act.29
新居での初めてのセックスを終えた後、シャワーで汗を流し、汚れたシーツもきちんと取り替えて二人で床についたのは、まだ日付が変わる手前だった。
「やっぱ、ダブルベッド、いいな」
素肌にパンツを履いただけの格好でベッドに入った二人は、滝川が後ろから定光を抱き締めるようにして腕を回しつつ、ほどよくくっついて横たわった。
キングサイズのベッドだと、男二人でも相手のことを気にすることなくのびのびと寝転がれるので、確かにこんな風な雰囲気にはなりにくいだろう。
そろそろ蒸し暑い時期に差し掛かってきたから、互いに多少暑苦しい感じもしたが、それでも愛する人と素肌が触れ合う感覚は心地がいいものだ。
定光は、穏やかなまどろみに包まれながら、身体の前に回された滝川の左腕を撫でた。
ふとそこに、今まで刺青の感触を感じたことがない場所にざらりとした手触りを感じ、定光は思わず滝川の左腕を持ち上げて、目を凝らした。
大きな炎の刺青が入っている内側の見えにくい場所に、小さなミツバチの刺青が新しく加わっていた。
定光は思わず顔を顰める。
「お前、これ、新しい刺青、入れた?」
見た目外人の定光だが、中身は生粋の日本人なので、やはり刺青には若干の抵抗感を感じてしまう。
しかし滝川はそこら辺まったく抵抗感がないのか、「可愛く彫れてるだろ?」と声を弾ませる。
確かに、小さなミツバチは適度にリアルな感じのデザインで、カッコいいというよりは可愛らしく見える。
「なんでミツバチなんか……」
「ん?」
「どうしてこの模様にしたのかって訊いてる」
「定光のミツ=ミツバチ」
「はぁ?」
「それにお前、いつも甘い匂いがするしな」
滝川が定光の身体にギュッとしがみついて、うなじの匂いをクンクンと嗅ぐ。
自分の名前にちなんで刺青を入れるなんて酷く馬鹿げた行為だと思ったが、でも同時にちょっぴり嬉しくも思った。
刺青なんて一度入れてしまうと基本一生消えないのだから、少なくとも今の時点で滝川は定光と末長く一緒にいようと思ってくれて、新たな刺青を入れたはずだと思った。
「入れる時って、やっぱ痛い?」
定光がそう尋ねると、滝川は、んーと唸った後で、こう答えた。
「腕の外側はそうでもねぇよ。ま、今回は内っ側だったから、ちょびっと痛かったかな」
「ふぅん……」
「あ、ミツ、お前は絶対墨入れるなよ」
「え?」
定光は振り返って滝川を見る。
「お前、自分は平気で入れるのに、俺には入れるな、なんて言うの?」
入れる気は更々なかったが、そう言い切られると気にはなる。
滝川はふわぁと欠伸をしながら、「こんなもん、入れずに済むんならそれに越したことはねぇし、ミツの肌に墨は似合わねぇ。勿体無い」だなんて宣った。
「なんだよ。じゃお前は入れなきゃいけない理由でもあったのか?」
定光がそう訊くと、滝川は「墨でも入れねぇと舐められて仕方がなかったからな」と答えた。
定光は思わず「え……」と言葉を飲んだ。
「そ、それって……高校生の頃の話?」
「ああ。でもこの話、聞いてもあんましオモシロ要素ねぇぜ」
それでも聞くの?と言わんばかりに、再度滝川は欠伸をする。
だが定光は、はっきり答えた。
「聞きたい」
滝川は、ふーっと息を吐き出すと、「俺が編入した高校って、ロスにあるくせしてなかなかの田舎者白人達が通うようなとこだったのよ」と口火を切った。
「意外とアジア人に対する風当たりが強くてさ。まして単身でひょっこり編入してきた英語もろくに話せない日本人なんて、けちょんけちょんにされるわけ。リアルにイエローモンキーって呼ばれて、俺、吹き出しちゃったもん。ベタ過ぎて」
滝川はそう戯けて話して見せたが、実際はもっと酷い仕打ちも受けてきたのだろう。滝川の口調が明るいだけに、余計に含みを感じさせた。
「あんまりチマチマと嫌がらせをされるもんだから、面倒臭くなっちまってさ。それに言葉がわかってくると、それなりにヤツらの言ってることが耳障りにもなってくるし。ヤツらがしつこく俺を腰抜け呼ばわりしてくるのが癪に障ったし、中にはレイプしようとまでしてくるヤツもいたから、いっその事墨入れて黙らしちゃえと思って」
滝川の発言に、定光は言葉をなくした。
まさかレイプ未遂被害まで受けているとは思わなかった。
「刺青天国のアメリカでも、高校生でデカイ刺青入れてるヤツはまずいなかったからな。ワンポイントの刺青でさえ親の同意書がいるし、それにまともな親はまず子供に墨なんて入れさせねぇし。それは日本の親とさほど感覚は違わねぇんじゃねぇの?」
「じゃ、お前は親の同意書、どうしたんだよ?」
「ん? 俺? いや、俺には優秀な“親父の秘書”という飛び道具がいたから。学校で舐められて仕方ねぇから刺青入れて黙らせるわっつったら、ハイハイって同意書捏造してくれた」
滝川はそう言って、ヒッヒッヒと笑った。
しかし定光にとっては全く笑える話なんかではない。
滝川の家庭環境の酷さが垣間見えるエピソードだ。
「それで……効果はあったのか?」
「あ〜、あったねぇ〜。いい意味でも悪い意味でも田舎者の集まりだったから。そりゃぁもう、効果てきめん。男って単純だからな。その代わり、今度は学校から目ぇつけられちったけど♡」
定光はそれを聞いて眉間に皺を寄せる。
滝川は定光の眉間を指でグリグリと押すと、「まぁお前が心配しなくても、学校からはさほど酷く怒られなかったわ」と言った。
「先公の中に、俺のかわいそーな事情を理解していたヤツがいたからな。まぁでも、学校には真夏の暑い日でも長袖着てこいって言われたのはキツかったかな」
定光は滝川の左腕をそっと撫でる。
左腕のこの炎は、滝川が独り異国の地で戦って生き抜いてきた証のように思えた。
「最後にひとつ訊いていい?」
「なんだ?」
「なんで、この柄にした? なんで炎の刺青を入れたんだ? 敵対するヤツらをビビらせるため?」
「う〜ん……。これ言うと、きっとミツさん、泣いちゃうだろうな」
「え? い、いや、泣かない」
「ホントーかぁ?」
滝川が間の抜けた声でそう言う。
「泣いたりしないって」
「まぁ、そう言うんなら……」
滝川はそう言いながら、定光をギュゥ〜と抱き締めた。
「俺が炎の図柄を選んで入れたのは、俺という存在を燃やして消したいと心のどこかで思ってたのかもな」
少しの沈黙の後、滝川がフフッと笑う。
「 ── ほら見ろ。言わんこっちゃない。やっぱミツさん、泣いちゃったじゃん」
この手を離さない act.29 end.
NEXT | NOVEL MENU | webclap |
編集後記
今週は、ステルス更新明けての更新となりました。
でもまだ、ベッドにいるんだけどね、二人で。
まぁしかし、ベッドでいちゃいちゃしてるんだけどシモネタを話しているわけじゃないし、ということで、18禁指定は外しました。
国沢、エチシーンもさることながら、こういうピロートークシーンっていうんですかね?、ベッドで恋人同士が語らっているシーンを書くの、割と好きです。
というか、一番好きかもしれない。
甘い雰囲気が満喫できるし、今回みたいにキャラの本音が出てくることもあるし。
恋人とくっついてないと、話せないこともあるじゃん!っていうことで。
今回新が告白した内容も、このシチュエーションでなければ、多分彼は話さなかったと思う。
愛するミツさんが腕の中にいたからこそ、軽い口調で話せたというか。
だからミツさんは、新に勇気を与えてくれる存在なんですよね。多分ミツさんは、そんなこと全然わかってないと思いますが。
あ、そうそう。
それと今週は、新が左腕にミツバチの刺青を入れた、というエピソードが出てきました。
「おてて」のイメージ画像の理由がこれでお分かりいただけたと思います。
あのミツバチったらミツさんの象徴だったのね・・・っていうことなんですが、今見ると小さなミツバチが新で、真っ白い美しい花がミツさんのように感じる。
二次創作中のカップルから比べれば、命の危険とか全然ないんで、ひっ迫感や悲壮感みたいなものは少ないんだけど、やっぱり新は新で、健気に生きてきたんだと思います。それなりにしんどい思いをしながら。
それに丁度アメリカはトランプショックに全米が揺さぶられているところだし、マイノリティ(新も含まれます)に対する当たりの厳しさみたいなものは、くしくもタイムリーにご理解いただける状況に今あります。
なかなかどうして、新とミツさんのカップルも、それをいえば「奇跡の出会い」だったんじゃないかなぁと思ったりもするのです。
ではまた。
2016.11.19.
[国沢]
NEXT | NOVEL MENU | webclap |
小説等についての感想は、本編最後にあるWEB拍手ボタンからもどうぞ!