irregular a.o.ロゴ

nothing to lose title

act.23

 マックスが目を瞬かせると、目にどろりと血が入ってきた。だが、それを拭おうとして腕を動かそうとしても適わなかった。両手首をガムテープでデスクの脚に固定されていたからだ。
  うつ伏せにされた下肢がひんやりとしていた。どうやらスラックスを下着ごと下ろされたところらしい。案外気を失っていたのは僅かな時間だったか。
「うぅうう!」
 タイで猿轡をされている。マックスが身体を動かすと、先ほどの男が覆い被さってきた。
「何だ、もう気がついたのか。意外にタフだな。あんた、いいケツしてるぜ」
 乱暴な手つきで裸の尻を撫でまわされる。その気持ち悪さに鳥肌が立った。
 男の手が床とマックスの身体の間に差し込まれる。マックスはぐっと目を閉じた。
「ほう・・・、ここもなかなかだ。先生、いい身体してるな」
 つい最近、サイズに言われたのと同じ台詞だったが、怒りで気が狂いそうになった。
 こんな暴力があってたまるか。
 ERで働いていた頃、レイプ被害にあった女性達の手当てもしたことがある。レイプは、身体だけの問題じゃなく、精神も破壊される。マックスはそのことを十分に分かっていた。自分とて、このままこの男とキングストンに犯されれば、正気でおれるか分からない。まさに、男が言っていたように会社にも留まれるかどうか。
 悔しさのあまり、目に涙が滲んだ。血の涙が、頬を伝った。
「色っぽい顔を見せやがる」
 男の頬が、マックスの頬に押し付けられる。興奮した男の熱い息づかいが聞こえる。目の横で、男が自分の指をねっとりと舐めるのが見えた。男は見せ付けているのだ。
「うぅぅ」
 初めて恐怖を感じた。ここで初めて、怒りより恐怖の感情が前に立った。
 男の手が、腰に回される。
 今だかつて、誰も触れたことのない(メアリーでさえだ)ところに、男の濡れた指が触れた。
「なかなかいい光景だ」
 隣でこの様子を食い入るように見つめているキングストンの声も、興奮で震えていた。
「ああ、早くぶちこむところを見せてくれよ。もう堪らない・・・」
「そう焦るなよ」
 クククと背中ごし男の笑い声が響いてくる。
 指が入ってくるのを感じた。身体を動かして何とか抵抗を試みるが、手を縛られている上、足首もテープでグルグル巻きにされているので、思うように身体が動かない。
 再び目を閉じたマックスの脳裏に、なぜかウォレスの姿が浮かんだ。ウォレスにすまないという思いが。どうしてウォレスにそんなことを思うかは分からなかったが、無性に悲しくて。
 と、背後で足音がした。男がマックスの背中から身体を起こすと同時に、急に身体が外気に触れるのを感じた。 「ぎゃぁ!」という男の悲鳴がして、男が後ろの壁に打ち付けられる気配を感じた。
「ウォレス!」
 キングストンの引きつった声。次の瞬間には、肉が殴られる音とキングストンの呻き声が聞こえた。金属音が床にぶつかってすべる音もしている。
 ウォレスという声を聞いて、マックスは血の気が引いた。
 あんなにウォレスのことを思い浮かべていたのに、いざこの場にウォレスが現れたことに、酷く動揺した。
 こんな情けない姿をウォレスに見せたくない。
「うー!」
 マックスは腕が引き千切れんばかりの力で腕を引いた。情けなくて、再び涙が頬を伝うのを感じた。デスクがガタガタと揺れる。テープ越し、血が滲む。
 その手を、後ろからそっと掴まれた。
「大丈夫だ。もう心配ない」
 いつもと変らぬウォレスの声。気づけば、オフィスのどこからか調達してきた誰かのひざ掛けで身体を覆われていた。
「うぅぅっ!」
 更に腕を引こうとするマックスの頬に優しく手を添え、 「シー、シー・・・。大丈夫だから。すぐに外してやるから。もう大丈夫・・・大丈夫・・・」 と落ち着いたバリトンの声が何度も囁く。猿轡を外され、手首のガムテープを外される。
 指の先にやっと血液が流れ込むのを感じた。足のテープも外された。
 手を優しく掴まれ、膝まで上げられたスラックスの端を持たされた。
「自分で履けるな」
 マックスは頷いた。ひざ掛けをかけたまま、マックスは下着とスラックスをずり上げて、ベルトを締めた。
「顔を見せて」
 マックスは俯いたまま首を横に振った。こんな酷い顔を見られたくない・・・。
「見せて」
 両頬をウォレスの手が包んだ。いつか病院で触れた時とは違って、酷く温かかった。
 マックスはその手に触れた。顔を上向けられる。優しく微笑むウォレスの顔があった。
「血は出ているが、すぐに治る傷だ。跡も残らない。大丈夫」
 マックスは歯を食いしばった。涙を見せたくなかった。
「バカだな。何を我慢してる」
 頬に流れる血の涙をそっと拭われた。堪らなかった。
「・・・怖かった・・・」
 嗚咽が零れた。後から後から、涙が零れ落ちた。ぐっと抱きしめられる。ウォレスの胸に顔を埋めていると、心底安心できた。マックスの身体も震えていたが、なぜかウォレスの身体も僅かに震えていた。
 ウォレスの背中に腕を回す。こんな風に初めて触れたウォレスの身体。温かい。心臓の鼓動が聞こえる。ずっと、放したくない・・・。
 ふいに、身体の向きが変えられた。
 次の瞬間、銀色の輝きがマックスの目前をよぎった。
 ぎょっとして顔を上げると、あの男がナイフを持って前方によろけながら倒れこんでいた。よもや避けられるとは思っていなかったのだろう。
「バカな男だ」
 冷たく言い放つウォレスの声が聞こえた。ウォレスはマックスを置いて立ち上がると、男の襟首を掴んで引き上げた。男は、ウォレスより身長は低かったが、明らかにウォレスよりウエイトはありそうだった。だがウォレスは、男の襟首を掴んだまま更に引き上げる。 男が、息を詰まらせた。顔が真っ赤に充血する。もう既に、男の足は地に付いていない。
 このスマートなウォレスのどこに、こんな力が隠されているのだろう。
 殺気立ったウォレスの横顔に、マックスはぞくりと身体を震わせた。
 男の手からナイフが零れ落ちる。男は最早、白目をむいている。
「ウォレスさん!」
 マックスが叫ぶ。と同時にウォレスが手を離した。完全に気を失った男が、どさりと床に倒れこむ。ウォレスがナイフを拾った。振り返りざま、そのナイフを投げる。
「ひ!」
 ナイフが壁に刺さる音と同時に、キングストンの短い悲鳴が聞こえた。
 ナイフは、キングストンの蝶ネクタイを射抜いて、壁に突き刺さっていた。
「友達をおいて逃げようとは、虫が良すぎないか」
 静かな声だった。だが逆に、完璧な威圧感が備わっていた。
 キングストンの顔は最早蒼白で、唇がわなわなと震えている。その目は純粋な恐怖に震えていた。
 ウォレスが、自分の右腕を少し見る。その仕草を見て、ウォレスが怪我をしていることにマックスは初めて気がついた。
「ウォレスさん!」
 身体を起こそうとしたが、うまく動いてくれない。ウォレスを見る。ウォレスの蒼い瞳は、今まで見たことのないようなギラギラとした野生獣のような色を放っていた。
 ウォレスが、キングストンに近づく。無造作にナイフを引き抜いた。ガタガタと震えるキングストンは、その場に蹲った。腰を抜かしたらしい。
「今日は外の人間がいるから騒ぎ立てはしないが、この償いは必ずさせてやる」
 そう言ってウォレスは、キングストンの額にナイフの切っ先を押し付けた。右腕から流れ出たウォレスの血が、ナイフを伝ってキングストンの顔に落ちる。
「ひぃぃぃぃぃ」
 間近でウォレスの壮絶な瞳で睨まれ、キングストンもとうとう白目を剥いて気を失った。
「ミスター・ウォレス・・・」
 蚊のなくような声でマックスが呟くと、ウォレスは二、三度瞬きをしてマックスに向き直った。いつものウォレスだった。彼はナイフを懐にしまって深呼吸をすると、マックスの前に跪く。
「立てるか?」
「それが・・・」
 マックスは、見るからにガタガタと震えている身体を情けなく見下ろした。
 ウォレスの顔が和らぐ。
「ショックでそうなっているだけだ。誰でもそうなる」
 抱き上げられた。
「ウォレスさん!」
 恥ずかしさで顔が真っ赤になる。初めて、マックスはいつかの女子社員の気持ちが分かった。
「貨物用のエレベーターで降りよう」
 立ち入り禁止区域にあるエレベーターだ。人目につかずに、一階の医務室に行ける。
 ウォレスの気遣いに、マックスの心は熱くなった・・・。

 

Amazing grace act.23 end.

NEXT NOVEL MENU webclap

編集後記

皆様、お約束通り(!!)ざますよ~~~~! 白馬の王子よ~~~~~! 
さすがに、三銃士の恰好とはいきませんが(笑)。(でも、大好きです、仮面の男のガブリエル様は!!)
ウォレスおじさん、切れた勢いにまかせて、火事場のバカ力を発揮していますが、腰は大丈夫なんでしょうか?
そんなことはさておき、やっとこさ、この二人、まともなスキンシップを図ることになりました!やっと抱き合いやがった!!(でも、ラブシーンじゃないけど・・・・。そこが泣かせる・・・・)
いや~、ホント、長くてすみません(汗)。これからも、きっと長いです(大汗)。
よろしくお付き合いのほどを・・・・。

[国沢]

小説等についての感想は、本編最後にあるWEB拍手ボタンからもどうぞ!

Copyright © 2002-2019 Syusei Kunisawa, All Rights Reserved.