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act.47

 街で評判のシーフード・レストラン「サボー」の入口にマックスが到着すると、十分後にレイチェルが走りながら現れた。
「ごめん、待った?」
「どうしたんだよ。タクシーに乗ってこなかったのかい?」
 レイチェルは「だって・・・」と言った後、大きく深呼吸をした。
「ラッシュに引っかかっちゃったのよ。おまけにタクシーの運転手はこっちへ来たばかりのプエルトリコ人でざ。道知らないんだもの。途中で放ってきてやったわよ」
 いかにもレイチェルらしい話に、マックスは思わず吹き出してしまう。新年ハート家に帰った時以来、そういえばレイチェルとはしばらく会っていなかった。だがレイチェルはいつだって生き生きとしている。それが眩しい。
「さ、入りましょうよ。もうお腹ぺこぺこ」
 レイチェルも久々に従弟と会えたことでほっとしているのか、タクシーの件があったわりには上機嫌でマックスの腕を取り、青い絨毯が引かれたサボーのエントランスを歩いた。
 長身の身体を漆黒のコートに身を包んだ、美しい容姿の青年と本皮製の赤いタイトなシルエットのショートコートに光沢のある黒いブーツを履いた年上と思しき女性のカップルは、他の客や店員などの目を引いた。
 大柄な体躯の店員がレイチェルのコートを彼女から抜き取る間、マックスは素早く自分でコートを脱ぎ、クロークに預けた。未だに、背後から他人に手を出されるのは嫌な気分になる。
 庭に面した席に案内され、二人ともビールを頼んだ。テーブルの上には大きめのテーブルクロスと油紙が既に敷かれており、店員がカニの甲羅を叩いて潰す小さなハンマーとナプキンを二つテーブルに運んできた。直にビールも来る。カニは少し多めに頼んだ。二人ともハラペコだったからだ。
 まずはビールで乾杯する。二人ともグラスを使わず、ビンから直接喉にビールを流し込んだ。
「あー!おいしい!!」
 そのスタイリッシュな服装とはかけ離れた大きな声で、レイチェルが叫ぶ。隣の中年夫婦がぎょっとしてマックス達のテーブルを見た。当然レイチェルはそんな視線など気にしない。さっさとビールを空けてしまうと、カニが来る前に二本目のビールを頼んだ。その飲みっぷりに触発されてか、マックスも早々に二本目を頼む。すきっ腹にいきなり立て続けに飲んだせいか、カニが来る頃には二人ともケタケタと笑い転げていた。
「デスク(編集長)の馬鹿野郎!」
 レイチェルが開口一番そう叫んで、親の仇とばかりに赤く茹で上げられたカニをハンマーで叩き砕く。その様子を見て、マックスが派手に噴出した。
「笑ってないで、あなたもやりなさいよ。早く!」
「いや~、俺は別に殴りたいようなヤツいないから~」
「何よ、いいこちゃんぶる気?!」
 レイチェルがマックスを睨みながら、再度ハンマーを振り下ろす。顔に派手に甲羅の破片が飛んで、「分かった! 分かったよ!」と悲鳴を上げた。
 マックスは籠からカニをおもむろに取り出すと、「今朝、地下鉄で俺の足を踏んでおいて平気な顔してたおばさん! 思い知れ!!」と叫びながらカニに狙いをつけてハンマーを振り下ろす。
「イエス、マックス! その調子よ!」
 ビンビールを煽りながらレイチェルが歓声を上げる。
「最近、家のポストから新聞抜き取るヤツ! 地獄に落ちろ!!」
 ガコン!!
「先週医務室で俺を押し倒そうとしたマーガレット・テート! 本気で怖いからもうやめてくれ!!」
 ガコン!!
「一方的に告白されたって、こっちは困るんだよ! マーク・ミゲル!!」
 ガコン!!
「それから・・・」
「ちょっ、ちょっと待って」
「何?」
 顔にカニの甲羅を貼付けながらキョトンとした顔でレイチェルを見るマックスを、レイチェルがいやに真面目な顔をして見ていた。
「何よ、それ」
「え?」
「最後の、マーク・ミゲル。マーク・ミゲルって、あのマーク・ミゲル? それとも、同姓同名のマーク・ミゲル?」
「あれ? レイチェルには言ってなかったっけ?」
「聞いてないわよ、何にも」
 レイチェルの声には凄みがあった。
 そういえば、新年始めにハート家に帰って以来、レイチェルとはまともに会っていなかった。レイチェルも忙しかったし、マックスの身にも色々なことがあった。
「多分、レイチェルの言っているマーク・ミゲルだと思うよ。今日取材を受けたんだ」
「なんですって?」
「誤解しないで、会社の頼みなんだ。例の爆破事件からミラーズ社の株価も落ちていて、イメージ回復が・・・」
「そんなことはどうでもいいのよ!」
 レイチェルがビール瓶をテーブルの上に乱暴に置く。周りの客がぎょっとした顔で見た。
「あんた、告白されたって言わなかった? 今」
 マックスは、「あ」と口を開けたきり、先が続かなくなった。
「この間まで、あのブラックなジェントルマンに逆上せ上がっていたと思ったら、もう既に他の男に言い寄られてんの? あんた!」
「いや、俺は別に・・・」
「何やってんのよぉ、もう! お兄さん! ビール追加!!」
 ウエイターがビールを一本持って来る。それを捕まえてレイチェルが毒を吐いた。
「二本持ってきなさいよ、二本!!」
「レ、レイチェル、落ち着けって」
「落ち着け?! あんたはいっつもそうよ!」
 ガコン!!
 殴られるカニも可哀想である。
「マーク・ミゲルがゲイだってことは誰だって知ってることだけど、その彼が何であんたなんかに・・・」
 レイチェルはそう言いながら、マックスを上から下まで見る。
 スマートな身体にフィットしたスーツ。すらりとした脚、アルコールで少し赤くなった首元、深いエメラルド色の大きな瞳、輝くばかりのダークブロンド・・・。
「・・・ダメだこりゃ」
 レイチェルはビールをラッパのみする。
「誤解しないでくれよ、レイチェル。俺は別に彼と付き合う気なんて、さらっさらないんだから。いくらあんなにハンサムな男だって、ダメだよ。俺は、男と付き合うなんてできない。基本的に」
 レイチェルは、もしゃもしゃとカニを頬張りながら、目を細めてマックスを見る。
「じゃ、アンタ、ミスター・ブラックは諦めたって訳?」
 そう訊かれた途端、マックスはカニの脚に齧り付いたまま、カニのように耳まで真っ赤に赤面させる。それを見て、レイチェルが天を仰ぐ。
「嘘でしょう・・・。ほんっとに分かりやすいヤツ。それで? 彼は優しい?」
 マックスは、ビールをガバガバと飲みながら「そんなこと訊くなよ」とそっぽを向く。
「セックスとかしてんの?」
「やめろよ!」
 ムキになって怒るマックスを見て、レイチェルがケタケタと笑う。
「今年一番の冗句だわ。このネタで1年間は笑える」
「レイチェル!!」
「はぁ~・・・、アンタがねぇ。前は自分にちょっかい出そうとした男を自慢の拳で殴り倒していた男よ。ホント、信じられない。で? うまくいってんの?」
 マックスは少し間を空けた後、「うん」と一言言った。レイチェルがそんなマックスをじっと見つめる。彼女は、急に穏やかな顔つきをして、「そう。よかったわね・・・」と言った。
「ありがとう・・・」
 マックスも静かにそう答えた。


 数十分後、マックスはレイチェルに連れられて、ダウンタウンのバーに来ていた。
 まるですし詰めのような店内。店中男女の歓声で沸きあがっている。どうやらレイチェルの行きつけの店らしいが、マックスがそこを訪れたのは初めてだった。
 冬場だというのに、店内は熱気に満ち溢れている。ふたりともすぐコートを脱がなければならないほどの熱さだった。
「なんだい、ここ!」
「え? 聞こえない!!」
 そう叫ぶレイチェルに腕を引かれ、人込みを掻き分けながらカウンターの隅まで辿り着く。
 カウンターの中では、4人の背の高いセクシーな美女達が華麗な手さばきで酒をグラスに注いでいる。女のバーテンがいる店は珍しくないが、バーテン全員が女という店は珍しい。
「ヘイ! ヨゥ! メリンダ!!」
 レイチェルがカウンターから身を乗り出してブルネットのバーテンに声をかける。
「レイチェル! しばらく見ないと思ったら! くたばってた訳じゃないんだ!」
「その台詞、そっくりアンタに返すわよ! それより、ここは何の店?! こっちは喉が渇いてるのよ!」
「オーケー、なんにする?」
 メリンダと呼ばれたバーテンが、ビールをグラスに注ぎながら笑顔を浮かべる。
「ショットガン2つ!」
「了解」
 バーテンとレイチェルの会話にも目を丸くしていたマックスだが、レイチェルの注文した飲み物に顔を青くした。
「レイチェル! テキーラだなんて、ダメだよ!」
「何言ってんの?」
 カウンターの上を滑ってくる細長いグラスを手馴れた手つきで2つ受け取ると、グラスのひとつをマックスに押し付けた。
「アンタがしけた顔してるから連れてきてやったのよ」
 レイチェルが、いきおいよくグラスをカウンターに叩きつける。泡だった透明の酒を彼女は一気に煽った。
「何を悩んでいるのかは、深く訊かない。アンタが自分から話すまでね。でも、だったら、付き合いなさいよ、これくらい。ハッピーになれるわよ。ほら、飲んで!」
 マックスは渋々グラスをカウンターに叩きつけて、一気に飲み干した。案の定、酷く咳き込む。
「ダメだ、ダメだよ、レイチェル。喉が焼けそうだ。すみません、水いただけますか?」
 ブルネットのバーテンが、華やかでセクシーな笑顔を浮かべ近寄ってくる。
「残念ながら、この店で水を頼むと、ああなるのよ」
 バーテンが指差した先を見ると、ホースで水をぶっ掛けられている客がいる。
「・・・」
 口をあんぐりあけるマックスのネクタイを掴んで、バーテンが言う。
「でもアナタはレイチェルが連れてきた男としては上出来。洗練されたスーツに、セクシーなブロンド。濁りのないエメラルドグリーンの瞳。差し詰め、テキーラも飲めない世間知らずの純情お坊ちゃまってところかしら? ウ~、おいしそう」
 そう言って舌なめずりされる。
「だから特別これで許してあげる」
 次の瞬間には、氷のたくさん入ったバケツを頭から被っていた。
 マックスの周りで歓声が上がる。冷たさですくみ上がるマックスを見て、レイチェルが一番笑い転げている。
「さて、どうする?」
 ブルネットのバーテンにそう訊かれ、マックスは鼻の下を垂れる水を手で拭い払うと、
「ショットガン。4つ」
 と獰猛な目つきで答えた。バーテンが、嬉しそうに手を叩く。
「気に入った」
 マックスとレイチェルとバーテン・メリンダの3人でテキーラショットガンを決め、歓声を上げる。
 ジュークボックスからダンサブルな曲が掛かる。あっという間にマックスは、ネクタイをつかまれ、カウンターの上に引き上げられた。
 メリンダがマイク片手に怒鳴る。
「ダンスタイムよ」
 店中歓声が上がる。
「レイチェル!!」
 マックスは目を白黒させながら、従姉に助けを求める。
「ヘイ、お兄さん、名前なんていうの?」
 メリンダのよく上がる脚で腰を軽く弾かれる。
「マ、マックス・ローズ」
「職業は?」
「・・・ホント、ダンスはダメだ。踊れない、勘弁してくれ・・・」
「職業は?」
「医者よ!!」
 レイチェルが声を上げる。
「ウ~!」
 メリンダが口を突き出す。
「ヘイ! レディース!! 今日はサービス・デーよ! 若くてピチピチしたお医者さんのセクシーなダンスが拝めるわ! ミスター・ローズに拍手を!!」
 黄色い歓声が上がる。マックスの頭が真っ白になっている間に、他のバーテン達も混じってカウンターの上でくるくると回された。
「簡単なステップよ! 私を見て!」
 メリンダが長い足を器用に動かして軽快なステップを踏む。
「マックス! 頑張って!!」
 レイチェルが声援を送る。
 ええい、どうにでもなれ。
 メリンダのステップを真似してステップを踏んでみる。意外と簡単だ。店内中大きな歓声に包まれる。
 気づけばネクタイを抜き取られ、ジャケットとシャツを剥がされていた。
 湧き上がる歓声、リズム。あんなに滅入っていた気分もいつしか忘れていた。 レイチェルは、多分分かっていたのだろう。何もかも。
「マックス! アンタ最高よ!!」
 マックスが拳を振り上げてレイチェルの声援に応える。
 曲が終わる頃には、店内中マックスの名前が繰り返し叫ばれていた。

 

Amazing grace act.47 end.

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編集後記

今週は、ちょっと息抜きみたいな回になってしましました(笑)。ここんとこ、ずっと暗かったからねぇ・・・。というころで、今夜の行きつけバーは、映画「コヨーテ・アグリー」に出てくるバー(その名もコヨーテ・アグリーなんだけど)のような雰囲気に仕上げてみました。(つーか、そのまんまか?) マックスをあのバーの高いカウンターの上に上げたかったんだよう。そしてオークションなんかにかけちゃいたかったんだよう。でもオークションの方は、ウォレスおじさんに怒られそうなので書けませんでした(汗)。でもま、(上半身)裸踊りで許してもらって(しかし、前の日におじさんとの熱い時間を過ごしておきながら、この男は自覚がないね・・・。キスマークは大丈夫だったんでしょうか?)。
久々に乙女から外れて、「強気」マックスが戻って参りました。弱そうに見えて、実は強気っつーキャラですからね、彼は(笑)。ビジュアルは、キップ君でいってください。(ドリブン、まだレンタルできない~~~~~~~。ダークエンジェルで我慢するか・・・)

[国沢]

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