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nothing to lose title

act.26

 マックスがそのことを知ったのは、翌日のことだった。そう、キングストンが今回の行いの代償をどのように払うかということを知ったのは。
 サイズから見舞いの電話があった時に聞いたのだ。まさにウォレスは悪魔のようだったそうだぜと言うサイズに、そこまで感情的になったウォレスのことが少し信じられなかった。
 そんなウォレスのことが心配になって様子を見に会社にも行きたかったが、顔の傷はまだ酷く、かえって会社を混乱させるだけだと思って止めた。情けないことに、結局今年最後の出社日を欠勤する羽目になった。
 あれからレイチェルは情緒不安定な自分のために更に会社を休んでくれて、意外にも旨い彼女の手料理を披露してくれている。今も買い物に出かけているところだ。
 レイチェルとは、この二日間の間に、いろんなことを話した。こんなに話し込んだのは、高校以来のことだ。以前のように、自分の悩みを、年上で小生意気な、だがとても優しい従姉に正直に話した。
 たまらなく、ウォレスのことが好きなこと。その想いは、ひょっとしたらメアリーの時以上かもしれないこと。だが、それを貫くには勇気がないこと。そして一度勢いでウォレスに告白したものの、互いにそのことに触れていないこと。
 そのことについては、今やマックスの中でタブーなこととされつつあった。ウォレスが、自分のことをどう思っているかも知らないのだ。訊くことなんて出来ない。怖くて。
 レイチェルは頑張りなさいよとは言ってくれたが、いつもの調子で強引には勧めなかった。彼女も、今回ばかりはどうアドバイスをしていいか迷っている節があった。なにせ同性同士なのだ。簡単な問題ではない。
 悲しいことだが、マックスは、自分の気持ちと何とか折り合いをつけるつもりでいた。相手は男性で、しかも娘もいる。娘はオテンバだが気立てがよくて、自分を信頼してくれている。彼は会社の上司で、社会的にも重要な位置に立っている。彼が潰れたら、間違いなくミラーズの繁栄も終わる。自分が、その病気の素になるわけにはいかないのだ。相手が、マックスの気持ちを受け入れることを望んでいない限り。
 生まれ変わるんだ。今度、ウォレスと再会する時まで。 マックスはそう自分に言い聞かせた。そうすることが、ウォレスの幸せだと思った。


 爆破事件の捜査は、一向に進展していなかった。
 捜査関係者は、例外なく休み返上で捜査に当っていた。捜査員の誰もが、新年を家族とろくに過ごすことができなかったことに不平を漏らし、悪態をついた。
 セスも例外ではない。今年は田舎に帰るつもりだったが(レイチェルを連れて行くつもりでいた)、その計画もおじゃんになった。もっとも、帰郷できる時間が持てたとしても、肝心のレイチェル自身も事件の取材に付き合って、カメラの機材を抱えて走り回っているのだから、まるで意味がなかった。
 犯人の手がかりは依然として乏しく、あんなに人通りの多い場所であったにも関わらず、まともな目撃者はいなかった。おそらく、あの現場に犯人がいたのは事実だが、その時点で車には既に爆弾は仕掛けられていたはずである。あの場に犯人がいたのは、あくまで爆発する様を見物するのが目的だった訳で、あの時あの場にいたどの人物も犯人である可能性があった。
 だが、白昼の公道である。あの場にいた人々全てを拘束するなんてことは不可能だった。こうなれば、現場周辺の聞き込みを根気よく行うしかない。どのみち、気の遠くなるような作業だった。
 残りの可能性があるすればそれは、被害者から追う線である。
 唯一の被害者であるステッグマイヤーは、散々な男だった。
 彼の場合、前科こそはなかったが、やましいところはいくらでもあるような男だった。証拠はないが、非合法なことも行っていた節がある。事実、ミラーズとストラス社の一件でも、W&PC社の幹部から賄賂を受け取っていた筈だから、黒い疑惑が他にもあるに違いなかった。実際に彼と元妻が暮らしていた家は、秘書という職種にしては些か釣り合わない豪邸に住んでいたし、近所の証言を取っても、その暮らし振りは派手だったという。殺人課の面々がつい先日もステッグマイヤーの隠し口座を見つけ出したところだ。
 こんな調子であるから、ステッグマイヤーはいつ殺されてもおかしくない人物であった。彼に恨みを抱いている者は多く、叩けば叩くほど、いたるところからそんな人間が登場してきた。 こうなれば、こちらの線も気が遠くなるような作業となってしまう。殺人課の連中の顔が渋くなるのも仕方がない。新年早々から、クソ寒い中、ひとつずつ捜査の線を潰していかねばならないのだから、それも当然と言える。
 殺人課の頼みの綱は、爆弾処理班の見解だった。
 今回唯一明らかで守備範囲の狭い手がかりが、その「手口」であった。
 恨みを持つ人間がごまんといたとして、殺害方法に爆発物を選ぶ人間がどれほどいるというのか。 もし、犯人がトレント橋に影響された模倣犯だとしても、爆弾を作りそれを仕掛けるには、それ相当の知識が必要である。昨日今日で爆弾は作れない。今回のような、きちんとした配線図を持つような爆弾は特に。
 その点を考えると、犯人はトレント橋を爆破した人物と同じ人物である可能性が高い。だからこそ、爆弾処理班の当初からの見解は、同じ犯人であるというものだった。
 肝心のものは木っ端微塵に吹き飛んでいるから詳しいことは判らないが、爆弾は精巧に作られているものに間違いはない。
 セスの属する爆弾処理班も、休み返上で爆弾犯の手がかりを探した。
 過去、爆発物に関する犯罪を犯した者のリストの洗い出しや、現場に残った爆発物の破片と燃え残った車の部品、消防署からの火災の分析結果を踏まえて、どのような爆弾が仕掛けられていたのかを再現する作業に追われた。
 セスも後者の方の作業に携わっていた。チームは全員で6人だったので、実質セスと同じ作業につけるのは、同僚のホッブスしかいなかった。二人での作業は思った通りあまり捗らない。トレント橋の件も解決していないのだから、仕事は増えるばかりだった。
「ああ!」
 ホッブスが大きな溜息をついて天井を見上げる。だらけきった様子で椅子にそっくり返った。机の上には、爆弾の模型やら事件の物証やら、焦げ臭いものが広げられている。
 この小会議室の廊下に面した大きなガラス窓越しに、婦人警官が興味本位に中を覗いていった。ホッブスはそのかわいこちゃんを目で追いながら、不毛な悪態をつく。
「なんだってこんなことになってるんだよ!」
 セスは横目でそれを見ながら煙草を咥える。
「おー、おー! おい、こんなところで煙草吸うなよ」
 ホッブスが慌てた声を上げた。確かにここには、可燃物や爆発物の材料が机の上に詰まれている。引火する可能性は低いが、それでもこんな物騒なところで煙草を吸う気なんか起こらない。普通は。
「煙草が吸えなくてイライラする方がよっぽど危険」
 ジョン・レノンが描いた絵がプリントされたジッポで煙草に火をつけながら、セスは言った。この男、爆発物が仕掛けられている現場でも煙草を放さない。その飄々とした様子には、上司のロバート・エドワーズでさえ舌を巻く。
「やっぱりお前は変ってるよ」
 そう言って再び溜息をつく同僚の顔を見て、セスは言った。
「なぁ、やっぱり腑に落ちない」
「何が?」
 やる気のない同僚の声を聞きながら、セスも椅子の背に凭れかかり腕組みをする。
「これが同じ奴の仕業だったとして、なぜ被害者がステッグマイヤーだったのか」
「ええ?」
 ホッブスは、セスの言いたい事が今ひとつ見えなくて、怪訝そうに顔を顰めた。
「だから、トレント橋と今回の一件の関係だよ。トレント橋のは完全に愉快犯の手口。今回のは、明らかに殺意が込められていた。どうしてそんな違いが出てきたのか」
 ああ・・・とホッブスは呟く。だがすぐに再び顔を顰めた。
「人を殺してみたくなったんじゃないのか? 最初のはしょぼくて、結局誰も死ななかったんだから」
「それは判るよ。その流れは自然だ。だけど、不自然なのは、なぜステッグマイヤーだったのかってことだ。爆弾を使って人を殺すことが純粋な目的なら、狙う場所は他にもっと適したところがあった筈だ。小さな車より、目前のミラーズ社ビルに仕掛けた方がよっぽど目的を達成できる。なのに、なぜ個人を狙ったのか。そしてそれがなぜ、ステッグマイヤーだったのか・・・」
「大よそ、奴に恨みがあったんじゃないのか? 殺人課が思っているような大々的な恨みじゃなくて、些細なことだったのかもしれない。街角で言い争いをしたとか、ビールをひっかけられたとか・・・。復讐というより、仕返しと言った類のものかもしれない。ま、ちょっとした諍いで命を狙われちゃ、たまったもんじゃないがな。爆弾犯は大体がサイコ野郎だ。どんな僅かなことが動機だったとしても、俺は驚かないね」
 ホッブスは毒舌を吐いて、煮詰まったコーヒーをがぶ飲みする。
「なんだかなぁ・・・」
 セスはまだ納得できない様子で、歯切れが悪い。「なんだよ」とうっとうしそうにホッブスが机の下の足を蹴った。
「トレント橋の時も思ったんだが」
「だから、何」
「知性を感じるんだよ。爆弾の作り方に」
 一瞬沈黙が流れる。
「ええ?」
「ほら、この配線図」
 セスは、引出しから手書きの報告書を出して、机の上に広げた。
「推測での配線図だから、確かなことは言えないけど・・・」
 セスはボールペンで配線図の上を指す。ホッブスも身を乗り出してきた。
「ここ、そして、こっち。・・・ほら、無駄がないんだよ。まったく。外見もそうだが、凄くスマートに出来てる。美しいと言ってもいい。な?」
「そうだな」
「こんな爆弾の作り方は、爆弾のことを熟知しているばかりか、爆弾作りにこだわりを持っている奴の作り方だ。こういうものを作る人間は、概して知能指数が高い。それにポリシーも感じられる」
「なるほど」
「なのに、その仕掛け方には、知性がまったく感じられない」
 ホッブスが、セスと顔を見合わせた。
「橋に仕掛けた時に選んだ場所は、まるで素人。だから被害も少なかった。今回の場合にしても、乱暴と言うかぶっきらぼうというか。ギャップを感じるんだよ。折角作り上げた爆発物の扱いに」
 これにはホッブスもセスに同調したらしい。細く息を吐いてゆっくり椅子に座りなおした。
「・・・ひょっとして、爆弾作った奴と仕掛けた奴は別の人間だっていうのか?」
 ホッブスは呟く。
「だとしたら、もう一回洗い直しになるぞ、前科者のリスト。アリバイがあったからって、仕掛けた奴が違うんなら、アリバイには意味がない」
 重たい疲労感が室内に広がる。ホッブスは頭を掻き毟った。
「あ~! 益々判らなくなってきた! 一体どうなるってんだ!」
 セスはホッブスの悲鳴を聞きながら、ぼんやりと考えていた。
 仕方ない。あの人に当りをつけてみるか。もっとも、あの人がすんなり話をしてくれるとは思えないが・・・。
 セスは、煙草を首からぶら下げた携帯灰皿に押し付けた。

 

Amazing grace act.26 end.

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編集後記

テレビドラマのERを見てたら、アメリカの医者になるまでのシステムについて解説してくれました(犬顔のノア・ワイリーが※国沢、けっこう犬顔好きです)。四年制大学を出てからさらに四年間メディカルスクールに通って、そこを通過したら、晴れてレジデントとして現場に出るという・・・。
うわ~時間かかるのね~なんて呑気に呟いた二秒後、息が止まりました。
「・・・・あかん。設定とずれが出てくるやんけ(滝汗)」
国沢、慌てて第一回目を手直ししてしまいました(ざぼ~ん)。
マックスは一応28歳っていう設定だったように思うので(何だか頼りない)、26歳の時にメディカルスクールを出て、二年が終わるって感じですかね・・・。そこはそれ、なんとか誤魔化したんですけどね。ええ。
でも、 マックスとマイクの手術シーンはどうにも出来ませんでした(とほほ)。
よくよく考えたら、同僚同士のこの二人。つまりはレジデント同士であるわけで。さらに言ってしまうと、実習生同士が正規の医療スタッフ(専門医師)を伴わずにオペをするなんてこと、あるわけ・・・・ないっすよね・・・。
万が一、出来のいい実習生にオペを任せたとしても、必ず専門医は立ち会っているはずで。
つまりは、あの場面はおかしい訳で。
言ってしまえば、『大穴』な訳で。
・・・・・・・・・・・。
 ピ-------------------------------------------・・・・

[国沢]

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