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nothing to lose title

act.80

 ジェイコブ・マローンは、猛然と歩いていた。
 その足取りは非常に乱暴で、彼が興奮しているのが分かる。
 以前のジェイコブは、どこかオドオドとしたところがあり、道の端を選んで歩くような男だった。だが今では、歩道の真ん中を荒々しい足取りで歩くようになっていた。これまで彼が起こしてきた爆弾事件が、彼の人格を確実に変えていた。彼自身はそれを『勇気』だと思っているが、その勇気は犯罪によって裏打ちされたものなのである。
 しかしジェイコブは、そういう解釈を全くといっていいほどしていなかった。全ては、あの愛おしいボスを助ける為にしたことであった。今のジェイコブにとって、世間の常識やルール、法律などは頭の中にない。ジェイコブは、今や自分が作り出した妄想と現実の区別ができなくなりつつあった。もう夢中だった。
 ただし今現在は、別のことで頭がいっぱいになっていたのだが。
 昨夜から一睡もせず、テレビやラジオに釘付けだった。
 自分が起こしたあの事件の報道は、前回やや大人しかったマスコミに新たな火をつけなおしたのか、派手な放送合戦を始めた。
 昨夜からオールナイトで、事件は報道された。大した内容ではなかったが、その映像はセンセーショナルだった。
 崩れ落ちたアパートメント、ただの瓦礫と化したコンクリートや煉瓦。所々で燻る煙、消火活動に勤しむ消防隊員。そして人々の悲鳴。
 昨夜から、アパートの住人の中で行方不明者が出ていることが報道された。だが、それがどんな人間で、どんな名前なのか発表はされなかった。
 だが内心、ジェイコブは分かっていた。
 行方不明になっているのは、もう既に死んだ人間であり、一番破壊状況が酷い部屋に済んでいた住人だと。
 この世の中で、そのことを知っているのが自分一人だと思うと、面白くて仕方がなかった。
 お前らが探している人間は、瓦礫の下で粉々になっているさ。
 あの忌々しい金髪の髪も燃えてなくなり、腹立たしい翡翠色の瞳も闇に葬ってやった。
 ボスの女という特権だけで存在を許されていた愚かな女。
 容姿が人よりちょっと美しいからって、それだけで偉そうにボスの身の回りにまとわりついていた。嫌らしい真っ赤なルージュをひいた唇は、ジェイコブの顔を見ると、いつも小馬鹿にしたように薄い笑みを浮かべた。
 なんと心根の醜い女だろう。
 力だけで生き抜いていく男の世界に、あんな女はいらない。
 女は弱点になるだけだ。
 これでボスは更に無敵に近づいた。
 何てったって、自分という有能なボディガードが彼を守っているのだし、守るものが身の回りにいないボスは、本当の強さを発揮できる。
 これで余所のギャングが襲ってこようとも大丈夫だ。
 あとは、もう一つの『弱点』さえ消してしまえば。
 それなのに。そう思っていたのに。
 思い起こしただけで、今でも腸が煮えくり返って仕方がない。
 今日の昼のニュース。
 昨夜の被害の全容が、やっと報道され始めたのだ。
 そこで、知らされた真実。
 行方不明になっていたのは、そのアパートメントに住む少年であり、今朝彼の死亡が確認されたこと。その他の怪我人は、セント・ポール総合病院に搬送されたこと。
 テレビでは、その被害者の一人で重傷を負った人間が、先の爆弾事件で勇敢な救出劇を行った若き医者であることを大々的に報道した。
 ただでさえ、その事実に愕然としたジェイコブだったが、テレビの解説者が「勇敢な行いに対する卑劣きわまりない行為」と犯人・・・つまりジェイコブを猛烈に非難していることが更に怒りの感情を沸き立たせた。
 救出? 救出だと?
 ヤツはただ、死体同然の男・・・しかも罪深い男を道路の上で引きずっただけじゃないか。何が救出だ。しかも、もしあの男の命が助かっていたとなれば、悪をまたもやこの世に解き放つことと同罪だ。マスコミの連中は、ちっとも分かってない。分かっていない・・・。
 ニュースを見たのは、仕事場での昼休み中。そのニュースを見た途端、働いている場合ではなかった。
 鳥肌が立つほど腹が立った。
 自分が標的を逃したことが信じられなかった。
 ジェイコブは、配送係の制服の上着を着たまま、新聞社を出た。
 背後で、班長の怒鳴り声が聞こえていた。「勝手に抜け出すとはどういうことだ!!首だぞ!!」とかなんとかいっていたが、ちっとも怖くなかった。
 ジェイコブは、自分が本当に強い男になったと実感する。
 以前は、自分より若いその班長に怒鳴られるのが嫌で、いつも手のひらに汗をかいていた。だが、今ではそんなことも忘れるぐらい、悠々と仕事場を後にした。あんなチンケな男など、ちょっと爆弾を口に銜えさせてやれば、泣いて命乞いをするに決まっている。自分はそれをいつでもできるのだ・・・。
 ジェイコブは今、事件現場を目指していた。
 直接目で確かめたかった。どういうことなのか。
 そうでないと気が静まらない。
 自分が闇に葬ってやったと思っていた『あの女』が、生きているとは。俺は間違った場所に爆弾を仕掛けたのか?
 案の定、現場は真っ昼間だというのに野次馬でごった返していた。
 その先には、例のごとく警察のバリケードが置かれ、黄色いテープが現場周辺に張り巡らされていた。
 ジェイコブは、邪魔な野次馬を押しのけながら、その一番前まで身体を進めた。
 現場の建物が最も近くに見える場所。
 辺りには、焦げ臭い匂いと甘く腐ったような匂いが混ざり合って立ちこめていた。
 警官や消防士で現場はごった返している。警察犬が瓦礫の上を行ったり来たりしていた。
 誰かに、誰かに訊かねば。
 本当に、死んだのは少年なのか、と。
 マスコミは信用できない。
 どいつもこいつも酷いことを言いやがって。
 ジェイコブは、目の前を通り過ぎる警官の何人かを捕まえようとしたが、誰も相手にしてくれなかった。
 ジェイコブは歯ぎしりをして、現場を見回す。
「はい! そこ道開けて!!」
 如何にも下っ端と思しき若い警官が、偉そうにジェイコブのいる一体の野次馬の整理にかかった。
 どうやら、捜査陣の一部が外に出るようだ。
 チャンスだ。
 警邏警官の格好をした者を先頭に、その奥から『爆弾処理班』とプリントされたウィンドブレーカーを着た人間達が数人続く。不思議なことに、その中には黒のスーツ姿の男が一人混じっていた。
 なんだろう。
 若く見えるが、あいつが責任者なのか?
 黒いスーツの男が目の前を通り過ぎる時、ジェイコブは男の腕を掴んだ。
「な、何だ?!」
 男が、ぎょっとしてジェイコブを見下ろした。
 ジェイコブは言う。
「死んだのは、本当に子どもなのか?!」
「何?」
 男が、複雑な顔つきをしてジェイコブを見た。
「私に言われても・・・」
 男はイギリスの訛がある言葉を話した。
 なんだか見当はずれの人間を掴んでしまったようで、ジェイコブも怪訝そうに顔をしかめると、スーツ男の隣にいた背の高い爆弾処理班の男が「何事ですか」と声をかけてきた。
 ジェイコブは慌てて再度訊いた。「死んだのは、本当に子どもなのか?!」と。
 爆弾処理班の捜査員は、ああ、と頷く。
「そうだ。このアパートに住んでいた少年だ。先ほど、遺体の一部が発見され、身元も確認された。ニュースを見なかったのか?」
「なんてこった!」
 ジェイコブは額に手を当てた。そして「なんてこった」と繰り返して、その場にうずくまった。
「おい、大丈夫か・・・」
 爆弾処理班の捜査員がジェイコブを助け起こす。
 ジェイコブは、よろめきながらも男の手を振り払うと、その場を後にした。
 その足つきは、まるでゾンビのようだった。

 

Amazing grace act.80 end.

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編集後記

うきゃ~!!!まままま間に合わなかった~~~~!!!(涙)
ごめんなさい。今週もぶっちぎってしまいました(汗)。そして先週の予告内容もぶっちぎってしまいました(汗汗)。
ぬおぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!
それもこれも、モンスターズ・インクを見て泣いていたせいです(滝汗)。
酷いでしょ? あんな子ども向けのCGアニメ映画で泣いちゃうなんて・・・って、泣けるんですよ、あの映画。そして大人もしっかり楽しめる映画でございます。
そそそ、そんなことはさておき。
本日、短くってごめんなさいね・・・。ちょっと国沢の中で整理しないと、今後の展開書いていくのが難しいかも・・・。
ああ!時間がほしい!!(そしてやる気も・・・←酷い!)
国沢の戸惑いぶりが分かる更新でホント、情けないっす。

[国沢]

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