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nothing to lose title

act.44

 「お疲れ様でした」
 取材スタッフが上げた声に、マックスは夢から覚めたかのように瞬きを2回した。
「いいインタヴューが取れました。ありがとう」
 ミゲルが手を差し出してくる。
 マックスは、少々躊躇ったがここで握手を拒むのも不自然だったので、軽く握り返した。ミゲルもマックスの困惑振りを知ってのことか、それ以上執拗に握り返してこなかった。
「ミス・グッテンバーグ、これから社に戻って早速記事を起すようにします。記事は印刷に回す前に、一度こちらにもお見せしますので、また確認をお願いいできますか?」
 遠巻きに取材の様子を眺めていたキャサリンが、慌てて走り寄って来る。
「ええ、ええ、もちろん。こちらこそ無理を言って申し訳ないですわ。素晴らしい記事が届くことを祈ってます」
 ミゲルは眩い微笑を浮かべた。
「それが僕の商売ですから。安心してくださってかまいませんよ。それに今日はいい素材を得ましたから、僕の力でなくても素晴らしいものになるでしょう」
 二人のそんな会話を側で聞きながらも、マックスは正直、生きた心地がしなかった。
 何せ、何を訊かれ何を答えたのかろくに覚えていない。
 朝のミゲルの告白で、すっかり動揺してしまったマックスは、終始しどろもどろでそこをミゲルにさりげなくフォローしてもらったようなものだ。
 本当に情けない・・・。
 まさに穴があったら入りたいとは、このことだ。
「ミゲルさん、先に行ってます」
 カメラマンが先に中庭を出る。
「ローズさん。あとでこの洗顔料で顔を洗ってくださいね。あまり濃くはしてないから、すぐに落ちると思います」
 メークアップスタッフの女性に小さな袋に入ったクレンジングを渡されて、何となくまた情けない気分になった。 野次馬を引き連れながらぞろぞろと中庭を出ると、ミゲルに声をかけられた。
「本当はこれからディナーにも誘いたいところなんだけれど。これを文字に起さなきゃならないからね」
 インタビューの録音テープを翳して彼は言う。
「すみません・・・。なんか、ちゃんとできなくて」
 意外に勝気なところがあるマックスは、自分の失態が悔しくてたまらなかった。いくらミゲルの告白で動揺していたとはいえ、仕事人として失格だ。自分が何をしゃべったかも分からないなんて。
 ミゲルが笑う。
「その原因を作ったのは、この僕だからね。大丈夫、結構きちんと話していたから。意外に思うだろうけど、企業のトップでもうちのあのコーナーに取り上げられるのは結構緊張するらしくって、殆どの人が君のような状態に陥るんだよ。そこからうまく話を引き出すのがプロの記者というものだ」
 マックスは、自分達が立つ通路に人の影がまばらになったのを確認してから、言った。
「あの・・・。その件なんですけど」
「その件?」
「あの、朝の件」
「ああ。なんだろう」
「あなたには申し訳ないんですけど。俺には好きな人がいます。この間、やっと気持ちが通じて・・・」
 ミゲルが目を細めた。笑顔を浮かべたまま肩を竦める。
「そっか。それは残念だ。・・・でもゲイだからといって切り捨てる訳じゃないんだね。そこは嬉しいかな」
 そんな・・・とマックスは頭を掻く。
 ああ、そんなにじっと見つめないで欲しいな。酷く落ち着かない。自分も、こんな風にジムのことを見つめているのだろうか・・・。
 そう思って冷や汗を拭うマックスの視界に、黒いスーツの人影がよぎった。
「ミスター・ウォレス!」
 思わず大声を上げてしまった。
 廊下の端でウォレスが足を止める。
 マックスの方を返り見て静かに佇むウォレスは、左上から穏やかに差し込む日の光を受け、威厳に満ち溢れていた。素晴らしく美しい。マックスはそう思う。
 ウォレスは、マックスの側に立つミゲルに気がつくと、真っ直ぐミゲルの方に向かって歩いてきた。
「ミスター・ミゲルですね。初めまして、ベルナルド・ミラーズの秘書をやっております、ジム・ウォレスです」
「社長秘書? あなたが?」
 ミゲルが意外そうな表情をして見せた。ウォレスが、少し微笑む。
「ええ。そうです」
「何はともあれ、失礼しました。USパワー誌のマーク・ミゲルです」
 二人は、握手を交わす。
「取材はどうでしたか?」
 ミゲルは微笑んで2、3回頷いた。
「ええ。いい記事が書けそうです」
「そうですか。それはよかった。ミラーズも今回の件は大変楽しみにしておりますので、よろしくお願いいたします」
 隙のないウォレスの横顔を、マックスはじっと見詰めていた。何だか、泣きそうな気分になった。
「では、これで」
 ウォレスが、ミゲルに一礼する。そしてウォレスは、マックスにも会釈をすると二人の元を去って行った。その広い背中に縋りたくなる。社内だから恋人同士だと悟られるようなことは厳禁だということは十分に分かっていたが、たまらなく不安だった。せめて、自分の名を呼ぶ声を聞きたい。それは我儘だろうか・・・。
「・・・君の恋の相手は、なかなか凄い人物だね」
「え?!」
 マックスがミゲルを見る。ミゲルは、マックスと同様にウォレスの背中を見つめ続けながら言った。
「彼が社長秘書だなんて、正直驚くよ。どこかの大企業の社長として収まっていてもおかしくない雰囲気の持ち主だ。まさか、そんな人物が君の想い人だったとは」
 ミゲルが、マックスを見る。
「否定はできないよね? 彼を見つめる君の目を見ていてすぐに判ったよ。君は、意外に辛い恋をしているのかい?」
 マックスは、何と答えていいか分からなかった。ただ、口をパクパクとさせた。
 ミゲルは、そのマックスの腕を掴むと、自分の方にグッと引き寄せ、その耳元で呟いた。
「そうと分かったら、僕も少し考えるよ。フィールドは同じだからね。君に辛そうな顔は似合わない」
 思わず背筋がぞっとした。マックスがひきつった顔でミゲルを見ると、彼はすぐにマックスを解放し、「じゃ、また」と言ってウォレスが歩いていった反対側に向かって歩いていった。
 マックスは堅く目を瞑り、歯を食いしばった。
 足元がグラグラと揺れているようだ。不安でたまらない。
 マックスは、きびすを返して走り出した。その必死の顔つきに、すれ違う社員が驚きの顔でマックスを見た。
 廊下の角を曲がる。廊下の先にウォレスの背中が見える。
 ウォレスは、企画管理部のエドワード・バーンズと立ち話をしていた。
 マックスは彼らの脇を走り去る際にウォレスの腕を掴むと、あっという間に近くの男子トイレの個室にウォレスを引き込んで、彼の唇を奪った。
「・・・マ、マックス・・・」
 唇が離れた隙に戸惑いの声を上げるウォレスの唇を追い、再び塞ぐ。
 ウォレスの口内を探り、ウォレスの舌を執拗に吸った。貪るような口付けだった。
 一頻り口付けを交わし吐息をつくと、マックスはウォレスの胸元に額を擦りつけた。ウォレスが、肩で息をするマックスの背中を撫でる。
「一体・・・、どうしたんだ?」
 マックスの手が掻き乱したせいで、ウォレスの前髪が乱れ、額に下りている。
「・・・すみません・・・。すみません・・・」
 マックスはやっと呟いた。涙が溢れそうだった。
 ウォレスに顎を捉えられて、顔を起される。
「なぜそんな顔を? 言ってくれ」
 真摯な瞳に泣きそうな顔つきの自分が映っている。
「本当にごめんなさい。こんなこと、しちゃいけないって分かってるけど・・・」
「あやまってばかりじゃ分からない。どうしてしちゃいけないだなんて思う」
 え・・・と思っているうちに、今度はウォレスが口付けを与えてくれた。マックスの口付けとは違い、静かで、だが情熱的な大人の口付けだった。
「あの記者に何か嫌なことでも言われたのか?」
 怪訝そうに自分を見つめるウォレスに、マックスは緩く首を振った。
「じゃ、どうしたんだ?」
「それが・・・」
 しかしマックスはその先を続けられなかった。なぜか言葉が出てこなかった。
「マックス?」
 ウォレスの美しい瑠璃色の瞳が自分を見つめている。マックスはウォレスを抱きしめた。 自分をなるだけ落ち着けて、最後にウォレスの耳に呟いた。
「あなたを愛している・・・」

 

Amazing grace act.44 end.

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編集後記

お引越し一発目の更新でございます。皆様、心機一転よろしくお願いしますね。
国沢といえば、新年から結局初詣に出かけただけで新サイトのページを作るのに終始したお正月でした(汗)。年賀状も書いてないまだ(大汗)。
自分でも恐ろしいほどの集中力(?!)。サイトを開くとこうも人格が変るものか。
それはさておき、先日の触覚に引き続き、アメグレでもキスシーンになってしまいました(笑)。あはは。新年モードだからでしょうか?あはは。ウォレスおじさん、思わずびびってましたが。あはは。それよりも、突然ウォレスを強奪させたバーンズさんは、どのように思ったんでしょうね。あはは。

何はともあれ、今後ともよろしくお願いいたします!

[国沢]

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