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nothing to lose title

act.142

 奴らは社長の到着を待っている・・・。
 マックスは気を失った振りをしながらも、聞き耳を立てていた。
 奴らの狙いはただ単にジム・ウォレスだけかと思っていたが、別の狙いがあるようだ。
 だとしたら何だろう?
 キングストンの復職? いや、この期に及んでそれはないだろう。
 だとしたら、誰か他の社員の解雇を望むのか・・・例えば、自分とか。
 いやそれとも、キングストンの解雇理由を不当なものだと世間に知らしめるための行動か? そうでなければ・・・
 マックス自身、様々なことを考えてはみたものの、どれもこれも温い考えのように思えてならなかった。もう少ししたら犯行声明とやらを出すつもりらしいので、そこである程度は明らかになるのだろうが・・・。
 もし勝負をかけるとしたら、犯行声明を出した直後がいいだろう。
 相手の魂胆が分かるし、一つの目標をクリアすれば、気も緩む。
 反撃を開始するのなら、犯行声明を出した後、ニールソンがこの部屋を出てキングストンが一人になる時を見計らった方がいい。ニールソンがいない間にこの部屋の中の支配権を奪って、シンシアを解放する。
 幸いにも、先程ニールソンが持ち込んできた黒こげの物体のお陰で、部屋中が焦げ臭い。これなら、ライターで少々結束バンドを焦がしても分かるまい。
 マックスは、先程の乱闘の中でやっと手にしたライターを手の中で転がした。

 
 ウォレスが侵入したカフェテリアの出入り口でさえも、新しい警備システムががっちりと閉めていた。
 元々カフェテリアは入口のドアはないオープンスペースだったが、今ウォレスの前には防火扉がしっかりと閉まっている。
 中庭に面しているガラスの方も調べてみると、ガラスと天井の際に赤く小さいライトが点滅しているのが伺えた。おそらく、この窓ガラスを割って出ようものなら、アラームか何かが鳴る仕掛けでもあるのだろう。
「なかなか大したものだ・・・」
 少々呆れ気味にウォレスはそう呟いた。
 さすがベルナルドが吟味して入れただけの事はある。ただ、それをこれほどまでに逆手に取られる程敵が手強いものだと予想はしていなかったのだろうが。
 どうやらジェイクは、のんべんだらりと牢獄生活を送っていたわけではないらしい。
 どうやって警備が厳重な牢獄から逃げおうせて来たのかは分からないが、ジェイクのことだ。十分に準備を重ねてきたのだろう。
 ジェイク・ニールソンとは不思議な男だ。
 根っからの犯罪者でありながら、奴の言うことに引き込まれる協力者は後を絶たない。
 それが彼の強みであり、怖さでもあった。
 そして更に恐ろしいのは、その頭脳である。
 特に科学系についての理解力は誰にも負けなかった。
 幼い頃から、大人顔負けの爆弾や武器を仕上げ、数々の会社の金庫を開けてきた。
 そんな男の寵愛を一身に受け教育をされたのだから、アレクシス・コナーズもまた幼いながらも大人顔負けの働きをした。ジェイクは様々な知識をアレクシスに教えたが、唯一それが『悪いこと』であることは教えてくれなかった。そして身の回りの大人の誰も、アレクシスの行いが人の道に外れていることなど、諭してはくれなかった。そういう時代だったとはいえ、そんな生き方を何の疑問もなく進んできた自分に、たまらない憤りを感じる。それが罪だと気づいた時はある意味遅すぎたのだ。
 普通に、何の蟠りもなく空を仰ぎ見ることができる人生だったのなら・・・・。
 無い物ねだりと分かっていても、いつもそんなことを考えている自分に深い嫌悪感を感じながら、ウォレスは溜息をついた。
 すっかり日も陰って、ダウンライトに照らされる中庭の木々の手前に映っている自分の顔を拳で叩き、ウォレスは緩く首を横に振った。
 いけない。今は、他に考えなければならないことがたくさんある。
 とにかく、この袋小路の状況を何とかせねばならない。
 少なくともこの部屋からでなければ、どうすることもできないのだ。
 ウォレスは一旦厨房まで戻った。
 天井を見上げ、隅から隅までチェックした。
 こうなったら通気ダクトの中を移動するしかあるまい。
 作業台の上部に、ダクト口と見られる金網があった。
 ウォレスは紺色の重装備なSWATチームの制服に身を包んでいるにも関わらず、実に身軽に作業台の上に飛び乗ると、金網の周囲に目を凝らした。
 金網の向こう側を覗き見ても、何かのトラップがあるようには見えなかった。
 それでもウォレスは慎重に金網を押し上げた。
 少しだけすかして、胸のポケットに差し込んである小さな手鏡を抜き取った。
 歯科医が患者の口の中を覗く時に使用するのと同じタイプのものだが、若干柄が長く作られている。
 隙間から鏡を差し込んで周囲を伺ったが、やはり仕掛けは何もない。
 ウォレスは鏡を元に戻すと、金網を左側に寄せ、両手でダクトの縁を掴み、手の力だけで自分の身体を引き上げた。
 まるで猫のように身体をダクトの中に滑り込ませ、金網を元に戻す。
 今度は反対側の胸ポケットからペンライトを取り出すと、明かりを点けた。小さなスポットライトが狭いダクトを照らし出す。
 大人が伏せた状態でやっと通れる程の広さしかない。
 ウォレスはそのライトを口に銜えると、匍匐前進の要領でダクト内を這いずった。
 ふと、そのウォレスの鼻先に焦げ臭いにおいがちらついたのだった。


 「犯行声明の前に、もう少し侵入可能なところを潰してくる。俺がいいというまで、見切り発車はするな」
「ああ、分かってるよ」
 ジェイクの台詞がさもうるさいといったように、キングストンが返事をした。
 ジェイクは、部屋を後にしながら一瞬冷ややかな視線をキングストンに送ったが、キングストンが気づくはずがなかった。
 そして再び、社長室の中には気を失ったままのシンシアとキングストン、そしてマックスのみとなった。
 チャンスだ。早くこれを焼き切らないと・・・。
 マックスは、相変わらず社長の椅子に腰掛けながらテレビを見ているキングストンの様子をテーブルの下から窺いながら、ライターに火を点けた。
 何度か熱い思いをしながら、それでも何とか両腕の間にある結束バンドを炙る。
 一緒に手首の皮も焼かれている痛みが走ったが、マックスは危うく上がりそうになる悲鳴をぐっと押し殺した。ここで感づかれては、台無しになる。
 次第に、少しだけプラスチックが熔ける感覚と臭いを感じた。
 キングストンがスンスンと鼻を鳴らす。
 マックスはドキリとしてライターの火を消すと、さり気なく背中に回された両手を身体の下に隠した。
 火に焼かれた皮膚が擦れてかなり痛かったが、それにも耐えた。
 キングストンが椅子から立ち上がってマックスの側に来る。
 そして再びスンスンと鼻を鳴らすと、ソファーの傍らに転がっている黒こげの小型カメラを足でけ飛ばした。
「まったく、臭いったらありゃしない」
 キングストンはそう捨て台詞を吐くと、そのままデスクの向こうに姿を消した。
 マックスは気絶した振りをしながらも、内心胸を撫で下ろす。
 そして再び、ライターに火を点した。

 
 ダクト内を漂ってくる臭いは、間違いなく先程建物西側で起こった爆発の残り香だと思われた。
 煙の臭いに混じって、肉が少し焼けこげる甘い臭いも混じっている。
 突入隊員は防護服を着ていたとはいえ、それは爆弾に対する防護性に乏しい。衣類に覆われていない部分・・・つまり顔面や首もとに酷い熱傷を負うことになった。
 しかしウォレスが見るところによると、仕掛けられていた爆薬の量はごく少量だった。
 ダクト内という狭い場所で爆発したために威力が強いように思われていたが、実際は僅かであっただろう。そうでなければ、今頃木っ端微塵になった隊員もいたはずだ。
 ジェイクには、そうまでして警察を痛めつけるつもりはないのだろうか。確かに、最初のデモンストレーションとしては十分に効果を発揮した訳だが・・・。
 しかしウォレスには、爆薬の量の少なさが引っかかった。
 ジェイクは何を狙っているんだろう・・・。
 ウォレスがそう思いながら前進を続けている目の前に、ダクトの分岐点が見えた。
 その先を右側に回ればロビーに繋がる廊下に出ることができるだろう。
 ウォレスは分岐点の前でライトを手に持ち変えると、ライトを分岐点の曲がった先に向けた。
 一瞬キラリと赤い光が見えた。
 ウォレスはライトを消して、もう一度頭を覗かせる。
 ダクトの両側に一筋の赤い光が反射していた。
 その光の先に、小型爆弾の固まりと廊下に繋がっているダクト口が見える。
 なるほど・・・トラップか。
 ウォレスは唸り声を上げた。
 恐らく、先程突入隊が引っかかったものと同じものだろうが、こんなに分かりやすいのになぜ引っかかったのだろう。
 ウォレスは再びライトをつけてトラップを照らした。
 ライトで照らしても、赤い光が衰える事はない。
 こんな簡単なトラップをジェイクが仕掛けるわけがない。
 ウォレスは大きく息を吐き出しながら、更に観察を続けた。
 再びキラリと光るものがあった。
 しかしそれは極一瞬のことで、その光に色はなかった。
 ウォレスは慎重にトラップまで近づくと、赤い光に触れないように気をつけながら、赤い光の向こうを照らした。
 天井の人目に付きにくいところに、釣り糸のようなものが引かれてある。
 なるほど・・・。二重の起爆スイッチという訳か。
 赤いライトに気を取られ、それを処理している間かそれを解除してほっとしたのもつかの間、身体の一部でその糸を切ってしまったという訳か。
 爆弾処理を専門としている者なら分かったかも知れない抜け目のないトラップだったが、突入部隊の隊員にはそこまで先読みができなかった。赤い光の線は、鏡か何かで反射させればそれで済む為、突入部隊の隊員も自分たちで簡単に解除できると踏んだのだろう。
 仕掛けが分かれば、それを躱すのはある程度できる。
 だが、それには少し道具が必要だった。
 万が一の為に、赤いライトを反射させるものが必要だ。
 胸元の鏡を使えばそれで済んだが、この調子で至る所にこのトラップが仕掛けられていたらことだ。
 仕方がない・・・。
 ウォレスは一旦厨房に戻ることにした。
 あそこには、小さいながらもライトを反射させるものがあるだろう。
 ウォレスは、曲がり角のスペースを利用して身体の向きを反転させると、元来た道を帰った。
 何せ匍匐前進の状態なので思ったように前に進まなかったが、その間に昔の思い出したくない時代の感覚がみるみる身体に蘇ってくるような感覚に襲われた。
 いくら封印したとはいえ、やはり身体の奥底に染みついて消えない。
 何となく皮肉なものを感じながら、ウォレスは元のダクト口まで戻ってきた。
 金網をそっとずらし、念のため鏡で周囲を確認する。
 誰もいないことを確認して、作業台の上にウォレスが降り立った正にその瞬間、ウォレスは背後に人の気配を感じた。
「動くな」
 そういう台詞と共に、撃鉄がガチリと鳴る音がした。

 

Amazing grace act.142 end.

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編集後記

久々のネット落ち明けの国沢です!
でもなんとか今日中に定期更新ができてほっとすますた(汗)。ここんところ、本当にお粗末な更新延期が多いので・・・。
アメグレの方は、亀の歩みながらなにげにウォレスおじさん、ピストル突きつけられちゃってます(汗)。
国沢はと言うと、やっと胃腸や肝臓の調子が復活してきたかな、と思いきや、今度は酷い冷え性の波が襲いかかってきてます(滝汗)。
つい最近まで、ちょっとあったか過ぎた日本の冬。一月後半になってようやく冬らしい寒波がやってきたせいで、国沢の足先も凍えてます・・・。何でだろう??? 今までかつて内ほどの冷え性を体感してるぞ、おいら(汗)。なんで風呂上がりの足が紫色のチアノーゼ状態なのさ(脂汗)。これも年のせいかなぁ。マッサージしたら、マシになるんですが。やっぱり運動不足が原因か。忙しさにかまけて、ジムに入会する決意が先延ばしになっているダメダメな国沢です。

[国沢]

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