irregular a.o.ロゴ

nothing to lose title

act.79

 このまま死んでしまうかもしれない。
 いや、いっそのこと・・・死んでしまった方がよかったのかもしれない、あのまま。
 マックスは、平気でそんなことを考える自分に驚いた。
 仮にも自分は医者で、人の生命がどれほど尊いものか、身をもって知る人間だというのに。
 メアリーが出て行った時よりも、自分は深く傷ついていて、混乱している。
 あの人が病室から・・・いや自分の前から立ち去ってから、もう何時間も経つのに、彼が言い残していったことが今でも耳に乱反射している。
 ああ、なんということだろうか。
 やっと勝ち得た本物の愛情だと信じていたのに。
 周囲は馬鹿にするかもしれないが、自分は男だし相手も男で、ふたりが心を寄せ合えたことは正しく奇跡に近いことだと思っていた。だからこそ、真実の愛だと思っていたのに。
 真実の愛・・・・。
 口に出して言うと、嘘っぽく聞こえる。陳腐な台詞だと笑い飛ばす人間だっているだろう。事実、ほんの少し前までの自分だって、そんな人間の一人だった。メアリーに捨てられた頃の自分は特に。
 だが、ウォレスに出会ってからの自分は、この目に見えない不確かなものを100%信じられたし、それに支えられていた。
 あの許されざる医療ミス・・・だとマックスは思っている・・・を経験し、己の存在に嫌悪していた自分。自分が恥ずべき存在で、それによって傷ついた痛みも悲しみも全て自分で何とかしなければならなかった頃。
 こんな自分を、あの人は必要としてくれ、自分の言うことに耳を傾け、抱きしめてくれた。今でも、この身体に残る、あの人の腕の感覚・・・。
 それなのに、あの人はこの世に存在しないんだという。
 自分が愛したジム・ウォレスという男はこの世に存在せず、幻覚だったという。
 自分をひたむきに見つめていた深いブルーの瞳も、逞しく優しいあの腕も、耳を傾けるだけで安心できるあの声も、すべて偽物だったというのだろうか。
 初めて身体を許してくれた夜、無音ながら「愛している」と呟いてくれたことも、全て?
 あれが嘘だというのなら、自分の存在自体も嘘だったと、この世から消し去ってもらいたい。
 ジム・・・。
 ジム。
 心が、そう悲鳴を上げている。
 その男はもう死んだと言い渡されたのに。


 朝の騒ぎの後、一般病棟に移ることになったマックスは、警察関係者の考慮も入れて、個室型の病室に移された。
 話しかけても貝のように押し黙ったままのマックスに、誰もがお手上げの状態だった。
 まるで無表情のマックスの様子を心配した友人・マイク・モーガン医師は、精神科のビクシーに頼んでカウンセリングを試みたが、マックスが心を開くことは一切なかった。
 結果的にビクシーは、マックスの精神状態が通常の状態ではなく、警察の調書にも応じられないということを立証しただけに終わった。
 警察は難色を示したが、医者の診断書は絶対であった。
 彼らは、見張りの警官を二人残して、帰って行った。
 犯罪の被害者は、すべてといいほど精神的に不安定になるものだ。誰もが、心に深い傷を負う。数多くの犯罪被害者と対面してきたビクシー医師だったが、それにしてもマックス・ローズの変わり様は、不気味なほどだった。以前の彼を知っているだけに、余計にそう思える。かつてはビクシーもマックスのよき同僚として、冷たくなったチャイニーズデリバリーを一緒に食べたこともある。
 だが、なんと悲しげな表情を浮かべるのだろう・・・。
 モーガンには悪いが、マックスの状態はとてもいいとは言えなかった。
 マックスは、まるで蝋人形のように無表情だったが、そこからは痛いほどの悲しみがあふれ出ていた。
 警察の連中には、明日にはちゃんと話せるようにしといてくださいよと念を押されている。彼らは彼らで、焦っていた。マスコミからの突き上げはもちろん、最近では市民からも能なし扱いをされている。情けないことに、その反撃もできないのが事実だ。犯罪頻度は上がるのに、犯人の手がかりは殆ど有効なものがない。唯一頼りになるのは、爆弾処理班からの分析結果ぐらいだ。殺人課は、署長からも冷たい目線を浴びせかけられている。殺人課の誰もが、焦っていた。
 しかし・・・可能だろうか。今のマックス・ローズは、一日やそこらで回復する精神状態ではなさそうに見える。
 彼には時間が必要なのだ。
 彼自身が、今の現実を受け入れ、消化するまでの時間が・・・。
 ビクシーはずっと付き添っている彼の従姉妹にそう口添えをすると、病室を後にしていった。


 バタンとドアが閉まる音がする。
 マックスはゆっくりと2回瞬きをした。
「レイチェル」
 突然背後からマックスの低い声に呼ばれ、レイチェルは目に見えて飛び上がり驚いた。
「マックス?!」
 レイチェルは信じられないような顔つきをして、マックスを見つめる。
「あんた、大丈夫なの?」
 ベッドの側に置いてある椅子に腰掛けると、彼女は穴が開くほどマックスの顔を見つめた。
 さっきまで、あんなにかたくなに外界との交渉を断ち切っていたというのに。
 しかしマックスは、静かだが先ほどとは違う、血の通った顔つきでレイチェルを見ていた。
 先ほどまでのマックスとはまるで違う。
 どういうことなのか、レイチェルにはすぐに理解できなかった。
 マックスは、乾いた唇を数回舌で舐めて、軽く息を吐く。
 その様子を見て、レイチェルはマックスが正気を保っていることを知った。
 芝居だったのだ。すべて。
「どういうことなの、マックス。あんた、なぜ・・・?!」
「静かにして、レイチェル。外に聞こえる」
 厳しい顔つきでマックスは言った。こんなに厳しい顔つきをするマックスにお目にかかったことはない。朝、あんなに大泣きして、身も心もボロボロになってしまったマックスと同じ人物とは思えなかった。
 信じられない面もちでマックスを見つめる彼女に、マックスはこう言った。「今俺は、警察の調書に答える訳にはいかないんだ」、と。
 それを聞いて、レイチェルはハッと息を呑んだ。
「あんた・・・まだあの人のこと庇おうとしているのね・・・。あんなにひどい仕打ちを受けたというのに、それでもまだ・・・」
 マックスは、厳しい表情のままレイチェルを見つめた。わずかながらにその瞳が充血する。だが彼は、決して涙を流さなかった。
「人の想いは、簡単に消えるものじゃないよ」
「まだそんなこと言ってるの? もう知っているんでしょ? 彼が今回の事件に深く関わっているってことは」
「巻き添えを食らっているだけだ。彼のせいじゃない」
「たとえそうだとしても! 彼のせいで多くの人が傷ついてる。自分の様を見てみなさいよ! そんなになってもまだ・・・」
「俺はあの人と命を分けあう決心をしたんだ。そうなんだよ、レイチェル。これくらいのこと、どうってことはない」
「マックス・・・・」
 レイチェルの瞳から、再び涙がこぼれる。だがマックスはやめなかった。
「俺達は男同士だから、結婚なんてできない。だから、分け合うのは命しかないと俺は思ってる。あの人を守るのは、自分しかいないと強くそう感じるんだ」
 レイチェルは、ゴシゴシと手で涙を拭った。それでも後から後から涙が零れ出た。
「もっと自分を大切にしなさいよ・・・。簡単に命を懸けるだなんて言わないで・・・」
「これは簡単なことではないんだ」
 マックスの手が、レイチェルの肩を掴む。
「いつまでも泣いている訳にはいかない。あの人が誰だろうと、そんなの構わない。あんなに傷だらけの身体と心を抱えて・・・。そのまま一人で生きていけるとでも思っているんだろうか。本当は、人一倍愛を欲しがっているくせして・・・。確かにあの人は、俺に酷いことを言い残して去っていった。でもね、レイチェル。あんなに大泣きして、あんなことを言うあの人は、俺も初めて見たよ。まるで、幼い子どもがやせ我慢してるみたいだった。そんな彼を、放っておけると思うかい?」
「でも、危険なのよ! 私、知ってるの。ケヴィンが持ってたの。犯人の日記を。犯人は彼に並々ならぬ思いを寄せてる。ストーカーなのよ。ケヴィンはそれを知って消された。彼の恋人であるあなたは、死にかけた。そういうヤツなの。きっと彼は今頃街を出てる。犯人の手の届かない、遠いところへ」
 マックスは、緩く首を横に振った。
「分かってないよ、レイチェル。彼は、そんな人間じゃない」
 マックスは、サイドテーブルに置いてあるウォレスが残していった携帯電話を手に取った。濃紺のいかにも企業戦士らしい鋭角なデザインのそれ。持ち主のように数々の傷がついている。
「彼は、戦うことを生業にしていた人だ。小さい頃から、ずっとそういう生き方を強制されてきた。彼は、きっと戦うつもりなんだ。だからこそ、俺に別れを告げた。多分彼のことだ、シンシアもきっと・・・。あの人はそういう人なんだ。平気で自分を犠牲にしてしまえる、そういう人。自分の中にある弱さにグッと蓋をして、戦うしかなかった。そういう生き方しか、させてもらえなかった・・・」
 今更ながらに思い出される、ウォレスの全身を覆っていた無数の傷。
 あれと同じくらいの傷を心にも負っているに違いない。
 夜、恐怖に押し潰されそうになって目を覚ます。自分が歩んできた人生を深く恥じていて、いつも陰のように息を殺している。そんな彼が、やっと素直に、愛情を伝えるようになってくれた。心穏やかな寝顔を見せてくれるようにもなったのに。
 運命は、いつだって薄情にできているものなのか。
 さらに今、彼を崖の縁に追いやろうとしている。
 だからこそ、自分がしっかりしなくては。
 どうにかして、彼を守らねば。
 そのためには、考える時間が必要だ。時間を得る為なら、友人を欺いても、狂人のまねごとをしてみせる。レイチェルやモーガン達・・・身の回りの人を傷つけることになったとしても。
 こんなに我が儘で、こんなに自分勝手な愛情。
 マックスには初めての経験だったが、本当に一人の人を愛するということは、そういうものに違いないのだと思った。
 彼には、自分しかいない。
 たとえ彼が別れを望んでいようとも。
 彼を守ると母の魂に誓った。
 そうだろ、マックス。
 泣くのはもう終わりにするんだ。

 

Amazing grace act.79 end.

NEXT NOVEL MENU webclap

編集後記

(注意!長いです、本日の編集後記)

更新遅れてごめんなさい。最近こればっかですね、国沢です(滝汗)。
いやぁ、書き直ししてたんですよ。デカバンを先に読まれた方はご存じだと思いますが・・・。
本当は、一回目、お涙ちょうだいタイプの話になっていたんです。マックスが深く傷つきっぱなしで、呆然としている図。
当然あんなこと一方的に言われて去られた方としては。泣いて暮らすしかないだろうと。そう思って。
ところがどっこい。うまく書けないんですよ。しっくりこない。
どうしたらいいか、匙を投げた状態でしばらくぼんやりしてたら、「自分は泣いてばかりじゃいませんよ~だ!」とマックスが怒ってきた。そうか。彼にだって彼の意地ってもんがあるのか、と。
と言うわけで、後半あんな感じになったわけですけど、本当に自転車操業のアメグレです(血汗)。
なんだか実力(筆力)から内容の重さがあまってきたかな?(←開き直るなよ、おい)
それはそうと、最近国沢がはまっているドラマのご紹介。
奥様、お昼の愛の劇場、ご覧になってますこと?
そう、『太陽と雪のかけら』ですのよ。
ごく普通の女の子が、突如巨大財閥・高階家の当主に指名されて、周囲のいじめにも負けず己の運命に立ち向かっていく・・・とまあそういうお話なんですが、おいしいんですのよ。これがね。
そりゃ奥様、国沢が「おいしい」つったら、そっち方面の話になるでしょうよ(にやにやり)。
や、多分ね、すでにそう思われている方は結構いると思いますよ。怪しいもん、本当に。
見てない方には「一体なんのこっちゃ」って感じでしょうから説明いたしますと、とにかく高階家はでかい財閥。会社もいくつもある。家には使用人が何人も働いていて、もちろん執事もたくさんいる。黒いスーツがたくさんいる!!
やや、ごほごほ。少々取り乱しましたが、怪しいのはさらにこれから。
系列会社の社長で、腹黒い策略家のおじさま・古尾谷雅人氏演じる「境克行」(53)とその秘書・飯田基祐氏演じる「安川顕」(35)の関係がズバリ、怪(妖)しい! 四六時中ホモ話を書いている人間にかかれば、ほんの些細なシーンでも、そう思えてしまう!不届き者ながら!! 
だってぇ~、安川君ったら、いつもは温厚でいい人なのに、社長の為なら汚れ仕事もいとわないし、社長の方も、人前では約川君のことを「安川」と呼ぶのに、二人で居る時は「あきら」呼ばわりよぉ! おまけに、公園で何気なく昼食の使いっ走りをしてきた安川君に、社長ともあろう人が、パンを半分に分けて「お前も食え」って、二人で大の男がベンチに並んで座ってパン分け合って食ってんのよぉ! 秘書と社長よ?! しかも、そのシーンがいきなり唐突に挿入されていて、なんでわざわざこのシーンが出てくるのかも意味が分からない。冷酷な社長も、秘書の前なら優しいんですって、そういうシーンじゃないでしょう?!あれは!! どうやら設定では、安川君の父親が高階財閥系列の子会社で、不況の煽りを食って切り捨てられ、失意のうちに病死したところを境社長に拾われた恩があるからってことになっているけれど、切り捨てた会社の社長がその境じゃないの?! どういうことよ、これ?!
ま、そこはかとなく、ホモネタサイトを運営する人間のドリームが漂ってますが、よしとしてください(え?だめ?)
「本当にそうかぁ?」とお思いの方がいらっしゃるなら、どうかビデオに録画してまでも見て下さい。このサイトに来て下さっている方なら絶対に共感してもらえると思います。
今後そんな展開になることは、まず絶対にないと思いますが(仮に安川氏が境を裏切ることはあるにしても)、ドリームのかかった眼鏡で見るのも面白いと思います。他にも男前の若手俳優さん出てるし。
しかしなぁ、安川君役をやっている飯田氏。かわいいなぁ(年上だけど)。おじさんだったら、放っておきません。あんなかわいい人は(笑)。久々に日本俳優にはまってみるか。

[国沢]

小説等についての感想は、本編最後にあるWEB拍手ボタンからもどうぞ!

Copyright © 2002-2019 Syusei Kunisawa, All Rights Reserved.