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act.49

 マックスの部屋は、相変わらず質素だ。ドアを入るとすぐに居間がある。不造作に置かれたカウチの上には、昨夜脱ぎ散らかしたと思われるコートとジャケットが散らばっていた。
 よく見ると、寝室に繋がる短い廊下に、点々と服が脱ぎ残されている。靴、靴下、ズボン、シャツ・・・といった具合に。昨夜寝床に入る前のマックスの様子が目に浮かぶようだ。
 ウォレスは軽く首を横に振ると、マックスの脱ぎ散らかした洋服を拾いつつ、寝室に向かった。少し酒の匂いがする。ひょっとしたらマックスも昨夜の雨に降られたのかもしれない。服は少し湿っていた。
 しかし、散々な有様だ。
 仕事面についてはバカがつくほど真面目で几帳面なマックスの意外な一面が、ウォレスにとっては微笑ましかった。
 ウォレスは、左腕にかけたズボンについている埃を静かに叩き落としながら、寝室のドアを開ける。室内には、昨夜からかけっぱなしのヒーターがカタカタと音をたてていて、室内は春先の陽気のように暖かかった。
 ウォレスは、寝室に入ってドアを閉め、目線をベッドに向けた途端、思わず息を呑んだ。
 軽く傾けられたブラインドの隙間から、生まれたばかりの初々しい朝の光が差し込み、ベッドの上で安らかな寝息を立てているマックスを桃色に照らし出している。
 マックスは、服を脱いだ格好のままベッドに倒れ込んで眠ったらしい。文字どおり、生まれたばかりの光に、生まれたばかりの姿を晒していた。
 ウォレスに背を向け眠るマックスの裸体は、朝焼けのせいで黄金色に輝いていた。
 広くて滑らかな白い背中。天使の羽のように大きな肩胛骨が淡い陰をつくっている。腰から臀部はなだらかなカーブを描いており、肩の向こうには何の不安もなく眠るマックスの横顔がある。穏やかに閉じられた睫毛は、彼の柔らかな髪と同様に金色で、ピンクに染まった頬に陰を落としていた。
 白く美しい無垢な姿。身体はもう十分成熟した青年のそれだったが、幼い頃の彼の寝顔はおそらく天使のようだったろう。
 朝焼けの神秘的な光に照らし出された質素な室内に、ひっそりと横たわる彼の姿は、まるで一枚の絵画だった。それも、世界でただ一人、ウォレスだけが見つめることのできる傑作・・・。
 ウォレスは、側のライティングデスクにマックスの服を置くと、ゆっくりとした足どりで、ベッドの回りを歩いてウォレスの寝姿を見つめた。
「・・・きれいだ・・・とても・・・」
 ウォレスは知らない間に、そう呟いていた。マックスの姿を見つめているだけで、生き返った気がした。マックスの柔らかな寝息に触れるだけで、たまらなく安らかな気持ちになって、ウォレスはふいに鼻の奥がツンとなるのを感じた。迂闊にも、もう少しで涙が溢れそうになった。ウォレスは顔の前で両手を併せ、祈るように長い溜息をついた。
 ここには、すべてがある。ウォレスが求めて止まなかった癒しの魂がある。
「・・・愛している・・・。心から」
 ウォレスはベッドに腰掛け、囁くように呟いて、マックスの頬にかかった長めの前髪を指でそっと掻き上げてやった。
 マックスの頬がぴくりと震える。やがて、うっすらと瞼が開いて、あの翡翠色の瞳が現れた。
 ぼんやりとした顔つきで、自分の頬を撫でるウォレスの指を見つめ、それを辿り、やがて腕の先に穏やかに微笑むウォレスの顔を見つけた途端、マックスは2、3度瞬きを繰り返した。
「・・・ジム・・・?」
 酷く掠れた声でマックスが呟く。どうやら昨夜は、酒を飲んでいたらしい。
「どうして・・・・」
「起こして、すまない。どうしても、顔が見たくなって。・・・それにしても、いくらヒーターをかけてあるからといって、そんな格好で寝ていては風邪をひく」
 ウォレスにそう言われて、マックスの脳味噌はやっと本気で目を覚ましたらしい。自分の今の格好を見やって、ベッドから跳ね起きる。その拍子にウォレスは床に投げ出され、尻餅をついた。
「大丈夫ですか?!」
 ベッドの上から慌てて手を差し出すマックス。ウォレスは、腰をさすりながら顔を上げ、目を細めた。ウォレスの視線の先に気がつき、マックスは顔を赤らめながら毛布で下半身を被った。
「昨夜、飲み過ぎてしまって・・・」
 舌が回らない口で、何度もどもりながらマックスは言った。何とかその場を取り繕おうと、彼は幾度となく寝乱れた髪を撫で上げる。ウォレスは、そんなマックスを深い愛情のこもった瞳で見つめた。
「すみません・・・ジム。ガウンを・・・取っていただけますか?」
 ベッドの脇に立ち上がるウォレスを上目使いに見ながら、マックスが言う。ウォレスは、ライティングデスクの服の山の下敷きになっている濃紺のガウンを取ると、ベッドの傍らに腰掛けた。ガウンを取ろうとするマックスの手を逃れるかのように、ガウンを遠ざける。マックスは、そんなウォレスに戸惑いの目線を送った。
 ウォレスは、マックスの顔に自分の顔を近づけると、囁くようにこう言った。
「昨夜は、親切で若く魅力的な女性とここで甘い一時を過ごしたのではないのか?」
マックスの右頬に熱烈なキスマークの跡を2つも見つけたためか、ウォレスは少し意地悪そうに眉間に皺を寄せる。キスマークに気づいていないマックスは、その台詞に酷く傷ついた顔を見せた。
「そんな・・・。あなたより魅力的な人なんて・・・」
 ウォレスは、マックスのその台詞とその表情に満足した微笑みを浮かべた。
「ガウンと引き替えだ」
 ウォレスは、小さな声でそう囁いて、マックスの唇を塞いだ。
「ん・・・」
 その性急で深い口づけに、マックスが緩く鼻を鳴らす。
 キスは、永遠に続くかと思われるほど長く続いた。軽く唇を合わせたり、相手の唇に歯を立てたり、舌でなぞったり、ウォレスが唇を引けばマックスの舌がそれを追い、マックスの舌が逃げると、ウォレスが大胆にマックスの舌を撫で上げた。
 唇を放し、熱い吐息を吐いた後、ウォレスが呟く。
「ガウンが・・・まだ欲しいかい?」
 熱く潤んだ翡翠色の瞳が、瞬いた。
「・・・・俺は・・・、あなたが欲しい・・・」
 これ以上にない幸福な気分を、ウォレスは味わっていた。
 ウォレスは、マックスの小鼻に自分の小鼻を擦り付ける。マックスは、ウォレスの新たな口づけを受けながら、ウォレスのコートを脱がしにかかった。そのコートが冷たく湿っているのを感じて、マックスは驚いたように手を離した。
「コートが湿ってる・・・。濡れたんですか? 昨夜の雨に・・・」
「ああ、少し」
 小首を傾げて自嘲気味に微笑むウォレスに、今度はマックスが眉を顰めた。マックスが、ウォレスの頬を手で被う。
「冷たい・・・。冷え切ってるじゃないですか。あなたの方こそ風邪をひいてしまう。早く濡れた服を脱いで」
「言われなくても、そうするよ」
 マックスが再び顔を赤らめる。ウォレスは自分の服を脱ぎ去りながら、そんなマックスをベッドに押し倒した。マックスの温かい体温が、ウォレスの凍えた身体を癒していく。
 ウォレスは、マックスを身体の下に組敷きながら、マックスを見つめた。
「・・・どうして欲しい?」
 あの独特の深みのあるハスキーな声が、熱く呟く。マックスは、夢のような心地になって、愛する人を見つめ返した。
「あなたがしてくれることなら・・・、どんなことだって」
 ウォレスが、鼻を鳴らして笑う。
「最後までするのは、まだ慣れないくせに。今日の仕事がどうなっても知らないぞ」
「・・・大丈夫。俺、痛みには強いですから」
 明らかにやせ我慢ととれる台詞が、逆にウォレスの心を温めた。決してマックスの前で口にすることはなかったが、そんな彼がたまらなくいとおしかった。
 随分遠くまで来てしまったとウォレスは思う。何せマックスは、ついこの間まで、男同士が肌を合わせることを想像することすらないような男だったのだ。
「・・・あ・・・」
 ウォレスが耳たぶを甘噛みするごとに、熱い吐息を漏らすマックス。
 ウォレスは、この天使の瞳を持つ男を決して失いたくないと、切実にそう思った。


 けたたましく目覚し時計が鳴る。
 マックスはズキズキ痛むこめかみを抑えつつ、慌てて目覚まし時計のスイッチを叩いた。
 時計は7時にセットしてある。
 ふと数時間前のことを思い出して、マックスはガバリと身体を起こした。ベッドの傍らに目をやる。そこにいるはずのウォレスの姿はない。シーツに残るウォレスが横たわった跡とみられる皺に手を置いた。冷たい。
 マックスはベッドから抜け出しガウンを羽織ると、裸足のまま寝室を出た。
「ジム?」
 キッチンから洗面所、バス、トイレ。どこにもウォレスはいない。
 もう一度寝室に戻ってみると、ライティングデスクの上にメモが置いてあった。 『すまん、先に出る。ありがとう』と丁寧な字で書かれてあった。
 マックスはメモを持ったままベッドに座り、溜息をつく。
 ウォレスは決して、マックスと夜を明かすことがない。マックスは未だにウォレスの寝顔すら見たことがないのだ。朝早くのことだったとはいえ、・・・いや、それならなおさら一緒に朝を迎えてもよかったはずだ。
 今朝は時間的には短かったにも関わらず、ウォレスはマックスの身体を丁寧に扱った。そのお陰で、今もさほど痛みを感じていなかった。まるで何かに縋るように、マックスの全身に柔らかな口付けを落としてくれた。あの時は、一瞬でもウォレスの心の奥底に近づけたように思ったのだが・・・。
 自分といても、気が休まらないのかな・・・。
 また不安の虫が出てきて、嫌な気分になった。こんなのはダメだ。俺らしくない、と思った。
 マックスは軽く頭を横に振ると、昨夜バーで踊った曲を口ずさみながら、ブラインドを上げる。雨は昨夜のうちに上がっていて、空気がいつもより澄んでいる。気持ちがいい。今朝は寒さも緩いようだ。
「さぁ、今日も一日頑張るか!!」
 叫んだと同時に、こめかみを抑える。
 ズキズキ痛む頭を抑えながら、「頑張るけど、大声出すのはやめよう」と呟いた。
 頭をマッサージしながら玄関に向かう。またもマックスは溜息をつかねばならなかった。
 新聞がない。今朝の分。昨夜の分も抜き取られていた。
「まったく、どこのどいつなんだか・・・。あ~~~、もう!」
 髪をぐしゃぐしゃと掻き毟り、マックスは益々大きな声で歌を歌った。そしてすぐにその場に蹲る。それも仕方のないことだ。大声はやめようと言った側から、自分で自分を攻撃しているのだから。

 

Amazing grace act.49 end.

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編集後記

すんませ~ん。メール配信の願い適わず(汗)。
国沢、本日偏頭痛で討ち死にで~す。明日雨でも降るのかなぁ・・・。久々に帰ってきました脳髄ヒットマンって感じっす・・・(涙)。思えば、大学の卒業制作(国沢は、美術・工芸系の大学を卒業しております)の時によんでもないのにデビューを果たしてくれた「脳髄ヒットマン」。ひどい時には、金槌で誰か頭殴ってんのかよ?おい?ってな具合だったんですけど(その時、初めてCTスキャンなるものを経験。ちょっとSFチックで楽しかった)、社会人になってからは、たま~の来訪になっておりました。ここしばらくは音沙汰もなく、国沢もほっとしていたのですが、「旧友は、忘れた頃にやってくる。(よんでもないのにね)」です。いやぁっほぅ~~!!

そういう訳でというかなんというか。
本日の更新、ちょっと短くなっちゃいましたかね?(汗)
まぁ・・・ラブラブなんでね? 許してもらって?
いつもはマックスの方が比較的にセッパツマノスケなんですけど、今回は、意外にウォレスおじさんの方が、切羽詰ってるのかもしれない・・・この恋愛に関しては・・・・。とか思ってしまいました。彼の場合は、表面にでてこないだけで。(マックスに面と向かって「愛してる」とか言わないくせにネェ・・・)
またなんだか国沢、重たぁ~い話に自ら飛び込んでますよね。本当に。この先本当にどうなるのかしらん・・・???

それよりも。皆さん、ご覧になりました?「ドリブン」。
ご覧になってない方は、ぜひぜひ見てくださいね。(この際スタローンには目を瞑っていただいて)
ああ・・・。キップ君、可愛すぎ・・・(力)。ファンの方には怒られそうですが、今や完全に国沢の頭の中には、あと数年年輪を重ねたキップ君=マックス・ローズという図式が出来上がっております。ああ、生のマックスだわ~。くそ~、あと難を言えば、瞳がグリーンで(キップ君はブルー)、額がもう少し狭かったら(笑)。(←ダメよ、国沢!頭のいい人は額も広いんだから!!!) 国沢、不気味に妄想大魔人・・・。

[国沢]

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