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nothing to lose title

act.141

 ミゲルが次の言葉を切り出すまでに、間が空いた。
『ミスター・ミゲル・・・?』
 マックスには、その間が永遠に続く沈黙であるかのように感じられた。
 マックスのいる場所からテレビ画面は見ることができず、今ミゲルがどういう表情を浮かべていのか伺い知ることはできなかったが、この沈黙がミゲルの中にある迷いを表しているようで恐ろしかった。
 ジャーナリストであれば、真実を露わにすることが彼らの仕事である。
 もしミゲルの口から、ジェイク・ニールソンやアレクシス・コナーズのことが語られてしまったなら、ウォレスが平穏にこの国で生活することはできなくなるだろう。
『ミスター・ミゲル?』
 再度レポーターが繰り返す言葉を浚う形で、ミゲルは語り始めた。
『・・・因果関係があったとしても、恐らくそれは先の爆弾事件の共犯者がミラーズ社という会社を逆恨みする形で発生したことのように思います。これは独自の取材ですが、先の爆弾事件で逮捕されたジェイコブ・マローン容疑者は、ミラーズ社周辺で頻繁にその姿を目撃されていました。実際に彼が二回目に起こした事件もミラーズ社の前で起こした事件ですし、三番目の被害者である新聞記者が取材攻勢をかけていたのもミラーズ社でした。そして言うまでもなく、四番目の被害者はミラーズ社の社員であるわけです。これほどの大企業になると、よくありがちな話ですが、多方面から思いも寄らぬ批判的な感情を持たれることもしばしばあることですから』
『そうですね。今回犯人グループの要求や警察からの公式な発表はまだされておりませんが、そのような見方が最有力だとされています。現代における強大化した企業のあり方が問われていると言えますね』
『ええ・・・。ただ、ここでひとつ申し上げておきたいのは・・・』
『なんでしょう?』
『今もたくさんの尊い命が、犯罪という危険に晒されているという事実です。そこにどんな問題があったにせよ、このような形の暴力を私は許すことができないし、許すべきではないと考えます。暴力では何も解決しないことは、人間がこの世に誕生してきてから随分歴史を重ねて学んできたことなのに、未だにこのような暴力が起こり得る社会を、我々は許してしまっているのです。時代の流れの中で、その暴力に翻弄されてきた人が数多くいます。悲劇的な状況の中で、力を振り絞って生きている人々も沢山います。私の友人であるマックスも、その中の一人です。その彼も今、このビルのどこかで、この謂われのない暴力に命を晒されている。彼はこれまで私に、本当の勇気というものがなんであるかを教えてくれました。そしてそれは、皆が望めばどんな人にだって手に入れることができるものだとも教えてくれました。爆弾事件の被害者に命を呈して駆けつけた彼は、自分自身がその被害者となっても、力強い勇気と信念を持って犯人グループと立ち向かっています。彼の無事を、どうか皆さんにも祈っていただきたいのです・・・』
 やはり、ミゲルはある程度の真実を知っているに違いなかった。
 だが彼は、それにも関わらずそれを話すことはなかった。
 ジャーナリストでありながら、その使命をマックスの為に押し殺してくれたミゲル。それが、彼の優しさなのだろう。
 勇気を貰ったと言ったのはミゲルだったが、それを聞いていたマックス自身が新たな勇気を貰ったような気がした。
 鼻の奥がじんわりと熱くなる。
 自分たちがこれまで懸命に命と絆を繋いできた事実を、きちんと分かってくれている人達がこの世にはいる。
 レイチェルやセス、マイク、メアリー・・・テイラー、そしてミゲル。
 彼らの顔が浮かんでは消えて、こんな危険で酷い状況だというのに、何だか心が救われたような気がした。
 勇気と信念さえあれば、大切なものを守るために俺はやれる。
 マックスの表情から、迷いが消えた。


 プンと鼻を突く焦げ臭いにおいが最上階のフロアに立ちこめた。
 ジェイクは、片手に少し余った小型爆弾の束を握りしめ、もう片方にブスブスと煙を上げる小型カメラの残骸を握って、非常階段のドアから姿を現した。
 各階の硬く閉じられたドアロックにはジェイクとキングストンのみが知っている新たなパスワードが設定されていたために、ジェイクとキングストン両名だけは自由に各階を移動できた。
 先程ビルに侵入してこようとした警察の連中には、少々痛い目をみてもらった。
 小型カメラを各階に設置し、中の様子を窺おうとの魂胆だったのだろうが、進入路が限られた密室のビル内にあって、要所要所を抑えることは実に簡単なことだった。
 警察の連中は、先程の爆発にショックを受け、右往左往している様子だが、実際に使った爆薬の量は意外に少ない。
 第二第三の手を考えて、もう既に新たな爆弾を仕掛けてある。
 材料は、事欠かなかった。街中には、今ひとつ危機管理の薄い解体業者や化学薬品会社が結構ある。
 キングストンには、各フロアを度々監視するようにと言ってはいたが、どうやらその気配はなかった。
 元々余り当てにはしてなかったが、生粋の犯罪者でない故のぬるま湯さ加減が鼻につく。
 キングストンとジェイクが知り合ったのは、必然だった。
 ジェイクがここ一、二ヶ月の間ミラーズ社のリサーチを進めていく中で、不祥事を起こして会社を懲戒免職になった社員の名前は容易く知ることができた。
 場末の飲み屋で腐っているキングストンに接触するのは容易かった。
 ウォレスの圧力で、まともな職に就けなくなっていたキングストンは、残り僅かな蓄えを切り崩して生活をしていた。
 キングストンのミラーズ社・・・ひいてはジム・ウォレスに対する恨みの感情は根深く、ミラーズ社から金を根こそぎ奪ってやろうとジェイクが持ちかけると、すぐさま計画に乗ってきた。
 ジェイクが言葉巧みにキングストンの自尊心を擽り、「お前の存在を知らしめるチャンスじゃないか」というと、喜んで犯行の『リーダー』になってやると言い出した。
 ジェイクとしては、一人でも十分可能な犯行だったが、自分が表立つと後々不味いことになる。
 隠れ蓑に丁度いいと思って誘ってみたが、本人はジェイクが予想していたよりやる気満々になった。よほどメンツを潰されて会社を追い出されたらしい。
 幸い、ジェイクの顔を知ることになった人間は、この最上階のフロアにいる人質のみだ。
 他のフロアにいる社員らは、キングストンの仕業だと信じている。
 もとより、最上階のフロアの人質は全て生きて返すつもりはない。
 頃合いを見計らって、キングストンがいう金庫のパスワードをミラーズ社の社長から聞き出し、金庫の中身を奪ったのち、キングストンも巻き添えにして始末をし、自分はこのビルを出るつもりでいた。
 もちろん、憎き『やつ』をこの手にして後に・・・。
 ジェイクはニヤリと笑みを浮かべながら、社長室の扉を開いた。
 そして一瞬唖然とする。
 キングストンと人質が床の上でもみくちゃになっていた。
 人質は両手両足を拘束されているというのに、キングストンの腕にかじり付いてキングストンに悲鳴を上げさせている。
 頭をキングストンに何度も殴られていたが、それでもその口を放そうとしない様子にはさすがのジェイクも呆れ返った。
 見かけに寄らずとんだじゃじゃ馬だ。
「やめろ! やめろ! この!!」
 キングストンがローズとかいう人質の腹を蹴り上げて、人質はようやく口を放し、ゴロゴロと床に転がった。ローテーブルの下に転がり込み、ローテーブルの脚に頭をぶつけて気を失ったようで、ピクリとも動かなくなった。
「一体何の騒ぎだ・・・」
 ジェイクが焦げ付いたカメラを床に下ろしながら訊ねると、キングストンは人質の身体に向かってペッと唾を吐き捨てながら言った。
「テレビを見せろと騒ぎ出しやがって・・・。自分が注目されてるところを見たいのさ。飛んでもねぇやつだ。・・・それより何だい、その焦げ臭いブツは・・・」
 キングストンは顔を派手に顰めながら、床でどぐろを巻いている黒こげの物体を指して言った。
「戦利品だ。ひょっとしたら、まだ使えるかもしれん」
「警察が持ち込んできたやつか?」
「そうだ」
「それを持ってた奴は、さぞやかわいそうなことになってるだろうなぁ。テレビでずっと見てたぜ。なかなかの迫力だった」
 ニヤニヤと笑っているキングストンの台詞を聞き流しながら、ジェイクはモニターに目をやった。
「ちゃんと他のモニターもチェックしてくれよ。リーダーのあんたがチェックしてくれないと、こっちも困るんでね。相手もただのバカじゃないから、次の手を打ってくるだろうからな」
 ジェイクがそう言うと、キングストンは益々ご機嫌になり、「分かってるよ」と自信ありげな表情を浮かべた。
「そろそろ社長が到着する頃じゃないかと思う。あのじじい、自分の会社がこんなことになってることを目の当たりにしたら、腰を抜かすだろうな。あいつは、暴力をやたら嫌うから、すぐに口を割るだろう。もうすぐしたら、皆さんお待ちかねの犯行声明のお時間だ」
 実に楽しそうな様子のキングストンを後目に見ながら、何気なくジェイクは足下の人質・・・マックス・ローズを見下ろした。
 今まで散々暴れていいたのが嘘のように、彼の身体が動くことはなかった。

 

Amazing grace act.141 end.

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編集後記

ぷ~の癖に物凄く忙しい国沢です(汗)。こんばんは・・・。
辞めた会社の仕事の引継が忙しさにかまけてきちんと出来ていなかったせいもあり、引き続き会社の仕事を手伝っているのだ!!!
ああ、考えてみれば年度末に向けての三ヶ月間、一番忙しい時期だわね・・・。それに対して夏場は暇になるんですけどね、印刷業界系は。このまま夏までこの忙しさが続くんじゃなかろうな・・・(脂汗)と思いつつ、バリバリiBook稼働状態です。
そういえば、昨日『英雄』のDVDを購入いたしました。
はっきり言いましょう。
好きだ! 大好きなんだ、この映画!!
何度見ても、泣ける。
何度見ても美しい!!
そして、マギー・チャンよりトニー・レオンの方が儚げなのはどうしてだ?!(笑)
男の涙に弱い国沢、言うまでもなくトニー・レオンの涙にぐっときたり。そして現金なことに、今まであまり好きじゃなかったジェット・リーのキュートなオケツにぐっときたりもして。(←ひどい!)
でもなによりぐっときたのは、画像の美しさ! そしてストーリーの切なさ!! マギー・チャンの腕っ節の強さ!!!
ああ、マギーって、本当に女優の中の女優って感じ。
来日した時の写真みた時は、えれぇブスっぽい感じになってたけど(や、マギーのファンの方ごめんなさい(汗)、だって、アフロヘアに殆どノーメイクに近い顔だったんですよぉ・・・眼鏡を外した時の光浦っぽくって、何だか・・・)、シネマカメラの前の彼女の美しさはもう無敵。どういう風に撮られたら最大限魅力的なのか、凄く研究してる。プロじゃ。プロ!プロでっせ。
チャン・ツィーももちろん可愛かったし美しかったけど、彼女は普段から普通に可愛いので、若さで勝負って感じ。
やはり、マギーの迫力には負けます。
だって美しいんだもん。そして逞しいんだもん(笑)。強すぎるよ、マギー。
ヒーローって、マギーのことでトニーはヒロインだろ?みたいな(笑)。
トニーとジェット・リーの湖の上でのじゃれ合いは妙にフェミニンで、むしろマギーとジェットの戦いの方が苛酷な環境って~のは
マギーのたくましさを表しているようで好きっす(笑)。
女優なのに男優っぽい、みたいな。
何だか、マギーマギーっていうと、マギー司郎かジョビジョバのマギーみたいだけど(汗)、やっぱマギーは凄いです。
マギー・チャン、バンゼェ!!

[国沢]

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