act.86
家に帰ってから、定光が作ったナポリタンを滝川は物凄い勢いで食べた。
「お前の料理って、大雑把なんだけど、食える」
そんなことを言う滝川に、「大雑把は余計だ」と言いつつ、口の端についたケチャップを定光が舌で舐めとると、それを見た滝川はパチパチと瞬きをして、ゴホンと咳払いをした。
その後滝川は無言で皿の中身を平らげると、ガタリと席を立って、「俺、風呂入ってくるわ」と言った。
「え? 風呂?」
定光はフォークを置いて、下の階に降りていこうとする滝川を「ちょっと」と呼び止めた。
「そのまま入ると、包帯が濡れるだろ? 蒸しタオルで身体拭いてやろうか?」
滝川の傷は火傷なので、感染症を考えると包帯を取るわけにはいかない。
しかし滝川は、頑なに「風呂に入る。頭が痒いんだよ!」と抵抗する。
定光は、何でこんなに抵抗するんだろ?と思いつつ、「仕方ないなぁ」と包帯の上からラップをグルグル巻きにして、その端を医療用テープで肌に固定した。どう見ても、これで髪の毛を洗うのは不自由そうだ。
定光は、「一緒に……入る?」と首を傾けて滝川にそう訊くと、いつもの滝川ならエロオヤジ全開のジョークを言って、邪な笑みを浮かべるのが常だが、なぜかこの日は顔を赤らめて、「入るわけねぇだろ」と早口で捲し立て、一人で一階に降りて行った。
定光はふぅと溜め息をつくと、肩を竦めて再びダイニングチェアに座った。
そして食べかけのナポリタンをちゅるりと吸い込むと、ポツリと呟いた。
「結構勇気出して言ってみたんだけど……な」
定光が食事を終えて全ての食器を片付け終わっても、滝川は風呂から上がってこなかった。
やはり片手しか使えないせいで、時間がかかっているのかもしれない。
定光は心配になって、一階のバスルームに向かった。
脱衣所に入り、ドアをノックする。
「おい、大丈夫か?」
定光の声に滝川からの返事はなかったが、シャワーが止まる音がする。
定光が少しほっとすると、ドアを開けて滝川が出てきた。
定光がバスタオルを身体にかけると、左手で身体を拭き始める。その間に、定光は右手の覆いを外した。
それから新しいタオルをもう一枚取り出すと、滝川の髪と背中を拭いた。
病院でかねこの弁当を食べていたとはいえ、心労がたたったせいか、滝川の身体は線が一回り細くなっていた。
滝川は肉が削げると筋肉の形が露骨に浮き上がってくるような体質だから、見劣りはしないのだが、定光としては肉がのっている滝川の方が好きだし安心できるので、やはり胸が詰まる。
けれど努めてそれを顔に出さず、「髪の毛ちゃんと洗えたか?」と訊いた。滝川はさっきとは違って落ち着いた様子で、「うん」と頷く。
滝川が服を身につけている間に、定光はドライヤーで滝川の髪の毛を乾かした。
滝川は気持ちよさそうに目を閉じて、定光の手に委ねている。
その穏やかな表情にほっとして、定光は丁寧に滝川の髪を乾かした。
その後、滝川は撮り溜めていた海外映画を観たいと言ったので、リビングに上がっていき、定光は乾いた洗濯物を取り込んでクローゼットに片付けた。
コーヒーを飲もうと定光も二階に上がると、滝川は満腹感と適度な疲労感のためかソファーに座ったまま、頭を背もたれの上にのせ、大口を開けて眠りこけていた。
定光は、滝川の子どものような寝顔に思わず微笑みを深くすると、右側に座った。
横抱きにして寝室に運んでもよかったが、気持ち良さそうに寝ているので、少しの間なら、とそのままにしておいた。
定光は映画を見ながら、滝川の右手を手に取った。
麻痺のせいでしばらくまともに動かしていない手は、やや縮こまった手の形で固まっている。
しかし麻痺しているとはいえ感覚がないわけではないらしく、痺れを感じたり痛みを感じたりしているらしい。
定光は、手のひらの傷に触れないように、ゆっくりと右手をマッサージした。
次第に指の強張りが解れて、柔らかくなってくる。
── これは毎日やった方がいいな……
定光がそう思った時、滝川の身体がモジモジと動いた。
定光はハッとして顔を上げると、滝川は目を覚ましていた。
「あ、悪ぃ。起こしちまったな……。下で寝るか?」
定光がそう声をかけると、滝川は首を左右に振った。
確かに、今本格的に寝ると夜に眠れなくなる。
「じゃ、コーヒーでも飲むか?」
滝川が頷く。
定光がコーヒーの入ったマグカップを左手に手渡すと、滝川はそれをチビチビと飲んだ。その間にも定光が右手のマッサージを続けると、滝川はまたモジモジと身体を揺らし、「あ、あんま触んなよ」と呟いた。
「痛む?」
「い、痛いんじゃねぇけど……」
滝川はそう言いながら、右膝を立てて“ソコ”を隠した。
ようやく定光は意味がわかる。
「あっ、ごめん……」
定光は頬を赤く染め、パッと手を離した。
滝川はバツが悪そうに俯くと、「一回抜いてきたのに……全然意味ねぇ……」と小さな声で呟いた。
定光は、目を瞬かせた。
「抜いたってお前……。さっき風呂で抜いてきたのか?」
道理で時間がかかっていたはずだ。
定光は眉を八の字に下げて、滝川を見つめた。
「何でそんなこと……。だって……」
俺がいるじゃん、と言う言葉を定光は飲み込んだ。
定光とて、滝川が入院している間、滝川に触れられずにいたのだから、肌恋しく思っているのに。それなのに一人で済ませてくるだなんて……。
定光に取っては結構それがショックで、唇を噛み締めた。
なぜ滝川が自分に触れようとしないのか、まったくわからなかった。
たまらず「 ── なぁ、どうして……」と口にすると、滝川は口を尖らせるままで何も言おうとしない。
定光は顔を歪ませると、「もう俺とはそういうことをする気にならなくなったのか? さっき公園で二人一緒に歩いて行こうって思ってたのは俺だけ?」と吐き出す。
それを聞いた滝川も定光と同じように顔を歪めた。
彼は憤ったように顔を左右に振ると、「その気にならないで済むんなら、今こんな風に困っちゃいねぇよ!」と怒鳴る。
「一発抜いてきたばっかなのに、お前に触られただけでこんなになるんだぞ!」
滝川は左手で自分の股間を指し示した。確かにスウェットパンツに覆われたそこは、テントを張っている。
定光はごほんと咳払いをして、「た、確かに……」と口籠った。
しかし定光は気を取り直すと、「じゃ尚更なんで?」と食い下がった。
「新、俺だって……」
「うまくできっかわかんねぇからだよ!」
定光の声を阻むように、破れかぶれ気味の滝川がそう吐き出した。
「前の俺みたいに五体満足じゃねぇんだ。ぜってぇヘタっぴになってるに決まってる」
滝川の声は段々尻すぼみになって、最後は消え入るような声だった。
定光は少し驚いて目を瞬かせたが、やがてハァと大きく息を吐き出した。それは溜め息ではなく、ほっとした安堵の息だった。
「 ── なんだ、そういうことか」
「なんだって……大事なことだろ」
「そりゃ、お前の心配する気持ちもわからないではないけど。 ── でも……」
定光は、再び滝川の右手を手に取ると、それを両手で優しく包みながら、「セックスって、二人でするものだろ?」と微笑んだ。
「してみて互いに満足できなければ、それは二人が下手だったというか……気持ちがこもってなかったってことで、どちらか一方のせいなんかじゃないよ、きっと」
定光は、滝川の不安そうな瞳を覗き込みながら、「それに、お前がしてくれることなら、なんだって気持ちいいに決まってる」と続け、「お前もそう思ってくれてたらいいな」と呟いて、滝川の右手にキスを落とした。
日が燦々と降り注ぐ寝室で定光が服を脱ぐと、ベッドにぺたんと座り込んだ滝川は、神々しいものを見るかのように、眩しそうに目を細めた。
滝川が言った通り、彼の愛撫は左手と唇だけだったが、それでも定光の肌は全身歓びに打ち震えた。
1ヶ月以上もずっと求めていた手だったし、唇だった。
もしかしたら、永遠に失われてしまっていたかもしれない。
こうして肌を寄せ合い、抱き合うこともできなくなってしまっていたかもしれない。
それを思うと、例え片手だけでもこうして触れてもらえることが嬉しかった。心の奥底から打ち震えるほどに。
その最中に涙を見せることは、滝川に変なプレッシャーをまたかけてしまうかもと定光はなんとか我慢していたが、それでもやはり身体を繋いだ時は涙が溢れた。
いつもしていた体位は滝川の右脚に負担がかかってやや辛そうにしていたので、二人で四苦八苦しながら何とか大丈夫な体位を探した。
結局最後は互いに横になって、定光の背中側から滝川がすっぽりと抱き締める形で収まった。顔の位置がすぐ側にあるので、何度も何度も互いを確認するようにキスができる。
前のように激しく抱かれることは叶わなくなったが、定光はそれでもよかった。
ゆったりとしたリズムでも、滝川の熱は充分伝わってくる。
細胞単位で彼のことを愛していると、全身が放電しているようだった。
── とてもとても愛おしい存在。
滝川の愛情はとても不器用で、時に傷つけられることもあるが、それでも懸命にもがきながら定光のことを大切に想ってくれていることに涙が出そうになる。
自分達は男同士だし、互いに傷もつれだけれど、本物の愛情だと世界中に断言することができる。
滝川のためなら、どんな辛いことも耐えられる。
自分を犠牲にできると思う。
きっと滝川もそう思っているに違いない。
── そうであってほしい………
同時に絶頂に達して、その後は互いの身体を優しく撫で続けた。それは、身体を繋いでいた時間よりずっと長かった。
定光は背後の滝川を振り返ると、ゆったりと微笑んで「余は満足じゃ」と囁いた。
それを聞いた滝川も、満面の微笑みを浮かべる。
久しぶりに見る、とても澄んだ美しい微笑みだった。
滝川はふぅと吐息をついて、定光の髪に顔を埋めると、「この体位、すげぇいいけど、これだとやっぱ髪が邪魔だな」と言った。
その言い草に定光は声を出して笑いながら、「だから言ったろ? さすがに長過ぎるって!」と返した。
滝川も髪に顔を埋めたまま、くっくっと笑ったのだった。
この手を離さない act.86 end.
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編集後記
すみません、今週の「おてて」は大人シーンなんですけど、大事なシーンなんで省けませんでした。
ということで、表現もいつもと違って、かなり押さえた形となっております。
これぐらいなら、オープンにしても大丈夫だよね?
まぁ、なんで省けなかったかというと、やっぱり「初夜」だから?(笑)
これまで何度も肌を併せている二人ですが、人生の再出発を漕ぎだした二人にとっては、これが初夜なのかなぁと。
それと、新のうまくできるかどうかわからない「不安」の克服っていうのが、「おてて」では重要なファクターなのかなぁと考えることもあり、ステルスにはできませんでした。
全然エロくなくてすみません(汗)。
エロいのは、後日書きますwww
さてホビットフィーバーについて書きたいのは山々なんですけど、まだアウトランダーの感想をブログで書ききってないので、またもお預け・・・。
ヤバイな、フィーバー終わりそうwww
トーリンのツンデレ具合と眉毛王のポカン口の魅力を熱弁したいのにwww
忘れずに書けるかな? 自信がなくなってきたwww
とかなんとか言いながら、昨日は「ゲーム・オブ・スローンズ」のシーズン7を一気に観たんですよね。
悔しいけど、やっぱこのドラマが今公開されている海外ドラマではトップのできかな、と思う。
「海外ドラマの雄」ってイメージ。
まぁ、予算のかけっぷりも違うでしょうからね。
見てる方も、もはやドラマだなんて思ってないんじゃないかな。凄く長編の映画、みたいな。
国沢も例外に及ばず、サントラ買うぐらい、この”海外ドラマの雄”に夢中なんですが、なぜか腐女子アンテナが動かないドラマなんで、あまりこのサイトやブログには話題に上らない(笑)。
なんだろう・・・。
ゲイ要素も時々顔を覗かせるドラマなんですけどね。
全然そこら辺の”萌え”を感じないんですよ。
萌えを感じなくても満足な内容なんで、大好きなのは変わりないんですけど。
国沢が一番萌え萌えしてるのは、やっぱりジョン・スノウなんですけど、
彼と萌え萌えしてくれる男性キャラがいないせいかなぁ。
ジョンの身の回り男ばっかだから、ありそうな要素なのにねwww
だって、ジョンの中の人キット・ハリントンのあの黒目がちの瞳ったら、最高にカワイイじゃないですか。
あの子犬のような瞳で見つめられたら、そりゃドラゴン・クィーンもイチコロだよwww
唯一萌えがあるとしたら、叔父のベンジャミン・スターク?
でも出番が少なすぎて、萌え萌えするチャンスが皆無www
そしたら、一緒にいる時間の長い野人界のホープ、赤毛がとってもチャーミングなトアマンド?
ダメだ、あいつは”巨人の乙女”ブライエニーに夢中だったわwww
じゃ、ハウンド・・・
いくら雑食食いの国沢でも、絵面的に冒険しすぎwww
いや、ハウンド好きです。
育ちのせいで怖キャラになってますが、心根はとっても優しい。
彼はジョンの妹のアリアのことをとても大切に思っているし。
GOTの中でも、幸せになってほしいランキング上位の人。
しかしそれにしても、ピクシブでもGOT関連を検索してみたけど、全然BL系の投稿がなかった(笑)。
やっぱドラマの内容が濃厚すぎて、遊べる要素がないってことですねwww
ではまた。
2018.2.4.
[国沢]
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