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nothing to lose title

act.77

 ウォレスが次に向った先は、ミラーズ社だった。
 行く道中、ウォレスはスーツの胸元を探った。そこで初めて己の携帯電話をどこかでなくしてしまっていることに気がついた。
 恐らく、病院で倒れた時だろうか・・・。
 だかしかし、あそこにマックスが入院している限り、自分が再びあの病院を訪れることはない。そう心に誓ったのだ。
 そのことを思い浮かべると、再び胸の奥が痛んだ。
 車窓を流れて行くいつもの街並みが、じんわりと少しだけ滲んだ。
 ついつい心根が弱くなってしまう。
 マックスのことを考えると、自分は・・・。
「・・・パパ・・・」
 助手席から娘のか細い声がした。
「パパ、大丈夫?」
 ウォレスは、深い悲しみに包まれた娘の顔を見つけると、慌てて目元を擦って少し微笑んだ。
 それから後は、気まずい沈黙が流れた。
 だがそこには色々な感情が詰め込まれた重い沈黙であった。
 ウォレスは、いつになく性急なハンドル捌きでミラーズ社の地下駐車場に車を入れた。
 駐車場の入口で警察の人間に止められ、チェックされた。
 昨日のマックスの事件を受け、ミラーズ社の警備は更に厳しいものとなっていた。
 ウォレスはそれを見越して、シンシアをここへ連れてきたのだ。
 ウォレスはシンシアを連れて、裏の入口から会社のロビーに入った。
 案の定、ロビーにも制服警官の姿が多数見られ、取引先のサラリーマン達もやや緊張気味にミラーズ社を訪れているような有様だった。
 ウォレスは、その様子を渋い顔で見つめる。
「先に私の部屋に行って待っていなさい」
 シンシアをエレベーターに乗せた後、ウォレスは再度ロビーを見渡した。
 そんなウォレスの目に、ミラーズ社の社員の姿が入ってきた。
 ミラーズ社の社員は、そんな客を出迎える度に丁重に頭を下げ、事情を端的に正しく隠さず説明し、通常業務へと引き継いでいた。
 そんな様子を見て、ウォレスは少しホッとする。
 少なくとも、ミラーズ社の社員達は過剰に動揺することなく、冷静に対処しているように見えた。
 時刻はまだお昼前だったが、どうやらベルナルドや契約のために会社を離れていた会社首脳陣達は、もう会社に戻ってくることができたらしい。
 ロビーの片隅で佇むウォレスの姿を目ざとく見つけた人間がいる。
 警備員のサイズだった。
 サイズは、所定の場所から文字通り飛んでくると、不精髭面のウォレスを見て、改めて彼は息をのんだ。
 彼の顔は、みるみる不安で歪んだ。
「あああ、あの、あの、今朝、俺、病院に行ったんですけど、けど、親族の方じゃないから、面会はできないって言われて・・・。あの、あの、ウォレスさんは、先生のところに・・・?」
 緊張のためなのか、不安のためなのか、酷くどもった口調でサイズは言った。
「あああ、朝の朝礼では、まだ意識が回復してないって言ってて・・・・」
 ウォレスは、彼もまたマックスのを心底心配してくれている温かな人間であることを感じた。
 ウォレスはサイズの肩に手を置くと、「今病院から帰ってきたところだ。彼の意識は戻ったよ。大丈夫だ」と伝えた。サイズの顔がみるみる明るくなる。
「よかった・・・。先生って、ほんっとにドジなところがあるからさぁ・・・っ」
 サイズはそこまで言ってから、オイオイと泣き始めた。辺り憚らない泣き声に、ウォレスは慌てて彼を客の目が届かないところまで連れて行った。
 ウォレスは再度肩を叩くと、エレベーターに乗った。
 最上階で下りると、ウォレスは真っ直ぐ社長室に向った。
 コンコンとノックをすると、「どなた?」とエリザベス・カーターの声がした。
「ウォレスだ」
 直ちにドアが開いた。
「まぁ、ジム・・・」
 カーターは、ウォレスの姿を見て戸惑った顔をして見せた。自分の直属のボスがそこまで疲労困憊した顔を、彼女は見たことがなかった。
「ベルナルドは・・・社長は?」
 カーターは更に広くドアを開けた。
「社長はずっとあなたをお待ちになっているわ。携帯に電話をしたんだけど、繋がらなくて・・・」
「すまない。ちょっと病院においてきてしまったらしい。申し訳ない」
「そう・・・。今朝、警察の方が来られてました。いつかの刑事さんが。これから病院に行くって言ってたわ。きっとあなたと入れ違いね。彼、意識を取り戻したんでしょう?」
 社長室前にある社長付秘書室に入りながら、カーターは話した。
「ついさきほど病院から連絡がありました。丁度これから社員の皆に知らせるところです。今朝、各部署の朝礼で現在の状況を知らせておいたから、皆心配しているの。ローズ先生のことを」
 カーターは控えめにウォレスを見ると、「意識が回復して、本当によかった・・・。よかったですわね、ジム」と結んだ。どうやら彼女も、いつだったかマックスがレストランで起した騒動を間に受けているのか・・・(といっても間に受けている人間の方が少ないのだが)。
 ウォレスがどう答えていいか、考えあぐねていると、カーターはそんなウォレスを残して社長室のドアをノックした。
「社長、ジムが」
「ああ、待っていたよ。早く入るように言いなさい」
 ウォレスは乱れた髪を手グシで整えると、深々と一礼をして中に入った。
 室内には、窓際の社長椅子に座るベルナルドの他に副社長のスミスもいた。
「ジム、大変だったようだな」
 ウォレスの顔色を見て、スミスがソファーから立ち上がり、ウォレスを出迎えた。
「今、ローズ君の意識が無事回復した知らせを受けた。それで君は大丈夫なのか。・・・およそ大丈夫には見えないが・・・」
 ウォレスは表情を和らげた。「大丈夫だ」と静かに答えた。
「まさか君がそこまでローズ君と親しいとは思っていなかった。昨日、突然パーティー会場から姿を消したんで驚いたよ。事情は社長から聞いたが・・・」
 スミスがどこまで知ったのか、彼の表情や社長の様子からは推し量ることができなかったが、今はそんなことを心配している段階ではなかった。
 もはや今では、マックスの人生から自分は身を引く決心をしたのだから。
「本当に申し訳ありませんでした。何から、何まで。ローズ君は、本当にもう大丈夫です。しばらく入院しなければならないとは思いますが、意識はもうはっきりとしています。あの分だと、普通の食事もじき取れるようになるでしょう」
 ベルナルドは表情を和らげた。
「そうかね。それを聞いて本当に安心したよ。病院からの連絡だけでは心もとなくてね。まぁ、座りたまえ。君も疲れただろう」
 ベルナルドの声を聞いて、ソファーに座るようにスミスがウォレスを促したが、ウォレスの手はやんわりとそれを断わった。
「社長。折り入ってご相談したいことが・・・」
 スミスがベルナルドとウォレスを見比べる。
 ベルナルドは、ウォレスの表情から何かを読み取ったらしい。
「すまない、スミス君。席を外してもらえるかね。今後の対応については、また午後にでもミーティングの時間を取ろう。スケジュールは大丈夫かね」
「ええ、もちろんです、社長。それまでに、広報部と相談してマスコミに対応するようにしておきます。よろしいですか」
「マスコミ処理については、私より君達の方がプロだ。すべて任せるよ」
 スミスは一礼すると、ウォレスの肩を優しく叩いて部屋を後にした。
 ベルナルドは、社長椅子から立ち上がると手前のソファーに腰掛けた。
「座りたまえ。腰を据えて話した方がよさそうだ」
 ウォレスは一礼をすると、ベルナルドの前に腰を下ろした。
「・・・社長、こんなお願いを社長に申し上げるのはあんまりかとも思うのですが・・・」
 ウォレスは、静かに話を切り出したのだった・・・。

 

Amazing grace act.77 end.

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編集後記

ごめんなさい。折角10万ヒットを迎えた最初の更新日だというのに、今回短くなっちゃいました(涙)。
言い訳をさせてもらうと、本日久々の休日出勤だったことと、とある事情で今パソコンが両親の部屋に移動しているのがその原因です(大汗)。
そう、つまり、国沢、現在このホモ話を、親がいる同じ部屋で書きつづけなければならないという非常事態に置かれているんです(滝汗)。
ちなみに今現在のBGMは、ズバリ「親のイビキ」。
それはもう合唱です。サラウンドです。両側からガンガンきてます。
でも国沢の気持ち的には、「合唱」っていうより「合掌」って感じです。(勿論、己に対しての言葉)。
ああ、何故ゆえによりにもよって30をむかえて、親の前で心臓バクバクいわしながらホモ話を書かねばならないのか・・・(脂汗)。
いくら自分で始めたこととはいえ、少々涙ぐんでしまう国沢です。(いや、涙ぐんだのは「五郎」さんのせいか・・・)
ホント言うと、明日に更新を延ばそうかとも思ったのですが、明日は明日で、女・国沢、30歳記念の大儀式が控えているもので、時間がなさそう・・・ということで、内容不足ながらの本日更新となってしまいました。
ごめんなさい。
大儀式については、後日ご報告したします。
あ、そうそう、10万ヒッツ記念のお知らせも近いうちいたしますので、「適度に」期待して待っていてください。
ではでは。
食べる前に飲む!!!(←この宣伝、物凄く好きでした・・・・。未だに物まねをさせてもらってます・・・)

[国沢]

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