irregular a.o.ロゴ

nothing to lose title

act.136

 レイチェルが睨んだ通り、何か大変なことが起きているのは間違いなさそうだった。
 レイチェルが車の少ない路地を走らせている間も、大通りを過ぎるパトカーの数は見る見る増え続け、ひとつの方向に向かって集結していく。
 まるで街中でパトカーのフェスティバルをしているようだ。いや、パトカーだけでない。消防署の特殊車両や救急車までもが混じって、一般車を蹴散らしている。
 また爆弾事件が発生したのかも知れない・・・。
 レイチェルの脳裏には、あの男の顔が浮かんでいた。
 岩のようにゴツゴツとした顔つき。驚くほど静かな光を湛えたスカイブルーの瞳。その不気味なぎょろりとした瞳を、どうして忘れることができようか。
 連続爆弾魔であるジェイコブ・マローンが逮捕された今となって、市民の誰もが緊急車両のこのような大規模な出動を想像しただろう。誰もがもう、あのような恐怖が街に訪れることはないと信じていたはずだ。
 だが、『あの男』の存在を知っているレイチェルは、そうではなかった。レイチェルを始め、セスや大使館員のテイラーだって、ジェイコブの後ろに『あの男』の存在があったことを確信していた。だからこそ、脳髄に沸き上がってくる恐怖を抑えきれなかった。
 レイチェルは、自分が車を向けている先に他でもない、従弟が勤めている筈の大企業のビル群があることに堪らない胸騒ぎを感じていた。
 もし自分が予想している通りのことが今起こっているのだとしたら。
 自然と歯がカチカチと鳴った。
 ああ、どうかこれ以上誰も傷つかないで欲しい。
 レイチェルの脳裏に、ベッドの上で包帯まみれだったマックスの姿が思い起こされた。
 今までもう沢山傷ついてきたじゃないの。
 マックスの泣き顔も、ウォレスの泣き顔も随分見てきたのに。まだこんなことが起こるというの?
 レイチェルはふいに込み上げてきた涙を拳でグイッと拭うと、自分の頬を平手打ちして、しっかりとハンドルを握り直した。そしてすいている対向車線に飛び出し、派手なクラクションを次々と鳴らされながら、現場までの道を急いだ。


 ミラーズ社の周囲は、次々と到着した警察関係者によって瞬く間に厳戒態勢がしかれ、ミラーズ社の周囲はツーブロックに渡って完全封鎖された。
 警察の強引な封鎖に、当然のことながら辺り一帯はパニック状態になり、悲鳴と怒号そして車のクラクションが鳴り響いた。
 対策本部は、ミラーズ社の向かいにあるオフィスビルの丁度空室になっていたフロアに設けられ、必要な機器がゾクゾクと持ち込まれた。
 世界的にも有名な大企業の社員を千人以上も抱え込んだまま、犯人が立てこもっているという状況に、警察関係者は色めき立った。しかも、ミラーズ社のビルディングは皮肉なことに最近防犯の為に導入した警備システムのお陰で、完全なる鉄の城と化していた。
 現在現場はC市警の特殊犯罪処理チームに委ねられ、署員がキビキビと動き回る様を、最高責任者であるC市警の署長が腕組みをして眺めていた。
「犯人からの要求はまだないのか?!」
 署長が怒鳴る。犯人との交渉にあたる役の署員が、ビルからの回線を直接引き込んだ電話の前で肩を竦めた。
 ビル内の状況は、ビルの中にいる社員の携帯電話から多数報告を受けていた。
 社員は各フロアで完全に缶詰状態にされており、現在電話回線は何らの理由でダウンしている。唯一使えるのは携帯電話で、殆どの社員は犯人に気づくこともないまま、知らぬ間に各フロアに閉じこめられていた。唯一犯人と接触があったのは、最上階の重役らのオフィスが連なる階に閉じこめられている社員達で、犯人は二人いるとの報告を受けていた。
 最初、社員を会議室に閉じこめたのは、これまで社員の誰もが見たことのないような男だったらしいが、次に会議室に現れて散々汚い脅し文句を言いつけていったのは、社内で問題を起こしクビになったキングストンという男らしい。彼が言うには、今回のこの犯行は、彼の会社に対する復讐であるらしい。そして今は、キングストンが一方的に逆恨みしていた人物・・・先の爆弾事件の被害者でもあったマックス・ローズという青年医師を社長室に監禁している状態だ。キングストンが言うには、今マックス・ローズの身体には、彼を死に至らしめることが可能な発火材付きのベストが着せられているとのことである。
 だが残念なことに、一番有効な最上階の人質の携帯電話は、先程その元社員であるキングストンが根こそぎ奪って、社長室に持っていってしまったらしい。現在は、どの携帯電話も音信不通になってしまっていた。
「とにかく、一刻も早くキングストンという男の情報を集めるんだ!」
 署長の怒号に、署員はバタバタと対策本部を出ていった。
「キングストンなら、私も会ったことがあります」
 署長が振り返る。殺人課のハドソンだった。署長がハドソンの姿を見て、意外そうな顔をした。本来ならばハドソンは管轄外の種類の事件であるからだ。ハドソンは署長の微妙な表情を見て、苦笑いをした。
「先の事件で、ミラーズ社には何度も足を運んでいるんです。お役に立てることがあるのではないかと思って」
 ハドソンは署長の隣に並んで、向かいの紫色の空に照らされたミラーズ社を見つめた。
「キングストンという男は、なかなかプライドの高い男でしてね。我々が、爆弾事件の被害者であるステッグマイヤーのことについて聞き込みをした時も、随分横柄な態度で我々を見下していた。非常に自己中心的な人物で、それが原因で会社を追われたらしい。詳しいことは私にも分かりませんが。ただ、とんでもなく屈辱的な辞め方をさせられたと聞きます。今回の主犯は間違いなくキングストンでしょうな」
 ハドソンの言葉に、署長も大きく頷いた。
「私もそうだと思って、今情報集めをさせているところだ。敵を知れば、事件解決はそれだけ近くなる。交渉班に気を引く話をさせている間に、特殊処理班に突入させれば簡単なものだ。相手は、一塊の会社員であった男だ。所詮は素人のすることだよ。ところで、昼間言っていた、ピーターズの件はどうなった」
「ああ、実は・・・」
 ハドソンは口を濁した。
「その件もあって、この現場に来たのです。ひょっとしてヤツが現場に来ているのではと思って」
「なんだ?」
「それが・・・。ピーターズの行方が分からなくなっているのです」
 署長は呆れたかのように溜息をついた。
「まぁいい。ヤツは曲がりなりにも警察署員だ。放っておけ。君はミラーズ社の中を知っているとのことだから、今回のチームに加わりなさい。直に対策会議を始める」
「分かりました」
 そう言って窓に背を向けた向こう側に佇んでいるミラーズ社は、不気味なほど静かな空気に包まれていた。


 ウォレスの目の前を、紺色のバンが数台通り過ぎていった。
 周囲のどよめきに、ウォレスは思わず走っていた足を止める。
 その紺色の大きなバンの背には、大きくはっきりとした白い字で『SWAT』と書かれてあった。
 今や全米の各警察署で当たり前のように配備されている特殊部隊だ。C市警も例外でなくSWATチームを抱えている。
 まるで映画やテレビドラマのような光景に、その場にいた誰もが色めき立った。野次馬と化した人間達も、次々と紺色のバンの後を追い始める。中には、SWATチームの車両が一般車両を蹴散らした後の道路を無理矢理走ってついていこうとする強引な車も数台いて、辺りはあっという間にパニック状態になった。
 ウォレスは、顔を顰めた。
 周囲がバタバタと動き回る中、ウォレスだけがその場に根が生えたかのように硬直していた。
 ウォレスは確信する。
 SWATが出動したとなると、大抵は人質が絡んだ事件が発生しているということである。
 ウォレスの考えていたことが、今や現実となっているに違いない。
 あいつが、あの悪魔のような男が今、ミラーズ社の中に立てこもっているのだ。おそらく、自分の愛するあの青年の命をその手に握りしめて・・・。
 ブルブルと身体が震えた。
 それは今までに感じた恐怖のせいではなく、純粋な怒りの感情からくるものであった。
 ヤツがその気なら、こちらにも考えがある。
 ウォレスは、注意深くこの騒然とした状況を観察し、分析をした。
 そしてウォレスの頭の中にひとつの考えが浮かぶ。
 待ってろよ、ジェイク。
 ウォレスは、車を乗り捨てて走ってきたお陰で上がっていた息を、一度大きく吐き出すと再び走りはじめた。渋滞に引っかかり立ち往生仕掛けているSWATチームのバンを横目に、路地に駆け込んで行った・・・。

 

Amazing grace act.136 end.

NEXT NOVEL MENU webclap

編集後記

本日は映画のお話。
と書けばお分かりかも知れませんが、長くなっちゃうかも(汗)。
今日、ついに『ドリームキャッチャー』を観ることができました!!
実はこの映画、以前掲示板に書いていた日記(そういや日記も書いてないな・・・むむむ三日坊主・・・)にもちょこっと書いた覚えがあるのですが、国沢が以前から注目していた映画で、張り切って映画館に見に行こう!と思っていたのに、いつの間にやらあっという間に公開日が終わってしまって見に行けなかったっていう映画です。
DVD化されるのをクビを長くして待ってたんですけど、いやぁ、待ってた甲斐があったv
別に原作者のスティーブン・キングのファンじゃないんですけどね。いや、どちらかといえば、おいらホラー映画は苦手です。『ミザリー』なんか、絶対に二度観られない。今でもキャシー・ベイツが怖くて仕方がありません(笑)。
そんなホラー嫌いな国沢が、なぜ躍起になって観たがっていたのか。それは、もうこの一言しかありません!!!
ダミアン・ルイス!!!
これ、この俳優さん!!!
ちなみに、ダニエル・デイ・ルイスのことじゃござんせんぜ。(実際にダミアンは、よく間違われるらしい(汗)。ルックス全然違うのに)
ああ、なんて演技が上手いんだ、ダミアン! その演技力の凄さに、惚れ惚れだ!
取り分け二枚目ということでもなし。遅咲きだし、どちらかといえば、地味キャラでもある。
でも、でもね。彼の演技力はホントに素晴らしい。久々に演技力で惚れた役者さんにあたったって感じ。(ほとんどが、ルックス+声重視なんですよ、国沢の場合・・・)
ああ、ダミアン・・・あんたの表情筋の凄さに惚れたよ・・・。
ダミアン・ルイスというと、あまり知っている方は少ないかと思いますが、以前国沢の中で大ブームがわき起こっていた『バンド・オブ・ブラザーズ』というテレビドラマで主役をしていた役者さんです。このドラマは、スピルバーグとトム・ハンクスが協力し合って作り上げた戦争ドラマなんですが、それを観て国沢、ダミアン・ルイスにときめき、今回のドリームキャッチャーで完全に惚れました。
映画のストーリーはどこを語ってもネタバラシになっちゃうんで書きませんが、ホラー映画大丈夫な方は是非是非ごらんください。そしてホラー映画嫌いな人も、きっと多分大丈夫です。つーか、あまりの展開の突飛さに大笑いしちゃいます。(ごめんなさい、国沢も何度か画面に突っ込み入れちゃったv) ま、映画の内容はともかく、ダミアンにはハマル価値あり。大ありです!!ダミアン・ルイスの役者魂に触れてください!うぎゃ~~~~、こんなにハンサムじゃないのに、どうしてこんなに惹かれるのか、誰か説明してくれ~~~~~!!(ひょっとして、あの赤毛のせいかなぁ・・・???)
この先、彼がどのような役者道を見せてくれるかとっても楽しみです。

[国沢]

小説等についての感想は、本編最後にあるWEB拍手ボタンからもどうぞ!

Copyright © 2002-2019 Syusei Kunisawa, All Rights Reserved.