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nothing to lose title

act.137

 ミラーズ社に凶器を持った男達が立てこもっているというニュースは、瞬く間に全米に広がった。
 丁度ニューヨークに出張に来ていた英国大使館員ジョイス・テイラーは、空港に向かう車中でそのニュースを聞いた。
 ニュースでは、ミラーズ社を解雇された元社員が主犯であるとの報道がされていたが、テイラーの中では止めようのない胸騒ぎがわき起こった。
 本国の方では、ジェイク・ニールソンの行方について完全に興味を失いつつあった。現在中東問題でNATO並びに英国、米国の軍事関係者の動きが活発になっており、各国の大使館員もその調整にかり出されていた。一塊の脱獄囚、しかもゴシップ記事の噂でしかない男の行方など、構っている暇がないといったところだ。英国当局で興味があったのは、あくまでヒースロー空港で殺害された男の近辺から機密情報が漏れた可能性についてであり、その気配がまったくない今では、さほど問題ではないと思っているのだ。
 しかし・・・。
 もはやテイラーの中ではそれだけの事では済まなくなっていた。
 この事件に偶然とはいえ関わることになって、自分の国が抱える不幸な歴史をもう一度見直さなくてはならなくなった。そしてアレクシス・コナーズという少年の人生について考えなくてはならなくなった。
 元を正せば、テイラーの父はアイルランドの出であった。しかし父は長年続くアイルランドの闘争に同胞達と参加していた訳ではなく、イギリス警察の協力者として働き、その報酬としてイギリス本国で新しい名前と身分を保障された、いわば『裏切り者』であった。そのお陰でテイラーはアイルランド人だという差別も受けることなく、何不自由なく育ってきた。今の生活があるのは、父親のそういう選択のもとに生み出されたものだった。今では、一族の誰もがそのことに口を噤み、一族の誰もが完璧なブリティッシュイングリッシュのアクセントで話している。実家のある近隣の人々も、優秀な大使館員まで排出したテイラー家が元を正せばアイリッシュであったなどということを想像もしないだろう。テイラー自身、大学に進学する時までその事実を知らされていなかった。
 そんな家庭の出の自分が、アイルランドの不幸な時代に翻弄されながら生きた人間達の人生に触れることになろうとは、まったくもって皮肉なことだった。
 早い時代に、父が家族を連れてイギリス本国に脱出してこなければ、自分もその激しい運命に飲み込まれていたかもしれないと思うと、特別な感情が沸き上がってきた。
 空港に着いたテイラーは、本来ならワシントンの向けての搭乗ゲートを潜らねばならない筈だった。
 テイラーは、ワシントン行きと正反対にある搭乗ゲートをじっと見つめると、チケット販売カウンターに真っ直ぐ向かった。
「いらっしゃいませ」
 笑顔の受付スタッフの前にワシントン行きのチケットを差し出し、テイラーは言った。
「目的地を変更したいのだが」


 ミラーズ社前では、SWATチームの到着の遅れに署長が苛立ちを見せていた。
「一体何をやっておるんだ」
 焦れた署長は、踏査本部のあるビルから外に出てきて、現場担当の警部を怒鳴りつけた。
「現在、渋滞に巻き込まれているそうで・・・、あ、来ました!」
 遙か向こうに設営された検問所にやっと到着したSWAT車両が見えていた。
 紺色のバンは、一般車両を押しのけて無条件でゲートを潜ってくる。
 その様子を見て、警部がほっと胸を撫で下ろした。
「お待たせして申し訳ありません」
 署長はそんな警部をむっすりとした表情で見つめたまま、ぼそぼそと口を開いた。
「モタモタやってると、またマスコミにたたかれるとも限らん。マスコミの騒ぎ振りを見てみろ、FBIが乗り出してきたらことだ。さっさとこれを片づけるぞ」
「はっ、承知いたしました」
 警部が頭を下げた矢先、背後から署長を呼ぶ声がした。
「署長! ミラーズ社の社長から電話が」
「分かった! 今行く!」
 署長は去り際、部長を振り返ると、「お客さんの相手をしてくる。それまでに突入体勢を整え、配置状況を私に報告するんだ。いいな」と念押しをして、再び捜査本部のあるビルの三階に取って返した。
 窓ガラスに近いデスクに置かれた専用回線の電話を取ると、雑音混じりの声で、『ベルナルド・ミラーズです』と相手が名乗った。
『現在、私は休暇中で直ぐにそちらに戻れない場所にいるのです。部下からの連絡で事件のことを知って。現在はどういう状況になっているのですか?』
 署長はウホンと咳払いをすると、質問に答えた。
「残念ながら、二人組の男があなたの会社を占拠しているのは事実です。多数の社員が警備システムの誤作動により社内に閉じこめられています。もちろん、警備システムを誤作動されたのは、犯人の仕業で間違いないと思われますが、今は比較的落ち着いています」
 受話器の向こうから長い溜息が漏れてきた。『そうですか』というミラーズの声は少し震えていたが、『お手数をおかけしています』という声には威厳が保たれていた。
『私ももちろん、これから直ぐにそちらに向かいますが、何とぞよろしくお願いします。どうか、怪我人など出ないように。くれぐれも、社員の無事を優先してください』
 署長は受話器を持ったまま大きく頷き、ニコニコと笑顔を浮かべた。
「もちろんです。C市が全米に誇るミラーズ社の社員に何かあったら大変だ。大船に乗った気分でいてください。犯人の正体も我々は既に掴んでいます。特殊救助隊もたった今、編成し終わりました。社長がこちらに到着するころには無事に解決していますよ」
 署長はそう言うと、受話器を置いた。
 どうやらミラーズ社の社長も首尾よく説得できた。ここに社長がいないのは返って都合がいい・・・。
 署長の頭の中である計算式が浮かび上がる。
 この事件を解決することによって、ミラーズ社に対する大きな借りを作ることが出来る。そうなれば、次期市長選に出馬しても案外すんなり当選できるかもしれないぞ。
「飛んで火にいる何とやらだな・・・」
 署長はそう呟くと、内線ボタンを押して冷たくこう言い放った。
「準備が出来次第突入するぞ。多少の犠牲が出ても致し方あるまい。この規模なら、十人二十人程度なら許される範囲だろう。五分後対策会議を行う。各部署の責任者を集めるように」
 そう言う署長の目には、鮮やかに輝き始めたC市の夜景が写り込んでいた。

 

Amazing grace act.137 end.

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編集後記

更新遅らせた上に、短くなっちゃいました(汗汗)。
ああ、今年最後の更新がこんなへなちょこ更新になってしまってお恥ずかしいかぎりです。
来年こそは!来年こそはサクサクとけりをつけようと思うので!おつき合いの程をよろしくお願いいたします。
今年は公私ともに本当に激動の一年になりました。
いろんなことがありすぎて、本来なら敷かれたレールの上を外れることなく進むのが信条の乙女座にあるまじき言動の数々とあいなり、ついにはこれまで八年間勤めてきたデザイン事務所を退社することに。
そのこともあってか、更新もここ一年あたり、ペースが狂いまくりで、皆さんにご迷惑をおかけしちゃったりもして、ホント申し訳ありませんでした(高島弟バージョン)。
こんなへなきょこ更新に付き合ってくださってきた方々には、感謝感謝で、幾ら言っても言い足りないくらいです。本当にありがとう。メールでもいっぱい励まされたり、励みになるような小説の感想をいただいたりで、いつも心がじんわりと暖かくなってます。
しばらくは身体を休めつつ、新しく借りた仕事場の巣作りに励みながら、サイト更新を続けていくことになりそうです。
休んでいる間に、新作が一本でも書けたらいいけどなぁ。どうだろう。
って、その前にアメグレ終わらせなきゃね(汗)。
それでは、皆さん、よいお年を!!!!

[国沢]

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