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この手を離さない title

act.66

 翌日から、定光と滝川は機上の人となった。
 今回は、村上も同行していた。
 滞在先も多岐にわたり、現地での情報収集や調整も必要なため、定光よりは英語が話せる村上が定光専用のサポートとしてつくことになった。
 ああ見えて村上は図太い神経をしているところがあるから、主張の強い外国人と交渉をするのはむしろ定光より向いている。
 今回は大所帯での移動となるため、ショーンがジェット機をチャーターした。
 三人で一度渡米した後、NYでショーンや理沙、シンシアと娘のサラ、その他のスタッフと合流する手はずとなっていた。
 今回で全体の2/3の素材写真と今後のPVで使える画像を撮影する予定だ。
 一ヶ月半とかなりの長丁場だったが、欧州やアフリカ大陸と行き帰りする渡航費を考えると、こちらの方が効率がいい。
 滝川の様子は、やはり普段よりどこかおとなしい様子だった。
 この前までの定光ではないが、時折考え事をしているような表情を浮かべる。
 定光は、それをやめろとは言えなかった。
 本当なら、母親の呪縛に滝川が押しつぶされてしまうのではないかと不安にもなったが、今は彼なりに消化する時間が必要なのだとも思う。
 村上は、滝川がおとなしいことにほっとしたようで、定光に「新さんって、海外行く時、いつもあんな感じなんですか?」と訊いてくるほどだった。
 NYに着くと、すぐに向こうのチームと合流して本来の目的地に向かった。
 前半はシンシアの娘サラでもついてきやすいスコットランドを中心に撮影し、その後シンシアとは違う別のカメラマンで北アフリカの火山エルタ・アレとアフリカ南部のデスフレイを周る予定だった。
 連続移動で疲れが出たのか、せっかくの豪華なチャータージェット機なのに、滝川は床に転がったまま眠ってしまった。
 一方村上は初めて触れるセレブの世界に興奮気味で、ただでサービスされたシャンパンをがぶ飲みし、一気に酔いが回ってトイレに駆け込む有様で、皆から失笑を買っていた。
 チャーター機のメインルームは通常の飛行機とは違って、まるでどこかのホテルの少し狭いリビングルームのようで、シャンパンベーシュで統一されたインテリアが上品で居心地が良かった。いたるところにシングルソファーが向かい合っているコーナーやロングソファーに小さなコーヒーテーブル、ミーティングが可能なテーブルが備えられたスペースが点在しており、大人数の移動でも窮屈感は感じられなかった。
 この経費は名目上ノートが出したことになっているが、本当はショーンの財務を管理している会社から一度ノートに出資する形で実現している。つまりは、ショーンの資金で借りたようなものだ。それはかなりの出費だと思われたがショーンは至って呑気で、「他に金の使い道がないから」と肩を竦めていた。
 ショーンは相変わらず、金を使うことに執着がない。使わないので、自然に金が貯まっていく。寄付するための財団を作り、ショーンが「これは」と思ったところに寄付をしまくっているらしいが、それでも使い切れないらしい。なぜならショーンの昔のアルバムは今でも売れまくっているし、エニグマが管理する動画サイトからも多額の著作権収入が入ってくる。そしてたまに映画で使われたり、ドラマで使われたりとそんな細々した収入もまとまればバカにならない。
 他人から見たらなんとも羨ましい限りだが、そのせいで変な人間が寄ってこようとしたり、普段の生活の中でもパパラッチにも追い掛け回されるのだから、あまりお金のことを考えないようにしているショーンからすれば、単に幸せだとは言い切れない。
  ── だからこうして、自分と親しい人達のために大金をパッと使うのは、案外楽しいことなんだよ。
 ショーンはそう言って笑った。


 まるで行き倒れのように床に突っ伏して寝ている滝川を見て、エニグマのスタッフが「彼をロングソファーに移動させなくていいか?」と訊かれたが、定光は「放っといていい」と答えた。滝川がロングソファーを占領してしまうと、他のスタッフが座れなくなるからだ。それに、日頃から電池が切れると会社でもよく床に倒れこんで寝ている。「彼はいつもそうなんだ。ここの床は上等なカーペット敷だから、随分寝心地がいいと思うよ」と定光がそう言うと、「OK」と笑いながら彼らは去っていった。
「ミツは大丈夫?」
 コーヒーカップを二脚持ってきたショーンに話しかけられて、定光は滝川から視線を外し、隣のソファーに腰をかけてきたショーンを見た。
 ショーンからコーヒーを受け取り、礼を言うと、「大丈夫って?」と訊き返した。
 ショーンはコーヒーを啜りながら、「長時間の移動で疲れてるんじゃない?」と言う。
 定光は、「ああ」と声を出して、苦笑いをした。
「まあ、多少は。でも耐えられないほどではないよ。撮影は翌日からだし、ホテルでなるだけ休むようにするつもり」
 ふと歓声が上がって、定光とショーンは同時に視線を移した。
 サラがヨチヨチと歩いて滝川に近づき、そのまま滝川の背中にバタリと倒れこんだ。
「サラ!」
 シンシアから心配気な声が上がったが、滝川は熟睡しているのか、サラの衝撃もどこ吹く風で寝たままである。
 サラは、「うーうー」と言いながら、滝川の背中を太鼓のように叩く。
 シンシアがそれを止めに行こうとしたが、定光がジェスチャーでそれを止めた。
 滝川はあの調子だし、サラが機嫌がいいとシンシアが楽になる。
 ショーンは、サラに叩かれまくっている滝川の様子がおかしくってしかたがないらしい。
 ショーンは仕切りと笑いながら、「サラはアラタのことが本当にお気に入りなんだね」と言った。
「アイツは、なぜか女性に好かれるようにできてるんだ」
 定光はそう答えた。
「黙っていても、あらゆるタイプの女性がこいつの気を惹こうと近づいてくるよ」
 ショーンは目を細めて滝川を眺めながら、「まぁ、アラタを見てるとわかる気がするけど、それじゃミツも心配だね」と言う。
「アラタが意図していなくても、強引に誘惑してこようとする人がたくさんいるわけでしょ? 気が休まる隙がないんじゃない?」
 定光は肩を竦めた。
「いや、それほどでも。こいつが浮気しないのはわかってるし」
 定光がそう言うと、ショーンが茜色の大きな目を更に丸めた。
「へぇ! 大した自信だ。いつの間にミツはそんなに強くなったんだい?」
 定光はテレくさくなって、コーヒーを飲みながらカップで口元を隠した。
「強くなったのかどうか、自分ではわからないけど・・・。新が見せてくれる行動が、そう思わせてくれるんだ」
 ショーンは穏やかに微笑みながら、「君らがうまくいってるようで、とても嬉しい」と言ってくれる。
 定光も笑顔を返した。
「問題がまったくないわけじゃないけど。互いを好きだという気持ちに関しては、迷いはないと思う。僕らの場合は」
「そう言えることは、素晴らしいね。プライベートが仕事に悪影響を及ぼす人は、過去僕がバンドにいた頃に沢山いたけど、君達の場合はそれが君らの才能をより豊かにしてくれている。僕を支えてくれるスタッフとして、こんなに頼もしい人達はいないよ」
 定光は「褒め過ぎだよ」と言って笑った。
 ショーンは心外と言わんばかりに顔を顰めると、「僕はお世辞なんて言わない人間だよ。本当に思っていることしか言わない。日本人は謙虚すぎるんだよ」とオーバーに身振り手振りを交えてそう言った。

 

この手を離さない act.66 end.

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編集後記


なんだか毎週ちょっとずつのテキスト量の更新になってしまって申し訳ないです(汗)。
ただでさえ終わりまでの道筋が見えてない上に、ちょっとずつの更新ということで、ロングランとなっていきそうな気配です。
毎週、少しずつ書いている状態でして・・・。

さくさくっと省けそうなところはつまんでいきたいんですけど、ショーンご一行とのセレブ旅っていうシチュエーションもなんだか楽しそうで、また細かく書こうとしている(脂汗)。
けれどそれをしだすと、本当に終わらないんで(もはや日記状態w)ある程度でやめます(笑)。
急に場面飛んだら、「あ、こいつはしょりやがったなwww」って笑ってください。

それではまた。

2017.9.10.

[国沢]

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