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act.20

 振り返ったウォレスの蒼い瞳を、マックスは真正面から捉えた。
「あなたも大丈夫ですか? 爆弾が爆発した直後、あなたは蒼白な顔色をしていた」
 ウォレスはマックスから視線を外して少し考える素振りを見せると、「部屋に入ろうか」とドアを開けた。
 ウォレスと二人きりになるのは躊躇われたが、ウォレスのあの時の表情が気になって仕方がなかったし、正直ウォレスのことが心配だった。言う通りに、部屋に入る。
 ウォレスは、マックスに椅子に座るよう勧めると、自分は水差しから水をグラスに注ぎ、一気にそれを飲み干した。ゴクリゴクリとウォレスの喉が動く。唇の端に零れた水を、ウォレスは指で拭った。
 ウォレスは、グラスをマックスの前に翳す。「結構です」とマックスは少し微笑んだ。
 ウォレスは溜息をついて、グラスをデスクの上に置き、自分もそのデスクに腰掛けた。長い足を組む。
「まずは・・・。コート、ありがとうございました」
「え? ああ」
 ウォレスは、少し拍子抜けしたような表情を見せた。 「迷惑ではなかったかね?」と訊く。
「いいえ! そんな! 嬉しかったんです、凄く・・・」
「そうか、それはよかった」
 ウォレスは顔色が悪いまま、少し微笑んだ。そしておもむろに口を開く。
「・・・本当は、そんなことを言いたいのではないのだろう?」
 マックスは顔を上げた。
「何か、心当たりがあるのですね? そうでしょう」
 真っ直ぐ見つめてくるマックスに、ウォレスは観念した。
「そうだ」
 ウォレスは、身体を捻ってデスクの引出しから一枚の便箋を取り出した。
 例の脅迫状だった。
 『ウォレス、いつかお前を殺してやる』と書かれたそれを、マックスは受け取った。
「これ・・・」
「シンシアが事故に遭う前に届いたものだ。おそらく、ステッグマイヤーの仕業だろう。彼の燃えていた車は、グレイのセダン車だった」
 マックスも思い出したような表情を浮かべる。
「確かに、そうですね。俺が見た車に確かに似ていた」
「先日、自宅の方にも不審者が侵入してね。何をしていったかは不明だが、あれも多分彼の仕業だろう」
 マックスが頷く。だが、その表情が見る間に曇った。その表情の意味はウォレスも分かっている。
「だから、彼が消えて一番得をするのはこの私なのだよ、ローズ君」
 マックスが弾かれたように顔を上げる。ウォレスは自嘲めいた笑みを浮かべため息をついた。
「もっとも、あんなことをしてメリットがあるなんて、本気で考えている訳ではない。ただ、客観的に考えると、その図式に辿り着く」
 だからウォレスは、あの場で脅迫状を貰っていたことを口にできなかったのだ。自分と自分の家族のことを詮索されたくなかった。
 どうやら警察官の友人らしいマックスにこのことを告げるのは些か危険だったが、マックスの真摯な瞳は拒めなかった。彼が自分を本当に心配してくれていることが分かっていたからだ。
「どういうことなんでしょう・・・」
 マックスが、正直に戸惑いを口にした。ウォレスにもそれは分からない。苦い笑みを浮かべてやることしかできない。
「確かに・・・警察にこの話を単純に話してしまうのは、危険かもしれませんね。ことの真相がある程度判明するまで、俺もこのことは黙っています」
 マックスが再びウォレスを見上げた。
 ウォレスは、片眉を引き上げる。
「いいのか? そんなことを言って。友達を裏切ることになるんだぞ?」
 マックスは、しばらくウォレスの顔を見つめ、また視線を下げた。若干目じりあたりが赤らんでいるのは気のせいか。
「いいんです。・・・いいんです」
 美貌の青年は、自分に言い聞かせるように二回繰り返した。


 マックスが部屋を去った後、ぼんやりとガラス越しに中庭を眺めていたウォレスは、再び、先ほどの惨劇を思い出していた。
 立ち上る煙と炎。逃げ惑う群集。悲鳴。血まみれの死体。熔けた皮膚。有機物の焼け焦げる匂い・・・。
 みるみるウォレスの顔が青ざめ、ウォレスは部屋を飛び出して近くにあるトイレに駆け込んだ。誰もいないことを確認して個室に入ると、ドアを閉めて鍵をかけ、今日食べたものを便器にぶちまけた。
 ずっと吐き続け、吐くものがなくなると、胃液を吐いた。
 便器を掴む真っ白な手が震える。
 ひとしきり吐いて、紙で口を拭うと、その場に蹲った。深い溜息をつく。
 今日の現場をこの目で見た時。ウォレスが蒼白になった原因は、脅迫状のせいだけではなかった。
 十代の頃の記憶。
 もうもうと煙が充満した道。泣き叫ぶ悲鳴。呻き声。放射線状に散らばった瓦礫と肉の破片の中に、友人の声を聞いた。
 「助けて、アレクシス・・・」と赤黒くなった友達が自分の方に手を伸ばしていた。慌てて手を引くと、その身体がいやに軽くて、彼の下半身がもう既にないことを知った。
 パトカーの音。逃げなくては。
「アレクシス・・・」
 友達の最後の言葉が、自分の名前になるだなんて。
 涙が溢れて、よく前が見えない。友達の手が硬直して、自分の手を放してくれない。
 ふいにその手が軽くなった。
「何してる、アレクシス!! 逃げろ!」
 ギョロリとした目の男が、真っ赤になった友達の手を手首から拳銃で撃ち落していた・・・。
 どのくらいトイレで蹲っていただろう。
 額にはじっとりと脂汗を掻いていた。
 ウォレスは、右手の手のひらを見つめた。
 ふいに真っ赤に血で染まったかのような幻想が見えた。
 ウォレスは歯を食いしばった。
 そうしていないと、涙が零れ落ちそうだった。


 署内ではおおよそ、今回の爆破事件も先のトレント橋の事件と同一犯という見解でほぼ固まっていた。爆弾処理班の分析から、同じタイプの爆弾が使用されていたという結果が導き出されたからだった。
 ついに、標的が人間に向かい始めた訳だ・・・。
 分析結果報告の席上で、セスは憂いの溜息をつかざる終えなかった。
 事件はこれで終わらない。
 その意識は、爆弾処理班の誰もが思っている共通意識だった。
 終わるどころか、エスカレートしていくはずだ。犯人は、自分の計画通りにことが運び、嬉しがっているに違いない。
 過度な報道を避けるように、捜査当局がマスコミにも圧力をかけている最中である。このようなタイプの犯人は、マスコミに騒がれるのを好む。マスコミに煽られることは防ぎたかった。
 レイチェルにも噛み付かれるかなぁとセスは思いつつも、これまで肝心なところはお互いの自然なルールのように譲り合ってきた。それでないと、今までこんなに付き合いが長続きしていない。
 セスは、今回の席上にイギリス大使館領事、ジョイス・テイラーが同席しているのが気になっていた。おそらく、他の捜査員の殆どがそう思っていただろう。だが、テイラーをのけ者にしている手前、誰も彼に声をかけることはなかった。 だが、セスはそんなことがない。
 爆弾材料の出所と平行して、今回の被害者の線からも捜査を進めることを確認して、捜査会議は終了したが、会議室の出口でセスはテイラーを捕らえた。
 捜査課の片隅に置かれてあるテイラー用の間に合わせのデスクまでテイラーを追い立てて椅子に座らせ、自分も近くの椅子を引き寄せて座った。
 おもむろに煙草を咥える。そう言えば今日は、まだ一箱も煙草を吸ってない。
「どういうつもりだ、ピーターズ」
「それはこっちの台詞ですよ。今回の事件が、お宅の事件と関係あるんですか?」
「いや、そうじゃないが・・・」
「じゃ、なんで」
 セスが煙草を咥えたまま訊くと、テイラーは腹立たしそうに、セスの口から煙草を奪い取り、自分もプカプカと乱暴に煙草を吹かした。どうやら、日々、署内でいびられていることが意外とストレスになっているらしい。
「気になったんだよ。ただ単純に。爆弾と聞くと、どうも」
 セスは新たな煙草を懐から取り出しながら、ああと思った。
「そうか。イギリスだもんな」
 イギリスの一部の地方では、つい最近まで爆弾テロが活発に行われていた。 主にIRAを代表とするアイルランド解放のためのテロ活動が日常的に行われていたからだ。今現在では休戦協定が結ばれ、落ち着いてはいるものの、組織から外れている個々の集団が未だに活動しているという話もある。
「つい最近のジェイク・ニールソンの一件もあるから、何か爆弾に関するいろいろなことがありすぎると思ってな」
「ああ、あのIRAの戦闘員だったという」
 テイラーが頷く。
「もっとも、ヤツは組織の大儀に背いたということでIRAからはとっくの昔に除名処分を受けていたらしいが。だが今はもう死んだ男だ。死亡については刑務所内で確認されている」
「分かりませんよぉ。本当にゾンビとして生き返っていたらどうします?」
「そんな訳ある筈がないだろう。誰かが死体を掘り起こしたのさ。イタズラ目的か、他の場所に埋葬しようとしたのか。ジェイク・ニールソンはある種カリスマ的な魅力のある男だったらしい。未だにファンがいると訊く。おおよそ、そんな連中が掘り起こしたに違いないよ。今時ゾンビなんて、非科学的なこと・・・」
 テイラーはそう言いながら、ゆっくりと煙草の煙を吐き出した。


 白い煙がもうもうと立ち上る。
 インクの乾きかけた朝刊を満載したトラックが、まだ暗い早朝の街に向かって飛び出していく。
 ベン・スミスは、黙々と新聞をトラックの荷台に積み込みながら、一面トップの写真をチラチラと見た。
 車が黒煙を上げて燃え盛っている写真。なかなかの迫力だ。おそらく、あの小柄な女カメラマンが撮影したものだろう。前回の橋の写真といい、なかなかいい写真をあの女は撮る。
 写真の扱いは大きかったが、それにつけられた記事は意外に質素だ。ベンが想像するに捜査当局からの働きかけがあったのだろう。そんなことをしても、爆弾の面白さに取り憑かれた者は、次々と獲物を探していくものだ。獲物というより、爆弾を爆発させる舞台を探すというのか。とにかく、爆弾が爆発することこそに意味がある。爆弾とは本来、そういうものだ。
 しかし・・・。
 ベンは顔を顰める。
 ジェイコブ坊やには少し行動を慎むように諭さねばならん。
 ジェイコブの行動は、あまりにも短絡的で無計画すぎる。今回も誰にどうやって目撃されているか分からない。ジェイコブまで捜査の手が及ぶと非常に厄介である。そうなる前に始末をするべきか・・・。
 ベンは今の生活が結構気に入っていて、資金がある程度貯まるまではこの生活を続けたいと思っていた。次に逃亡するにしても、今持ってる金じゃ、どうしようもない。今の職場に身分証明書なしで潜り込めたのも、ジェイコブのお陰だ。
 これから先のことを、少し考えねばならん。
 ベンがそう思っていた矢先、班長からの「ぼやっとするな!」という怒鳴り声が聞こえた。ベンよりずっと若いこの班長は、自分より年上の男達を捕まえて、いつも怒鳴り散らしている。こんな単純作業に身を費やしている哀れな男達を罵倒することで、自分の生活の活力を見出しているようなタイプだ。
 お前が笑っていられるのも今の内さ。
 もし、男が自分の正体を知ったら、どんな顔をするだろう。
 そんなことを思いついて、ベンは密かに一人でほくそ笑んだ。


 荷物を抱えて出て行こうとするマックスの行く手を、レイチェルの手が阻んだ。バタンと玄関のドアを閉めてしまう。
「何よ、マックス。何であんたが怒るのよ」
 マックスはチラリとレイチェルを見て、すぐに視線を外した。
「アタシはただ、ウォレスのことを訊いただけじゃない。彼も現場にいたんでしょ?! 爆弾事件の被害者はあのステッグマイヤーだったのよ?! それを彼も知ってるんでしょう?!」
 レイチェルは、今回現場がミラーズ社の前であることで、この事件にミラーズ社が少なからず関わっていると踏んでいた。現に、事件発生当時の現場の消防隊員に様子を訊くと、マックスらしき人物が、今回唯一の被害者の救助に当ったらしいことが分かった。 この時間、本来なら新聞社につめているべきだったが、マックスが引越しの残りの荷物を取りにきていることを電話で確認したレイチェルは、母親にマックスを引き止めるよう懇願して、家に飛んで帰ったのだった。
 事件発生直後の様子については、すんなり話していたマックスだが、話がウォレスの話題に移ると、貝のように口を閉ざしてしまった。
「ちょっとアンタ、変よ。そのあからさまな態度! 何か庇いたてでもしてるの?」
「違うさ。レイチェルの訊き方が、露骨だっていうんだ。まるで、ウォレスさんが手を回したような言い方をするから!」
 マックスの顔がみるみる赤くなっていく。ムキになって怒鳴っているからだ。
 マックスが怒鳴っている声に驚いて、二階にいたパトリシアも何事かと顔を覗かせた。
「別に、そんなこと言ってないじゃないの。アタシはただ・・・」
「ただなんだよ! ステッグマイヤーが本当にミスター・ウォレスの娘を撥ねたのかも分かってないし、こんな形であの人が復讐を遂げるとでも本気で思ってるのか?! あの人は、そんな人じゃない! あの人は・・・あの人は凄く優しくて、こんな俺を励ましてくれて・・・それで、それで・・・」
 その時マックスが浮かべた表情に、レイチェルは目を見張った。
 その隙をついて、マックスが玄関を出て行く。
 だがレイチェルは動けなかった。
 あの子の泣き顔なんて、久しぶりに見た。
 それがどういうことを意味しているのか、レイチェルは少し考えねばならなかった。

 

Amazing grace act.20 end.

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編集後記

前回のマックスの乙女ぶりは如何だったでしょうか? 最後のシーンとか、結構目に星がきらめいてそうですが(笑)。
来週は、マックスのタキシード姿お目見えでございます! 久々、ハーレクインものチックっす。
でも、でもね。
国沢ヤバイっす。アメグレ、ストックが少なくなって来ちゃった~!!!!
「触覚」の方に、すっかり気を取られていました(大汗)。 あっちもこっちも丁度盛り上がってるところなんだもの~!
なんか、アメグレ、話の内容以外にも、スリルある感じになってきました(国沢だけが(汗))。

[国沢]

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