act.71
「……あ?」
軽い眠気に襲われていたらしい滝川は、ぼんやりとした声を出した。
定光に火傷の跡を見つけられ、咎められられていることもピンときていない様子だった。
「左手の手のひら、火傷してるじゃないか」
定光は眉間にシワを寄せた。
火傷といっても普通の火傷でないことは間違いない。
丸く整った形の火傷だ。
明らかにタバコの火を押し付けた跡だ。
手のひらの中にあったので、今まで気づかなかった。だが様子からして、真新しい。
「 ── あー……。まぁなんつーかそのー、タバコがそこにひっついてー……」
滝川はのらりくらりとそう答える。
「勝手にひっついたんじゃないだろ? お前がひっつけたんだろ?」
滝川は黙り込む。
やはり、自分で押し付けたのだ。タバコの火を。
「お前、何やってんだよ……」
定光は、考えるよりも先にそう言ってしまう。
そんな言い方はよくないと思いつつ、思わず口をついて出てしまった。
案の定、滝川はますます黙り込む。
我慢しようと思ったが、みるみる涙が込み上げてきて、定光は滝川の肩口に額を押し付けた。
滝川が思ったよりも深く病んでいることを思い知らされたし、自分の存在が何の救いにもなっていない悔しさが辛かった。
「 ── また泣く……」
滝川がため息混じりにそう呟く。
「お前の代わりに泣いてんだバカ」
定光はそう言い返した。
「こんなことしたら、自分の身体がかわいそうだろ?」
定光が言ったことに、滝川は「そうでもねぇよ」と言う。
「別にお前に対して当てつけのつもりでしてるんじゃねぇし、誰かの気を引こうとやってることでもねぇ。これをするとスゲェ落ち着くし……。ただほんのちょっと跡が残るだけだ」
定光にとっては、その発言の方がショックだった。
少なくとも滝川は、こんなことまでして自分を落ち着かせたいと感じたわけだし、動揺させたのは多分定光自身だ。
やはり夜中の奇行や「消えたい」発言のことを安易に伝えたことは間違いだったと後悔する。
「 ── これはそんなにいけないことなのか?」
滝川が子どものような口調でそう訊いてくる。定光は、「いけないことだよ」と即座に答えた。
滝川の手を労わるように撫でながら、「この身体はお前だけのものじゃない。俺が心底大事だって思ってる身体だ。大切にしてもらわなきゃ困る」と続ける。
しばらくの沈黙の後、ふいに滝川が口を開いた。
「 ── お前さぁ、こんな俺と付き合ってて、何が楽しいの?」
「え?」
不躾な質問を投げかけられ、ドキリとして定光は顔を上げた。
「いっつも泣かされてばっかじゃん。殴られもするし。仕事中も振り回されてばっかだし。俺なら普通、こんなポンコツと付き合いたいとは思わねぇ。どこがいいの? セックスが上手いから?」
その発言は、聞いていて気持ちのいい話ではなかったが、滝川の口調は定光を悪戯に傷つけようとするのではなく、純粋に疑問に思っている節が伺えた。
だから定光も素直に答える。
「確かに、お前とのセックスはいいよ。全身どうにかなっちまうぐらいにな」
定光がそう答えると、滝川は何かに引っかかったのか、ヘッと笑った。
「お前、皆のお姫様なのに、そんなエゲツないこと言うなよ」
「お姫様?」
「 ── いや、こっちの話。ま、セックスいいと、離れらんねぇっていうからな」
滝川の言い草に、定光はギュッと滝川を抱き締めた。
「お前、まさかそれだけで俺がお前と付き合ってるって思ってるんじゃないだろうな?」
定光が滝川の顔を覗き込むと、滝川の横顔は口を尖らせている。
「最初はお前の才能に惚れてた。憧れてた。お前と同じ景色を眺めたいと思ってた。だから、お前に認められた時は嬉しかったし、それが最初のきっかけではある。でも今はそれだけじゃない」
滝川がえ?という表情を浮かべ、少し定光の方を振り返る。
定光は滝川のこめかみにキスを一つ落として、言った。
「お前が俺に……俺にだけ弱みを見せてくれることが愛おしくてたまらない。それから、お前が俺にだけ気遣ってくれることが凄く嬉しい。お前は気づいてないかもしれないし、否定するかもしれないが、お前は俺にだけ物凄く気を使ってくれるんだ。まるで宝物のように大切にしてくれてる。俺はそれが誇らしいんだ。あの滝川新がそこまでしてくれるんだって」
滝川は居づらそうにそわそわと腰を動かしたが、定光は離さなかった。
「仕事をする時、お前が傍にいてくれるだけで勇気が湧いてくる。どんなことでもできるって思える。 ── だって、俺がヘマしたら、お前が全力でフォローしてくれるんだもん。そうだよな?」
滝川はそれに答えなかったが、それでも定光はそれでよかった。
今回の仕事を獲得するために、滝川がどれだけ尽力したか、笠山から聞いている。
滝川は、周りが気づかないように黙ってずっとそうしてきたのだ。ただただ、定光が思うように仕事ができるように。
滝川の優しさはいつも変化球でわかりにくいが、それだけにわかった時は胸が熱くなる。
これで恋をするなという方が無理というものだ。
「 ── 変なヤツだよ、お前は」
ポツリと滝川が言う。
定光は洟を啜りつつ、くすりと笑った。
「変なヤツで結構。俺はお前とずっと一緒にいたいの。お前が嫌だって言っても」
その言い草を聞いて、今度は滝川が笑った。
「ストーカーこわいー」
ふざけた口調でそう言う滝川に、「うるさい」と吐き捨てて、滝川にキスをした。
これ以上、減らず口を叩く前に。
この手を離さない act.71 end.
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編集後記
今週は、少し短くなっちゃいました。すみません。
ていうか・・・。
アタシがミツさんと
付き合いたいわwww
まぁ大体、小説書いている時は、そこに出てくるキャラクターに惚れて書いていくのが常なんですが、今回のミツさんは、特に国沢の好みの男子です。
穏やかだけど、時には熱くて、心底優しく、そして懐が深い。
これまで国沢の中で、「女子としてリアルに付き合うなら」という基準でキャラを選ぶと、羽柴さんがナンバーワンだったんですが、ミツさんがかなり追い上げてきたw
ちなみに、もし自分が男子としてリアルに付き合いたいのは、『オルラブ』のシノさんがナンバーワンですね。今のところ(笑)。
その基準の差がどこにあるのか、自分でも全くわかりませんがwww
皆さんは、いかがですかね?
久々に大型台風が襲来してきて、雨風も強くなってきました。
皆様、お気をつけて。
それではまた。
2017.10.22.
[国沢]
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