マックスは一瞬大きく息を吸い込んだ。
「・・・彼は・・・ジムは少し前に社外に出た・・・。いくら探しても、このビルの中にはいない」
 マックスの言葉に動揺したのはキングストンの方だった。
「なんだって?!
 さっきのしおらしさはどこへやら、またも大げさに声を荒げる。
「社内にいないだと?! 何でだ?! 停電で揉めている時は、隣の部屋にいたはずだぞ?!」
 ヤツが今日一日社外に出る用事はないことまで調査済みだったんだ、またとんでもない嘘を言いやがってとキングストンは喚き散らしていたが、ジェイクはマックスの言ったことを信じている様子だった。
「まさか、俺の後を追って外に出たか・・・」
 下顎を撫でつつ、ジェイクは唸る。だが、その瞳には初めて感情のこもった笑みのようなものが垣間見えた。そんなジェイクにマックスは言う。
「あんたの方こそ、無駄だよ。あんたの目的であるジム・ウォレスはこのビルにはいない。そしてビル中この有様じゃ、誰だって入ってこれない。あんたにとっては残念だろうけど、どうやったって目的は達成できない。あんたが、彼に会うことはできないんだ。あんた達の方こそ、目標がここにないのに、こうまでリスクを負う必要がどこにあるんだ?」
 マックスがそう言った矢先、どこからともなくサイレンの鳴る音が聞こえてきた。そのサイレンの音はやがてどんどん増えていく。
「城壁の周りを取り囲まれたら、逃げたくても逃げられなくなる。それに、あんたの求めている人物が、数々の障害を乗り切ってここまで辿り着けるとは、物理的にも到底思えない状況だ。それなのにこんなことを続けようと言うのか。どうするつもりなんだ?」
 マックスの言ったことにいちいち反応を見せるのはキングストンだけだった。
「おい、そうだよ、どうするよ?!」
 慌てふためくキングストンが、ジェイクの肩を掴んで揺さぶった。
 ジェイクは、そのキングストンの手を勢いよく振り払った。すっくと立ち上がる。
「君はヤツがこれしきの状況をも打開できない男だと思っているのかね?」
 マックスはジェイクを言ったことの意味が分からず、ジェイクを見上げた。
 驚くべき事に、ジェイク・ニールソンの顔には、明らかに誇らしげな笑みが浮かんでいた。
「ヤツはそんなに容易い男ではないことを、なぜ君は知らないのか。これしきのことで諦めるような男だったら、今頃生きてはいない。どんな困難な状況下でも任務を遂行するようヤツの身体にたたき込んだのは、他でもないこの俺だ」
 マックスの知らない二人の間の絆を見せつけられたような気がして。
 恐怖心とは違う別の感情が沸き上がってくるのを感じて、マックスは唇を噛みしめた。

 

Amazing grace act.135 end.

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編集後記

ど~も、こんばんは~。しばらく怖い展開の続くアメグレ、いかがだったでしょうか?(って、多分ラスト近くまでこのままいくだろうなぁ(青))
え~、先日、小説花丸冬の号が発売されまして、出版社の方から冬の号が自宅に届きました。
前号に国沢の投稿作品が掲載されたのを受けて、読んでくださった方々の感想文が今回発売の号に掲載されていたからなのですが・・・。
ああ、イタイ。いたいっす。(今、たまたま下腹が痛い・・・(汗)。食中りか?)
ま、冗談は抜きにして結論言ってしまえば。

小説書くのって、本当に難しい・・・。

今更何を言ってるのか?って感じですけど、ホント切実にそう思いました。
ああ、国沢、本当に不器用な物書きでつ。読む人にとって難解な文章っていうのは、物書きとしてホントによくない!って、その難解な文章を書いたお前がいうなって感じですけど(汗)。
激しく反省。
まじヘコミっす。(でも恐ろしいことに、一週間もしたら老人力のお陰で復活してきそうだけど・・・(泣))
ああ、こんなんでホントに作家デビューできんのか? 
立て、立つんだジョ~~~~~~~!!!

すみません。さっきまでアニメの特集番組見てました。←反省の色なし。(や、ホントは本気で反省してるんですよ(泣))

[国沢]

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