irregular a.o.ロゴ

nothing to lose title

act.133

 ぎょろりとした目が、セスをじっと睨み付けていた。
「このリーナとアレクシスって人間について、何を知っているんだ?」
 唸るようにそう言うハドソンの台詞を聞きながら、セスはぼんやりと思っていた。警察官と犯罪者は相対する存在だが、同時にとても似つかわしい存在でもあるということを。セスを懲らしめようとしているハドソンの恫喝は、犯罪者が被害者に行うそれとそう大差がない。実際、ハドソンのこの瞳は、テイラーから見せてもらったジェイク・ニールソンの瞳とよく似ていた。
 ジェイク・ニールソンは、今どこで何をしているのか・・・。
「おい、聞いているのか?!」
 ハドソンがスチール製の机を乱暴に叩きながらセスに詰め寄った時、突然警察署内中の電話が一斉に鳴り響き始めた。
 まるで示し合わせたように鳴り響くけたたましい電話のベルに、署内にいた誰もが激しく顔を顰めて両耳を塞いだ。
 まるで電話のオーケストラだ。
「何だ! どうなってる?! おい、早く電話に出ろ!! うるさいぞ!」
 ハドソンが背後を振り返って部下達に命令した。
 それを合図にして、他の部署の者も次々と電話に飛びついた。
 チクショウ、一体どうなってる。まるで街中の人間が緊急通報をしてきたみたいだ。
 ハドソンが舌打ちをした時、一番側の電話に出ていた新米刑事ブロンクが受話器を置いて叫んだ。
「チーフ! ミラーズ社に爆弾を持った男が立てこもっている模様です!」
「何だぁ?!」
 ハドソンが顔を歪める。各部署からも同様の報告が次々と上がっていく。
 ハドソンは、ようやく今とんでもないことが起こっていることを実感した。
「何て事だ。お前、何か知ってるんじゃないか?」
 ハドソンはそう呟きながら、セスの方を振り返った。
 だが、目の前の椅子はもぬけの殻となっていた。


 丁度その頃、レイチェル・ハートは先月から数回に渡り盗難に入られたビル解体工事業者の取材に付き合わされていた。
「何度鍵を替えても、あっという間に入られちゃうんだから」
「へぇ~、犯人って相当頭いいんでしょうねぇ~」
 若手記者ジェリー・バーマンの緊張感のない取材振りに、レイチェルは盗難現場である資材倉庫の写真を撮りながら溜息をついた。
 本来なら、この程度の取材にレイチェルがかり出されることはなかったのだが、編集長のたっての希望により、バーマンの教育係を任命されてしまったのだ。
 少しはまともな記者にしてやってくれったってねぇ・・・。
 社主の甥っ子であるジェリー・バーマンは文字通りのおぼっちゃんで、その優男的な容姿と跡継ぎという権力を翳して新聞社内を闊歩する人物であったが、そんな中でも彼の最大の欠点は自分の実力のなさに気づいていないという点にあった。もちろん、その点に気づいていないのはバーマンだけで、編集部の誰もが知っていることである。しかし、如何せん腐っても次期跡継ぎと目される人物なだけに、誰も彼に面と向かって意見する勇気はなかった。そんな中で白羽の矢を立てられたのがレイチェルだった。編集長も、レイチェルの肝っ玉の座りように舌を巻くことも多かったから、レイチェルとバーマンを組ませば何とかなるのではないかという腹づもりなのだろう。
 確かにレイチェルは、権力なんかに屈するようなキャラクターではなかったが、残念なことにどうしようもないダメ人間にずっと付き合うだけの根気良さなどは持ち合わせていなかった。
 レイチェルは、鍵の壊された危険物保管ロッカーの細部をカメラに収めた後、「ちょっと外の様子も撮影してくるから」とバーマンに声をかけた。バーマンは、自分ではニヒルだと思いこんでいる薄気味悪い笑顔を浮かべ、「どうぞお好きに、お姫様」と返してくる。
 レイチェルもまた薄気味悪い笑顔を浮かべ(それは嫌みなほどの態とらしい白けた笑顔だったが、バーマンはそれに気づくことなく)、芝居がかった仕草で会釈をした。
 最近彼氏と思うように会えていないレイチェルの情報を、バーマンはどこからか仕入れてきたのだろう。気の強さを差し引いても美しい容姿のレイチェルを何とかしてやろうという思いが、ありありと分かる。
 『お姫様』ですって?!
 レイチェルは、建物の外に出てからもう一回大きな溜息をついた。
 女をバカにするのも程がある。
 バーマンの心中では、レイチェルのカメラマンとしての実力などまったく関係のない項目なのだろう。
「バカの相手するのはほとほと懲りたわ・・・」
 レイチェルがそう悪態をついた時、目の前の道路を数台のパトカーが物凄い勢いで走り抜けていった。けたたましいサイレンの音が、後に響き残る。そしてその音が消える前に、再び数台のパトカーが同じように走っていった。
 通行人はもちろんのこと、道路沿いにオフィスを構える人々も尋常でないパトカーの疾走を見ようと窓の外に顔を覗かせた。
 更に次々と通っていくパトカーを見て、レイチェルはカメラを自分たちが乗ってきた車の助手席に放りこんだ。
 運転席に乗り込み、サンバイザーを下ろして転がり落ちてくる車のキーを器用に受け取ると、エンジンを吹かした。
 その頃になってようやく騒ぎに気が付いたバーマンが、建物の中から出てくる。
「おい! 何が起こったんだ? おい!! 置いて行く気か?!」
 レイチェルはそんなバーマンのひっくり返った叫び声など無視して、勢いよく道路に飛び出していった。

 
 会議室の前で後ろ手に縛られたマックスは、ジェイクに背中を押されつつ社長室まで連れてこられた。
 これまでは、ジム・ウォレスがこの会社にいることを知って頭に血を登らせたジェイクが、思いつきのままに乗り込んできたとばかり思っていたマックスだったが、社長室の様子を見て、その考えが間違っていることを痛感させられた。
 いつの間に、ここまで準備をしたのか。
 社長室には、警備室にあるのと同様のモニター画面が重厚な社長のデスクの上にずらりと並べられてあった。そのモニターには例外なく、社内から社外に至るまでのあらゆる様子が映し出されていた。
 確かに、社長が留守の間に社長室に入る人間は少ない。恐らくジェイクはそういうことまで調べ上げて、密かに会社に忍び込んでは準備を進めていたのだ。
 ジェイクが着ている作業服には、サイズの幼なじみの家が経営する電気メンテナンス業者の社名が刺繍されていた。ジェイクがどうやって信用を獲得したか分からないが、多くの電気器具に頼る大会社であるミラーズ社だけに、彼が堂々と出入りするチャンスは数多くあっただろう。間違いなく、今回の停電騒動もジェイクが何もかも承知で起こしたに違いなかった。彼はそしらぬ顔をして警備室に潜り込み、最後の復讐の火蓋を切ったのだ。
 今度こそ、身体の底から血の気が引く思いがして、マックスは蒼白の顔をジェイクに向けた。
 ジェイクはそれが楽しくて仕方がないといった様子で、マックスを社長室の中に誘うと、中央のソファーにマックスを座らせた。
 ジェイクはソファーの前のテーブルの上に例の手榴弾を置くと、彼の足下にある大きな黒い鞄の中から様々なものを取り出した。一番目立つのが茶色い筒状の物体がびっしりとついたベストだ。それが何なのか、この状況下では容易く想像できる。嫌でも身体が震えた。情けないが、歯がカチカチと鳴る。
 それを聞いて、ジェイクがゆっくりと微笑んだ。
「そんなに期待しなくてもいい。君にこれを着せるのは、まだ少し先だ。それよりも、君に紹介したいお客様がいる。誰だか知りたいか?」
 まるでパーティーに招待したかのような口振りでそう言いながら、ジェイクは立ち上がる。マックスから見て左手にあるマホガニー製のドアがついたクローゼットにジェイクは近づいていく。
「さぁ、スターの登場だ」
 ジェイクはそう高らかに言い放って、クローゼットのドアを開けた。

 

Amazing grace act.133 end.

NEXT NOVEL MENU webclap

編集後記

今週更新が遅れてごめんなさいでした(汗)。なんとか休み中に更新することができました・・。
場面が白熱してゆくにつれ、書くのもなかなか書きごたえがあるというか・・・。どうにもこうにも国沢の実力が追いつかなくなっていっているような気がします(ざぼ~ん)。毎週毎週つたない更新ですびばせん。ズズっ。
今週はやっとアロマな話をしようと思います。
国沢、仕事柄一日中パソコンの前に座っています。当然運動とかもしてないし、姿勢も悪い(汗)。目も近眼乱視で視力は0.05以下。そんなこんなでいつも肩こりに悩まされてます。最近は老人力の加速も手伝って、背中全体がこっているって感じ(汗)。マッサージ屋に行っても、「こんなになるまでほっときやがって!」とマッサージ師に怒られるぐらい、自分の身体を顧みない生活を送っています。
で、今通っている病院でアロマテラピーも行っているとのことで、オイルを処方して貰いました。これがね、結構いいんですよ。たかが匂いといって侮るなかれ。アロマオイルって匂いの効果もモチロンのこと、皮膚から浸透して効果を発揮したりもするんですね。
病院で処方して貰う方がお手軽なんで、現在二度ほど30mlのマッサージオイルを処方して貰いました。
一回目のブレンドは、「ジュニパー」「サンダルウッド」「ジンジャー」をそれぞれ四滴ずつブレンド。
二回目は、「ジュニパー」「ゼラニウム」「ベンゾイン(安息香)」を四滴ずつ。
一回目の方がさっぱりした香りで、こちらの方がコリにじんわり効くって感じ。
二回目の方は甘く穏やかな香りで、ほっとするって感じ。リラックス度はこちらの方が高いようです。
最初は「たかが香りつきの油じゃん」ってなめてかかってたんですけど、特に一回目のオイルのブレンドは本気で肩こりに効きました。即効性はないものの、湿布系より断然よい。自分で塗るだけでも効果があるなんて素敵ざんす。
アロマオイルは、注意点を守れば個人でも調合できるらしいのですが、おいらの場合は作ってもらった方が楽チンなんで先生にお任せしてます。でも、香りを駆使して生活が潤っていくっていうのはすんごく素敵ですよね。アロマテラピストにも資格があるようだし、これから益々注目を集める業界だと思います。

[国沢]

小説等についての感想は、本編最後にあるWEB拍手ボタンからもどうぞ!

Copyright © 2002-2019 Syusei Kunisawa, All Rights Reserved.