act.41
まずは物事を整理しなくてはならない。
ドースンは、床の上に広げているメモ用紙やパソコンからプリントアウトした資料を眺め、そう思った。
ハロルドの家で、頭を殴られたぐらいの衝撃を与えられたドースンは、ブルネットのダンサーのテレフォン・ナンバーを書いたメモと引き換えに手に入れたデータを持って、自宅に帰っていた。データの必要な箇所をプリントアウトする必要があったからだ。
家にはデスクトップ型のIBMとプリンターがある。
新聞社には、妻の具合が悪いから休むと連絡をした。このクソ忙しい時期にと編集長にはぼやかれたが、ドーソンの妻の状態を知っている彼は、休みの届けを受諾して電話を切った。
本当言うと、妻が帰ってくるまではまだ時間があった。ドーソンは計算ずくだった。
今は、とにかく自分の日頃のルーチンワークも妻のアルコール依存症も、構っている暇はないのだ。
ドーソンは、ついに掴んでしまった大きな秘密に、興奮を隠し切れなかった。
だが、その秘密が大きいものほど、冷静に対処しなくてはならない。勇み足は、必ず落とし穴に落ちるものなのだ。これまで記者としてやってきた経験上、それはよくわかっていた。
どこから整理しよう・・・。
ドースンは親指の爪を齧りながらしばらく考え、ふいに思いついたように、大きな方眼用紙を床に広げた。
まずは、事件だ。
ことの起こりは、トレント橋の爆破事件。
床の上に散らばるメモの中から、トレント橋の事件に関わるメモを探し出して、セロテープで方眼紙に貼っていく。 『11月9日午後5時24分。事件発生。犯人の意図なのか、爆弾の威力自体は橋を破壊するに十分なものだったが、仕掛けられた位置のせいで橋の破壊までには至らなかった。だがこの爆発により、橋の上で35台の玉突き事故が発生、47人の市民に重軽傷者が出る。幸い死者は出なかった』
メモの下には、『プロの仕業』というコメントの後に大きな『?』マークが入れられてある。
「それから・・・」
ドーソンは、その近くにピンクのポストイットに書かれたメモを貼り付けた。
こう書かれてある。
『爆弾事件の10分後。シンシア・ウォレスのひき逃げ事件発生』
ドーソンはそのメモにつなげて、新たなメモを貼り付けた。
『ひき逃げ事件の犯人=ステッグマイヤー』
ドーソンは黒のサインペンの蓋を歯で噛み開けると、その蓋を床に向かって吹き飛ばした。
メモの周りに直接書き込む。
ステッグマイヤーの名前の右側に『→』と付け加えて、ウォレスに恨みを持つ者と書く。その上に小さく、ストラス社とミラーズ社の契約問題と書き込んだ。
そしてステッグマイヤーの名前の下に大きな『↓』を書くと、『次の被害者』と大きく書いて、丸く囲んだ。
ドーソンは蓋を開けたままペンを置き、事件の詳細が書き込まれたメモを貼り付ける。
『12月3日午後3時丁度。第二の事件発生。ミラーズ社の前に停車してあった車に仕掛けられていた爆弾が爆発。車に乗っていたステッグマイヤーが死亡。ほぼ即死の状態だった。・・・明らかな殺意』
ドーソンは再びペンを取ると、事件の詳細を書いた二つのメモを線で結び、その線に引き出し線をつけて『同一の犯人』と書いた。そして今度は、そこからステッグマイヤーに矢印を向けて、『恨み?』と書き込む。その横に、『シンシアの事故を目撃している?』と書いた。
それからドーソンは、『同一の犯人』から引き出し線をつけて、欄外に『犯人像』とタイトルを書いた。その下に、思いつくままの言葉を書き連ねる。
大胆。乱暴。粗雑。残忍。爆弾が爆発することに対する喜び。ミラーズ社に対して特別な感情がある。
ドーソンは少し考え込んで、『ミラーズ社』を二重線で消して、その上に『ジム・ウォレス』と書き記した。
カリカリと再び爪を噛んで、チャート図の反対側にある空欄に『ジム・ウォレス』と書いて、丸で囲んだ。その隣に書いた『アイリッシュバーの店主=元IRAの活動家』も丸で囲んで円同志を結ぶ。その線に沿うように『濃密な関係がある? IRAがらみ?』と書く。
そしてドーソンは再び犯人像の欄に目を戻し、次の項目を書き加えた。
・・・爆弾制作の知識。IRAのテロリストとの関係。
『IRA』という単語に二重丸をつけ、ジム・ウォレスの円に結びつけた。そしてその下に、最も重要と思われる人間の名を書き記す。
ジェイク・二ールソン。
ドーソンは、先ほどプリントアウトしたモノクロームの写真を手に取る。
若いながらも、北国の厳しい寒さに晒され続けた岩のように厳しい男の顔。
その目は薄い色で、それが余計に冷たい氷を連想させる。まさしくその目は、子供でさえも残忍に殺してしまえた男の持つ残忍さが滲み出ていた。
この強い光を宿す瞳を持った若い戦士が、いつから金の亡者へと変貌してしまったのだろう。周囲では、自由を勝ち取るための戦いが続き、多くの犠牲者が出た。だがそれは、自分たちが正義だと信じる強い信念があったからこそなしえたことなのだろう。それなのに、この男は・・・。
今回もそうなのだろうか。
金に目が眩んでの犯行なのか。
それにしても、あのミラーズ社が金を強請られるという噂は、まったく聞かない。それは、ステッグマイヤーの事件が発生する前も、後も、共に。いくら担当記者ではないとしても、現役の新聞記者の耳に噂話が入ってこないのだとすれば、やはり事実はなかったよいう方が濃厚だ。もとより、火のない所に煙は立たない。
だったら、なぜ・・・。
ドーソンは、もう一枚の写真を手にとって、ニールソンの写真と見比べた。
少年の写真。
活動写真や資料が極めて少ないその少年の名は、アレクシス・コナーズ。
ニールソンが活動をしていたグループの中にあって、腕のいい暗殺者として活動していた、とある。
写真は、学校のアルバムに載っていた随分と幼い顔写真だった。
おぼろげな彼の経歴から察するに、彼はこの写真が撮られた頃には既に人の命を奪うという、およそ少年には相応しくない経験をしていたはずだ。・・・頻繁に。
これはドーソンの推測になるのだが、このコナーズ少年は、賢い子供だったのだろう。だから村の中にあって、この村の男衆上げての活動に参加させられることになったのだ。事実、断片的な資料からは断言はできないものの、コナーズが関わりのある要人暗殺計画は数が多い。幼い子供が相手では、暗殺対象者側の警備も緩くかったのだろうか。だが、その油断した相手は、思慮深い目をし、脅威の殺人技術を体得した冷酷な殺し屋だったのだ。
子供ながらに物悲しそうな瞳。
見ているこちらの感情が揺さぶられるような、そんな瞳をして、この少年は当時何を考えていたのだろう・・・。
ドーソンは、その少年の写真をドーソンの写真の隣に貼付け、『ジム・ウォレス』と書き込み、その後にゆっくりと『?』マークを付け加えた。
憂い深い少年の瞳は、今でも変っていない・・・。
いつもの出社時間より遅れて、ウォレスはやや落ち着かない気分で、車を運転していた。
普段なら、ラッシュが発生する以前の時間に出社するのが常だったので、久々に車の永い列に紛れ込んでしまった。
恥ずかしながら、もう始業時間は過ぎている。
ウォレスは、自動車電話をハンズフリーの状態にして、秘書室に繋いだ。
まず遅れることに対して詫びた後、いつもの朝のミーティングのように、今日の社内の動きと問題について報告を受け、それに対しての適切な指示を次々と出していった。
「他に何か変った予定はあるかね」
『はい、ええと・・・』
ウォレスのアシスタントスタッフであるレベッカ・アンダーソンの声の向こうで、マウスをクリックする音が聞こえ、『本日、USパワー誌の記者が来社いたします。マックス・ローズ先生の取材のために。記者の方にお会いになられますか?』との答えが返ってきた。
ああ・・・、そうだ。そんなことを話していたな・・・。
ウォレスは、残業明けで会社からマックスの家に向かう道すがら、彼が口を尖らせて車の中でぼやいていたのを思い出していた。
『本当なら、俺なんて取材したって何も出てこやしないのに・・・』
マックスは未だに自分の医療ミスのせいで悲惨な事件に巻き込まれた少女を救えなかったことを酷く後悔しており、そのために自分のことを本当の医者として失格であると思い込んでいる節があった。
ウォレスにしてみれば、あれは事故だった訳で、あの事故がマックスの医者としてのキャリアをすべてゼロにしてしまうものだとは思っていなかった。
初めてマックスに出会った夜。
彼は自分のことを人殺しだと罵って涙を流した。
だが、彼は命を奪う人間ではなく、やはり救える人間なのだ。
本当の人殺しというのは・・・。
ふいに車の前に白髪の老人が飛び出してきた。
ウォレスは急ブレーキを踏む。
横断歩道でもなんでもない道路を強引に渡ろうとしてきた老人は、ブレーキの音で驚いたのか、その場に立ちすくみ、かっと目を見開いてウォレスの方を見つめたのだった。
その一瞬死を意識する背筋の凍るような瞳の色を見て、ウォレスは頭の中にフラッシュバックしては消えていく残像を消し去るようにぎゅっと目を瞑った。
たくさん見てきた。あんな瞳を。
数台の車が派手にクラクションを鳴らす。
『ミスター・ウォレス? どうしたんですか? 大丈夫ですか?』
レベッカにも緊迫感のある空気が音で伝わったのか、一向に返事を返してこない上司に呼びかける彼女の声は微妙に緊張していた。
「いや、なんでもない。・・・もう会社の近くまで来ている。残りの処理は、会社に到着してから行うようにするから、準備をしておいてくれ」
そう言って電話のスイッチを切る手が少し震えていた。
またもクラクションが鳴る。
ウォレスは、老人が道路を渡り終えるのを見届けてから、ゆっくりと車をスタートさせた。どうせ急いだって、すぐに車の列に詰まってしまうのだから、アクセルを踏む必要はない。
案の定、前方で風に揺れる信号が赤に変った。
腕時計で時間を確認し、小さな溜息をついて窓の外に目をやった。
今日は一際冷え込んでいるようだ。
朝、何気にシャワーを浴びてきてしまったので、少し身体が冷えている。
分厚いコートを羽織った人々が足早に歩道を歩いているのが見えた。
通りに面した店のガラス窓は下のほうから曇っていて、その中の様子は外とはガラリと違うほど温かそうであった。今日は皆がこぞってヒーターをつけているだろうから、消費される電力も相当なものになるだろう。
ふとウォレスの目が止まった。
とあるコーヒーショップの店先。窓際の二人掛けの小さな席に、彼の姿を見つけた。
マックス・ローズ。
この間、彼の家で熱い時間を過ごした時以来だった。
青年は、今日も美しい横顔の頬を少しピンク色に染めて、屈託のない笑みを浮かべている。30を目の前にして「純粋な」というのは些かおかしいのかもしれないが、彼の笑顔は濁りがない。それが彼の魅力そのものであった。
あれだけの容姿なら、それを奢り昂ぶっていてもおかしくはない。それなりの不敵な表情を浮かべても不思議はないだろう。または誰かに見出されていたって皆が納得するはずだ。
だが彼は、その自覚がまったくないのである。無頓着というか、鈍感と言うか。時に勝気で、時に素直なその性分は、両親から受け継いだものなのだろうか。
マックスの家族のことについては、まだ訊いた事がなかったのでよくは知らないが、きっと素晴らしいご両親なのだろう。
その人々のことを思うと、ウォレスは少し罪悪感に捕らわれた。
あの前途有望な若者を独占しているのが、40を目前とした男だなんて。
マックスと愛し合うことができたことに後悔はなかったが、彼の人生を思うとやはり心が痛む。ましてや自分は・・・。
信号が変わった。
しかし相変わらず道は混んでいて、とろとろと車は進む。
前の車との距離感を気にしながらも、コーヒーショップの店先を盗み見る。
またマックスが笑った。
相手の姿がやっと目に入る。
おや? と思った。
ウォレスは、相手の男の顔を見知っていた。だが相手は多分、ウォレスのことは知らないだろう。だが、彼を知っている殆どの人間がそのような調子のはずだ。
マックスの向かいに腰掛けて、彼と同様に大きな口をあけて笑っている男は、USパワー誌の若手人気記者、マーク・ミゲルだった。
こんなところで取材をうけているのだろうか? しかしそれにしても・・・。
ウォレスは目を凝らしてみた。
二人が話している様子は、およそ取材とは言い難い雰囲気だった。どちらかといえば、久しぶりに会った同級生が昔話に花を咲かせている、といった感じである。
ふいに前の車がスピードを上げた。
ウォレスは怪訝に思いながらも、車のアクセルを踏まねばならなかった。
Amazing grace act.41 end.
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編集後記
今回は、マジで書きたてほやほやです(汗)。読み返しも満足にできてないので、ちょんぼがあるかも~~~(汗汗)。
まるで国沢の頭の中を整理するがのごとき内容だった今回、いかがだったでしょう?(って、訊く事かい?)
でも、全然整理になってないような気もするが・・・。
ま、それはおいておいて。
国沢、本日またもや休日出勤で、とほほなのです。
また話の続きが書けないよ~。さすがに来週辺り、本気でやばいかも・・・。かもかも・・・。
小人さんか誰か、手伝ってくんないかな・・・。でもそんな時に限って出てくる小人さんって、身体が小さすぎてキーボード入力ができない! とか、パソコンが操れない! とか、酷いのになると、日本語自体が分かりません!ってことになるんだろうな~、きっと・・・。
なんせ魔法の国の住人だ・か・らv・・・。
・・・・。
いずれにしても。
不毛だな~~~~~~。
[国沢]
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