act.101
「あなたここで何をやっているの?」
突如老婆に声をかけられて、思わずジェイクは何と答えていいか言葉に詰まってしまった。
老婆はその様子を見て、しわくちゃの顔を益々顰めて、キンキンした声を上げる。
「最近ここら辺でよくきく空き巣だね、そうに違いない」
杖でバンバンとジェイクの腕を叩く。
俺も耄碌してきたかな。張り込みの最中にこんなババァに責められることになるとは。
「おばぁさん、違いますよ」
そう言っても、老婆はジェイクの言うことなどもはや聞いていない。
老婆が大声を上げるのを聞いて、周辺住人が顔を覗かせ始めた。
この状況はマズイ。
結局ジェイクは、アパートメントの外に出るほかなくなった。
ジェイクは舌打ちをする。
これでは、女がどの部屋を訪れたのかが分からなくなってしまう。
しかし老婆は、ジェイクがアパートの前から姿を消すまで見張っているつもりなのか、玄関ドア前でに椅子を置いて居座ってしまった。ガラスの向こうで老婆がこちらを睨んでいる。
ジェイクは仕方なく道路を再び向こう側まで渡り、向かいのビルの陰に姿を隠す。
老婆は早々に姿を消すものと踏んでいたが、ついてないことに近所の二人目の老婆が彼女の姿を見つけ、アパートのエントランスで井戸端会議を始めてしまった。
やれやれ・・・。
ジェイクはため息をつく。
どうしようかと考えあぐねているところに、ついに女が出てきてしまった。
エントランスにたまっている老婆達を怪訝そうな目で見ながら、外に出てきた。
ジェイクは舌打ちをする。
結局、女がこのアパートの誰に会っていたか探る手は現時点でなくなった。
ジェイクは、女の後をつける。
女は時計を気にしながらタクシーを止めると、そのままそれに乗り込み走り去る。ジェイクもタクシーを拾い、後を付けたが、結局彼女は彼女の勤める新聞社に帰って行った。どうやら休み時間を利用して出てきたらしい。
面倒くさいことになってしまったが、しばらく女の行動を見張るしかないな。
ジェイクは自分の失態に苦笑いして、腰を据える決心をした。
いよいよマックスの退院の日がやってきた。
その日も病院前は報道関係者がうろうろしていて、マイクはそれを見て悪態をついた。
「あいつら、この分だとハート家までついてくるつもりだぞ」
精算カウンターで退院手続き書類にサインを書き込んでいるマックスを後目に、マイクが口を尖らせる。
結局マックスは、新しい住処が決まるまで叔母の家に戻ることにした。
ミラーズ社長が、自分の家に来たらいいと言ってくれたが、さすがにそこまで甘える気分にはならなかった。それに危険はまだ残っているのだから、シンシアが身を隠しているというミラーズ家に自分が訪れて彼女を危険な可能性に晒したくなかった。
叔母のパトリシアには悪いが、警察も警備をつけてくれるとのことだし、叔母も早く家に帰ってきて元気な姿を見せて欲しいと言うのでハート家に戻ることを決めた。パトリシアはマックスの事件からすっかり具合が悪くなり、ふせることが多くなったと聞く。マックスは自分の手で看病がしたかった。両親が亡くなった後、母親代わりとしてマックスをずっと育ててくれた人だ。ハート家に落ち着くまで、会社の方は気にしなくていいとミラーズ社長は言ってくれたので、しばらくはパトリシアの看病に専念できそうだった。
セスとテイラー、そしてレイチェルは、あの時から着々と調べをつけてくれているらしい。
テイラーは特に精力的に動いてくれており、ダウンタウンの方でウォレスらしき人物を見かけたという情報まで得ていた。
それが本当にウォレスなのかは裏付け捜査待ちだが、ウォレスがまだこの街にいるということが肌で感じられたような気がして、嬉しかった。
昨日病室にこのことを報告に来てくれたテイラーは、マックスが気持ちの整理を付けたことを知ると、滅多に浮かべない笑顔を浮かべて喜んだ。マックスの協力が一番心強いと彼は言ってくれた。
しかし実際マックスができることなど、微々たるものだ。警察から常に警備を付けられているマックスは、裏を返して言えば自由に行動できないということだから。
しばらくはテイラーやセス達に任せるほかない。
だが、こうして協力者がいてくれることは、本当に有り難かった。
「送っていこうか」
そう言うマイクに、マックスは苦笑いする。
「お前の仕事は傷ついた人の手当をすることだろう? 今だってさぼってるんだ。俺の心配はいいから、医者に戻れよ」
「だって、マックス。心配するなって言う方が無理だぜ」
そう不平を言うマイクを、マックスはぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう。お前がいてくれて、本当に心強かった」
マイクが、鼻をスンと鳴らす。
「何言ってんだ。俺達、友達だろ?」
身体を離して、マックスは微笑む。
「友達の間だって、ありがとうは言わなきゃ」
「ま、そうだけど」
「俺は警察の人が送ってくれるから大丈夫だよ。また週明けに診察でここに来るし。また頼むよ」
「ああ、任せとけ」
マイクと握手を交わす。
周囲にいた病院関係者や患者がマックスの為に拍手をしてくれる。誰もが傷ついたヒーローの復活を心から喜んでいた。中には、マックスのリハビリに尽力をつくしてくれたケリーもいる。マックスはケリーを抱きしめて「ありがとう」と礼を言うと、ビクシーやマックスの看護に携わってくれたすべてのスタッフを抱きしめて回った。ナースの中には感極まって泣き出す子もいて、皆マックスとの別れを惜しんだ。
「じゃ、また」
警察官に囲まれながら、マックスは入院関係者専用の入口を出て行く。
と、ふいにマックスは振り返ってマイクに言った。
「メアリーと幸せになってくれよ!」
マイクはぎょっとした顔をした後、鼻の下をカリカリと掻いて呟いた。
「俺の心配するより、自分の心配しろよ・・・」
その日の夜。
ハート家に戻ったレイチェルは、ステラからマックスがパトリシアの部屋にいることを聞くと急いで母親の部屋に向かった。
いきおいよくドアを開けると、パトリシアのベッドに腰掛けていたマックスが、口に指を当てて「シー」と息を吐いた。レイチェルは思わず舌を出して、静かにドアを閉める。
マックスは、脈を取っていたパトリシアの手をキルトのベッドカバーの下にそっと戻す。
「今眠ったところ。大丈夫、血圧も正常値に戻ってるみたい」
聴診器や血圧計をサイドボードに仕舞いながら、マックスは小さな声で囁く。
「あんた、退院したばっかりだっていうのに、もう医者に戻ったの」
レイチェルがマックスをちゃかすと、マックスは笑顔を浮かべながら「心配かけたんだし、これくらいはね」と答えた。
「それで、あんた食事は?」
「レイチェルが帰ってくるって聞いて、待ってたよ」
レイチェルがにこにこと笑う。
「随分と優しいのね」
「俺はいつも優しいけど?」
「誰かさんに対してでしょ?」
二人でパトリシアの部屋を出て、一階のダイニングに向かう。ステラは気を利かせて、料理を温め直してくれていた。
「ん~、おいしそう! ステラあなた天才ね」
会社に詰めていると、ゴミみたいにまずいデリバリーにしかありつけないのよ、とレイチェルは唇を歪める。マックスは、「汚い言葉使うなよ」と苦笑いしながら、レイチェルがまた以前の調子を取り戻したことを嬉しく思っていた。どうやらセスとはうまくいっているみたいである。
鱈のパイ包み焼きにほうれん草のスープ、ショートパスタとミートボールの煮込み料理、ヘルシーなトーフサラダ、懐かしく滑らかなマッシュポテト。ブレッドはステラ自身が焼いたものだ。生地にセサミが練り込んであり、香ばしい。
マックスの退院祝いとしてステラも一緒に食卓を囲み、レイチェルが大切に取っておいたビンテージワインを開けた。
「ステラの健康レシピのお陰でこんなに早く退院できたよ」
マックスがそう言うと、ステラは涙を滲ませながら笑顔を浮かべた。
「私もおぼっちゃまの手助けが出来て嬉しいですわ。毎日奥様と二人で、お祈りしていたんですよ」
ステラとマックスが話している間にも、レイチェルがマックスの皿に料理をドカドカと取り分ける。
「そんなに食えないよ」
「何言ってるの? まだ本調子じゃないんだから、ガツガツ食わないと」
「そんなに食ってたら、太るって」
「いいじゃない、ちょっとぐらい太ったって」
「やだよ。今度ジムと会った時に太り過ぎて俺と分かんなかったらどうしてくれるんだよ」
「そんな訳ないでしょう」
「そうだけど。でも太るのは嫌だ」
「ハハ~ン。メイクラブの時にお腹ポッコリだったら、格好悪いんもんね」
ニヤニヤとレイチェルが笑う。
ステラが両手を上げて天を仰ぐと、「またあの騒がしさも戻ってくるのね」と呟きながら席を立ち、キッチンに姿を消した。
「ほら見ろ。ステラも聞き苦しいって席を立っちゃったじゃないか」
マックスがレイチェルを睨み付けるとスプーンを銜えたレイチェルがプッと吹き出した。マックスもつられて笑い出す。そして一頻り笑いあった。
互いに笑い疲れて、ワインを飲む。
「あ~、笑った笑った」
そう言って胸を撫で下ろすマックスに、レイチェルがぽつりと呟いた。
「早くウォレスさんと会えるといいね・・・」
マックスはしばらくレイチェルを見つめた後、こくりと頷いた。
「そうだね。そうなるといいね・・・」
マックスのワイングラスに、一瞬愛しいジムの姿が映ったような気がして、マックスは指でワイングラスの口をそっと撫でたのだった。
Amazing grace act.101 end.
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編集後記
なんかまたもや先週の予告とびみょ~にずれている今回。いかがだったでしょうか? え?びみょ~どころかななりずれてるって?
・・・・・。
さて、今回更新が遅れちゃってごめんなさい。大した用事ではなかったのですが、最近、ストックというものに縁遠くなった国沢は、ホントに土曜日にアメグレを書いてるもんで、ちょっとした用事でも時間がとられると途端にこんなことになってしまいます(汗)。ホントごめんなさいです。ということで、ここのところのアメグレは、まさにぶっつけ本番書き立てホヤホヤという鮮度命!な構成になっております(←・・・小説に鮮度はとりわけ魅力にならんぞ・・・と汗をかきつつ)
今週は「レイチェル、ハハ~ンさんになる」の回でした。ハハ~ンさんが分からないと、全然楽しめないコメントですが(汗)。
詳しくは、シティーボーイズライブのハハ~ンさんコントを参照してください。斉木しげる氏が怪しいターバン男やってます。
ま、レイチェルはターバンまいてませんが(大汗)。
先週辺りからレイチェルの悪ガキパワーが復活してきたので、ここで少しレイチェルの話を。
レイチェルのルックスと声のモデルはいます。
以前も話したネタかもしれないですが、書いてる本人がもう忘れているので(老人力加速中)再度書いてしまいます。
ハリウッドの女優さんで、ホリー・ハンターさん。ご存じの方いらっしゃるでしょうか。随分前に流行った『ピアノレッスン』に主演していた女優さんです。実際に彼女はとても小柄な人で、声も独特の可愛い声をしています。(『ピアノレッスン』では、まったく声は出してませんでしたが)
姿形では、異色(エロ)交通事故映画『クラッシュ』の時のホリー。性格的には、奇天烈誘拐映画『普通じゃない』の時のホリー。
特に『普通じゃない』の時のホリーは本当に一見の価値有りです。主演女優のキャメロン・ディアスを完全に食った演技を見せています。恋のキューピット・天使役なんだけど、あんなに凶悪な天使がどこにいるのかい??笑えます。見てない方は、一度どうぞ。ユアン・マクレガーの情けなさも可愛いので、おすすめしますよ。
[国沢]
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