act.63
駅からの帰路。
タバコを咥えながら数歩先をぶらぶら歩く滝川の背中を見つめながら、定光は別れ際に亜里沙が定光だけに告げた言葉を思い起こしていた。
── あんたも新君も凄く真剣なのはいいことだと思う。でも新君が「生命をかけて」と言った時、なぜだか背筋がゾッとしたの。理由はわからないけど、いろんなことに気をつけるのよ……
姉自身、何をどう気をつけるのかまではわかっていなかった様子だった。だが漠然と彼女は不安を感じたのだろう。
定光はなんとなく、その気持ちがわかる気がした。いつか滝川が感じていた不安を亜里沙も感じたのだろう。
滝川の気持ちが強すぎて、やがてそれが定光の重荷になっていくかもしれないということ……。
滝川自身、コントロールができないのだと吐露していた。
それについて定光はまだ不安を感じたりはしていなかったが、亜里沙のような"普通"の生活をしている人間から見れば"危険な匂いがする"のだろう。
── 滝川は今、何を考えているんだろう……
定光がそう思った時、ふいに滝川が振り返った。
定光は内心ドキリとする。
だが当然滝川は、定光の心の中の疑問は知る由もなく、通りがかりのコンビニを指差して、「アイス買って〜」と子どものような声を上げた。
定光は顔を顰めつつ苦笑いすると、「なんだよ、それ」と言いつつコンビニに入った。
「どれがいいんだ?」
「これ」
くわえ煙草で愛想がよくない男が子どもじみた口調でアイスを買ってもらっている図は人目を引くのか、コンビニの若い店員がチラチラとこちらの方を見た。
「何見てんだよ」
滝川はその視線が気に入らなかったのか、店員にそう噛み付く。
定光は慌てて店員に「すみません」と謝ると、滝川に「お前は表に出てろ」とコンビニの外に追い立てて、自分は支払いを済ませた。
「ほら」
店の外で滝川にアイスを手渡すと、滝川はタバコを地面に落として、そのままアイスを受け取る。
定光は眉間にしわを寄せると、「吸い殻を放置するな」とそれを拾った。
「携帯灰皿、いつも持たせてるだろ?」
定光がそう言いながら見上げると、口を尖らせた滝川は「今は家に置いてきた」と答える。
「お前と一緒に出かけなかったせいだ」
さも定光が悪いと言わんばかりの口調でそう言い返して、滝川はさっさと歩き出す。
定光はため息をついて、吸い殻をコンビニの袋に入れると、滝川の後を追った。
「お前さ、なんであんなこと言ったんだよ」
「あんなことって?」
滝川は振り返らずにそう訊いてくる。
「だから、生命をかけて、だなんて」
定光がそう続けると、滝川はちらりと定光を振り返ってきて、「ビビったか?」といたずらっ子のように聞き返してくる。
定光は肩を竦めると、「ビビったのは、俺の姉貴だよ」と答える。
滝川は一瞬立ち止まったが、やがてまた何事もなかったかのようにまた歩き出すと、「お前もビビりゃいいのに」と呟いた。
そんな可愛げのないセリフを言う滝川に、定光は内心"なんだか妙に拗ねてるな、コイツ"と思いながら、ため息をついた。
「あれごときで俺がビビる訳ねぇだろ。 ── 第一お前、なんで今日ついてきたんだ?」
「あ?」
「なんで追いかけてきたんだって訊いてんだよ」
「……焼肉食べたかったから」
「んなわけあるか」
「ミツだけ美味いもの食べてズルイって思ったから」
「嘘つけ。お前、食に欲はねぇくせに」
定光がそう言い返すと、滝川はそのまま口を噤んで、ガジガジとアイスを齧った。
その様子を見つめ、定光ははたと思いつく。
「お前、ひょっとして……俺の浮気疑ったのか?」
一瞬滝川が動きを止めたので、それが正解だと定光は悟った。
定光は派手に顔を顰めた。
「お前、俺が別の誰かと浮気目的で会いに行くと思ったんだな、そうなんだな?」
滝川は無言で、スタスタと歩いて行く。
だが定光は、自分がそういう人間だと滝川に思われていたことが地味にショックだった。自分はそんなに信用ができない人間なのか、と思った。
なんで滝川が突然そんなことを考え出したのかわからないし、そんな風に疑われていることに正直腹が立った。
定光が滝川を足早に追いかけながら、「俺がそんなことをするヤツだと、本気で思ってるのか、お前は?」と言っても、滝川は答えようとしない。
滝川が何を考えているのか、ちゃんと知りたい。きちんと話してほしい。滝川の心が掴めない不安感が、定光を苛立たせた。
「おい、ちゃんと答えろよ、新。なぁ……。 ── なぁ?!」
定光が滝川の肩を掴み、自分の方に向かせようと手に力を入れた時、滝川がその手を勢いよく弾いて、振り返った。
「隠し事してんのはそっちのくせに、なんで俺が責められなきゃなんねぇんだよ!」
滝川にそう怒鳴られて、定光は驚いた。
内心、ドキリと胸が跳ねて、身体が固まる。
"隠し事"と言われ、定光はここのところ滝川の夜の奇行について自分が考え込んでいることを指摘されたんだと思った。
しかしまさか、隠し事をしているという風に取られているとは考えていなかった。
「どうした?」と滝川から訊かれたのは一回切りで、しかもその時はうまいこと別に話題で誤魔化せていたから、滝川はそんなことを気にもとめていないと思っていたからだ。
よもや帰国してからずっとそんな風に気にされていたとは。
浮気を咎められることについては、まったくやましいところがないので平常でいられたが、そのことを指摘されると、少々バツが悪く感じる。滝川に正直に話をしていなかったのは事実だ。
でも、アメリカから帰ってきてスキンシップもしていたのに、なんで浮気してるだなんて考えたのか……。
そんな定光の心の揺れを滝川は敏感に感じ取ったらしい。
滝川はさらに大声で捲し立てた。
「図星だって顔しやがって……。なんだか知らねぇけど、最近いつもコソコソと何やら考えごとしてんだろうが。そのくせ俺が訊くと"なんでもねぇ"ってツラしやがる。なんでもねぇわけねぇわきゃねぇだろ!? お前が思ってる以上にわかりやすいんだよ、お前は!!」
感情が高ぶった滝川は、食べかけのアイスを乱暴な仕草で定光に投げつけてきた。
アイスは定光の胸元にぶつかって、地面に落ちる。
「新、落ち着け……」
「落ち着けだ?! 知ったこっちゃねぇよ! 俺に都合が悪いこと考えてんなら、バレないようにしてくれよ! それぐらい、気を使え!! バカヤロウ!」
滝川が悲鳴のような怒鳴り声を上げた末、バシッと定光の頬を叩く。
反射的に定光は叩かれた頬を押さえ滝川を見返したが、なぜか定光以上に驚いた顔つきをしているのは、滝川の方だった。
定光を叩いた手を見下ろして、目を大きく見開いている。口は戦慄き、手はブルブルと震えていた。
── ヤバい。
定光は漠然とそう思った。
滝川に叩かれた頬は熱くジンジンとしていたが、そんなことに構っていられなかった。
「 ── あ、新……」
定光が滝川の手を押さえようと手を伸ばした瞬間、滝川は弾かれたように走り出した。
「新!」
家は目前だったが、滝川は家とはまるで違う方向に走って行った。
定光は慌てて追いかける。
いつもはまったく運動をしている素振りを見せない滝川だったが、普段から積極的に運動をしている定光でさえもまったく追いつかない足の速さだった。
「新!」
定光が滝川の名を呼んでも、まったく耳に入っていない様子だ。
いつしか線路沿いの道に出ていた。
不意にカンカンと音が鳴り始め、定光の位置から20m先にある遮断機が動き始める。
定光の前を走る滝川が、それをチラリと見たのがわかった。
定光は全身がゾッとして、皮膚には鳥肌が一斉に現れた。
「新! よせ、止まれ! 踏切を渡るな!!」
定光がそう絶叫したが、滝川は明らかに踏切の方に向かって走った。
電車の警笛がけたたましく鳴り、定光の声も掻き消される。
滝川が踏切のバーを飛び越える姿が電車の向こうに消えた。
さらに大きな警笛の音。それに車輪がレールと激しく擦れ合う音が重なる。
定光は思わず立ち止まり、ギュッと目を閉じて、両耳を押さえた。
ガタンガタンと電車が走り去る音が続いて、やがてその音は去って行った。
定光は、恐る恐る目を開く。
踏切は何事もなかったかのように鳴り止み、遮断機がするすると上がっていった。
定光は側の金網に捕まって、ヘナヘナとその場に座り込んだ。
それでもなんとか線路の様子を見渡したが、何かそこで事故があったような様子はない。
通り過ぎて行く人は物珍しそうに、道路脇でヘタっている定光を横目で眺めて行った。
定光はなんとかして立ち上がり、踏切まで歩く。そして周囲を見渡した。
当然のことながら、もう滝川の姿はなくなっていた。
この手を離さない act.63 end.
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編集後記
今日の「おてて」は昨日書きたてです(大汗)。
誤字脱字あるかもしれん・・・。一応チェックはしたけど。
なにか見つけたら、ご通報のほど、よろしくお願い致します。
焼肉屋まではまだ笑って眺めていられましたが、ここに来て結構深刻な気配・・・(脂汗)。
いいかげんもう60話も超えてきてるんだから、終盤になってもいいだろうに、着地点が妙に遠いような気がするのは気のせいか。
なんだか年をとるにつけ、のんべんだらりと話を書くようになったなぁ。
だって一番最初にアップした「nothing〜」は15話で終わってたからね。
小説ってのは、長ければいいってもんじゃないでしょうからねぇ。
メリハリつけんとあかんわ。
と自分を戒めつつ。
あ、そうそう。
ついにチャ様が兵役を終えましたね〜。
よくわかっていなかったけど、ユノヒョンも4月に終えていたとのこと。
ファンとしてはあるまじき緩いコメントでなんともお恥ずかしい限りですが、にわかファンなりにTVXQの活動再開は、嬉しい限りです。
ユノヒョン、兵役でほどよくフィットネスできたかな?(笑)
一時ぷにってたように思ってたんですが、国沢の勘違いかもしれない・・・。
でもかといって痩せすぎると、国沢の大好物な太もものパツパツ感がなくなってしまうので、ユノヒョンはほどよく肉が付いている方がいいです(←わがまま放題なコメント)
その点チャ様はいつでも優等生なので、特にコメントなし(笑)。
きっとあの素敵な上腕二頭筋は今もキープされていることと思う。
結局は筋肉談義なのかっていう。
ほんま、すんません。
今からいろいろ楽しみです。
今からヒョンのどんな天然ボケが見られるか、楽しみでしょうがないです。
ホンマです。
それではまた。
2017.8.20.
[国沢]
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