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nothing to lose title

act.57

 ドーソンが手に取ったのは、アメリカの最もポピュラーなゴシップ雑誌だった。
 雑然としたモノトーンの倉庫の中に突如現れた極彩色の表紙。違和感があった。
 パラパラと捲って見る。特に目ぼしいものはない・・・。
 いや、そんな筈はない。
 ドーソンは自分に言い聞かすと、もう一度注意深く雑誌のページを捲っていった。
 ふと、ドーソンの手が止る。
 薄っぺらいページに長時間人の手がのっていた事を連想される『歪み』が見て取れた。 各ページの紙が薄いため、汗をかいた手を長い間ページにのせていると、その湿気によって手の形に紙が伸びて歪むことがある。
 ドーソンはその見開きページを注意深く読み込んだ。
「・・・これか・・・」
 そのページは、外国のミステリアスな事件を面白半分に取り上げたページで、そのページの片隅に小さく掲載されていた記事に目が止った。
『ゾンビは本当に存在する?! イギリス・墓荒しの怪』
 その記事は、イギリスのとある地方で大騒ぎになっている墓荒しの話で、村の老人が死者が蘇って墓から這い出てきたのを見た、という証言が紹介されていた。誰が読んでもお笑い話のネタにもなりそうにない話だったが、その墓の主の名前が重要だった。
 ジェイク・ニールソン。
 記事では、近くの刑務所に服役していた囚人、としか紹介されていなかったが、間違いなくあのジェイク・ニールソンのことに違いなかった。なぜなら、パソコンオタク・ハロルド・キンブルの家で手に入れた情報と記事の中の刑務所の名前が一致していたためだ。
 ジェイクは、自分のことが面白おかしく扱われているこの記事をどういう気持ちで眺めていたのだろう。その顔は、笑っていたのだろうか・・・。
 ドーソンは背中が薄ら寒くなるのを感じながら、雑誌を注意深く元の位置に戻した。
 そして周囲を再度注意深く眺める。ベッドの片隅にゴミ箱代わりにされた灯油缶があったので、中身を探る。
 ハンバーガーショップの包み紙、テッシュペーパーのクズ、レシート、ビールの空き瓶・・・。ドーソンの手は、レシートの束に再び戻った。
 レシートの内容をチェックしていく。
 テイクアウトの食品や歯ブラシなどの生活雑貨の他に、興味深い物品の名前が混ざってあった。ハンダゴテ、コード、銅線、電池、薬品・・・。デジタル時計など、3個も購入している。
 ドーソンは辺りを見回した。眉間に皺を寄せる。
 デジタル時計など、どこにもなかった。というよりも、この倉庫の中には、時計というものがひとつもない。
 ゾワゾワと鳥肌が立った。
 自分は今、非常に重要なものを見つけたのだと確信した。
 これにドーソンの指紋がついていたとしたら、動かぬ証拠にもなりえる。
 ドーソンは、そこに誰もいないことが分かっていながらも、注意深く周囲を見回し、そのレシートをジッパー付のビニール袋に入れた。
 そしてゴミ箱の中身を、自然な形に戻す。
 ドーソンは再びシャッターに手をかける。
 身体中がブルブルと震え、シャッターはさっきより更に耳障りな音を立てたのだった。


 その日の夕方、ジェイコブ・マローンが家に帰ると、母親の部屋のドアが開いていた。
 呻き声が聞こえる。
 ジェイコブの顔が途端に強張った。
 母は、自分でベッドから起き上がれない。なのにドアが開いていて、中からは苦しげな声が洩れてくる・・・。
 ジェイコブは、買ってきたUSパワー・ジャーナルを入ってすぐのキッチンテーブルにそっと置くと、玄関に立てかけてあるバットを手に持って、母の部屋に一気に踏み込んだ。思わず、「あ」と声を上げる。
 ベン・スミスが横たわった母の背中を覗き込んで、消毒液を浸した脱脂綿で背中にできあがっていた小さな褥瘡(じょくそう)周辺の皮膚を拭いていたのだった。
「ジェイコブ、お前なの?」
 いつもの憎まれ口を叩く時とは違い、しわがれた力のない声が息子の名前を呼んだ。
「ママ」
 ジェイコブがベッドサイドに近づくと、母親は痛そうに顔を顰めていた。
「ベンが帰ってきてくれて本当に助かったわ。背中が本当に痛くて痛くて、昼頃からずっと泣いていたのよ」
 ジェイコブは、母親の背中を覗き込む。日に日に身体が身体機能が衰弱している母は、なかなかベッドの中で身体が動かせないので、酷い床ずれが起きていたのだ。
 このところ、ベンとも言い争いになって彼はここに来ていなかったし、ジェイコブもいろいろと『趣味』の方が忙しく、母の面倒が疎かになっていたせいだ。
 ベンが手際よく傷の処理をし、痛みが軽減した母はほっと溜息をつくと「疲れたから、少し寝るわ。食事ができたら起してちょうだい」と眠り込んでしまった。
「ベン、すまなかった。ありがとう、恩に着るよ」
 ジェイコブは素直にベンにお礼を言う。
「何、なんでもないさ」
 とベンは返すと、二人で母の部屋を出た。
「これから食事の用意をするから、今夜は一緒に食べていってくれよ」
 ジェイコブはバットを玄関に戻しながら言った。「ああ、そうさせてもらうよ」とベンの返事が聞こえてくる。
「それより、今日は仕事どうしたんだい? 早く終わったの?」
 ジェイコブは、ジェイコブはフリーザーの中を覗きこみながら何気なく訊いた。「ああ、まあね」と何気ない返事が返ってくる。
 ビン詰めのトマトソースを取り出し、シンクの下に置いてあるジャガイモを取ってボールの中に入れると、ナイフをもってキッチンのテーブルに取って返した。
 椅子に座って、ジャガイモの皮を剥きに掛かる。
 その向かいにベンは座り、真新しい雑誌を手にとって読んでいた。
「珍しいじゃないか、こんな雑誌を買うなんて」
 雑誌に視線を落としたまま、ベンが訊いて来る。ジェイコブは、肩を竦め返事をぼやかした。確かに、薄汚れたネルシャツに色あせたジーンズ、そしてなぜか胸のポケットには無造作に解かれたネクタイがねじ込まれてあるという何とも冴えない姿の若者と、著名な経済人や学者などが取り上げられた社会派の雑誌とはイメージに隔たりがある。
「何か、気になることでも?」
 ベンにそう訊かれ、「そんなことはないさ。ただ俺もこのままじゃいけないと思っているだけなんだ」と答えつつ、ジェイコブの頭の中には他のことが浮かんでいた。
 その感情とは『怒り』に近いと言っていい。
 昼間、雑誌を購入したジェイコブは、ミラーズ社前の公園に取って返していた。
 去年の爆弾事件を受けて、警官のパトロールが厳しくなった手前、以前よく偵察用に通っていた場所には近づけなくなったが、場所を転々と変えることによって何とか怪しまれずに済んでいる。ミラーズ社の近くに行く時は、努めてみすぼらしい恰好をして行ったため、警官には職のない若者が行くところもなくセントラルパークでたむろしているのだろうとしか映らないのだろう。
 ジェイコブは、ミラーズ社の入口が見える位置のベンチに座りながら、問題の記事に目を通した。
 くしくも、その記事には、ジェイコブが起した爆破事件で人道的な活動をしたミラーズ社の社員がクローズアップされていた。何か運命的なものを感じてしまう。  マックス・ローズとかいうその青年医師は、つい数ヶ月前にミラーズ社に就職したばかりの男で、ミラーズ社専属の社医だという。
 それを読んで、ジェイコブはうっすらと思い出した。
 そう言えば、橋に爆弾を仕掛けた後、ステッグマイヤーがウォレスの娘を轢き逃げした現場に居合わせた男である。
 知的で恵まれた体躯を持ち、その容姿にも恵まれている。そんな若きヒーローの命がけの活躍劇は、絶対的な賞賛を持って雑誌に掲載されていた。
 同じ年の生まれだというのに、こんなにも違う自分と男の差に、ジェイコブは少し腹立たしさを感じた。それになりより、男の美しく澄んだライトグリーンの瞳と濃いブロンドの髪が許せなかった。
 まったくもって、ジェイコブの妄想の中に出てくるボスの女にそっくりだったからだ。おまけに、『ローズ』という名も癪に触る。偶然にも、妄想の中の美女の名前も『ローズ』だからだ。ただし、女の場合はファーストネームなのだが。
 ここまで偶然が重なってくると、気分が悪くなる。
 そう思って雑誌を閉じた矢先、ウォレスが会社から出てきた。
 どうやら遅い昼食らしい。
 いつも彼は昼食の時間が一定していない。それほどに彼は仕事ができる男なんだということを立証しているんだ、と勝手にジェイコブは思っていた。
 ジェイコブが腰を上げたその時、ジェイコブはギョッとして目を見開いた。
 ウォレスの後を、二人の男が追って出てきた。
 ひとりはラテン系のがっしりした男。そしてもう一人は。
 間違いなく、本物のマックス・ローズだった。  こんなに早くお目にかかれるとは思わなかった。しかも、ウォレスと肩を並べて歩いていく。  なんということだ、と思った。迷わず後をつけていく。
 すぐ後ろを着いて歩いても、彼らはジェイコブの存在に気づかない。
 ジェイコブは、ウォレスの後ろ姿を眺める。
 すらりと伸びた背筋。
 年は40の大台に手が届くといっても、颯爽としてエネルギーに満ち溢れている。
 彼はいつもダーク系の仕立てのいいスーツを着ているが、それが益々彼の魅力を引き立てている。ほどよくシェイプされたシルエットは、ウォレスの足が動く度に彼の逞しい太ももから腰のラインを美しく演出してくれる。本当に彼は身に付けるものの趣味がいい。決して華美ではないが、本当にいいものを身に付けていることが、素人のジェイコブでもよく分かった。
 その隣を歩く青年・・・マックス・ローズもまた、同じような仕立てのスーツを着ていた。ひょっとしたら、同じ店で購入しているのかもしれない。ただ若者らしく、ウォレスのそれより更にフィット感のあるタイトなシルエットである。一見渋いブラウン色と見間違えそうな生地色だが、よくみるとほんのり赤みのある濃いプラム色だということが分かる。光の加減で少しグリーンの光沢も見えるところをみると、いかにも若者らしい一品だ。スーツの型はオーソドックスだが、生地が変っている。悔しいほどに趣味がいい。
 身繰り手振りを交えながら話す青年は、写真通りの端正さを裏切らず、むしろ更に輝いていた。時折ウォレスが相槌を返し、青年を見る。柔らかい微笑みだ。ウォレスが、そんな顔をするとは思っても見なかった。
 目の前の三人は、連れ立ってレストランに入った。ジェイコブも続けて中に入る。フロントで止められた。
「お客様、失礼ですが・・・」
 中年のフロント・マネージャーに上から下まで舐めるように見られた。
 ジェイコブは、店の中を覗きこむ。中はビジネスマンでごった返していた。ようするに、服装チェックで引っかかったのだ。
「どうしてもここで食事をしたいんです」
 ジェイコブは長いこと食い下がった。その間、何人もの客が、奇異の目をフロント・マネージャーに向けていくのを見て彼も耐え切れなくなったのだろう、「ネクタイを着用してくるなら」という条件を出してきた。
 だが、店のマネージャーのネクタイを貸してくれるまでの好意は勿論得られなかったため、近くの高級店でネクタイを買い、取って返した。ジェイコブにとっては、ひっくり返るほどの高額なネクタイだったが仕方がない。
 ジェイコブは、この勢いで更にフロントでごり押しをして、ウォレスのテーブルの近くに通してもらった。一番安いメニューを注文して、ウォレスのテーブルの様子を伺う。
 テーブルに案内されるまで随分とてこずってしまったがために、彼らは既に食事を終え、食後のコーヒーを啜っているところだった。
 ふとウォレスが中座する。電話がかかってきたらしい。
 ジェイコブは、ウォレスのいなくなったテーブルを見つめた。
 マックス・ローズとラテン系の男・・・この男も端正な顔をしている・・・が何だか言い争っている。だが、ラテン系の男は熱っぽくローズを見つめているようで、ジェイコブには大体察しがついた。
 男同士で乳繰り合う種族の連中に違いない。
 虫唾が走った。初めて食べる折角の高級レストランの食事もまずくなる。
 そんな気持ち悪い人種でありながら、ウォレスと一緒に昼食のテーブルを囲んでいることが許せなかった。ウォレスは、そんな連中とは付き合うのをやめた方がいいと本気で思った。
 ウォレスが席に帰ってくる。
 ローズがウォレスの腕を掴む。そして彼は、ジェイコブにもはっきり聞き取れるほどの大きな声でこう言った。
「この人は俺のものです!」


 「痛い!」
 ジェイコブは自分の指に鋭い痛みを感じて、ハッとした。
 苛立ちのせいか、ジャガイモを剥いていたナイフの先が、自分の指を傷つけていた。
「ああ・・・」
 ジェイコブは溜息をつく。
 まったく今日はついていない。
 ジェイコブは悪態をつきながら席を立って、カットバンを探した。
 本当にムカツク。腹が立つ。
 その間に、ベンが代りにジャガイモの皮を剥きに掛かった。
 ジェイコブは一瞬怒りを忘れてベンのお手並みに注目する。
 ベンは、その岩のようなごつごつした手で、ジェイコブが剥く倍のスピードでジャガイモを剥き上げたのだった。

 

Amazing grace act.57 end.

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編集後記

ああ。今、12時をブッ千切っちゃいました(大汗)。土曜日更新ならず!!惜しい!!頑張ったけど~。タッチの差でした。
それはさておき、今回のアメグレ如何だったでしょうか。最早、行き当たりばったり小説に成り下がっているアメグレ。伏線もなにもあったもんじゃございません。日々乗り越えることだけで必死です(笑)。
今日は、英気を養うために、久々「ステラ」を見て泣き倒しました。
国沢、涙を放出するとストレス解消ができるようです。そんなことってないですか?女の人って、特に。
いいですねぇ、泣ける映画。もっと泣いてやろうと、「アルマゲドン」を見て、ハリ~~~~~~~~~~と鼻水を流した後に、更に駄目押しで「風の谷のナウシカ」を止めで見てやろうとしたら、流石に疲れたのか、途中で寝てしまって、気づいたら一番泣けるはずのナウシカ復活のシーンを見逃し、まったく泣けませんでした(汗)。見事計画失敗。覚えているのは、「きちゃだめ~~~~」と、「姫ねぇさま~~~~~」と子供が駆け寄るシーン。ようするに甲高い声にしか反応しなかったという・・・(大汗)。

いやぁ・・・・映画ってほんっとにいいものですね。じゃまた。

バーイ、極度の福耳。

[国沢]

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