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nothing to lose title

act.16

 翌朝、マックスは憮然とした表情でホテルのロビーのソファーに座っていた。
 実は昨夜からそこに座り続けていて、フロントのホテルマンやドアボーイがしきりにこちらを気にしていることは十分分かっていた。
 でも・・・。でもどうすることもできない・・・。
 マックスは頭を抱える。
 自分が自分でないような感覚に囚われて、酷くもどかしい。
 メアリーが言った言葉が、何万回もマックスの頭の中で繰り返し響いた。
 あなた、別に好きな人がいるのよ。
 マックスは、抱え込んだ頭を掻き毟った。
 答えは、すでに出ている。
 多分自分も、それが分かっている。
 でも、そこに目を向けることは酷く危険で、今まで生きてきた自分の道から、大きく外れてしまうことは確実だった。それが自分を否定することになるようで、マックスは純粋に恐怖を感じていた。
 自分が思う「好き」は、そう言う意味の「好き」じゃない。
 そう自分に言いきかせるしかできなかった。そうしないと、落ち着いていられない・・・。
「あの、お客様・・・」
 ついに痺れを切らしたフロントマンが、マックスに声をかけた。
「そろそろ、チェックアウトのお時間なのですが・・・」
 マックスは、しばらくフロントマンの顔をおぼろげに見つめ、やがてハタと正気に戻った。
「遅刻だ!!」


 「今度のクリスマスパーティーには、ぜひとも1961年もののボルドーワインを取り揃えたいと思っているのだがね。あと乾杯には、キュヴェ・パラディがいい。どう思うかね、ジム」
 ベルナルド・ミラーズにそう話し掛けられ、一瞬ウォレスは返事に臆してしまった。別にワインのことが分からなかった訳ではない。それについては、ベルナルドにすぐに見透かされてしまった。
「何か気になることがおありかな?」
 優しげに目を細めて、ミラーズ社社長は、傍らに立つよくできた主席社長秘書を見やる。
 さすがのウォレスも、その穏やかな瞳を持つ老人だけには適わない。
「気になることが何だと訊いても、素直に答える君じゃないだろうが」
 何もかも承知のベルナルドは、優雅に濃厚なココアを啜っている。出社後の一時を、ゆっくりとココアを啜りながら過ごすのがミラーズ社社長の日課となっている。
「ワインの手配の方はお任せください。今年のゲストはいかがなされますか」
「基本的には社員を労いたい。今年は特によく頑張ってくれた。だから大げさなゲストはあまり呼びたくない。ただし、マイケル・ドッジは呼んでくれたまえ。彼は我が社に大きな貢献をしてくれたし、パーティーにぜひ呼んで欲しいとメールを打ってきてね。どうやら、キャビアがお目当てらしい」
 陸上界のスーパースターの名前を挙げ、ベルナルドは再びココアを啜った。
 毎年、ミラーズ本社で行われるクリスマスパーティーは、ベルナルド・ミラーズが厳選した食材が豪華に取り揃えられるパーティーとして有名で、業界でもミラーズ社のパーティーに呼ばれるということはある種のステイタスとなっている。ベルナルドは持て成すことが本当に好きで、また趣味人であるから、気の効いたクリスマスパーティーだといつも好評だった。
「分かりました。後でカーターと相談して、ゲストリストを作ります。後ほどご確認ください。では、失礼致します」
 一礼して退室しようとするウォレスに、ベルナルドが声をかけた。
「ローズ君はどうだね?」
「は?」
 ウォレスは思わず振り返る。
 ベルナルドは穏やかな微笑を浮かべながら、ウォレスを見つめていた。
「君の気になっていることは、彼のことではないのかね?」
 ウォレスは何も答えなかったが、それが答えになっているも同然だった。
「今回のクリスマスパーティーで彼は社交界デビューだな。あの容姿だ。きっと君の見立てたタキシードも似合うことだろう。どこから噂を聞きつけたのか、今から妻が期待していてね。ぜひとも出席してほしいものだ」
 恐らくベルナルドは、マックスが今朝会社に姿を見せていないことを知っているのだろう。
「基本的に、我が社のクリスマスパーティーは社員全員が出席する決まりになっておりますので、彼にも必ず出席してもらいます。ご安心を」
 ウォレスは手短にそう言って、退室した。
 自分のオフィスに入り、座りなれた椅子に身体を預けて溜息をつく。
 正直、ベルナルドの指摘は痛かった。
 ここのところ、マックスに避けられていることが、こんなに影響してくるとは思ってもみなかった。
 自分の言動が、またも彼を傷つけているのではないかと思っていた。
 なぜかよくマックスに懐いている娘のシンシアからもマックスの様子を聞くが(最近のウォレス家の話題は、マックスについてのことが多い)、どうして避けられているのかが分からない。
 避けられて別にどうということはないのだが、気にはなってしまう。
 本来ならば、昨夜不審者が2人、時間差で家のポーチに侵入してきたことを気にした方がずっと建設的だが、男らが侵入した時点で既に気づいていたウォレスとしては、バカな男の浅はかなイタズラなどより、よほどマックスのことが気になった。
 不信な侵入者については、恐らく娘を襲った男に違いないとウォレスは踏んでいた。ウォレス自身が取り押えてもいいのだが、あの司祭のような面持ちをしたバーテン・ローレンスに嫌というほど釘を刺されている手前、手を出すことができない。何せ、「ジェイク・ニールソン」が絡んでいる可能性もない訳ではない。そのことを考えても、ここは大人しくしている方が得策だった。
 ジェイク・ニールソン・・・。
 ウォレスは声に出さず、呟いた。
 自分にとっては、呪いのフレーズであり、また贖罪のフレーズでもある。
 あれから15年以上も経った今頃になって、またこの名前に振り回されることになろうとは。
 ウォレスは、デスクの引出しから写真たてを取り出した。
 古く色あせた写真。シンシアによく似た娘が微笑んでいる。
 リーナ。君の兄さんは、まだ俺を許してくれている訳ではなさそうだ・・・。
 ウォレスは写真を額に押し当てながら、深い溜息を再びついたのだった。

 

Amazing grace act.16 end.

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編集後記

やはりというか、何と言うか(笑)。マックス無事、回避(笑?)いたしました。つーか、国沢が書けない。あれ以上。ウォレスおじさんも、何だかマックスのことが段々気になり始めてきた見たいだし、やっと恋愛の香りがしてきました。(おかしい・・・ハーレクイン恋愛モノ(笑)のはずなのに・・・)
次週、初遅刻のマックス。三十手前のくせして、言動が妙に可愛いです。お楽しみに?

[国沢]

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