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nothing to lose title

act.43

 1983年、冬。
 あの冬は、取り分け寒さが厳しかったように思う。 いや、それは、寒さが身に沁みるようなことを強制的にされていたからかもしれない。

  「しばらくそこで、大人しく頭を冷やしているんだな」
 両手を拘束されたまま、無造作に部屋の中に放り込まれた。
 暖房も何もない部屋。酷く寒い。
 ガランとした広い部屋は、チェーンソウやら木材をカットする回転盤付きの大きな機械やらが物寂しく並んでいた。どれも錆び付いていて、もう何年もそれらはそこにあることを悟った。
 多分、ここはジェイク達グループの隠れ家に違いなかった。
 目隠しをされてここまでここまで連行されてきたが、足元からする音は、枯れ葉を踏みしめるような音で、空気の匂いは濃い木々の香りがしていた。
 小さなこの建物に入る前に、目隠しを取られ放り込まれたのだが、そこは恐らく随分昔に放棄された林業関係者の作業小屋に違いなかった。
 なんとか背伸びをして煤けた窓から外を覗くと、この作業小屋の他にレンガ造りの母屋と崩れかけの納屋が見えた。
 この作業小屋の前には、若い見張りが二人立っている。
 リーナと赤ん坊は、恐らく母屋に連れて行かれたに違いない。そこで軟禁されているのか。
 ジェイクの興味は、完全に俺を組織に戻すことにあり、リーナを俺から引き離してしまえば、それは容易にできると思っていたらしい。
 少しして、男が作業小屋に入ってきた。アパートでリーナを拘束したあの男だ。若いが、酷く冷酷な瞳をした男。どことなく俺を連想させる・・・。
 男は、頑丈そうな木製の椅子を手にしていた。それは、俺からいかなる抵抗を奪う為のものだった。
「伝説の暗殺マシンも大したことはない」
 男は、建物内部の脱出路を探そうとしていた俺の髪の毛を掴むと、そこら中引き回し、腹部を膝蹴りした。
「うぅっ!」
 身体を二つ折りした俺を椅子に叩き付けると、両手両足を椅子に括りつけてしまった。隙のない頑丈な縛り方だった。
 男は、俺の前にしゃがみこむと、首を傾げて苦しみに歪む俺の顔を見つめた。
「お前のことは、ジェイクから吐くほど聞かされてきた。ことあるごとに・・・そう俺がヘマをした度に。いつもいつもお前と比べられていたよ。はっきり言って、腹が立っているんだ。・・・ジェイクは、お前を復活させようと思っているようだが・・・、俺はそうかな? そう思っていると思うか?」
 話の内容は随分と感情的だったが、その口ぶりは何の抑揚もない冷たいものだった。
「どうなんだよ」
 何も答えない俺の頬を叩く。
 俺は男を睨んだ。男は笑う。
「いいね。そういう目は好きだ。痛めつけ甲斐がある」
 ふいにドアがノックされた。表から声がする。
「ロイ! 食事の時間だ! そいつを置いといて母屋に帰れよ」
 ロイと呼ばれた殺し屋は、「やれやれ」と溜息をつくと、表の若い見張りと交代した。
 俺に対する拷問が始まったのは、翌日からだった。
 ジェイクが小屋にやってきて、「俺の元に戻れ。また一緒に活動すると言えば、解放してやろう」と言った。
 そんなことを俺に言っても無駄だった。もはや俺の心は完全にジェイクの元を去っていた。
 無駄な殺戮。金品の強奪。時には、無抵抗の女子供をも標的にした。
 それのどこに大儀があるというのか。
 ただの殺戮者でしかない。
 そんな人生を歩めというのか。
 俺の心には神もいる。幼い頃に亡くなった父が、そんなことを望んでいたというのか・・・。
 島に残してきた家族・・・母や姉は十分分かってくれている。俺がリーナと連れ立って逃げ出したあの夜。二度と息子には会えないと悟った母親は、「お前はいつまでも私の誇りよ」と言って、家の中のなけなしの蓄えを持たせてくれた。結婚をして村の外に出ていた上の姉には会うことはできなかったが、下の姉には別れを告げることができた。自分が、もしこの村に戻ってくることがあるとすれば、恐らく俺は死んでいるだろうと。
 俺は死を覚悟していた。
 元のあの血なまぐさい正義も何もない世界に戻るくらいなら、死んだ方がましだった。
 だが、相手はそんなことを見通していた。俺が自ら死を選ばないように、細心の注意を払った。そのくせ、背筋が凍るような拷問を俺に加えた。肉体は殺さないが、俺の精神を殺してやろうという魂胆が伺えた。
 どうしてそこまでして、ジェイクは俺なんかに拘るのか。自分の妹と共に逃げたためか。それとも、幼い頃から隣同志で暮らし、共に育ったことからくる執着なのか。
 最初は、グループの若い者達に代わる代わる殴られた。身体中痣だらけになり、顔はぶよぶよに腫れ上がった。血反吐を何度も吐き、急所を蹴られ気を失うこともしばしばあった。痛さと恐怖のために失禁すると(膀胱部分を強烈に殴られると、自然とそういうことになる)、決まって俺は裸に剥かれ、外の水場で水をぶっ掛けられた。気温が氷点下を下回ることもある。いてつくようなに冷たい水だったが、湯気が上がった。
 最初は水を除け様としてもがいたとしても、急激に体温が下がるにつれ、身体は動かなくなる。歯は楽器のように一定のリズムでガチガチと鳴り、寒さのあまり身体から流れ出していた血も凍りついた。
 俺が気を失いかけると髪の毛を掴まれ、元の小屋に戻された。
 あいつらは、ご丁寧に俺の身体をきれいに拭い、厚手の服と毛布で俺を包むと、ストーブの前に俺を転がした。彼らの目的は、より過酷に俺を責め立てることにあり、殺すことが目的ではなかった。
 目的こそ違え、その手口は心底憎んでいたブラック・アンド・タンズ(イギリス治安警察補助部隊)とそう変らない。むしろ彼らより非情だった。
 身体のあちこちに焼き鏝を押し付けられる頃には、俺の精神はボロボロになっていた。何度も殺してくれと懇願した。
 俺が食べ物を受け付けなくなると(といっても口が腫れ上がっていたから、固形物が口の中に入れられなかったが)、奴らは生きるのに最低限必要な養分を点滴した。ジェイクのやり口は、隊の若い連中をも顔を歪ませるようなえげつないものだった。
 数日の間、拷問を続けて、それでも俺が首を縦に振らないと分かると、ジェイクの方にも余裕がなくなって、次第にヒステリックになって行った。
 もはや肉体的な戦いは終結を迎え、ジェイクとの精神的な戦いにスライドしていた。
 ある夜。ついにジェイクは泣いた。「どうして俺を拒絶するんだ」と悲鳴のような声を上げるジェイクに終いには犯された。
「お前は俺のものなんだ! なぜそれが分からない!!」
 ジェイクの熱い肉体が身体の中を痛めつける間、俺の意識は朦朧としていた。大分血を失い慢性の貧血状態にあったので、よく分からなかった。ジェイクの行いは乱暴で、再び俺の身体は傷ついた。
 だが、ジェイクに犯されることよりも辛かったのは、あの冷徹な殺し屋ロイにレイプされることだった。
 ロイは歪んだ愛情をジェイクに対して抱いていた。ジェイクが俺に向ける感情と同じくらい熱い思いを、あの冷たい仮面の下に隠していた。
 当然、ジェイクに手が出せる訳はなく、ジェイクが夜毎俺を犯していたことを知っていたので、ロイはその複雑な嫉妬心を俺に向けた。
 ジェイクが隠れ家から出かけるタイミングを見計らって、ロイは作業小屋に姿を見せた。
 ロイはある意味ジェイクより頭がよかった。ジェイクは、様々な計画を立てること、グループのリーダーとして采配を振るうことには天才的な才能を発揮していたが、俺のことになると、まったく愚かなひとりの男に成り下がった。
 だがロイはそうではない。
 俺がどうすればより苦しむのかをロイは分かっていた。
 ロイの手口は、俺の最後のプライドを打ち砕くものだった。
 ロイは俺を感じさせ、イカせた。何度も何度も。
 こんな異常な状況下にあって、それでも昂奮してしまう自分がどうしても許せなかった。そして俺の精神は、完全に壊れた。
 そのことにジェイクが気づいたのは、間もなくのことだった。
 傷ついた俺の身体に、見覚えのない跡が残っていたからだ。そして俺の身体にも俺自身の名残が残っていた。
 ジェイクは狂った。
 片っ端から、若い連中を殴り倒した。
 そしてロイがそうだと分かると、ロイを引きずりまわし痛めつけ、作業小屋に連れてくると、ロイを柱に縛り付け、俺を犯した。それをロイに見せつけた。
 ジェイクは散々俺を犯した後、ナイフを取り出して俺の腰元に文字を刻み込んだ。
『お前は、俺のものだ』と。


 危うくドーソンは声を上げるところだったが、そこをグッと堪えた。
 目の前にいる男は、第一級の犯罪者として、国際的に指名手配を掛けられている男で、一度死んだはずの男だった。
「何だ、うちの社員か。最近、部外者がよくここに忍び込むんだ。ああ、君、それを見終わったら、ちゃんと元のところに返しておいてくれよ。そうしておいてくれたら、それでいいから」
 ドーソンは何とかその場を取り繕った。『ベン・スミス』と名乗っているニールソンは、「はい、分かりました。すみません」と酷い訛りのある声でそういうと、再びステッグマイヤーが死んだあの爆発現場の写真に目を落とした。その横顔が恍惚の表情を浮かべているように見えたのは、ドーソンの錯覚だろうか。
 ドーソンは、額に浮かぶ冷や汗をさりげなく拭うと、大人しく資料室を出た。
 よもやこんな近くに目的の人物が潜伏していたとは。
 道理で見覚えがあると思った。
 そのまま警察に通報するのが筋だった。ドーソンもそれはよく分かっていた。だが、ドーソンはそうしなかった。自分が今朝書いた事件の関係図を頭に浮かべた。
 ニールソンとジム・ウォレス。
 二人の間に何があったか、どんな関係なのかが知りたかった。
 同じ街にいる以上、ニールソンとウォレスは既に通じているかもしれない。
 いや、まてよ。そうすると・・・。
 ドーソンの頭の中で閃いた。
 ステッグマイヤーの車に爆弾をしかけたのが、ニールソンだとしたら?
 ウォレスが自分の娘をひき逃げした犯人であるステッグマイヤーに恨みを抱き、過去の戦友ニールソンにステッグマイヤー殺害を依頼していたら?
 ひょっとして、ニールソンがこの街まで逃亡してきた手引きをしたのも、ジム・ウォレスかもしれない。
 ドーソンの顔がみるみる青ざめた。と同時に、その瞳は爛々と輝いた。
 もし自分の推理が正しかったら、大変なスキャンダルになる・・・。C市始まって以来の残虐な連続爆弾事件解決と国際的な手配犯逮捕のおまけつきだ。記者として、こんな素晴らしいチャンスが巡ってくることはそうない。ピューリッツア賞も夢ではないかもしれない・・・。
 その日の夕方、新聞社の仕事を終えた『ベン・スミス』の後を、ドーソンはつけることにした。

 

Amazing grace act.43 end.

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編集後記

年末だというのに・・・。こんなにダークでいいんでしょうか、アメグレ。不景気風を真っ向から受け止めていますが・・・。
しかも次回、どうするか全然見通し立ってないのに(汗)。いいんでしょうかね、ホント。
デカバンで呑気に毛の話をしている場合じゃございません、国沢。ああ、サイトのお引越しもしなきゃならないのに!!
きゃ~~~~~~!!
まるで国沢も拷問を受けているようです(ざぼ~ん)。

何はともあれ、皆さん、よい年の瀬を・・・。
(え?これが年末最後の締めになるの?)

[国沢]

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