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act.144

 狭いダクトの中を這いずり、ウォレスとセスの二人は一つ目のトラップまで辿り着いた。
 ウォレスが壁際に身を寄せると、後ろを這いずっていたセスがウォレスの横に身体をねじ込んだ。その苦しさに、互いに顔を併せウップと息を吐き出す。
「バカでかくて、すみません」
 セスが申し訳なさそうに謝る。
「ま、本来なら、ここは大の男二人並んで這いずるような場所じゃないからね」
 ウォレスがゴホンと咳払いをして返した。
「しかし、これは・・・」
 セスが仕掛けの作りを覗き込む。
「一見すると単純そうですけどね」
 赤い発光ダイオードの光と釣り糸。
「確かに、見た目は単純だ。だが相手がニールソンの場合は、解除しようとすると少々やっかいなことになる・・・」
 ウォレスは厨房から持ってきたビニール袋から薄手のナイフを取り出し、その先を力ずくでL字に曲げると、発光ダイオードが仕掛けられた小さなボックスの上の壁際にガムテープでしっかりと固定した。
 ナイフが上手いこと赤い光を反射することによって、身体をその先に進めることができるようになる。
 ウォレスは、上部に仕掛けられた釣り糸を切らないように細心の注意を払いながら、仰向けの状態で爆弾が仕掛けられた向こう側まで身体を這わせた。手で、セスに爆弾本体のボックスに近づくよう合図をする。
 セスが頭を低くしてボックスに顔を近づけると、ウォレスが胸ポケットに入っているナイフで、ボックスをこじ開けた。
 幾重もの配線が美しくレイアウトされた爆弾の心臓部が露わになる。
 昔よく見た光景に、ウォレスは少し心の中にさざ波が立つのを感じた。一方セスは、その芸術的な作りに、溜息をもらす。
「そう、これ、これですよ。この爆弾には、知性を感じる。だから俺は言ったんだ・・・。ドースン事件の爆弾は作り手が違うって」
 ウォレスはちらりとセスを見た。
「やはり君は爆弾処理の仕事が天職なんだな・・・。爆弾のことをよく知る人間であればあるほど、どういう立場の人間でもニールソンの才能に魅了されていく」
 セスがぎくりと表情を堅くした。ウォレスは、そんなセスを見てふっと優しげな微笑みを浮かべる。
「私も過去、そういう人間の一人だったのだよ。君だけじゃない。奴の魅力に溺れる危険性を前もって知っているだけ、君はまだましさ」
 セスは、ウォレスの瞳にもの悲しげな色を見つけ、思わず「すみません」と謝った。だがウォレスは「何を謝る必要があるんだね」と聞き流した。
「さてセス、君ならどう解除する?」
 セスが身を乗り出した。
 釣り糸から爆弾本体まで伸びる幾筋もの配線、ハンダ付けされたポイントの数々・・・。
 セスは、腰のポケットからカッターを取り出し、刃を仕舞ったまま、配線を指した。
「一見するとこの赤い配線が起爆に関するコードのように見えますが、実はこれが囮で、この青い方が本線です。・・・・どうです?」
 セスがウォレスを見やる。
「流石だな。90%正解。だが、殆どの人間は、最後の10%が見破れなくて命を落とす」
 ウォレスは、ナイフで配線をかき分けると、奥に隠れているようにある白いカバーが掛けられてある線を少し引き出した。
「二本あるんだ。ニールソンは必ず二本の起爆線を作る。これを同時に解除しなければ駄目なんだ」
 セスが、細く長い息を吐き出す。その息はかすかに震えていた。
「見かけをシンプルに作っているが故に、皆陥る罠なんだ。私だって、ニールソンの懐に入れて貰えたお陰で知り得た知識だよ」
 セスは眉間に皺を寄せた。
「これほどまでの才能がありながら、なぜ奴はあなたに固執するんです? これほどの男なら、一人でなんでもできたはずだろうに」
 しばらくの無言が続き、ウォレスは無表情のまま語り始めた。
「ニールソンは、自分が作ったものによって死を迎える人々の、まさにその瞬間に立ち会うことができない人間だった。彼が爆弾という方法に傾倒していったのも、当時の時代背景が影響していることもあるが、死の場面に自分が対面しなくてもいい方法だったからだ。彼は、人々が苦しむ様を想像することは好きだった。だが、実際にそれに対峙する勇気はなかった。だが私は・・・」
 再びの沈黙の後、ウォレスはふっと悲しい笑みを浮かべる。
「子供ながらの残酷さを持ち合わせていたせいか、人の死に対して何も動じることがなかったのだよ。己の手で人を死に追いやることを平気で行った。そして、自分の死に対しても恐れたりすることはなかった。私は、ニールソンに教育されたにも関わらず、その点だけは彼を凌駕していた。あの頃の私は、友人の死を目の当たりにしてからというもの、何も感じることができない人間になってしまっていた。その生に対する執着のなさが、強さを生んだ。それは、ニールソンが手に入れることのできなかった力だったのだろう。・・・だがそれも、遠い過去の話だ。今の私は・・・死ぬことが怖い」
 ウォレスが不安げな表情でセスを見ると、セスは唇を噛みしめ、もう一度「すみません」と謝った。そしてすぐに柔らかい笑みを浮かべると、
「さっさと片づけちゃいましょう。仕掛けが分かれば、俺にもカットができる。・・・必ず、救い出しましょう。あなたの大切なものを」
 と言った。ウォレスは静かに「ありがとう」と囁いた。


 事態の処理に右往左往していた作戦本部の中に、突如異質なノイズ音が一斉に響いた。
 その場にいた全員が動きを止め、自分が身につけている警察無線機に目を遣った。
『聞こえるか? こちらの要求をこれから言う』
 意外なところから犯人が接触してきたことに、作戦本部は再び色めき立った。
 陣頭指揮を取っている警察署長が、側にいた特殊班班長である警部を小突いて警察無線機を持ってこさせる。
「皆、静かにしろ!! 余計なことをするな!! おい! お前らも外の連中に手持ちの無線機の周波数を変えろと伝えるんだ! 取引の話がどこかしこに筒抜けなっちまうぞ!」
 特殊班班長の指示に各隊の小隊長が、蟻が散っていくように部屋を出ていく。
 周囲が静かになるのを見計らって、署長は無線機の応対スイッチを押した。
「あ~、聞こえるかね? こちらはC市警のトラヴィズだが・・・」
 無線の向こうから、けたたましい笑い声が聞こえてきた。
『おっと、署長自らのお出ましか・・・』
「きっとキングストンです」
 特殊班班長が、署長の前にキングストンの顔写真と経歴のファイルを広げる。
「あ~、君はキングストンか? 今どこにいる?」
 しばらくガーガーとノイズが続き、
『俺のいる場所は、あんたらが一番よく知ってるんだろう? ブラインドを透かせば、狙撃手が狙ってるって手はずになってるはずだ』
 署長と特殊班班長は顔を見合わせる。
「あ~、よく分かった。で、人質は無事かね?」
『無事も無事。俺は基本的に善人なんだ。未だ誰も殺してない。まだ、誰も。唯一犠牲になったのは、あんた達のお仲間じゃないかね?』
 その台詞に、署長が派手に顔を顰めた。「これから殺すつもりはあるってことか・・・」と誰かが呟く。
「なかなか手強そうな奴ですね・・・」
 特殊班班長の台詞に、署長は一瞥を向けた。
「虚勢を張っておるだけだ」
 署長は再び無線機に向き直ると、「要求はなんだね」と話しかけた。
 またしばらくのノイズの後、『社長は来ているか?』と返事があった。
「いや、まだミスター・ミラーズは現場に到着していない。こちらには向かっているようだが、何分遠方にいるとのことで・・・」
『またどっかの無人島にでも行って、釣りでもしてたのか。まったくおめでたいことだ』
「何だね? ミスター・ミラーズがいないと駄目なのかね?」
『ああ、そうだ。早く来させろ。30分以内にだ。警察なんだ。それぐらいできるだろう』
「よければ、要求内容を教えてくれないか。内容によっては、ミスター・ミラーズも準備が必要だろう」
 しばらくの沈黙の後、『そうか。そうだな』と相手が同意した。
『パスワードと鍵を持ってこいと伝えろ』
 作戦本部がざわめく。
「パスワード? なんのパスワードだ?」
『アンタが知る必要はないし、どうせ社長から聞けば分かることだろ? 鍵はどうせ、あのオヤジが肌身離さず持っている筈だ。30分経って返事がなかったら、人質を一人ずつ殺す。社長が来るまで、1分刻みにな。人質はいくらでもいるんだ。一時間遅れても、材料には事欠かない』
 確かに、それだけの人数が建物の中に閉じこめられているのだから、余計真実みがあった。その場にいた誰もが、嫌悪感に顔を歪ませた。
 通信が切れた後、特殊班班長が署長の顔を覗き込んだ。
「どうします? ミスター・ミラーズは確かにこちらに向かっていますが、30分以内に到着するかどうかは分かりませんよ・・・」
 署長は鼻を鳴らす。
「もとより当てにはしておらんよ。ここに乗り込まれた方がやっかいだ。ミスター・ミラーズには事情を説明して、パスワードが何であるかと鍵の在処を聞くんだ。要求が分かった以上、時間稼ぎはいくらだってできる」
 そう言って署長は笑みを浮かべた。

 

Amazing grace act.144 end.

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編集後記

昨日はすびばせんですた(滝汗)。
サイト改装に夢中になりすぎて、本来の定期更新をぶっちぎってしまいました(汗汗)。本日、なんとか更新です。
心機一転は、動物シリーズで攻めてみました。主なページは動物の写真をバックに使ってます。ただ、リンクのページは、皆様の旅立ちをイメージして、気球にしたんですけども。「良い出逢いがありますように~」という気持ちで、国沢お見送りの心を気球に込めました(笑)。
そろそろアメグレも佳境に入り、新作の準備をしなきゃなぁと思っている今日この頃、思いはあるけど行動に繋がらない国沢(脂汗)。
国沢の執筆パターンからすると、書き始めると案外早く書き上げるんですが、書き始めるまでが長い。酷いのいになると、熟成期間5年越えるっていう話もあったな・・・(他ならぬ『神様~』なんですが) 寝かし過ぎだっちゅーの。
熟成させている間に国沢がしている事と言えば、音楽聴いたり、キャラクターのルックスモデルになりそうな人を捜したりして、ひたすら自分を盛り上げてます(笑)。小説を書きたいと思うきっかけは、結構些細な、でもせっぱ詰まった思いから始まるんですけど、それを形にするには持続力が必要で、その為には書き始めたいなと思った時の気持ちを忘れないようにしながらしながら、自分を盛り上げないといけないという(汗)。
・・・・。
やっぱ遅筆だよな。おいら。
毎回こんなことしてるんだもんな。
で、アメグレがなんでこんなに長くなっているのかというと、ケツが全く見えない状態で見切り発車しちゃったからです(どぼん)。
ま、確かに触覚も魚屋も、最後が見えずに書いてたのは本当だったんですが、アメグレは、書き進んでいる間に膨らみ過ぎちゃった(汗)。や、でもきちんと終わらせようと硬い決心をしているので、尻切れトンボにだけはしません!!!(と自分に言い聞かせてたりするんだよなぁ~)

[国沢]

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