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nothing to lose title

act.15

 マックスは部屋に入ったなり、メアリーの唇を奪って、奥の寝室まで彼女をエスコートした。
 彼女の新しいドレスを破かないように慎重にジッパーを下ろして、ベッドに誘う。
 メアリーの身体をベッドに横たえ、彼女の身体に覆い被さりながら自分も服を脱ごうとして、その手をメアリーに止められた。
 怪訝そうにメアリーを見下ろすマックスに、メアリーは寂しく微笑んだ。
「無理はしないで」
「無理なんて・・・」
 マックスはそう言いながらも、メアリーの言う意味が分かっていた。
 感情は、メアリーを抱きたいと思っているのに、身体がいうことをきかない。
 長い間マックスと付き合っていたメアリーだからこそ、分かることだった。
「ウソばっかり・・・」
 メアリーが微笑んで身体を起こす。
「ダメよ、マックス。自分の気持ちに素直にならなきゃ・・・」
 マックスは、怪訝そうな表情のままメアリーを見た。
「あなた、別に好きな人がいるのよ」
「そんな・・・」
「自分で分かってないの? さっきはあんなに話していたじゃない。あなたは自分の気持ちに気づくべきよ」
 メアリーはベッドを降りた。
「これで私も、本当に気持ちに整理することができたわ。まだ心のどこかに甘えの感情があったもの・・・。私、あなたと出会えてよかった。本当にありがとう。マックスも、自分の気持ちを大切にして。ね?」
 メアリーはそう言い残して部屋を出て行った。マックスは後を追う事ができなかった。


 その頃、郊外の閑静な住宅地にあるウォレスの家の前に不審な車が停車していた。
 暗がりで判別は難しかったが、どうやらグレイのセダン車らしい。
 車の中で、一瞬小さな光が灯った。光の隙間から、白い煙が立ち昇る。
 車内の人物が煙草を吹かす度、おぼろげながらその人物の顔が闇夜にうっすらと浮かび上がった。
 男だ。そしてその男は、並々ならぬ恨みを、ウォレスに対して抱いていた。
 蛇のような目で、人影が動くウォレス家の窓を見つめている。
 男は、ストラス社の元社長秘書・ステッグマイヤーだった。
 1ヵ月前のW&PC社の一件で、若社長直々からもっとも悲惨な状態で首を言い渡された彼は、現在最低の生活を送っている。 お天気キャスターをしている妻ともあっさり離婚され、慰謝料という名目で身包み剥がされた。唯一残った彼の財産といえば、真新しいこの車だけだった。今ではこの車で寝泊りする生活を送っている。
 確かに、W&PC社との顔つなぎをしたのは、ステッグマイヤーだった。十分な接待も受けたし、申告しなくてもいい臨時収入も得られた。それでこの日本製の高性能な高級セダン車を購入したのだ。貧しい家の出の彼にしてみれば、まさに頂点だった。誰にも負ける気がしなかった。
 だから、ウォレスの登場は、ステッグマイヤーにとって大きな誤算だったのだ。
 ウォレスがあそこまで強大な力を持っているとは正直思っていなかった。完全に見くびっていたのだ。ミラーズ社の主席社長秘書を。 大体、秘書という分際であんな乱暴なことをやってのける方がどうかしている。あれは秘書なんていう玉じゃない。あの会議室で初めて対面した時の、あの男の目・・・。 ステッグマイヤーは、あのウォレスの目を思い出して身震いをした。 なんて冷たい目。あの瞳の色とあいまった、氷のような目。まるで、冷静沈着な殺人者のような目だった。もっとも、ステッグマイヤーは現在、社会的に殺されているような状態なのだから、その点で言えばウォレスはまさしく「殺人者」である。
 だが、あいつはよく分かっていない。俺が執念深い男だということを。
 ステッグマイヤーはほくそ笑んだ。
 こんな目に合わされて、俺が黙っているとでも思っていやがるのか。お前が俺から大切なものを奪っていったように、俺もお前から大切なものを奪っていってやる・・・。
 ステッグマイヤーは、煙草を灰皿に押し付けた。
 ウォレスの元に脅迫状を送りつけたのも、ウォレスの小生意気な娘を撥ねてやったのも、すべてステッグマイヤーの仕業だった。ひき逃げの件は、運がいいことに同じ日に起こった爆弾騒動のお陰でうやむやになったようだ。感情的になってやったので、車のナンバーを隠すことも忘れてしまっていた。警察が爆弾事件で手がいっぱいになったことは、本当に運が良かった。現在では、車のナンバープレートも街外れのスクラップ工場から失敬してきたものと取り替えてある。
 ウォレス家の電気が消えた。雇われ家政婦もとっくの昔に帰り、現在家の中にはウォレスと娘の二人。どうやらウォレスの妻は死んだか、離婚していないらしい。  一気に殺すのは面白くない。
 ステッグマイヤーは懐から剃刀を数枚取り出した。
 厭味たらしく、ジリジリと嫌がらせをしてやる。
 ステッグマイヤーは、車のロックを外した。これからこいつを、ウォレス家のドアというドアに、仕込んでやろうと思っていた。

 

Amazing grace act.15 end.

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編集後記

今回も15話と16話を一度にアップしていたため、分けたら超絶短いです(汗)。ご了承ください・・・。

[国沢]

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