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この手を離さない title

act.83

 パニック起こし、病棟の廊下で大騒ぎをした滝川は、今精神安定剤を注射され、病室のベッドの上で眠っている。
 元々酷い寝不足状態だったのか、その寝息は、先程までの騒ぎが嘘のように穏やかなものだった。
 滝川の傷ついた右手には包帯が巻かれ、ベッドの脚側に置かれたソファーに座る定光の左手にも同じように包帯が巻かれていた。
「 ── 痛むかね?」
 定光の隣に座る西田医師からそう声をかけられ、定光は一瞬何を言われたかわからず、「なんです?」と訊き返した。
「君の手だよ。かなり手酷く噛まれたと聞いたが」
「ああ……。まぁ大丈夫です。すぐ手当てをしてもらえましたから」
「抗生剤はもらったかね? 噛まれた場合は、口のバイキンが入って発熱する場合もあるからね」
「手当をしていただいた先生から処方箋はもらいました」
「そうか。それならいい」
 西田が安心したように頷く。
 しばらく沈黙が流れ、二人でベッドに眠る滝川の姿を見つめた。
 ふいに鼻の奥がツンとして、定光は慌てて浮かんできた涙を右手で拭った。
 西田が黙ってハンカチを差し出す。
「ありがとうございます……」
 定光は、礼を言ってハンカチを受け取った。
「まさか、夜中の奇行がまだ治ってないなんて、思ってもみませんでした」
 定光はそう呟いた。
「アイツの母親が死んで、もうそのことは解決したと思ってたから」
 西田医師には、滝川がこの病院に運び込まれた時から、滝川と母親に纏わることを全て話していた。そのため、西田医師も“本館”に滝川が入院している時から、度々様子を見に来てくれていた。
「彼はちょっと頑張り過ぎたのかもしれないね。リハビリ疲れが出たのかも。だが、それは心身ともに回復している証拠だ」
西田医師はそう言う。
定光は西田を見た。
「単なる疲れ? 回復してるんですか? こんな有様が?」
 定光はベッド上のやつれた様子で眠る滝川を手で大きく指し示す。
 しかし西田は、声を荒げた定光に動揺することなく、淡々と答える。
「彼の身体は、ようやく通常の生活リズムが戻って来たと判断しているんだよ。意識とは別の無意識の部分でね。だからこそ、普段抱えているトラブルがいつも通り出てくるようになったんだろう」
 それを聞いた定光は、顔を顰めた。
「俺が問題視しているのは、そのトラブルが全然治ってないということです。滝川も治ったと思っていたからこそ、ショックを受けてパニックを起こした。原因である母親はいなくなったのに、なぜ……」
 西田医師は、仙人のような瞳で定光を見つめた。
「母親が死んだからといって、彼のその問題が解決するはずがない。 ── 考えてもごらん。母親が身勝手に死んだお陰で、彼は彼の母親から永遠に謝罪してもらうチャンスを失った。ということは、彼が母親を赦す最大のチャンスもまた失われた、ということだ」
 定光は、ヒュッと空気を吸い込んで、息を止めた。
 そういうことか、と思った。
 母親から謝罪されるという状況を全く考えていなかったので、思い浮かびもしなかった。
「人にとって、謝らない相手を赦すことはとても難しい」
「それは、新が母親を赦せない限り、あの奇行は続くということですか?」
 西田医師はウーンと唸ると、「赦すか、または気にしなくなるかしない限り、続くだろうね」と答えた。
 定光は、頭をうな垂れた。
「そんなの、どっちも無理に決まってる……」
 当事者でない定光でさえ、もし滝川のような目にあったとしたら、母親を簡単には赦せないし、自分がされたことを気にしなくなるのなんて不可能だ。
 定光は、また目頭が熱くなるのを感じて、ギュッと目を瞑った。
「そんなの……新が可哀想すぎる……。新がどうしたらいいかわからないって言うのは当然だ。一生治らないかもしれないなんて……」
「治らないことがそんなに不都合かね?」
 ふいに西田にそう言われ、定光は「え?」と身体を起こした。
 西田は穏やかな目のまま、ゆったりとした声で続ける。
「そりゃ治ればいいに決まってるが、幸い、君が彼の身体を捕まえて眠れば、症状が出ないのだろう?
 こう言ってはなんだが、このトラブルは、脳の誤作動によって起こる単なる現象に過ぎない。無意識下の自己防衛的な反射反応というだけで、そこに大きな意味はない。そこに仰々しい意味づけをするのは、後からそれを知った君達に他ならないんだよ。まぁ例えて言うなら、自然現象をとっ捕まえて、これは心霊現象だと騒ぐみたいなものだ。
 脳が誤作動を起こすから、鍵を掛けに行く。鍵が掛からないから、一晩中掛け続けて病的な寝不足になる。それが誰にも防げないのなら、それは確かに大問題だ。薬に頼って身体に負担をかけながら、それでも無理やり抑える必要がある。死んでしまうかもしれないからね。 ── だが彼の場合は違う。幸運なことに君がいる。君が彼の身体を押さえるか、鍵は掛かっていると告げれば、その現象は治る。そこに命の危険はない。確かに、君と彼が別れてしまって一緒におれなくなったら、それはそれでまた別の問題が出てくるが……」
 定光は西田医師の話すことが一瞬理解できなくて問い詰めようとしたが、その矢先、滝川が目を覚ました。
「新」
 衣摺れの音がして、定光は立ち上がってベッドに近づいた。
「気分はどうだ?」
 定光が滝川の顔を覗き込むと、滝川はゆっくりと瞬きを繰り返し、やがて定光の手に巻かれている包帯を見る。
「 ── 痛い? ごめんね。そんなつもりじゃなかったんだよ」
 まるで幼子のような声でそう言う。
 定光は内心また泣きそうになりながら、笑みを浮かべた。
「わかってる。見た目ほど痛くないよ」
 滝川の表情が緩む。
 そして彼は、ゴソゴソとベッドの上に身体を起こした。
 そこに西田医師が立っていることに気づき、「先生、こんにちは」と頭を下げて丁寧に挨拶をする。
 定光と西田は顔を見合わせた。
 少々様子はおかしかったが、二人ともあえてそれには触れずに、西田医師が脈拍を取った。
「脈は落ち着いている。大丈夫だよ。お腹が減っているなら、定光君に食事を用意してもらうかい?」
 西田医師も子どもに話しかけるように、そう言う。
 滝川は、西田医師が自分の手首を取って脈を調べている様をぼんやり眺めた後、ふいに西田を見上げてこう訊いた。
「 ── 俺、鉄格子のある病室に入れられる?」
 一緒、その場の空気が止まった。
 だが西田医師は落ち着いた様子で、滝川の手を掛け布団の中に仕舞うと、「いいや」と答えた。
「君はまったくもってまともだからね」
「俺ってまとも?」
 滝川が不思議そうに訊く。
 西田は「ああ」と頷いた。
「君はまともだ。普通なら、お母さんからあんなに酷い目に合わされた人は、他人に対して攻撃的になる。時には理不尽な殺人を犯す人だっている。だが君は違う」
「だって俺は、ミツを噛んだよ」
「それは自分の身を守るために反射的にしただけだ。正当防衛だよ」
 滝川は、ふーんと呟いて、安心したような表情を浮かべた。
「先生、俺、疲れたよ……」
「そうだね。君はよく頑張った」
「もう少し寝たい」
「そうだね。その方がいい」
「でも一人で寝ると、夜中に勝手に起きちゃうんだ」
「そうならないように、もう一度薬を入れよう。朝まで起きないでいられるよ」
 滝川は納得したように頷くと、ゴソゴソと布団に潜っていった。
 また寝息が聞こえてくる。
 西田医師は定光に「安定剤と栄養剤を点滴してもらうよう頼んでこよう」と告げて、病室を出て行こうとする。
 定光は西田医師を追いかけて、病室の外で捕まえた。
「もしこのままあの症状が出続けるのなら、新を退院させてもらえませんか」
 西田が振り返る。
 定光は続けた。
「毎日精神安定剤を入れ続けるのは不安です。先生が言うように、僕が一緒に寝て安定するのなら、その方がいい。でもそうするには、退院しなければ。病院には泊まれない訳ですから」
「だが、ケガを負っていても右手のリハビリは続けないとダメだ。君は、毎日彼をここに連れて来れるかね?」
「はい。連れて来ます」
「また君の負担が増えることになるが?」
「負担なんて思ってません。当然のことですから」
 定光がそう言う、西田医師は複雑な微笑みを浮かべた。
「滝川君は抜かりがない。彼は生き残るために、本能的に君を選んだんだろう。ここまで献身的に尽くしてくれる人はなかなかいないからね。 ── だからと言って無理は禁物だ。辛くなったら、いつでも声を上げなさい。必ず、私のところに言いにくるんだよ」
「はい」
 西田はひとつ頷くと、「退院のことは、主治医と相談しておく。 ── 相談と言っても、彼は私の言うことを聞くしかないだろうがね」と言う。
 定光が小首を傾げると、西田ははっきりと笑って言った。
「彼が研修生だった頃、私が指導教官だったからね。その時に彼の秘密を握ったんだ。だから逆らえるはずもない」
 その言い草に、定光は思わず吹き出した。西田も笑いながら、「君の笑顔は素敵だね。滝川君にたくさん見せてあげなさい」と言ったのだった。


 会社に戻った定光は、エレベーターを降りた後、重たい身体を引き摺って映像制作部のオフィスを目指した。
 全身の力を使って暴れる滝川の身体を押さえ込んだ疲労が、今になって襲って来ていた。そう言えば、昼食も食いっぱぐれている。
 思わず手から荷物が滑り落ち、ゴンと音を立てて廊下に落ちる。
 その音を聞きつけた村上と島崎希が顔を覗かせた。
「ミツさん! 大丈夫ですか?」
 定光の様は、見るからに大丈夫じゃなさそうだったのだろう。
 慌てた様子で二人とも走り寄ってきた。
「ミツさん、カバン持ちますよ」
「ああ、すまん……」
「ミツさん、この手、どうしたんですか?」
 希が、定光の左手に巻かれている包帯に気がついた。村上も、それを覗き込んで、「あ、ホントだ」と呟く。
「ああ、大したことないんだ。病院内でケガしたからか、大袈裟に手当てされちゃって……」
「え? 病院でケガしたんですか?」
 希が気色ばむ。
 あらぬ誤解を受けそうで、仕方なく定光は、「パニックを起こした新に噛まれたんだよ」と答えた。
 それを聞いて、村上と希が顔を見合わせる。
「パニックって……。なんかあったんですか?」
 村上は、定光にオフィスに入ってソファーに座るよう促しながら、訊ねてくる。
「夜中のあの問題行動がまた出だしたんだ」
 そのことを知らない希はピンと来なかったようだが、それを実際に見たことがある村上はすぐにわかったようだ。
「マジっすか。でも母親、死んだじゃないですか」
「死んだからって、簡単に治るものじゃないらしい」
「何のことですか?」
 希に訊かれ、定光は滝川のトラウマ現象をざっと説明した。
 希はすぐに涙ぐみ、「そんなのヒドイ。お母さんの虐待って、相当酷かったんですね。それで新さん、朝はダメなんだ……」と呟いた。
「アイツもそれが相当ショックだったようだ。これまで順調に回復してたが、これでまた足踏み状態になるな。でも明日か明後日には退院させるから」
 それに驚いた表情を浮かべたのは村上だ。
「え? そんな状態の新さんを退院させちゃって大丈夫ですか?」
「夜俺が捕まえてた方がよっぽど安全だろ?」
 定光がそう答えると、村上は「ああ……」と呟いた。
「でもそれじゃ、益々ジャケットのデザインなんかしてられなくなりますね」
 村上に痛いところを突かれ、定光はハァとため息をつく。天井を仰ぐと両手で顔を擦った。
 ちょっと熱っぽい。
 西田医師が言った通り、今夜当たり熱が出るかもしれない。
「まぁ、なんとかするよ。まだ時間はある」
 そう言う定光を村上も希も心配げに見つめた。
「とにかく、ミツさん少し休んでください。酷い顔色だもん」
「ああ、ありがとう。お言葉に甘えて、ちょっと横にならせてもらおうかな」
「何なら、仮眠室を準備してきますけど」
「それには及ばないよ。それより、かねこに連絡して、今日の弁当はいらないって伝えてくれないか」
 村上が「了解っす」と答えながら、定光が横になろうとするソファーの上に置かれていた資料の束を退かせる。
「ミツさんの晩飯は?」
「まだそこまで考えてない……」
「わかりました。新さんの弁当代わりにミツさんの弁当を作ってもらいます。ミツさんはそのまま寝ててください。 ── のぞみん、あとは頼んだぜ」
「任せて」
 村上は財布を引っ掴んで、オフィスを出て行ったのだった。

 

この手を離さない act.83 end.

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編集後記


今週も重たい雰囲気でお届けしております、「おてて」。
皆様、厳しい寒波の中、お風邪など召されておりませんでしょうか?

国沢はといえば・・・


眉毛王に萌え萌えなんで、 ちっとも風邪をひきませんwww


何度みても凄いわ、この眉毛。
しかもこの眉毛、中の人リー・ペイスご自身の自前眉毛ということで二度びっくり(笑)。
この眉毛のおかげで話題騒然だよね、映画版スランドゥイルwww
映画公開当時は、どえらい騒ぎだったに違いないと思います。

とはいえ、 国沢が本当に萌えたのはこちらのお方。


ドワーフ族の若き王・・・になるはずだったトーリン・オーケンシールド。

このドワーフにあるまじき特殊メイクの薄さに萌え萌えしつつ、その素敵なバリトンボイスや主役のホビット、ビルボ・バギンズに対する

甚だしいツンデレ具合

にノックアウトされ、不器用な生き方しかできなかった彼に、フォーリンラブ。


(貴重なトーリン様のアディダスジャージ姿・・・♥)

そして、中の人リチャード・アーミティッジにも、フォーリンラブ。


なんて美味そうな太もも・・・。

この方、母国イギリスではアイドル的人気を博しているようなのですが、日本ではイマイチだよね・・・。
なんでだろ。
日本語での情報が全然少ないです、彼。

ということで、
ま、ようはヴィジュアル的に眉毛王に萌え、精神的にはイケメンドワーフ王に萌えた、というわけです。

でもね、まぁそこまでは「萌えたわ〜」っていうレベルで、別に大事にはならなかったの。

そう、また新たな二次創作の荒波に漕ぎ出すことはなかったの、ちっとも。

いけなかったのは、「ホビット裏ネタ」をググってたら、こんなニュースを拾ってしまったから。

ドワーフ王と眉毛王が、ガチで付き合ってるらしい(脂汗)。




・・・・・・・。


はぁぁぁぁ????

そんなメルヘンってある?!



TWDでもノーマンとアンディが仲がいいことは有名で、それが元で二次創作の沼にはまってしまった国沢だけど、二人がガチじゃないのは明らかなので、まぁお遊びのレベルですよ。

でもこの二人(正確には中の人二人)は、どうやら撮影中プライベートでは仲良く一緒にいたくせに、公の場でそのことを伏せてたっていうのが、凄くガチっぽい。

集合写真でも、常に離れ離れに写っているのが、逆に臭い。




仲いいなら、一度ぐらい集合写真で並んでてもいいと思うのよね。
二人共背が高いから、バランスの問題で左右に別れがちなのか・・・?

しかも、この人↓が


雑誌のインタビューでポロリとこう言っちゃった。

「ロード・オブ・ザ・リングの時のオープンゲイは私一人だったけど、ホビットでは、ドワーフの二人に、ルーク・エヴァンズ、リー・ペイス、スティーヴン・フライなど、オープンゲイの俳優が増えてきて嬉しい。大進歩だね♥」

ふーん・・・・・。


リー・ペイス?



当時、ルーク・エヴァンズはオープンにしていたけど、リー・ペイスはオープンにしてなかった(てか今もしてない)ので、かなり大騒ぎになったそうです。

駄目じゃんね、サー・ガンダルフ♥



ということで、サー・イアンの発言にはもうひとつ問題点がある。
それは彼が、”ドワーフの二人”と言ったこと。

一人はすでに判明してます。
オーリ役のアダム・ブラウンだとのこと。


で、後の一人が様々な消去法で候補者が除外されていって、残ったのが・・・



だったそう。

理由は、40過ぎても独身ってことと、以前「性的指向」についてインタビューを受けた時に、はっきりと「どっちが好きだ」と答えなかったこと、だそう。
ま、両方行けるっていう人もいますからね・・・。

まぁ、これはもちろん古い情報なんで、今はどうなってるかわかんないんですけど、”腐海の森”に住む国沢にしてみれば、

充分おいしい燃料ですわ。

ということで今、二次創作なんだかオリジナルなんだか、訳の分からない設定の物語を書き始めてしまったという・・・(脂汗)。
フィーバーって、怖いね。

ではまた。

2018.1.14.

[国沢]

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