act.123
「突然押し掛けてすまない」
ウォレスのオフィスにセスが姿を現したのは、電話があって程なくしてのことだった。
どうやらセスは署の外から電話をかけてきたらしい。
セスは、デスクの前にしつらえてあるソファーに座ると大きく溜息をついた。
「いやぁ、社内の様子。すっかり様変わりしていてびっくりしたよ」
セスが胸元にぶら下げてある来客者用のIDカードをちらつかせて言った。
「社長の計らいなんだ。俺やウォレスをニールソンの手から守るために」
セスの向かいに腰掛けたマックスが、背後でデスクに身体を凭れさせているウォレスを返り見ながら言った。
「途中何度もチェックポイントがあって閉口するけど、警備上ではかなり安全性が高いね。帰りに社内を見学させて貰ってもいいかい」
「ああ、構わないよ。警備に伝えておこう」
セスの申し出にウォレスが直ぐ返事を返す。そんな二人に挟まれて、マックスが焦れた。
「それで・・・。肝心のことは・・・?」
「あ? ああ。そうだったな」
セスは照れくさそうに頭を掻くと、再び肩で大きく息を吐いた。
「ジムが見た指輪っていうのは・・・」
「これと同じものだ。正確には、サイズが違うのだが・・・」
ウォレスが自分の薬指からゴールドの指輪を外し、セスの目の前に置く。セスがそれを手に取る。
「もっとこれより小さいんですよね」
「ああ。一応女性用の筈だから」
「ふむ」
セスが指輪を翳す。指輪の内側には、確かにウォレスの前の名前アレクシスという名前とリーナという名前が刻まれている。
「これが被害者の小指に填ったら、目立つよなぁ」
セスは唸り声を上げた。
「本当になかったのかい? 指輪」
マックスが身を乗り出す。セスは顔をしかめた。
「ああ。刑事課の人間にも聞いて、その後モルグにも顔を出してみた。被害者が身につけている遺留品について一番最初にタッチするのが司法解剖の時だから。でも担当医師にそれを尋ねても指輪はなかった、と」
ウォレスは、眉間をギュッと指で摘む仕草を見せた。
自分が見たのは、やはり幻だったのか・・・?
今更ながら、記憶の価値がぐらついてくる。
「・・・ジム・・・」
マックスが心配そうにウォレスを見上げた。
ウォレスは深呼吸を一つすると「すまない」とセスに詫びた。
「どうやら私の見間違えだったのかもしれない。忙しいのにわざわざ調べて貰って・・・。手役をかけたね」
「・・・いや」
セスは首を横に振った。
「いろんな可能性がありますから。少し探ってみます。遺体を運んだ救急隊員にまだ話を訊いていないし、この時期ローレンスが殺害されること自体危険な香りを感じますから」
マックスの表情が哀しげに沈む。
マックス自身ローレンスにまともに会ったことがないが・・・何せ初めて顔を会わせた時、マックスは酷い泥酔状態だった・・・マックスの身体を気遣ってお水を出してくれた優しい人だ。それに、マックスが知らない頃からずっとウォレスを陰ながら支えていてくれた人でもある。
「捜査チームは、本当に強盗の線しか考えてないの?」
「まぁな」
セスが口惜しそうに呟く。
「もはや署の中で俺の意見を聞いてくれる刑事はいないから」
警察署の中で縄張り争いをしたって無意味なのにな・・・とセスが愚痴る。
「ローレンスの事件については、セスには悪いが私の友人も調べにかかってくれているんだ。その友人もアイルランドからの繋がりで、裏の世界では顔が利く。特に移民系の人間については強い。もし強盗だとしたら、あの地区は移民系のギャング団が幅を利かせているので直ぐに分かるだろう」
ウォレスが淡々と言った。
マックスはそれを複雑な思いで聞いていた。
今でこそウォレスはこうして冷静な顔つきをしているが、昨夜は本当に辛そうな表情をしていた。セックスを終えてから共にベッドに横になった後も眠れない様子で、夜中気づけば隣にウォレスの姿はなかった。
二階の階段口からそっと下を伺うと、どこからともなく密やかな泣き声が聞こえてきて、マックスは静かにベッドに戻った。朝方やっとベッドに帰ってきたウォレスの身体からは少しウィスキーの香りがして、マックスの身体にそっと腕を回してきたウォレスの手をマックスはぎゅっと握ることしかできなかった。
立場上、ローレンスとの関係を表沙汰にできないウォレスは、ローレンスの葬儀にも参列すらできないだろう。それを思うと切なくて仕方がなかった。
「ジムの機動力を少しは警察に分けて貰いたいよ。いつも事件解決の先取りをされているようだ」
セスがおどけた仕草でそう言って立ち上がった。
「じゃ、何かあったらまた連絡します」
「セス、頼むな」
マックスが不安げな声でそう返すと、長身のセスはマックスを見下ろしながらにっこり笑って、心配するなと肩を叩いた。
「じゃ、ちょっと会社の中を見学させて貰います」
「ああ。君の持っているIDでは一部入れないところもあるけれど」
「構いません。ざっと見るだけですから」
ウォレスが警備室に連絡してセスのことを伝えるのを確認した後、セスはウォレスのオフィスを後にした。
丁度その頃、セント・ポール総合病院のERでは、マックスの友人マイク・モーガン医師が勤務開けの時間を迎えようとしていた。
何だかんだで一昨日から自宅に帰れていないマイクだったので、喜び勇んで帰り支度をしているところだった。
「マイク! またホットコールがあったの。ちょっと手伝ってくれない?!」
同僚の女性医師がノックもなく更衣室の扉を開ける。その時パンツ一枚の格好だったマイクが「何だよ、いきなり!!」と怒鳴ると、「別にアンタのパンツ見たって飛び上がらないわよ。それより早く来てちょうだい!パンツの上に白衣引っかけただけでいいから!」とやり返された。
まったく、ここにいるとノーマルな感覚を失うよ。
マイクは再度モスグリーンの制服を着込むと更衣室を出た。
ああ、またメアリーに謝らなきゃ・・・。
内心ヒヤヒヤしながら、マイクは救急車止まりで患者の到着を待つ。
けたたましいサイレンを鳴らしながら救急車が入ってくる。
後ろの扉から飛び出してきたのは、食事の準備中に倒れたという老婆と救急車の中で応急処置をしていた馴染みの女性救命士だった。
「心拍停止です! 搬送中、ずっと心臓マッサージを行ってきました」
女性救命士は両手でなおも心臓マッサージを繰り返しながら叫んだ。マイクが老女の胸元を覗き込む。そしてあれ?と思った。
救命士の左手。人差し指にシンプルだが美しい金の指輪が光っていた。
「あれ? 彼氏からのプレゼント?」
マイクがそう声を掛けると、女性救命士は顔を真っ赤にして「そんなんじゃないですよ。自分で買ったんです」と言った。
マイクは心臓マッサージを取って代わりながら、「や、まるで結婚指輪みたいだったからさ、まさかと思って」と呟いた。
いつもあまり男の影を見せたことがない救急隊員だったので、意外に思ったからだ。
「じゃ、後お願いしますね」
ストレッチャーを処置室に運び込んだ後、その女性救命士はウキウキした動作でマイクの視界から消えていった。
Amazing grace act.123 end.
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編集後記
ごめんなさい、今週ちょっと短くなっちゃいました。
貧血開けの国沢です(笑)。
ああ、パソコンのマウスが壊れて非常に面倒くさい事になってます・・・(汗)。幸い国沢のパソコンはノート型なのでタッチパネルがあるから基本的にパソコン操作はマウスなしでも出来るんですけど、やっぱり面倒くさい・・・。う~。早く新しいマウス買ってこなくっちゃ。
ところで、本日更新と共に国沢的に非常に重大な発表をさせていただいたわけですが(詳しくはnew topicの『三十路+1・まさかまさかの誕生日プレゼントかよ!?大発表!!+しっかりと告知もします』のテキスト参照)、内心凄くビビッて、今更ながらにどうしよう・・・と恐れ戦いています。取り敢えず、次もし書くとしたら短編ね、とメールで言われてしまったので、ゆる~く笑みが浮かんだりして(大汗)。理由は皆さんご存じですよね。アメグレ123話を読んでくださっている皆さんは特に!!!
・・・。
嗚呼、神様・・・。身体の脂肪はもう取れなくってもいいです!文章の贅肉を取ってください・・・!!(涙←これ切実)
[国沢]
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