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nothing to lose title

act.50

 ドーソンは、企んでいた。
 そしてひたすら、電話の鳴り響く編集部で机の上のメモ用紙をじっと見つめていた。
「ドーソン! どうして電話を取らないんだ!」
 編集長がそう怒鳴りながら、ドーソンの机の電話を取る。
 ドーソンは慌ててメモ用紙を懐に隠しながら、「すみません」と謝ったが、編集長は電話の相手の言うことをメモるのに精一杯で、ドーソンはその隙に席を離れる。
「おい! この取材に行って来い。・・・ドーソン? ドーソン!!」
 編集長が電話を切り、振り返る頃には、すでにドーソンの姿は編集室から跡形もなく消えていた。
「全く、最近あいつはどうしたっていうんだ!!」
 編集長が得意の癇癪を爆発させて周囲に怒鳴り散らす。それを離れたところで聞いていたレイチェルは、今しがたドーソンが出て行ったドアを見つめた。
 確かに、最近のドーソンは様子がおかしかった。与えられた仕事をさっさと済ますとすぐに新聞社を出て行くが、奥さんの待つ家に帰る素振りはなく、どこで何をしているか誰も知らない。以前のドーソンなら、自分の仕事が終わっても、ハイエナのように社内に落ちているチャンスのかけらを掴もうと社内のあちこちをかぎ回っていた。
 ドーソンがこんな行動に出る理由を、レイチェルは何となく想像していた。
 きっとジム・ウォレスに関することに違いない。
 それを思うと、レイチェルは些か暗い気分にさせられた。
 最初はっぱをかけたのは確かにレイチェルだったが、近頃のドーソンの探りようといったらいつもの彼の常軌を逸しているような気がしてならないのだ。無気味にも思えた。それにジム・ウォレスは自分の従弟の想い人であり、なおかつ「善い人間」であることをレイチェルは感じていた。
  だが、ドーソンにそんなことを言ってみたとて、彼が「はい、そうですか」と引き下がってくれる訳はない。
 今のドーソンの様子を見る限り、彼は大きな何か・・・それはスクープと呼ばれるものかもしれない・・・を掴みかけているのだ。
 嫌だわ・・・胸騒ぎがする・・・。
 レイチェルは、自分のこの予感が単なる思い過ごしてあることを祈った。


 ドーソンが、ジェイク・ニールソンと思しき人物が出入りしているアパートメントを突き止めてから、もう一週間以上の時間が経過していた。
 ひょっとすると何の変哲もないボロアパートメントの一室が、テロリスト達の巣窟になっているかもしれない・・・。
 ドーソンは、この一週間の間、慎重にアパートの住人達の身元を調べていった。
 思った以上に捗らなかった理由は、新聞社から与えられる細々した、それでも量は膨大な仕事と同時に調査活動を行わなければならなかったせいだ。周囲に黙ってしていることだから、あまり大っぴらにはできない。いっそのこと、編集長に「今スクープを追っているんです」とぶちまけてやろうかとも思ったが・・・なにせ、国際指名手配のかかった男が、自分達の新聞社に潜伏しているのだ・・・すぐに考えを改めた。
 ドーソンは、市街地で起きた爆弾事件からは完全に外されていたし、その爆弾事件の担当に大抜擢された若手記者というのが社主の甥っ子にあたるものだから、状況は微妙だった。折角血の滲むような犠牲を払って集めた証拠やネタが、そっくりそのまま奪われてしまう可能性だってある。
 ドーソンだって、そんなには若くない。だが、ドーソンはまだまだ貪欲だった。
 このスクープをものにすれば、こんな片田舎でアル中の妻を抱えながらしがない地方紙の記者という肩書きから脱出できるかもしれないのだ。うまくいけば、本も出版できるかもしれないし、そうなればベストセラー作家の仲間入りも夢ではないだろう。何せ、この事件に関わりのあるセンテンスは、どれも粒が大きく、また熟している。
 国際指名手配のテロリスト。
 C市始まって以来の市民を震撼させる多発爆弾事件。
 世界的大企業の要人の隠された過去。
 残念なことだが、大衆は他人が幸せになる話よりも、他人が殺されたり、騙されたりするといったような話により興味を示す。もちろん、謎解きも大好きだ。
 ドーソン達記者は、皮肉なことに、このような大衆の欲望に支えられてきたし、不幸な記事がなければ新聞は売れなかった。
 今回の一件は、その「うまい」要素が全て入っている。それが大きなうねりとなり、やがて一本の大きな川へと変化していく。それに魔法をかける役割がこの自分だと思うと、ドーソンの心は昂ぶるばかりだった。
 そのお陰か、最近身体の調子がすこぶるいい。口にキャンディーバーやチョコレートを押し込まなくても、立ちくらみさえ覚えることはなかった。
 大きな事件の謎を解いていくやりがいが、生まれつきの持病でさえもいい方向に持っていっている。ひょっとしたら、病気さえも克服してしまうかもしれない・・・。
 ドーソンが調べたアパートの住民は、どれも極一般的な、しいて言えばあまり裕福でない家庭ばかりだった。
年金暮らしをしている老夫婦。母子家庭。ハンディキャプト。
どの家庭も犯罪とは無縁の家ばかりだった。調べ尽くしても謎のかけらもない。
そんな中で唯一脈があるとすれば、「ジェイコブ・マローン」という名前だった。
犯罪とは関係なかったが、ドーソンはその名前に聞き覚えがあった。
マローンは、ドーソンの勤める新聞社の配送係に籍を置く青年で、皆からは「変わり者」と言われていた。ドーソンは直接姿を見たことはなかったが、印刷所にはよく出入りしているらしい。大人しく従順で仕事振りも真面目。だがネクラなのが玉に傷で、趣味は新聞のコレクションときている。最近は、配送係の仕事を減らし、その代わり配送の仕事を終えた日には、そのまま深夜まで新聞社の中を清掃して回っているらしい。
  ドーソンが調べたところ、彼の母親がすこぶる具合が悪いらしく、金がかかるし、世話もかかるというのが本当のところだろう。何の取り得もない男が、年老いて気難しい母を一人で養っていかねばならないのだから、その苦労も容易に想像できる。 どうやら、ニールソンのために新聞社の配送係の職を口利きしたのは、マローンらしい。だからこそ、ニールソンはマローン家に出入りしているのだろう。
 おそらく、マローンは男の正体には気づいていないだろう。そうでなければ、あんな恐ろしい男を家に招きいれることなんでできやしないはずだ。新聞社にある名簿の写真を見ても、そんな大胆なことをする青年には見えない。
 さて、これから自分はどうすべきか・・・。
 ここが思案のしどころだった。


 マックスは、企んでいた。
 そしてひたすら、自分のデスクの上にあるジョニー・ウォーカーの黒ラベルと睨めっこしていた。
「問題は、どうやって家に招くか・・・だな」
 マックスは、うーんと唸って頭を抱えた。
 退社時間はとっくに過ぎていて、中庭も日が陰り空気の温度も下がってきている。
 医師の部屋には完全に不似合いな酒瓶を恨めしそうに眺めつつ、マックスはウロウロとデスクの前を行ったり来たりした。
 実は、この酒瓶はマックス自身が買ってきたものではなかった。
 レイチェル行き着けのバーの美人バーテン・メリンダに押し付けられた「餞別」だった。
 レイチェルとバーに行って以来、マックスはこの一週間でほぼ常連客の仲間入りを果たそうとしていた。
 突然夢の延長線上にウォレスが現れたかのような明け方のセックス以降、ウォレスは完全に会社に釘付け状態になってしまい、会えず仕舞いで過ごしていた。契約直前を控え、契約書の内容に大きなミスが発見され、その修正と調整でウォレスの身はフル回転で働いているようだった。社外に出ることも多く、昼間会社でも姿を見かけることはあまりない。
 毎日でも会いたいだなんて子供のような恋愛をしていてはダメだと自分に言い聞かせていても、やはり心のどこかではジレンマに悩まされていた。
 バーの常連にならざるをえなかったのは、そのジレンマのせいだった。
 あの明け方、まるで縋るように自分の身体を抱きしめてきたウォレスは、どこか儚げで壊れやすく、妙に掴みどころがなかった。
 目が覚めると、あの人はいない。
 想い人の安らかな寝顔が見たいと思うなんて、我ながらちょっと子供じみてるよな・・・なんて酒に酔った勢いでメリンダに吐露すると、バーのオーナーでもある彼女はニヒルな笑みを浮かべて、カウンターを叩いた。
「今時、そんな純な男がいるなんて、世の中捨てたモンじゃないじゃない」
 彼女は後ろの棚から今だ開いてないジョニー・ウォーカーの黒ラベルを取ると、マックスに押しつけ、こう言った。
「セックスしてもダメなら、酔わせて潰すのが一番! これ一本飲ませたら、朝までぐっすり間違いなしだよ」
 頼もしい手で肩を叩かれ、二人でそのジョニー・ウォーカーのストレートを一気に煽った。
「やれるかな?」
「もちよ」
「やってみる」
 そう言って意気揚揚と店を出たのが昨夜の話。
 だが、その威勢も一晩経って酒が抜けてくると、次第に気分が萎えてくる。
 バカな考えはよした方がいいだろうか・・・。とマックスが恨めしそうに、デスクの上のジョニー・ウォーカーを見ると、ただの酒瓶がまるでマックスを責めているようにそこに鎮座しているように見えた。
 しばらくの間、じっと酒瓶を見ていたマックスは、
「やっぱり、見たいものは見たいんだから仕方がない」
 と呟くと、両頬をパンパンと叩き、よし!と気合を入れ、マックスは白衣を脱いでコートを取り、酒瓶の首を持って医務室を後にしたのだった。

 

Amazing grace act.50 end.

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編集後記

記念すべき50話目だというのに。
なんかみょうちくりんな話の展開になってしまいました(汗)。

国沢、はっきりいって、スランプです。
ああ、こんな感覚は久しぶりだわ~・・・。懐かしいわ~、はっきり言って。
書いていてもピンとこない内容を、アップしちゃっていいのかなぁ(汗)と思いつつ。でも意外にそんなところがおもしろいということも過去あったし(涙)。
結構浮き沈みの激しい国沢の天気模様。浮上するのはいつのことやら。
こんなんだから、

ドクタースランプ アラレちゃん

って言われちゃうの???(涙)

[国沢]

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