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act.145

 ジェイク・ニールソンがどこからか調達してきた警察無線機に向かってキングストンが要求を伝えるのを聞いた時、マックスは、奴らの目的がミラーズ社の金庫室に眠る多量の現金や株券、そして貴重な美術コレクションにあることを悟った。
 銀行の金庫ほどの規模はなかったが、それでもミラーズ社の金庫には多額の資産が眠っている。
 キングストンが言った『鍵』と『パスワード』は、ベルナルド・ミラーズのみが持つ金庫を開ける為に必要な道具だった。
 やはり、所詮は金目当てだった訳だ。
 キングストンも、ジェイクの口車に乗せられ、金に目がくらんでこの計画に荷担することになったのだろう。
 しかもジェイクは、その金のみならずマックスの掛け替えのないものまで奪おうとしている・・・。
 マックスは、テーブルの下で唇を噛みしめた。
 実のところ、ジェイクがこの部屋に戻って来た時には既に、マックスは自分の腕を拘束する結束バンドをライターで焼き切っていた。
 キングストンの隙をつき、取り押さえようとチャンスを窺っていたが、その前にジェイクが帰ってきてしまった。
 キングストン一人を相手にするなら何とかできるだろうが、二対一となると些か不安が残る。
 とにかく、正式に警察に向けての要求が出されたともあれば、向こうも新たな動きを見せてくるだろう。そうすれば、またジェイクがこの部屋から動くこともきっとあるはずだ。その時を今は待つしかない。現在のこの状況は、イチかバチかに賭けるには、あまりにもリスクが高すぎた。なるだけ確率が高い道を選ばなければなるまい。なぜなら、そのチャンスにかかっているのは、自分一人だけの命ではないからだ・・・。
 マックスは、ローテーブルの向こうに見えるシンシアの未だピクリとも動かない足を見つめた・・・。


 ジョイス・テイラーが現場に到着したのは、5人編成の再突入隊が再度ミラーズ社の西側から突入を仕掛ける正にその時だった。
 警察関係者以外立入禁止のバリケードを、外交員特権で無理矢理突破したテイラーが作戦本部に紛れ込んだ時には、その場にいる誰もが突入の様子を映し出したモニターに夢中で、テイラーが入ってきたことを気にとめる者は全くいなかった。
 ニューヨークからこの街に飛んでくる飛行機の中でも、このニュースはひっきりなしに流されていた。
 犯人グループは今のところ二人という情報が流れていたが、どのマスコミもこれほど大規模な仕掛けを構え警察を翻弄している犯人グループがたった二人で有るはずがないという見解を見せていた。
 犯人グループの主犯格は、キングストンという元ミラーズ社の社員であるとのことだが、テイラーはその裏に必ずあのジェイク・ニールソンがいると考えていた。今やそれは単なる勘ではなく、確信へと変わりつつある。
 そうとなれば、じっとしていられる訳がない。
 これがジェイク・ニールソンを逮捕できる最後のチャンスになると言えた。
 ここ数ヶ月の状況を振り返る限り、今までが静かすぎたのだ。
 ジェイク・ニールソンが間違いなくこの街に潜伏しているという情報を得てから、思うように捜査の時間が取れなかったとはいえ、こういう状況になってしまったのは、少なからずも自分に責任がある。そうテイラーは思っていた。
 テイラーの介入に警察が難色を示すことは目に見えていた。
 大使館の方から圧力を掛けて貰うことは可能だったが、それをするには時間がかかり過ぎる。それならばいっそ、現場に立ち会って単独行動をした方が早い。何かあれば、事後承諾で何とかなることもある。本当にジェイク・ニールソンがこの事件に関わっているとすれば。
 ある意味、これはテイラー自身の地位を賭けた勝負と言っても過言ではない。ヘタをすれば、職を失う可能性だってあり得のだから。
 だが、それだけのことをする価値はある。
 この国に赴任して、初めて得た本当の意味での友や傷ついた人を救うことに、自分の力を使いたかった。
 これまで、血の通わない、ただ上司が望むがままの仕事をずっとこなしてきただけの人生だった。仕事をこなす度に、同僚からは『出世狙いの点数稼ぎ』とコケ下ろされた。今思うと、同僚が眉を顰めてもおかしくない仕事の仕方をしていたと思う。ただ、自分の保身の為に行動してきた。
 だが、今回の事件を通して知り合った人々はそうではなかった。
 誰もが他人を労り、大切な者の為には自分を犠牲にするような人々ばかりだった。
 偏屈なテイラーをセスやレイチェルは無条件に受け入れてくれた。そして何より、マックスの心の痛みに触れ、ジム・ウォレスという人間の奥底にあるあまりにも不幸すぎる人生を知った。だがそれは同時に、政治的犯罪者の罪深い人生を知ることでもあったのだが・・・。
 テイラーは、己の中に未だ燻る迷いに目を向けないようにしながら、セス・ピーターズに連絡を取ろうと試みた。空港に降り立った後、テイラーの携帯電話にメモりしてあるセスの携帯電話に何度かコールをしたが、電源すら入っていないようであった。おそらく彼もまた、当然現場にかり出されているだろうと思った。だから電話にも出られないのであろうと。それなら、現場に直接行って会う方がいい・・・。
 テイラーはそう思って現場に乗り込んだ。
 だが、作戦本部にセスの姿はなかった。
 背の高い男だから、よく目立つ筈なのに見つけられないとなると、他の場所にいるのか。
「まいったな・・・」
 テイラーが極々小さな声で悪態をついたその時、室内が一気に湧いた。どうやら、突入隊が無事ダクト内に侵入できたようだ。テイラーとて、逐一ライブで報道されるニュースによって、先の突入隊の悲劇は見知っている。
 どうやら犯人グループは、二度目の侵入に対する対策を怠っていたようだ。
 いや、それともそれは、新たな罠か・・・。
「慎重に進め! いいな!」
 特殊班班長の大きな声が響く。
 室内の人の動きが慌ただしくなってきた。
 部屋を飛び出していったり、ビル内の図面が示された青焼きをバタバタと翻しながら運んだりと、誰もテイラーに目もくれなかった。
 そんな中、テイラーはセスの同僚の顔を見つけた。
 ホッブスとかいう爆弾処理班の職員だ。
 彼は、作戦本部室の奥にひっそりとある広いテーブルの上に残骸となった爆弾の破片を広げて、苦虫を噛みつぶしたかのような顔つきをしていた。
 テイラーはなるだけ目立たないようにホッブスに近づいた。
「ちょっと失礼」
 ホッブスは、ふいに硬い発音の声が聞こえてきて、驚いた様子だった。
 口をポカンと開けたまま、テイラーの顔を見てしばらく瞬きを繰り返していたが、やがて本当に目の前に立っているのがテイラーだと気づき、途端に叫び出しそうになる。だが彼は、寸前のところで口を噤み、テイラーに頭を寄せた。
「ここで何をしてるんですか?!」
 周囲を伺いながら、ホッブスは小声でそう言った。だがその口調はおよそ穏やかではなかったが。
「何って、ピーターズを探しているんだ。今すぐ会いたいのだが。今彼はどこに?」
 ホッブスは、やっぱりねという顔つきをすると、溜息をついて椅子に腰掛けた。そして自分の影に隠れる位置にある椅子に座るよう手招きをする。テイラーがその椅子に滑り込むようにして座ると、「あなたの黒ずくめのスーツは変に目立つんですよ」とホッブスはぼやいた。テイラーは肩を竦める。ホッブスはテイラーのこの砕けた仕草に、少し笑みを浮かべた。
「それで、ピーターズは・・・?」
 ホッブスは周囲の様子を度々確認しながら答えた。
「奴がここにいたら、俺もこんなに苦労してませんよ。爆弾の種類の判別は、あいつが一番お得意なのに、あいつときたら・・・」
 テイラーは眉間に皺を寄せる。
「何かあったのか?」
 ホッブスは再度溜息をつきながら、小刻みに頷いた。
「あのバカ、ハドソンの捜査エリアにまたしゃしゃり出て怒らせちまったんです。挙げ句の果てに無期の謹慎食らって逆ギレ。現在完全に行方不明。この騒ぎのドタバタに紛れて、姿を消してます」
「・・・・は?」
 あまりのことに、今度はテイラーが口をポカンと開ける番だった。
 ホッブスはそんなテイラーに構うでもなく、「一体今、どこで何してるんだか・・・」と呟いている。テイラーは、ホッブスの腕を掴んだ。
「じゃ、何か? 奴はこの現場に来てないのか?」
 ホッブスは首を横に振る。
「正確には、来たら上司にこっぴどく怒られる、という立場です」
 テイラーは深く溜息をついた。
 まったく、あのでくの坊は何をやってる?
 自分の保身を一切考えないその姿が素晴らしいと一旦思ったテイラーだったが、それも些か考え直さなければならないようだ。
「それで、今の状況はどうなっているんだ?」
 ホッブスはテイラーのその台詞に顔を顰めた。
「あなたは、この件に関わる必要はないでしょう?」
「そうだと有り難いんだが、どうもそういう訳にはいかないようでね。私が追っていた逃走犯が犯人グループの一人かもしれないんだ」
「そんなこと言ったって、確信はないんでしょう・・・」
 ホッブスが不安げな表情を見せる。セスの同僚とはいえ、彼もまたテイラーに対していい印象を持ってない。
 テイラーは、いつもの高圧的な態度を改め、素直な気持ちで言った。
「確かに、確たる証拠はない。これは私の勘だ。この勘のせいで、君に迷惑を掛けるのは申し訳ないと思うが、だがそれも犯罪者を許すことのできない信念があるからだ。どうか分かって欲しい。君たちの上司は私の話に耳を貸すことはないが、あのビルの最上階にいる犯罪者は、おそらく、この世の中でも一二を争う芸術的な殺人爆弾を作り上げることができる男だ。その男の恐ろしさを知ってるのは、私しかいないし、彼を再び社会的に抹殺できるのは、私をおいて他にはいないと信じている。私には、奴を逮捕する義務がある。我が母国の掲げる正義の精神を証明するために」
 ホッブスはずっとテイラーの顔を見つめていた。そしてテイラーが話し終わった後、テイラーの顔と目の前の爆弾の破片を交互に見つめた。
「難しいことはあんまり分からないけど・・・」
 ホッブスは破片を指で突っつきながら言った。
「少なくとも、こいつが芸術的な殺人爆弾だということは分かりますよ」
 二人は顔を見合わせて同時に笑みを浮かべた。


 ホッブスとテイラーは作戦本部の部屋を抜け出し、人気のいない廊下の隅へと移動した。
「どうせ誰もあの爆弾がどうして爆発したか分からないんだから、俺一人いなくなっても誰も気にしやしませんよ」
 ホッブスは戯けて言った。
「あれはそんなに難解な爆弾なのか?」
 テイラーがそう訊くと、ホッブスは首を横に振った。
「難解なのではなく、シンプルだからこそ分からないんです」
 まるで禅問答のようなホッブスの台詞に、テイラーは益々顔を顰める。ホッブスは先を続ける。
「先の突入隊は、確かに爆弾が仕掛けられていることを確認し、その解体作業を行いました。突入隊の中には、我々爆弾処理班のメンバーも入っていたんです。幸い、後方支援をしていたので、先程の爆発には巻き揉まれませんでしたが・・・。とにかく、うちのスタッフの指示により、爆弾は一旦解除されたかに見えました。爆弾には二重のトラップが仕掛けられていて、赤い光と釣り糸が起爆装置に繋がっていた。突入隊はまず、赤い光を遮断しました。鏡で反射させれば、装置は誤解して起爆はしません。だが釣り糸の処理は少々やっかいでした。そのまま放置しておけば、この先誰かが弾みで切るとも限りません。だから爆弾の本体を解除しようとしたんです」
「それが失敗したんだな」
 ホッブスは言葉を濁した。
「ええ・・。結果的にはそうなのですが・・・。実のところ、ここがよく分からんのですよ。爆弾の作りは本当にシンプルなものでした。読解することは少々困難だったとしても、その仕組みさえ分かれば、解除は容易だった。囮を交わしてカットした起爆線は決して間違っていなかったのに・・・」
「でも爆弾は爆発した」
 ホッブスは頷く。
「しかも、肝心の手がかりとなる部分は全て吹っ飛んで粉々。そういう破片だけを見て、元の仕掛けを推理するのは、並大抵のことではできません。そこには技術だけじゃない、ひらめきという才能も必要です。それを言うなら、悔しいけどセスに叶う者はいない。おそらく、この爆弾の謎を解けることができる人間がウチにいるとしたら、セスをおいて他にいませんよ」
 ホッブスはそう言って懐から煙草を取り出し、火を点けると、乱暴にふかした。そうしてテイラーにも勧める。テイラーも煙草をくわえ一服すると、大きく息を吐き出した。
「しかし、そういう状況なら、今の突入隊が再び爆弾と遭遇したらどうするつもりなんだ?」
 ホッブスは硬い表情で窓の外を見つめた。
「現在突入隊にはウチのチーフが参加しています。こんな危険な任務に、部下はやれない・・・なんて。今は祈るしかありません」
「そうだったのか・・・」
 テイラーも何とも言えない気持ちになって、窓の外を見つめた。
 と、作戦本部の方が俄に色めき立った。
 ホッブスが、廊下の向こうを覗き見る。
「何だ? ・・・何か騒いでるな」
 テイラーが眉間に皺を寄せる。
「まさかまた・・・」
 ホッブスは懐から携帯灰皿を取り出すと、最後の一服を吸ってから、それにねじ込んだ。
「や、爆発すれば、この窓からでも分かりますよ。何か別のことが起こったらしい・・・。戻りましょう。あ、そうだ。この上着を着てください。そうすりゃ、多少は自然に紛れ込めるでしょう」
 ホッブスは自分の制服の上着を脱ぐと、テイラーに手渡したのだった。

 

Amazing grace act.145 end.

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編集後記

先週はバタバタと20万ヒットの地味なお祭りでお騒がせいたしました。
そして今週、若干前回の予告をブッちぎった国沢です(汗)。
先週サイズくんが出てくるような予告をしたにも関わらず、今週出ませんでした(汗汗)。来週には出てくるかな?って、もっとサクサク話を進めなきゃな・・・(汗)。まるでスラム・ダンクだよ、これじゃぁ。 一つの試合に一体何週間ついやしてんだっていう(笑)。
ああ、なんとかしなきゃ。
ところで、話は変わりますが、最近気になる俳優さんについて少し。(少しで終わるか?)
時々、国沢、気になる俳優さん話を致しますが、今回は現在顔を見る度に涎を流している若手役者さんを数名ピックアップ致しましょう。
一人目は、ヒュー・ジャックマン。ま、彼はここ最近しばらくずっと、国沢の中でブレイク中。先の編集後記でも出したことのあるお名前ですね。 や~、かわいいんですよ。完璧な男前とは言えないと思うんですが、仕草というか、表情が可愛い。年上に対して失礼なんですけれど。なんか、エヤーホッケーとかしてみたい。一緒に。隣のお兄さんって感じです。(や、いないけどさ、あんな男前の人は)

二人目は、オーランドー・ブルーム。・・・。ま、これは当たり前すぎて、語るのも恥ずかしいのですが(赤)。ロード・オブ・ザ・リングのパツキン・エルフ王子をしている彼ですね。おいら、ずっとファンタジーはなぁと敬遠してきたんですが、やっぱし見ちゃうとまんまとはまってしまって(ざぼ~ん)。ホント節操ないですわ(汗)。仕方ないですね。きれいなのはしょうがないんだもん。それに、キレイなくせに全然ナヨナヨしてなくて、それもいい。眉毛黒くて太いし(笑)。何で金髪なのに、黒眉毛なんだっていう(笑)。心なしか、隼人のイラストがどことなくオーランド王子寄りなのは気のせいか・・・。でも国沢、レゴラス王子のイラストを描くという一線は何とか越えないように頑張ってます!(←越えたら節操がなくなりそうで怖いんだもん・・・)

三人目は、ジョシュ・ルーカス。なんかどっかの映画監督のような名前ですが、関係はないようです。
や~、男前よ。現代のポール・ニューマンと呼ばれとるらしいけど。ホント男前なのよ。
彼の場合、なにがいいって、あの唇の形がいいのよ。どうしようもないのよ。瞳も濃いブルーでおっきいし。金髪も恐らく天然。身長は188センチと長身過ぎるほど長身。そして体つきも文句なし! やたら筋肉質なヒューよりはタッパがあるんでスレンダーな感じ。そして何より、笑顔がチャーミング。今時、チャーミングなんて言葉使わないかも知れなけれど、チャーミングという言葉がお似合いなのよ!!とにかく、どうしようもないのよ!!!(←しつこい)
年齢は国沢より一つ上。以前に編集後記でも触れたダミアン・ルイスといい、ジュード・ロウといい、アダム・クーパーといい、竹野内豊といい、1971年生まれの男は豊作なのか?!
彼は、現在ブレイク仕掛けってところの俳優さんで、元は舞台出身らしいです。声もいいですよ。ちなみに現在確認可能な出演映画は、「メラニーは行く」「ビューティフル・マインド」「ハルク」など。ちなみに現在付き合っている彼女は、あのサルマ・ハエックらすぃ・・・・(力汗)。あのダイナマイトボデーのラテンウーマンとどこに接点があるか多いに謎だ・・・。
どう頑張っても二人のツーショットが想像できない国沢なのでぇ~有ります(鳥肌実風)。

[国沢]

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